若人達の対立


 新たな約定に関する書類を提出したウォーリスは、自ら行使できる転移魔法の自己転移テレポートでオラクル共和王国に帰還する。

 その書類と共に脅しに近い提案は突き付けられたセルジアスを含んだガルミッシュ帝国側の一同は、それぞれに思いを抱いていた。


 そうした提案を帝国皇帝ゴルディオスに伝える前に、セルジアスはこの提案に関する各関係者を書斎の室内に集める。

 集められたのは、皇后クレアと皇子ユグナリス、そして妹アルトリアと老執事バリスの四名だった。


 セルジアスはそれぞれの長椅子ソファーと椅子に腰掛ける一同を見ながら、深刻な表情を浮かべて話し始める。


「――……オラクル共和王国の国務大臣、アルフレッド=リスタル。彼がこの書状を正式に提出し、帝国側こちらに先日の提案に関する回答を共和王国むこうに伝えるように要求して来ました」


「……ッ」


「私は帝国宰相として、この提案を皇帝陛下に御伝えし、内容を検討し返答する立場にあります。……ただこの内容は、私や皇帝陛下の一存だけでは定められない内容です。それについて一度、この場に居る皆さんと話し合いを行う必要があると思い、呼び出させて頂きました」


 セルジアスはそう述べ、歩み出ながら全員の視線が届く机にウォーリスが提出した書類を広げ見せる。

 そこにはウォーリスが提案した先日の内容がそのまま記載されており、ユグナリス達の婚姻を認める条件の一つだったリエスティアの傷に関する治療を撤回し、代わりに共和王国の人材に対する技術指導者にアルトリアを含ませる事がつづられていた。


 書面でその内容を確認したそれぞれが、渋い表情を見せながら沈黙を浮かべる。

 そうした中で声を発したのは、ルクソード皇国からアルトリアの従者として付き添っていた老執事バリスだった。


「――……なるほど。この提案をもし帝国側は承諾した場合、大きく分けて二つの問題が生じてしまいますな」


「……」


「一つは、ルクソード皇国に対する申し開きでしょう。今のアルトリア様は、皇国のハルバニカ公爵家が保護し預かっていた身。今でこそリエスティア姫の治療を行う為に故郷たる帝国ここに帰国されていますが、正確には皇国からの客人ゲストであり、帝国側が自由に扱える方ではありません」


「……その通りです」


「もし帝国側がこの提案を受け、不当にアルトリア様を拘束し技術指導員として帝国内に留まらせようとすれば。皇国の皇王シルエスカ様やハルバニカ公爵家は強い反発を示すでしょう。そうなれば帝国と皇国の間に深刻な亀裂が生じてしまうかもしれませんな」


 バリスは書面の内容を一読し、この提案に対して抱える一つの問題を提示する。


 今のアルトリアは皇国の皇王シルエスカとハルバニカ公爵家が保護し預かる身であり、今の帝国に帰属する存在ではない。

 そうした状態のアルトリアがリエスティアを治療する為に帝国へ戻ったのも、皇国側が様々な条件を帝国に要求した上で許可しているからだ。


 今現在、アルトリアは帝国ではなく皇国に属する身。

 そんなアルトリアを勝手な形で帝国に属する技術指導員に任じてしまえば、皇国はアルトリアを赴かせる上での条件を帝国が破ったと判断し、強制的にでもアルトリアを連れ戻そうとするだろう。


 その実行役こそ、アルトリアの護衛と従者を兼ねている老執事バリスなどの皇国から赴いている人員。

 帝国が条件を破りそうした事をアルトリアへ強要しようとした際、それを阻みながら皇国に連れ戻す役目を担っていた。


 バリスは敢えてその事を一同の前で述べ、改めて自分の立場を確立させる。

 例え実兄であっても、帝国宰相であるセルジアスがそうした約定を勝手に承諾した場合、バリスは今すぐアルトリアを連れて皇国に戻る意思を明らかにさせた。


「申し訳ありませんが、私は皇国に属する人間です。仮にこの取り決めを勝手に帝国側が承諾した場合、私はアルトリア様を皇国まで連れ戻す事となるでしょう」


「理解しています。この場にバリス殿も御越し頂いた理由は、まさにそうした関わりがある為です」


わたくしも、セルジアス様の御考えは御理解できます。……そして二つ目の問題こそ、私が述べた一つ目の問題に強く関わる内容ものとなるでしょう」


「……」


 バリスの言葉にセルジアスは頷き、二人は同じ人物に視線を移す。

 それは瞼を閉じながら足を組んで長椅子ソファーに背を預けているアルトリアであり、向けられる視線の意味をセルジアスは二つ目の問題として述べた。


「皇国との決め事として、帝国側はアルトリアに関して帝国の物事に対する強要を行えません。……しかし逆に言えば、アルトリア本人が承諾した形となれば、幾つかの条件を変更して頂くように皇国側へ伝える事も出来ます」


「……」


「もしアルトリアがこの提案を拒否すれば、我々も書面ここに書かれた提案を拒否せざるを得ません。……そうなった場合、帝国側われわれの選択肢は二つ。リエスティア姫と生まれた子供を素直に共和王国へ引き渡すか、それすらも拒否するか。そのどちらかとなるでしょう」


「……ッ」


帝国側こちらとしては、その二択に限れば返答は決まっています。しかし君の返答次第では、進むべき選択が増える。……アルトリア、君の返事を聞きたい」


 セルジアスは渋い表情と声色を見せながらも、妹アルトリアにそう尋ねる。

 返答を求められたアルトリアは数秒程の沈黙を見せた後、小さな溜息を吐き出しながら口を開いた。


「――……なんで私が、そんなことしなくちゃいけないのよ」


「!」


「当然、そんな要求ことは拒否するわ」


「……そうか」


 アルトリアが今回の提案に関する明確な拒否を示し、セルジアスは緩やかに頷きながら答えを聞き届ける。

 この時点で帝国側はリエスティアと子供に関する二択の選択肢を迫られた状態であり、諦めの表情を見せた皇后クレアもセルジアスに視線を向けながら頷いてみせた。


 しかし、その決定に反発するように立ち上がる一人の人物がいる。

 それはアルトリアの斜め前方の長椅子ソファーに腰掛けていた皇子ユグナリスであり、彼は立ち上がりながら複雑な表情を浮かべながらも顔を伏せて呟いた。


「――……アルトリア」


「……アンタ、まさか受けろだなんて言わないわよね?」


「……ッ」


「もし言ったら、私は本気でアンタを軽蔑するわよ」


 脅しの言葉を向けるアルトリアは、瞼を閉じながらユグナリスに顔すら向けない。

 しかしユグナリスは伏せていた顔を敢えて上げると、アルトリアに顔を向けながらその口から自身の思いを伝えた。


「頼むなんて、俺が言えることじゃない……。……でも、敢えて言うよ。……アルトリア。頼むから、この提案を承諾してくれ」


「……アンタ、本当に最低ね」


「ああ、俺は最低の人間だ。……帝国から去ったはずのお前まで巻き込んで、状況を悪化させて、自分勝手な最低の人間だって十分に理解してる。……それでも、俺はお前に頭を下げる事しか出来ない」


 ユグナリスは自身の愚かさを語りながらも、頭を下げてアルトリアに承諾するよう頼む。

 そして瞼を開けて青い瞳を見せたアルトリアは、頭を下げた姿勢のユグナリスに鋭い視線を向けながら罵声を浴びせた。


「それでも断ると言ったら、アンタはどうする気? このまま素直に、あの子と子供を奴に引き渡すわけ?」


「いいや。……俺は帝国皇子の立場を返上し、リエスティアと共に帝国から出る」


「!?」


「勿論、今の状態でリエスティアを動かしたら御腹の子供も危険だ。だからそれは、出産後になるだろうけれど……」


「……アンタ、本気で言ってるの?」


「ああ、本気だ」


 ユグナリスの言葉に一同は驚愕し、頭を下げていた顔の表情と声色から本気である事を理解する。

 それを聞いた母親である皇后クレアは、隣で立つ皇子むすこユグナリスを叱責するように止めた。


「ユグナリス、また貴方は馬鹿なことを……!!」


「ええ、俺は馬鹿です。……馬鹿な俺は、これ以上の考えが浮かびませんでした」


「……!!」


「あの時から今まで、必死に考え続けました。どうすれば、リエスティアと子供を守れるのかと。……初めに考えたのは、素直に共和王国に彼女と子供を引き渡す事でした」


「……!」


「ウォーリス殿は、妹であるリエスティアを本当に大事にしている。それが彼とじかに接して、よく分かります。きっとリエスティアの子供も大事にしてくれるでしょう。二人の今後を考えるなら、共和国に素直に引き渡した方が良いに決まってる。そんなの、俺だって分かってます……!!」


「なら……!」


「リエスティアとも、その事について話し合いました。そして俺から、共和王国に戻る方が彼女や子供の為になるかもしれないと言いました」


「!」


「でも彼女は、こう言いました。俺と一生を添い遂げて、子供と一緒に暮らしたいと。……涙を流しながら俺の胸にすがりついて、そう言いました」


「……!」


「もしそれが俺だけの望みなら、きっと彼女を共和王国に素直に引き渡していたでしょう。……でも彼女もそれを望んでくれるのなら、俺はそれを叶える為に行動を移します。例えそれが、愚かで馬鹿げた事だと分かっていてもです」


「……ユグナリス、貴方はなんて……ッ」


 ユグナリスは自身とリエスティアの望みを叶える為に、第三の選択肢を選ぶ。


 それは故郷である帝国すらも捨て、自分の愛した女性とその子供と添い遂げる為の逃避行。

 それを本気で述べるユグナリスの青い瞳と表情に強い意志と覚悟を宿している事を理解した皇后ははクレアに、涙を流しながら悲しむ表情を見せながら口を手で覆うしかなかった。


 しかし相反する冷徹な表情を見せるセルジアスが、ユグナリスに対する言葉を向ける。


「……ユグナリス。もし今の言葉が本気ならば、私は君を拘束しなくてはいけなくなる」


「閣下の立場ならば、当然だと思います。しかし私を拘束するのであれば、私から皇位継承権を正式に剥奪して頂きたい」


「!」


「そうなれば、次の皇太子はセルジアス=ライン=フォン=ローゼン殿、貴方になる。……私のような愚か者よりも、貴方のような賢い人こそ皇帝となった方が、帝国の為になります」


「……なるほど。だから君は、今ここで自分の考えを口にしたのか。自分の立場を捨てて私に移す為に、敢えて……」


「はい。……私は帝国の皇帝となるよりも、リエスティアと共に生きる事を選びます」


「君達の願いを叶えてやれるほど、私達は優しくないんだよ」


「承知しています。私の愚行を許せないのならば、今ここで拘束して頂いても構いません。……リエスティアと私の子供を帝国が共和王国に渡す決断をするのであれば、私はどのような形でも反発し、貴方達に反抗する事となるでしょうから」


「……それは、君自身が帝国で内乱を企てるということかな?」


「私の言葉をどのように受け取って頂いても構いません。……しかし私がリエスティアと子供を引き渡す事に本気で反対している事だけは、認識して頂きたい」


 セルジアスとユグナリスは真っ向から対立し、リエスティアと子供の引き渡しに関する意見をける。

 その様相はまさに一触即発であり、帝国の立場から理性を優先するセルジアスと、一人の男として感情を優先するユグナリスでは、相容れられる存在では無くなっていた。


 こうしてリエスティア姫とその子供に関する扱いについて、三者三様の答えが飛ぶ。

 それはガルミッシュ帝国内部に亀裂すら生じさせる、深刻な対立関係へと発展させかねない状況へと陥り掛けていた。

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