親子の再会
父クラウスの墓前に訪れる為に
しかし迎えられる
その様子を見ていた老執事バリスは、おそらく記憶が戻っている様子が窺えるアルトリアが
そんな二人を乗せた馬車は、クラウスの墓が立てられた都市内の大公園に辿り着いた。
公園周辺を囲むように敷かれている護衛兵達の
そして公園の入り口から少し中央気味の位置で馬車は止まり、アルトリアとバリスは共に
その位置から少し遠巻きながらも、アルトリアの青い瞳に目立つモノが映る。
それは黒い大理石によって築かれた、幅十メートルと高さ三メートル程の大きさがある墓石だった。
「――……あれが、
「そのようです」
「……じゃあ、ここで少し待ってて。一人で行くわ」
「分かりました。何か異常がありましたら、身振りでも構いませんので御伝えください」
アルトリアの要望に応えるバリスは、そう頼みながら一人行動を許す。
それに無言で頷いた後に歩き始めたアルトリアは、父親の墓がある方向へ歩き始めた。
その時、二人の馬車を扱っていた
それに気付いたバリスは振り向き、帽子を深々と被った御者を見て怪訝そうな表情を浮かべた。
「……貴方は?」
「……」
「……!?」
御者は怪訝そうな表情を浮かべるバリスを見て、口元を微笑ませる。
そして深々と被り目線や髪を隠していた帽子を脱ぐと、バリスの前でその素顔を晒した。
それに驚きの様子を見せたバリスだったが、無言のまま数秒後に落ち着いた表情を取り戻す。
そして全てに納得したかのように頷き、アルトリアの方に視線を向けながら素顔を晒した御者に対して話し掛けた。
「……なるほど。確かに貴方と彼女が御会いするのなら、今が最も好機でしょうな」
バリスはそれだけを呟き、御者から数歩ほど離れながら馬車の前に控え立つ。
その反面、御者は再び帽子を深々と被り直し、アルトリアが向かった墓の方に歩み始めた。
一方その頃、アルトリアは父親の墓前に辿り着く。
そして黒く大きな大理石で築かれた墓石に刻まれている文字を、アルトリアは目で追いながら読み上げた。
「『――……ガルミッシュ帝国の英雄クラウス=イスカル=フォン=ローゼン、ここに眠る。』か……」
簡素ながらも大きく刻まれていた墓石の文字を見て、アルトリアは含むような笑みを浮かべる。
自分の父親が生前も死後も英雄として
そして実際の墓を見ても不思議と悲しみも沸かない事実を、アルトリアはこの場に赴いた事で確認した。
「……やっぱり私は、クラウス=イスカル=フォン=ローゼンの娘でも、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンでもないのよ……」
アルトリアはその言葉を口にし、
記憶に浮かぶ
その悲しみは深く悲しいモノであり、様々な感情と思考が入り乱れながら
しかしこうして父親の墓の前に来た
ただ記憶で見た父親と称される男が死に、その墓が目の前にあるというだけで、何の感情も沸かず涙すら流す気配も無かった。
そうした部分で
その時になって初めて、自分に近付いて来る馬車の御者に気付いた。
「一人にしてって言ったのに、何やってるのよ……?」
アルトリアは馬車の方に目を向け、そこで佇みながら待つバリスを睨む。
しかしバリスは護衛として御者を止める様子も見せず、ただ自分達の様子を見守るように視線だけを向けていた。
その様子に不可解な表情を浮かべたアルトリアは、改めて近付いて来る御者に顔を向ける。
そこで僅かな警戒を浮かべながら身構えようとした時、御者は口元を微笑ませた後に口を動かし、アルトリアに声を向けた。
「――……記憶を失い
「……!?」
御者は歩みを止めず、深々と被っていた帽子を右手で剥ぎ取る。
すると帽子で隠されていた目と髪が
目の前に素顔を晒した御者は、アルトリアと同じ金色の髪と青い瞳を持つ四十代前後に見える男。
体格は数年前よりも逞しくなり、彼を最も知る子供達でも顔を隠してしまえば誰なのか判別し難い。
しかし素顔を晒した
「……まさか、クラウス=イスカル=フォン=ローゼン……!?」
「ほぉ、俺の事が分かるか。記憶が戻っているというのは本当らしい。――……そう、私がお前の父親だ。アルトリア」
クラウスは不敵な微笑みを見せながら歩み寄り、アルトリアの前に立つ。
そして亡き者となっているはずの父親と対面する事になったアルトリアは、この状況に動揺を浮かべながらも驚愕を強くした。
しかしクラウスは娘アルトリアから視線を逸らし、自分の墓石を見つめる。
そして嘲笑気味な笑みを浮かべ、自分の墓に刻まれた言葉に対する評価を述べた。
「ふっ、セルジアスらしい。私の死を効果的に魅せるように、英雄扱いしているとは」
「……なんで、生きてるの?」
「死んだはずの人間が生きているのは、そんなに不思議な事か?」
「……つまり死んだという話は、嘘だったってことね」
「なんだ。お前ならばこの程度の
「……」
「ん? ……記憶が戻っているとは思ったのだが、どうやら完全にでは無いようだな」
アルトリアは父クラウスの問い掛けを受け、表情を渋らせながら顔を逸らす。
それを見たクラウスは、
それを図星として突かれたアルトリアは、僅かに歯を食い縛らせながら言葉を吐き出す。
「……それで、死んだ人間が何の用なのよ?」
「なに。死後でも、子供の顔は見たいと思うのが親の心だ」
「私の事を
「……」
「子供の頃の記憶は、もう思い出してる。……私の
「……なるほど。今のお前は、私をそう
「違うとでも言うつもり?」
「いいや、違わんな。……強いて言えば、もっと酷かっただろう」
「!」
「アルトリア。私はお前の事を、いや……お前の兄セルジアスも含めて、疎ましく思っていた時期がある。それが、お前と衝突した
「……!!」
クラウスはそう述べながら斜め様に前へ進み、アルトリアの隣に立ちながら自身の墓石を眺める。
それに警戒する様子を見せながら一歩だけ下がり距離を取ったアルトリアは、再び口を開いたクラウスの言葉を聞いた。
「丁度、お前が生まれた一年後か。……お前の母親であるメディアが、この
「……」
「俺は自由奔放なメディアを愛していたし、メディアも私を愛していたと思う。だから私は皇族である事や帝国の事など忘れて、メディアと共に世界を旅して回りたかった。……しかし子供が出来た事で、御互いの関係が変わった」
「……!」
「私は皇族の、この国の皇太子として育てられた。それ故に政務で忙しい父君や母君からよりも、その周囲に居る者達によって育てられた。だから自分の子供に対して、一人の父親としてどういう接し方をすればいいか正しく理解できていなかった」
「……」
「あるいは、メディアが共に居続けていれば。私も正しい父親の在り方を出来たのかもしれない。……だがメディアは、お前を生んだ後に
「……!!」
「
「……荒れてた?」
「領地を生かす為に各帝国貴族達と関係性を結び、様々な政治的な圧力を受けながら領地経営を忙しくしていた。それ故に子供であるお前達と向き合わず、自分自身と領地の事だけを考えるので手一杯となり、お前達の事を二の次にしてしまっていた」
「……」
「それに、お前達の母メディアに置き去りにされた事が尾を引いていたのだろう。……メディアに去られた原因である子供のお前達を、私は愛するよりも、
「……母親が去った理由が、私達に……?」
「メディアは、ログウェルが拾った孤児だった。ログウェルは拾い育てる中でメディアの才能を見出し、数多の教えを説き、一流の魔法師として育て上げた。……しかしそうした過去を持つメディアもまた、自分が生んだ子供にどう接するべきなのか、私以上に理解できていなかったのかもしれん。だから私と子供達を置き去りにし、
「……
「お前達にとっては、そうなるのだろう。……だから私は、心の奥底でお前達の事を
クラウスは過去の出来事を話し伝え、自分自身が子供であるセルジアスやアルトリアにどう向かい合っていたのかを伝える。
それは親を慕う子供が聞けば、酷い衝撃を受けるだろう内容かもしれない。
しかし
逆に父親であるクラウスが、幼い頃の自分に対して酷く抑え込むように接しながら激情を向ける理由を理解し、呆れた様子を見せながら溜息を
こうして久方振りの対面を果たした父クラウスと娘アルトリアは、過去に残る
それは過去と現在の狭間で迷うアルトリアの心情に、一筋の道を示すきっかけとなった。
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