男の望み (閑話その七十四)


 元ベルグリンド王国の和平の証として、ユグナリスの婚約者候補として傍に居たリエスティア。

 彼女を正式な婚約者とすべく、ガルミッシュ帝国皇子ユグナリスは皇帝ちちゴルディオスと皇后ははクレアに真っ直ぐな視線を向けながら頼む。


 ユグナリスの青い瞳を同じ色合いの瞳で見つめ返すゴルディオスは、厳かな表情を浮かべながら問い掛けた。


「……それが、お前の望むことか?」


「はい」


「その望みは、今現在の帝国とリエスティア姫の状況をかんがみているか?」


 ゴルディオスが続ける問い掛けに、ユグナリスは唇を噛み締める。

 その隣に座るリエスティア姫は膝に置く両手を僅かに震えさせていたが、ゴルディオスははっきりとした物言いで言葉を続けた。


「ベルグリンド王国は現在、オラクル共和王国と名称を変えた。更に四大国家の盟約から外れ、各地から腕利きの傭兵達を集めていると聞く。……実質的にベルグリンド王国は既に亡く、リエスティア姫をお前の婚約者候補として帝国内に留める理由は無いに等しい」


「……ッ」


「今はオラクル共和王国から、再び和平の使者が訪れると聞き迎える準備を行っているが。その使者が述べる言葉次第では、我がガルミッシュ帝国とオラクル共和王国との関係は破綻する。……リエスティア姫を今も賓客ゲストとして扱ってはいるが、事と次第によっては使者が来るより先にオラクル共和王国に返還する事も考えていたところだ」


「……!!」


「更に、ローゼン公爵からリエスティア姫の事を聞いている。……彼女が現オラクル王ウォーリスの実妹いもうとでは無い可能性。そして、もう一つの可能性もな」


 ゴルディオスは厳かな声と表情を見せながら、リエスティアを睨むように見る。


 以前にローゼン公セルジアスによって暴かれた、リエスティアの素性。

 孤児だった彼女は妹としてウォーリス王に引き取られ、人質を兼ねた婚約者候補としてガルミッシュ帝国に差し出されたこと。

 更にリエスティアが僅かに残す幼い記憶から導き出されるルクソード皇国第二十一代皇帝ナルヴァニアと、帝国で内乱を起こしたゲルガルド伯爵家との関係性。


 これ等の情報だけでも、リエスティアは帝国皇子ユグナリスの婚約者候補としては傍に置く事は出来ない。

 にも拘わらず、そのリエスティアを正式な婚約者にしたいというユグナリスの望みは、ガルミッシュ帝国に混沌と混乱を齎す内容ことだった。


 そうした事をゴルディオスは述べながら、再びユグナリスに問い掛ける。


「ユグナリス。お前は既に、このガルミッシュ帝国に大きな不利益をもたらした」


「……アルトリアの事ですね」


「そうだ。お前の行いがアルトリア嬢を憤慨させ、この帝国から離れさせた。彼女の才能と知識は稀有なモノであり、この帝国に多くの繁栄ものを齎す。それを余やクラウスは期待していたからこそ、彼女をこの帝国くにに何としても留めさせたかった」


「……ッ」


「お前の婚約者にアルトリア嬢を置いたのも、同じ皇族の血脈だからという理由だけではない。あの才と知識を他国や反乱勢力にられぬ為だった。……そしてお前の伴侶となってくれるのならば、お前が継ぐ次の帝国にとって大きな助けになると考えたからでもある」


「……でも、私とアルトリアは……!」


「お前とアルトリア嬢が嫌い合っていたのは、知っていた」


「!」


「だがそれも互いの若気が起こす衝突であり、いつか和解し共に手を取り合ってくれると期待していた。……だが、そうはならなかった」


「……」


「お前は既に一度、帝国の国益を大きく損ない、大きな混乱を齎した。……それを挽回する機会を与える為に、あのログウェルを付かせ、余とクレアが甘やかしてしまったお前の心根を鍛えさせるつもりだった」


「……ッ」


「だがここに戻って来たお前は、再び帝国の国益を損ない、再び帝国の混乱を招きかねない事を望んでいる。……それがどれほど私を落胆させたか、その自覚がお前にあるのか? ユグナリス」


 皇帝ゴルディオスは今までに無い程に厳しく、そして低く重圧のある声を発する。

 それを隣で聞く皇后クレアも顔を僅かに沈めた後に、厳しい表情を見せながらユグナリスを見つめた。


 父親と母親として息子の望みを叶えるのではなく、帝国くにの頂点に立ち今後を憂う皇帝おう皇后きさきとして反する意見を持ち、後継者である皇子おうじユグナリスに問い掛ける。

 その意思を明確にさせる二人に対して、初めて向けられる両親の反意を受けたユグナリスもまた、子供ではなく皇子の立場から言葉を発した。


「――……失礼ながら。陛下の述べた共和王国やリエスティアに関する事は、全て『可能性』の話です」


「!」


「オラクル共和王国のウォーリス王は、継続した和平を我が帝国に望むと聞いています。共和王国の使者が訪れ、再び帝国との和平となれば。リエスティアは共和国の姫君となり、私の婚約者候補としての立場が続く事になるでしょう」


「……」


「またリエスティアの素性も、あくまで我々の憶測から域を出ません。ウォーリス王はベルグリンド王の養子として王国の第三王子になったと聞きます。ならば彼女自身が覚えていないだけで、本当に彼女はウォーリス王の妹かもしれない。そしてもう一つの可能性に関しても、物証を持って証明されているモノではありません」


「……なるほど。だがお前の言うこともまた、『可能性』という事になるな」


「そうです。陛下や私が述べた話は、ただの『可能性』。その『可能性』だけで、彼女の存在を否定する事に繋がってはならないと、私は考えます」


 ユグナリスは力強い言葉でそう述べ、ゴルディオスが述べた言葉と真っ向から対峙する。

 父親であり皇帝であるゴルディオスと、その息子であり皇子であるユグナリスの対立した状況を見ながらも、母親であり皇后であるクレアは瞳は安堵を浮かべているように見えた。


 そうした形で反論されたゴルディオスは、再びユグナリスに問い掛ける。


「確かに、『可能性』だけでリエスティア姫を否定することは行き過ぎた事かもしれん。……ならばリエスティア姫を肯定し婚約者にしたいと言うお前もまた、行き過ぎたことを行っているのではないか?」


「いいえ。それは違います」


「何が違う?」 


「私は陛下のように、『可能性』だけを見て彼女を婚約者にしたいと望んだのではありません。……私は彼女を、リエスティアを今まで見続けたからこそ、生涯を共にする伴侶で在りたいと望んだのです」


「……」


「この一年間、私はリエスティアと共に過ごしました。私は始め、不自由な身体で過ごす彼女とどう接するべきか分からず、何か施しを与えた方が良いのかと考えたこともあります」


「……」


「しかし彼女を知っていく内に、その考えは誤りなのだと気付きました。リエスティアは他者の助けを必要とする中で、常にそうした自分の事を引け目として感じ、自分で行える事なら全て自分で行うようにしていた。……彼女は不自由な身体を持ちながらも自ら行う事の為に努力を欠かさない気丈さを持ち、見た目のように弱々しい女性ではないのだと知りました」


「……」


「私自身が聞くまで、彼女は一度として私を頼るように物を欲する事も無かった。……そんな彼女に、私は好意を抱きました。」


「!」


「私は一度だけ、彼女に欲する物を聞き出し贈り物をしました。……そして贈り物を受け取り、ただ喜び礼を述べてくれる彼女の笑顔に見惚れました」


「……!」


「私はリエスティアの素性や立場に、少しの興味も抱いた事はありません。そして私自身も、皇族や皇子という立場ではなく。一人の男として、リエスティアという素晴らしい心根を持つ女性を得たい。そう考え、父上と母上に彼女との結婚を認めて頂き、祝福して欲しいのです」


「……ユグナリス様……ッ」


 ユグナリスの力強い言葉に、両親であるゴルディオスとクレアは驚いを秘めた瞳を見せる。

 それを隣で聞くリエスティアもまた、閉じた瞼から感涙の涙を漏らし、口を覆いながら小さな嗚咽を漏らしていた。


 更にユグナリスは覚悟を強め、両親に対して告げる。


「もし帝国皇子という肩書が私達の仲を邪魔するのであれば、私は自分の立場を捨て、一人の男として彼女と居続ける事を選びます」


「……本気か?」 


「はい」


「皇子として育てられたお前が、帝国の外で生きる覚悟があると?」


「……ログウェルとの鍛錬で、人が生きる厳しさを教わりました。そして人が生きる上で、様々な工夫も必要だと学びました。……私はこの場に赴く上で、リエスティア以外の全てを捨てる覚悟でこの場にのぞんでいます」


 青い瞳と鋭い表情を向け合るユグナリスの覚悟を確認するように、ゴルディオスもまた厳しく鋭い表情と瞳を向ける。

 そうして息も止まるような静寂に包まれた室内で先に息を漏らすように吐いたのは、皇帝ゴルディオスだった。


「……はぁ。……分かった」


「父上……!」


「だが、まだ婚約者候補のままだ。……先程の『可能性』でも述べたように、まだオラクル共和王国との和平が正式なモノになるかは不明だ。そして向こうの出方次第では、リエスティア姫を引き戻そうとする可能性もある」


「それは、確かに……」


帝国こちらが返さずとも、共和王国むこうがリエスティア姫を求めて返却するよう求めれば、こちらとしては断る理由が無い」


「その時は。私自身が共和王国に赴き、リエスティアの兄であるウォーリス王に結婚の承諾を頂いてきます!」


「……まったく。ログウェルは期待以上に、お前を強く鍛えたようだ……」


 ゴルディオスは呆れるように呟き、豪胆な成長を見せるユグナリスに僅かに微笑む。

 そうして父子が微笑みを浮かべる様子を母であるクレアは安堵する息を小さく吐き出し、ユグナリスの隣に居るリエスティアに僅かに細めた視線を向けていた。

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