樹海の交渉 (閑話その五十五)


 セルジアスに紹介される形で着飾り訪れたパールは、食事の席でガルミッシュ帝国の皇帝ゴルディオスと皇后クレアと面会する。

 そして訪れたパールに対して、威厳を持ったゴルディオスは優しい声が伝えた。


「座りたまえ」


「はい」


 パールはゴルディオスの応じに答え、向けられた手の先にある席に座る。

 セルジアスの自分の席に付き、四人は机を囲む形となった。


 そしてグラスに注がれた食前酒の葡萄酒ワインを飲んだゴルディオスは、パールに向けて話し掛ける。


「――……君は、南部の樹海に棲む者だそうだね?」


「はい」


「その代表として、君は私への目通りを願ったとローゼン公から聞いたが。……君のような若者が、本当に代表として来たのかね?」


「そう……はい」


「ふむ。君がどうして選ばれたのか、理由を聞いていいかね?」


「アタシが、部族の中で一番強いからだ……です」


「ほぉ……」


 問い掛けられるパールが出した言葉に、ゴルディオスは訝し気な様子を見せる。

 年若い二十代前半の女性であるパールが最も強いから選ばれたという理由には、少なからず疑問を持ったのかもしれない。


 そんなパールに助け船を出すように、セルジアスは横から入り説明をした。


「皇帝陛下。彼女がここに訪れた理由は、もう一つあります」


「ほぉ、もう一つとは?」


「彼女が、我が父クラウスの最後を見届けた人物だからです」


「!」


「先日、私の名で父上の死と遺品の回収が行われた事を御伝えしたと思います。その遺品を届けてくれたのもまた、彼女なのです」


「……なるほど。そうなのか」


「父上は刺客に追われ樹海まで逃げたようですが、崖に落ち重い鎧を着たまま溺死していたそうです。そして水場に流された遺体が、樹海の水場に流れ着いていた様子を彼女が発見しました」


「……」


「その後、父上の死体は彼女の部族の掟に則り、火葬し遺骨の灰を樹海の地に埋めたそうです。捜索を手伝って頂いていたログウェル殿が、その樹海で彼女と接触し、遺品を渡しその説明を行って頂きました」


「……そうか」


 弟であるクラウスの死を聞いたゴルディオスは、僅かに沈んだ表情を見せる。

 しかし小さく首を横に振りながら、改めてゴルディオスはパールに顔を向けた。


「……パール殿、だったね?」


「はい」


「クラウスの死を見届け、また遺品を届けてくれた事に、感謝しよう」


「あ、ああ。いえ……」


「……クラウスは、私より優秀な弟だった。……本来、この国の皇帝となるのなら、クラウスの方が相応しいと私は言ったこともある」


「……」


「しかしクラウスは、私に言うのだ。『俺がなるより、兄上わたしが皇帝になる方が国は平穏になる』とな」


「……陛下……」


「二十年ほど前。皇国を中心に起きた内乱は、皇国の先皇王アレクの末娘で私の婚約者として帝国に赴いていたクレアも巻き込もうとした。……しかし私をこの国に留まらせ、自ら内乱を収めようとしたのはクラウスだった」


「……」


「クラウスは私達にこう言った。『兄上達の結婚式までには終わらせる』と。……まさか本当に終わらせて、更に皇王の座を放棄して戻って来るとは、驚かされたものだった」


「……そうでしたね」


 ゴルディオスは少し寂しそうな表情を見せながらも、微笑みを含んだ口調でその事を話す。

 隣に座る皇后クレアもまた同じように微笑み、その話に同意した。


「その後もローゼンの姓を与えられたクラウスは数々の功績を立て、皇帝となった私を支え助けていた。……弟に助けられっぱなしで、兄としては情けなく思う事も多かったよ」


「……」


「クラウスが居ない今でも、私が出来る事に変わりはない。……平穏を保ち、民を豊かに過ごさせる国で在り続ける決断をすること。それがこの国の『皇帝』としての、私の役目だと考えている。……セルジアス」


「はい」


「いずれは、私もクラウスの後を追うだろう。そうなれば、ユグナリスに様々なモノを押し付けてしまう。……その時に、あの子を支えてやってほしい」


「承知しています」


「ありがとう。……さて、食事をしよう」


 クラウスに死についての心情を改めて吐露するゴルディオスは、寂しそうな表情から微笑む表情に戻る。

 そして軽く手を挙げたゴルディオスに応じ、前菜から始まる食事が行われた。


 食事中は語らいは少なく、調理をした料理人が訪れながら説明を交えた話が中心となる。

 振る舞われる料理に使われる特産品と、そうした物の流通状況や品質などを聞き、僅かにゴルディオスとセルジアスの間で政治的な会話も行われた。


 それを理解できないパールは、ただ最低限のテーブルマナーを守る為に必死にナイフとフォークを扱い食べて行く。

 しかし何種類もの料理が出され美味しく感じながらも、年齢が高いゴルディオス達に合わせた少量で出される為に、若いパールは少し物足りなさを感じさせていた。


 そうした食事も終わり、フルコースの最後であるドリンクが振る舞われる。


 皇帝と皇后の夫婦は互いにグラスに注がれた混成酒リキュールを飲み、セルジアスは珈琲コーヒーを飲む。

 パールは料理人から用意された物で何が良いかと問われたが、酒の種類など分からないので目に付いた物を頼みグラスに注がれた。


 そうした時に、ゴルディオスから再びパールは尋ねられる。


「――……パール殿。君は樹海に棲む使者として、ここに訪れたと言ったね」


「あっ、はい」


「君には何か述べる事があり、私に目通りを願ったと思う。……改めて尋ねよう。君は何を望み、ここまで来たのかね?」


 そう尋ねられ、パールは食事の不満感を引かせて気を引き締める。

 そして背筋を伸ばし、ゴルディオスの碧眼と目を合わせながら答えた。


「――……我々、樹海の部族は。貴方達の国と盟約を結びたい」


「ほぉ、盟約とな……?」


「そう。盟約を結び、我々の存在を、そして樹海を脅かさぬことを保障してほしい」


「……もう少し、詳しく聞こう」


「アタシ達の先祖は、この国に仕えるガゼル子爵家と盟約を結び、あの地で互いに干渉せず暮らして来た。……だが最近、この国の者達が樹海に入り込み、我々や樹海を脅かしている」


「ふむ……」


「ガゼル子爵家はこの国に属する立場で、国から命じられれば樹海と交わした盟約も守られないと聞いた。……だから今度は、ガゼルという『いえ』ではなく、ガルミッシュという『くに』と盟約を結びたい」


「……なるほど。確かに、一領主の交わした盟約よりも、国と盟約を交わす方がいだろうな。……しかし帝国が君達と盟約を交わし、どのような利益メリットがあるのかね?」

 

「メリット……」


「手が入れられてはいないが、南部の樹海も間違いなく帝国領土に含まれている。そこに住む君達と盟約を交わさずとも、我々の国には時間を掛けてあの地を開拓できる技術があるのだ。今はそれを、行っていないだけに過ぎないのだよ」


「……」


「あるいはそうした場合、君達は抵抗するのだろう。それは当然とも言える。しかしそうした不利益デメリットで盟約をわすことを望むのは、逆にこの国を刺激するだけになる。……帝国が君達と盟約を交わし、どのような利益メリットがあるのか。それを述べられない限り、君達と盟約を結ぶ価値を私は見出せない」


 ゴルディオスは『皇帝』として、盟約を結ぶ際に必要な条件を伝える。


 不利益デメリットではなく、利益メリットによって結ばれる盟約。

 ルクソード皇国の植民国であるガルミッシュ帝国は基本的に皇国の方針を則り、そうした指針を持っていた。


 盟約を結ぶ際の利益メリットを求められるパールは、少し考えた様子で顔を俯かせる。

 そして十数秒後、顔を上げて再びゴルディオスに伝えた。


「――……『利益メリット』は、ある」


「ほぉ? 聞こう」


「まず、樹海の自然。あそこには様々な植物があり、この国では物珍しいモノが育つと聞く。中にはこの国の薬学では希少とされるモノも群生しているそうだ。……そんな樹海を害する開拓をすれば、それ等の群生地を失うだけになる」


「……」


「次が動物だ。樹海の中は様々な動物も育てる。それ等が育つ樹海を失えば、動物も絶滅する。……樹海の中には、お前達の国土内で既に絶滅に瀕した希少動物達も多く生息していると聞いた」


「……ほぉ」


「樹海には、この国では失われたモノが多く残っている。……樹海に棲む部族はその樹海を守り、それ等が何処にあるかを把握している。しかしアタシ達の文明技術では、使い道が無いモノも多くある」


「……なるほど。君は樹海にしかないモノで、この帝国と『貿易』したいと言っているのだね?」


「はい」


 語られる利益メリットが何かを察したゴルディオスの結論は、パールを同意させる。


 ガルミッシュ帝国は発展する中で領土を開拓して来たが、その分で多くの自然を壊して来た。

 過去に存在した動植物は二百年という時間の中で絶滅している事が多く、希少とも言える植物や動物も多い。


 しかし樹海には、まだそれ等が残っている。

 そして広大な樹海に棲む部族達はその在処を把握しているが、まだ技術力が低いだけに利用価値を感じず放置しているモノも遥かに多い。


 それを帝国に『貿易』という形で受け渡す事で、樹海に棲む部族達と樹海自体を干渉しない事を求めていることを、パールは述べていた。


「……確かに、大自然の恩恵という物は確かに存在する。動植物は勿論、質の良い魔物や魔獣の素材や摘出される魔石もまた、豊かな自然が在ればこそ得られるのだろう」


「アタシ達の部族は、そちらが魔物や魔獣と呼ぶモノを獲物にしている。そうした時に様々な色合いの石を得ていたが、使い道が無くて捨てていた」


「!」


「だが普通の石とは違うので装飾にする部族もいる。だからそういう石は少し溜まったら、そういう部族に分けていた。……その石が欲しいなら、この国に回してもいい」


「……なるほど。ちなみにその石は、大きいモノでどれ程かね?」


「確か、大きく珍しい獲物からだと……このくらいはある。少し小さいけど、これくらいのもある」


「……上級魔獣と、中級魔獣から採れる魔石。あの樹海には、やはり高い等級魔獣が生息しているのだな」


「珍しい魔獣えものと言えば、火山の方に行くと腕が翼になっている二本足の赤い蜥蜴がたまに見かける。五人くらい横に寝て並ぶ大きさがある」


「!?」


 魔獣の話が出た際にパールがそう述べると、ゴルディオスとセルジアスが互いに驚愕した表情を見せる。

 そして二人はやや前のめりになり、パールに聞いた。


「……まさか、翼竜ワイバーンがいるのか……!?」


「人間大陸では、既に絶滅していると聞いていたはずですが……」


「こちらでは、ワイバーンと言うのか? 昔は勇士達で狩っていたと大族長に聞いたことがある。今は翼竜アレを一人で狩れる勇士は、アタシくらいだ」


翼竜ワイバーンを、単独で倒す……!?」


翼竜ワイバーンは確か、人間大陸では上級魔獣ハイレベルに指定されていたはずです」


「奴等は滅多に火山の近くから離れないが、獲物えさが無いと部族の村を襲ったりする。その時に戦い、目玉を突いて倒した」


「……その翼竜ワイバーンは、どうしたのかね?」


「焼いて食べた。獲った獲物はちゃんと食うのが、森の掟になっている。少し肉は硬いが、食えなくはなかった」


「……」


 昔の出来事を語るパールの平然とした表情を見て、セルジアスはそれが嘘ではない事を悟る。


 今までパールの実力は他の者達によって霞んでいたが、その素早さは当時のエリクを凌駕し、更に魔法を使っていないクラウスを圧倒する実力を見せていた。

 エリクには体格や力、更にクラウスには武具や魔法の差によって敗北を喫してはいるが、あの険しい樹海に棲み鍛えられたパールは間違いなく規格外バケモノ染みた身体能力があると言ってもいい。


 上級ハイレベルに指定されている魔獣を倒せる実力は、武装した帝国騎士の中隊規模に匹敵する。

 勇士パールの実力が語られる通りであれば、樹海の代表者としては相応しいのも頷けた。


 樹海には思った以上に、人間大陸で失われた動植物が存在している可能性さえ聞かされる。

 それを聞いたゴルディオスは一考し、パールに対してこう述べた。


「……なるほど、君の話は聞かせてもらった。……セルジアス」


「はい」


「彼女を使者と認め、この話を行う正式な議会を設けたい。それと、ガゼル子爵家にも声を掛けておいた方が良いだろう。――……パール殿。君の申し出は、皇帝わたしの名において前向きに検討させてもらおう」


「……!」


 ゴルディオスはそう述べ、パールの盟約に関する申し入れを議会に出す事を約束する。


 それの準備を指示されたセルジアスは頷きながら応じ、パールの方を見て微笑み掛けた。

 パールもまたその顔を見て、自分の交渉が話し合われる価値があるモノだと判断された事を悟り笑顔を浮かべる。


 そんな二人を見ていた皇后クレアは、隣に座る夫ゴルディオスに囁いた。


「――……あの子、いんじゃないかしら?」

 

「?」


「ほら、セルジアス君に……」


「……なるほど。言われてみれば……」


 クレアの言葉にゴルディオスも納得し、もう一つの思案が浮かぶ。

 

 こうして皇帝ゴルディオスと会う事に成功したパールは、樹海と帝国が結ぶ盟約の第一歩を歩み始める。

 そしてそれを繋いだセルジアスという青年もまた、父親クラウスが送り出したパールという女性と出会うきっかけとなったのだった。

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