使者の訪問 (閑話その五十四)


 ログウェルの助力を得て、恋人関係となったリエスティアの為に皇帝ちちおや皇后ははおやとの二年振りの再会を叶える賭けにユグナリスは勝利を収める。

 そうした話が水面下で進められる中で、その二人の関係に関して説得される側に立つローゼン公にも帝都の宰相室にて報告が届けられた。


「……やっぱり、情に流されてしまったようだね。ユグナリスは」


「は、はい」


「……まぁ、それも『切り札ジョーカー』の布石に出来るか」


「え?」


「こちらの話だ。――……分かった。私から陛下達に御話を通そう。日時と日程、更に帝都へ赴く際の細かい指示もこちらでする旨を、ユグナリス達に伝えてくれ。後で書状も届けさせる」


「ハッ!!」


 宰相室まで報告を届けた騎士にそう伝えると、セルジアスは心の中に浮かべた笑みを表情にも見せる。

 そして騎士が出て行った室内でカップに注がれた珈琲コーヒーを飲みながら、セルジアスは呟いた。


「――……王国側ウォーリスも、まさか傷物で正体も不確定な彼女リエスティアが、帝国側こちら皇子ユグナリスと本当に婚姻するとは思っていなかっただろう。……仮に想定していたとしても、向こうは必ず動きを見せるはずだ。それが動揺から来る即興モノなのか、あるいは計画性がある行動ものなのか。それを見極める機会チャンスでもある……」


 二人の正式な婚約に関して、セルジアスはこうした理由を考え受け入れる事を決める。

 リエスティアが正式に婚約する事を伝えれば、少なくとも王国側はそれに応じて何かしらの対応を迫られるからだ。


 それが予想外の事であれば王国側は慌て、何かボロを出す可能性が高い。

 あるいは正式な婚約すら予測していた計画ことだとすれば、再び新たな一手を向こうは示して来るだろう。


 帝国こちらが打った正式な婚約うごきに、王国側ウォーリスはどう応じるか。

 その反応こそ見る価値があると、セルジアスは策略家としての興味を持って智謀ちぼうを働かせていた。


「……さて。その前に一つ、『あちら』の交渉を進めてしまおうか」


 セルジアスは全ての仕事を終えて席を立ち、宰相室から出て行く。

 そして帝都の城内に設けられた一つの客室に訪れ、その前に待機していた一人の騎士に呼び掛けた。


「――……彼女は?」


「ハッ、御部屋に戻られています」


「そうかい。もうすぐ夕食時だけれど、その前に話をしたいのだが」


「ハッ。少々、御待ちください」


 騎士はそう言うと客室の扉を大きく三度叩き、少しして中から女性の侍女が出て来る。

 そして騎士がセルジアスの訪問を伝えると、侍女はそれを聞き扉を締め、それから数十秒後に再び開かれた。


 そして騎士を通じて、侍女の言葉が伝えられる。


「構わないそうです」


「分かった。それじゃあ、失礼しよう」


「ハッ、どうぞ!」


 騎士は敬礼を向けてセルジアスを客間に通すように扉を開け、そこに待つ侍女が洗練された畏まり方で頭を下げる。

 そして客間の奥に歩み進むと、そこで立ちながら待っていた人物にセルジアスは話し掛けた。


「――……帝都の御感想は、どうですか? パール殿」


「……凄いとしか、言えない」


 その客室を与えられていたのは、ローゼン公爵セルジアスの賓客ゲストとして認められた樹海に棲む部族の勇士パール。


 しかしその表情は不機嫌さが見え、姿は樹海のような簡素ラフな服装ではない。

 筋肉質だった褐色の肌はそれに合う薄い麦色の女性服ドレスを纏い、肩まで伸びちぢれた黒い髪は美しく整え伸ばされていた。


 それを見たセルジアスは微笑み、パールに対して褒める言葉を向ける。


「御似合いですね」


「そこの女が選び、着せられただけだ」


「帝都では、ある程度は身嗜みを整えて頂く必要があります。――……何せ、貴方は『交渉』という名目でこの帝都まで赴いたのですから」


「……」


樹海そちらには樹海そちらの、そして帝国こちらには帝国こちら秩序おきてがあるということです。納得してください」


「……分かっている」


 パールは不服そうな表情ながらもセルジアスの言葉に同意し、溜息を一つ零す。

 そんなパールに向けて、改めてセルジアスは用件を伝えた。


「――……これから夕食時ですが。私は今回、夕食を陛下や皇后様と行う予定です」


「!」


「月に何度か、そうした場を設けて私個人と陛下で話を行うのです。――……その場に今回、貴方を賓客ゲストとして連れて紹介しようかと考えています」


「……本当か?」


「ええ。貴方は皇帝陛下の弟の死を見届け、とむらった方です。そうした話は公然とした場よりも、粛々しゅくしゅくとした場で御話した方がいかと思いますので」


「……分かった。紹介してくれ」


「分かりました。――……それと、その席に関する事で一つだけ忠告を」


「?」


「あくまで、今回は皇帝陛下に対する『紹介』という形で席に着くことになります。貴方は我が父の死と、それに伴い貴方の故郷に関する事で交渉をしたい事を伝えて頂くまでは構いません。しかし、実際に交渉を決議する場は別の機会を設けさせて頂くことになるでしょう」


「……食事の時に、決めるのは駄目なのか?」


「駄目ですね。国事に関わる話を個人的な食事や宴会の場で決めるというのは、あまり良い事ではありません。それを皇帝陛下が個人的な意向で決めたと言われれば、周囲の者達は反感を持つでしょう」


「……よく分からないが、この国で最も強い権力ちからを持つのが皇帝と呼ばれる者なのだろう? その皇帝の決めたことに、周りが反感を持つのか? 最も偉いのなら、誰もが従うだろう」


「帝国の国事や政治に関しては、最終的には皇帝陛下の決断を必要とします。しかしその決断に至るまでの中で、それぞれの役職に就いた者達にも意見を求める必要があるのです。皇帝陛下の独断で決めてしまうと、そうした者達の存在をないがしろにしていると思われてしまうのですよ。そうなれば、皇帝陛下の権力地盤を揺るがしかねないのです」

 

「……樹海こっちの話で例えるなら、大族長が勝手に決断した事に、族長達が納得せず従わないということか?」


「そういうことですね。――……貴方が私に述べた願いの場は、確かに御用意させて頂きます。しかしその場で行われる交渉を成功させる為には、貴方自身の交渉術も必要です。それを、お忘れの無いように」


「分かっている」


「それでは、時間になれば御迎えに来ます。――……ああ、そうだ。テーブルマナーは覚えましたか?」


「……す、少しは……」


「料理を手掴みで頬張ほおばるのは、流石に止めてくださいね。ある程度の品格を見せなければ、交渉できる対等な相手とは認識して頂けませんから」


「分かっている!」


 セルジアスは苦笑しながら心配し、パールは怒った様子で大丈夫である事を伝える。


 フォークやナイフと言った食器を樹海に出て初めて使うようになったパールは、始めこそ食器それらをどう扱うか理解できなかった。

 周囲で食べる者達を真似て手に握るが、上手く刺せず皿に乗った料理を零したり、ナイフで切る際に力を込め過ぎて皿ごと割ってしまうという事も何度か起こったのだ。


 セルジアスが用意した侍女達から辛うじて最低限の作法を学べたパールは、アリアのような淑女とは呼べずともある程度の見れる食べ方まで端正できている。

 しかし誰も見ていないと指で摘まみ食べようとするので、念押しでの忠告が行われた。


 そしてその日、皇帝ゴルディオスは皇后クレアを伴い帝都の高級食堂レストランにて厳重な警備網を敷かれながら食事を行う。

 宰相であるローゼン公セルジアスもそれに同行し、貸し切られた食堂内にて始めに軽い談話を交えた。


「――……なるほど、ユグナリスが……」


「はい。リエスティア姫との婚姻の件に関して、陛下や皇后様との御面談を願っています」


「陛下……」


「……あれから、もう一年以上も経つのだな。……ログウェルも認めているのだ。ユグナリスの面会を許す。リエスティア姫を伴うこともな」


 ユグナリスが面会を求めている事を聞いたゴルディオスは、それに応じる事を述べる。

 それに妻であるクレアも喜びで表情が明るくなり、一年以上も会っていない皇子むすこと再会できる場が設けられたことを喜んだ。


 それを聞き届けたセルジアスは、小さく会釈しながら答える。


「分かりました。ではこちらで予定を立て、陛下やユグナリス達にその旨を御伝えします。よろしいですか?」


「頼む。……セルジアス。君には多くの政務を任せてしまっているが、その手腕には大いに助けられている。各領地の復興も、もうじき終わるのであろう?」


「はい。このまま順調に進めば、復興領地は三ヶ月以内に国からの支援を行わずに自立できるかと」


「では、国境沿いに設けるという王国との同盟都市建設も?」


「はい。既に必要な資材の準備と、人材の人選を進めております。また都市の構築図もまもなく完成すると連絡がありますので、今年中に都市建設の整地作業を行える予定です」


「そうか。……本当に、心から感謝しよう。君が居なければ、この帝国くには今も混迷としていたはずだ。王国との和平を結ぶ段取りも、主導権は握れなかっただろう」


「若輩者故、まだ至れぬ部分もありますが」


「いいや、とても立派だよ。……何か、君の功績に対して褒賞を与えるべきとも考えておるのだが……。どうだね? 何か望むことはあるかね?」


「勿体ない御言葉です。……しかし一つ、陛下に御願いがございます」


「何かね?」


「実は私の領地に、一人の使者が訪れました。その方が、陛下への御目通りを願っています」


「ほぉ、それは誰かね?」


「南部のガゼル子爵領に存在する、巨大な大樹海。そこに棲む者です」


「……ふむ。確か以前に報告があった、樹海の部族という者達か?」


「はい。その代表者が、ログウェル殿と共に我が領地に訪れました。今は私の賓客ゲストとして、扱わせて頂いております」


「ふむ……。……君の頼みだ。会う分には、問題は無かろう」


「ありがとうございます」


「それで、その者との面会はいつ行うことになる?」


「実は既に、この食堂の外で御待ち頂いています」


「ほぉ……。……なるほど。ならばその者に会う事が、君に対する褒賞ということで良いのかね?」


「構いません」


「そうか。それほど君が推す人物ならば、会ってみようか」


「ありがとうございます」


 セルジアスの願いを承諾したゴルディオスは、その人物との面会を許す。

 そして席を立ったセルジアスは一度だけ外に出ると、外に待機させていた一つの馬車から一人の人物を降ろし導き、食堂内までエスコートした。


 再び食堂の入り口が開けられ、セルジアスと共にその人物は現れる。

 それを見たゴルディオスとクレアは、共に小さな驚きを秘めた表情でその人物を見た。


 その人物はセルジアスよりも頭半分程は身長は低いが、見える褐色肌の肩と腕部分が細くも筋肉質である事が窺える。

 そして着飾られたドレスと施された化粧に負けない凛々しい表情の女性であった事が、二人を驚かせる要因だった。


 セルジアスはその女性を伴い、二人の席に近付く。

 そしてその女性を紹介するように、セルジアスは小さく左手を翳し向けた。


「彼女が、招かせて頂いた私の賓客ゲストです」


「――……パールだ。よろしくお願いする」


 セルジアスと共に訪れたパールは、こうして皇帝ゴルディオスと皇后クレアと面会する。

 そしてここから、樹海と部族を守る為にパールに与えられた役目を果たす正念場となった。

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