紳士の礼節 (閑話その四十六)


 樹海の部族を代表し『親善大使』に選ばれた女勇士パールは、ガルミッシュ帝国との盟約を結ぶ交渉を行う為に樹海から出る。

 そしてローゼン公爵領地に設けられた屋敷内にて、帝国宰相セルジアス=ライン=フォン=ローゼンとの対話が行われた。


 しかしパールは交渉し盟約を勝ち取る事を目的としている中で、セルジアスは悠然とした面持ちと様子で穏やかに微笑みを向ける。

 言葉で戦うつもりだったパールはそうする相手に僅かな動揺を抱く中で、セルジアスに先手を打たれる形で話が始まることになった。


「――……パールさん。本日は私に話があると言うことを、そちらにいるログウェル殿から伺っております」


「あ、ああ。そうだ」


「本来は捜索報告をログウェル殿から先に伺いしたいところですが、その事にも貴方の話が関わっている様子。なので貴方パールの御話から御伺いしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


「……分かった」


 穏やかな口調で話を進めていくセルジアスに、パールは落ち着きを戻す為に一息だけ吸い吐く。

 そして表情を引き締めながら、パールはここに赴いた理由を説明した。


「――……先程も言った通り、我々の部族はこの大陸の南部に広がる樹海に棲んでいる」


「……」


「我々が樹海そこに棲み暮らす際、不可侵の盟約をガゼルと呼ばれるこの国の家と結んでいた。……にも関わらず、この近年で幾度もこの国の者達が樹海に踏み入り、我々と樹海を害する事を行っている」


「……なるほど。それを抗議する為に、わざわざこちらまで?」


「それもある。そして先頃には、お前達が寄越した傭兵と呼ばれる者達と、この老人が樹海の中に踏み込んだ。おかげで侵入者対策に張った罠が多く壊され、非常に迷惑をした」


「そうですか。……しかし残念ですが、貴方達の部族が結んだという盟約は、あくまでガゼル子爵家だけの盟約もの。ガルミッシュ帝国全体がその盟約を承知しておらず、また従う理由が無い事を、御理解して頂きたい」


「……」


「それに貴方達が棲み暮らす南部の樹海は、あくまで帝国領土の一部と我々は捉えています。そしてその管理を行っているのは、貴方達と盟約を結んだというガゼル子爵家です。彼等はガルミッシュ帝国に属し、皇帝陛下に仕える貴族家の一つでもあります」


「……ッ」


「当時のローゼン公爵家当主は皇帝陛下の許可を頂いた上で領軍を動かし、貴方達の棲む樹海に軍を踏み込ませた。それに助力したガゼル子爵家は確かに貴方達と結んだ盟約を破る行為を行ったのでしょうが、彼等は『ガルミッシュ帝国』に仕える貴族として義務を果たし、国の法に従ったに過ぎません」


「……お前達は、何も悪い事はしていない。そう言いたいのだな?」


「その通りです」


 帝国に非が無い事を断言しながら微笑むセルジアスの声と顔に、パールは僅かに怒りが沸きながら再び呼吸を吸い吐き落ち着かせる。

 抗議に対して一歩たりとも妥協せず非が無い事を主張するセルジアスは、今度はパールに対して言葉を突き付けた。


「……実は貴方達の棲む樹海に関して、ガゼル子爵家に国から申している事があります」


「!」


「樹海に進軍した際に樹海内部を幾らか調査しましたが、あの広大な土地に比するように巨大な樹木が多く、それ等の大きな根が原因で地盤が非常に不安定の様子。もし大規模な地震や津波などの災害が起きた場合には、大きな被害を周辺に起こしかねないという専門家達の意見が出ています。なのでガゼル子爵家には、早急に領地の改善を行うように指示を出そうとしているところです」


「か、改善……?」


「地盤を不安定にさせている樹木を切り崩し、樹海を開拓せよという指示ことです」


「!!」


「本来は管理を委任している貴族家の領地に関する事を口出しする事は、あまり国としても良い事ではありません。しかし樹海の状況を皇帝陛下に報告した際、民に危険が及ぶのならば早急な対処が必要なのではと仰れております」


「……ッ!!」


「ガゼル子爵家が開拓に入用のモノがあれば、我がローゼン公爵家や他の貴族家もその援助をしたいと考えています。……その際に何かしらの障害に因り被害を受けるようであれば、他家を含んだ領軍を動かす事になるかもしれませんね。致し方ない場合は、樹海そのものを焼き払うという手段も用いるかもしれません」


 セルジアスは淡々とした口調で述べ、パールの故郷である大樹海に開拓の手が迫っている事を教える。

 それを聞いたパールは再び激昂する様子を見せたが、両手の拳を強く握り締めながら気を落ち着かせ、セルジアスが作ろうとしている話の流れに乗らないよう必死にとどまった。


 パールは一度だけ瞼を何秒か閉じ、深呼吸をしてから再び瞳を見開かせる。

 そして逆撃を行うように、パールも反撃の言葉を告げ始めた。


「――……そちらの話は分かった。……なら次は、こちらの話だ」


「伺いしましょう」


「……半年以上前。ある男の死骸が、我々の棲む樹海の水場に流れ着いていた」


「……」


「死骸は全身が鋭い刃物で貫かれ、顔も原型が見れぬ程に切り刻まれていた。……唯一分かるのは、髪がお前と同じ色合いで、赤い鎧と赤い槍を身に付けた男だったということだ」


「……!」


「魚を捕りに来たアタシはその男が湖に沈んでいるのを発見し、赤い鎧を外して湖の上に浮かせ、死骸と赤い槍を陸に運んだ。そして部族の掟に従い、死骸を焼いて残った骨は砕いて樹海の土に埋めた」


「……」


「それから半年が過ぎ、この男達が樹海もりに入り込んだ。部族の勇士で囲み赴いた理由を問い質すと、ある人物を探しに来た言う。その特徴を聞けば、私が見つけ燃やした死骸の男と似ているようだった」


「……それで?」


「私は死体の男が持っていた赤い槍を、自分の村に持ち帰っていた。だから赤い槍をこのログウェルに見せ、お前達が探している男の武器ものかと聞いた」


 パールの話が本当かを確認する為に、セルジアスはログウェルへ顔を向けて尋ねる。

 するとログウェルは無言で頷いて肯定し、更に外套の下から見覚えのある父親クラウスの短くなっている赤槍が出て来ると、セルジアスの表情から笑みが消えた。


 更にパールはクラウスの死を伝える証言を続け、セルジアスに事の経緯を教えて行く。


「するとこの男達は、その赤槍を返してその出来事をお前に話す為に付いて来て欲しいと頼まれた。アタシは森の外に出るのは嫌だと言ったが、どうしてもと頼み込むので仕方なくここまで赴いた。ついでに、お前達が樹海に何度も踏み込むのを止めるように抗議もしたかったからな」


「……」


「お前に伝えるよう言われた言葉は、それだけだ。……抗議をしても無意味なようだし、頼まれた用も済んだ。アタシは樹海もりへ帰らせてもらおう」


 話を終えて一息を吐いたパールは、セルジアスの深刻そうな表情を見る。

 そして座り心地が良過ぎるソファーから立ち上がり、出入り口の扉へ顔を向けた。


 しかし扉の前まで歩み進んだ時、顔を伏せていたセルジアスが出て行こうとするパールを呼び止める。


「――……少し、お待ち頂けますか?」


「なんだ? アタシの用は終わっただろう」


「……先程の件、少々言い過ぎた部分がありました。申し訳ありません」


「!」


「ガゼル子爵家に対して、樹海への対応改善を行う言葉があるのは事実です。ただガゼル子爵家の経済状況を考えると、開拓を行う為には大量の道具と人材を必要とする為に、早急の改善は不可能だという結論に至っています」


「……」


「また帝国われわれも、内戦が明けて各領地で復興が行われている最中です。更に来年には、隣国との同盟都市建築で資金と人材が大きくそちらに流れます。南部に手を出す事は、当面ありません」


「……そうか」


「こちらまで赴き証言をして頂いた方に、失礼な対応をしてしまいました。それを改めて、謝罪させていただきます。――……そして父上の遺品を届けて頂き、感謝をお伝えします」


 セルジアスは腰を上げて立ち真剣な表情を向けながら、パールに対して頭を下げる。

 それを受けたパールは僅かに驚きを持った中で、顔を上げたセルジアスが改めて伝えた。


「つきましては、父上の遺品である槍に引き取り、またお届け頂いた事に対する謝礼を行えればと思います。その内容について、貴方に何か要望するモノはあるでしょうか?」


「……いきなり聞かれても、答えられない」


「そうですね。なら内容が決まるまで、当家の屋敷で賓客ゲストとして御泊りください。その間に謝礼とは別に、食事や部屋などの御用意を全て我が家で用意させていただきます」


「え……?」


「そして謝礼の内容が決まり次第、支払う準備をさせて頂きます。その間にも当家の屋敷に滞在して頂いて構いません。勿論、外出も自由に行ってください。その際に護衛の騎士や案内の侍女もお付け出来ます」


「え、えっと……」


「出来れば領地外への遠出などを行う際には、私に一報が届くまでお待ちください。赴く領地の管理者と調整し、宿泊場所や伴う者を選出させていただきますので」


「い、いや。よくわからないが、そんなに色々やってもらう必要は……」


「いいえ。貴方は我が父クラウスの遺品を届け、その死を伝えてくださった方です。そのような方に無礼を行った償いをさせて頂きたいと思います」


「あ、ぅ……」


「――……ほっほっほっ」


 無礼を詫びて誠実な対応を約束するセルジアスは、再び微笑みを戻してパールに述べる。

 突如として好待遇の扱われ方をし始めたパールは困惑した表情を浮かべ、自身が並べた言葉がどうしてセルジアスをこうも変えたのか、まったく理解が出来ていなかった。


 そんな若い二人をログウェルは見ながら、小さな笑いを浮かべる。


 こうしてセルジアスは、父クラウスの死を使者であるパールから聞く。

 しかしパールはクラウスが述べた通りの嘘を語ったに過ぎず、突如として紳士に接し始めるセルジアスに困惑するばかりだった。

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