親善大使 (閑話その四十五)


 ガルミッシュ帝国宰相ローゼン公爵セルジアスと面会するのは、帝国南部の樹海に棲む部族を代表して訪れたという女勇士パール。

 このような状況になったのは、一ヶ月程の時間を遡る必要があった。


 黒獣傭兵団に所属するマチスが魔人であり、更に元ローゼン公爵クラウスを暗殺し襲撃した事件。

 その件で黒獣傭兵団は責め立てられると思われた中で、突拍子も無い言葉がクラウスの口から出される。


 それに疑問を述べるのは、『親善大使』に勝手に任命され状況の理解が遅れているパールだった。


「――……おい。お前はいったい、何を言っている?」


「む、分からんか? 国を作るのだ。この樹海に、お前達のな」


「その『くに』というのが、そもそもどういうものか知らん。また変なモノ樹海ここに作る気か?」


「変なモノではないさ。――……『国』とは多くの『人間ひと』が集まる場であり、それを従える『法律ほう』を定め、人が生きていく糧となる『物資もの』を流し、独自の『文明』を築く。大まかにこの四つの要素で成り立ち作られている。分かるか?」


「……ああ、なんとか」


「俺が見た限り、この樹海に棲むお前達は少なくとも『国』を作る上で必要な要素の内、三つは満たしている。それが『人間』『物資』『文明』だ」


「……足りないのは、『法律ほう』だということか?」


「そうだ。更にお前達は、この大陸で孤立した存在でもある。これも分かるか?」


「……我々が樹海ここに棲み、外の者達と交流を行っていない。それが孤立しているということで、『法律ほう』という要素が足りていない事に繋がる。そういうことか?」


「そうだ。パール、やはりお前は樹海ここの者達の中では柔軟な思考を持っている。『親善大使』としては十分な素養だ」


「だから、その『しんぜんたいし』とはなんだ? それと『くに』を作るという話が、どう繋がる?」


 クラウスの話を徐々に理解するパールは、改めてその疑問を聞く。

 物事を語る言葉を理解し柔軟な思考を見せるパールに満足するクラウスは、それについても説明した。


「お前達が棲む樹海の土地は、厳密に言えばガルミッシュ帝国という国の内側に在る土地だ。そしてこの土地の管理権を帝国で受け持っているのは、帝国で地位を与えられたガゼル子爵家という部族いえなのだ」


「なに……?」


「お前達の祖先は当時のガゼル子爵家と盟約を交わし、お互いに領土を住み分け不干渉で暮らすということになっている。だからお前達はガルミッシュ帝国という『国』の土地に居ながら、帝国の『法律ほう』に関われていない」


「ふむ……。それに何か問題があるのか?」


「忘れたか? 私が軍を率いて、お前達の棲むこの樹海もりに踏み込み攻めたことを」


「!」


「お前達は確かにガゼル子爵家と盟約は結んだ。それはあくまでガゼル子爵家とだけであって、ガルミッシュ帝国そのものと盟約を結んでいるわけではない。だから我々に攻め込まれた。お前達は帝国の『法律ほう』に関われていない存在だからだ」


「……」


「それに今回、この黒獣傭兵団ものたち樹海ここに入り込んだ件もそうだ。帝国が依頼し黒獣傭兵団こやつらを寄越したということは、やはりお前達がガゼル子爵家と結んだ盟約が『法律ほう』として認められていない事を証明している」


「……ッ」


「このままでは遅からず、この樹海は外の者達に因って押し潰される。――……さぁ、パール。そして樹海の番人たるセンチネル部族の諸君。お前達はどうするべきだと思う?」


 パールに問い掛けながら周囲に居るセンチネル部族の面々にも状況を語るクラウスは、逆にそう問い始める。

 それを聞いた者達は僅かに動揺を見せながら人々と顔を見合わせ、口籠りながらどうするべきかを考え呟いていた。


 パールはクラウスの問い掛けを聞いて考え、強張らせていた表情を僅かに緩めて閃きを伝える。


「――……お前達の国と、樹海もりの我々で、改めて盟約を結ぶ。そういうことか?」


「その通りだ。今回はガゼル子爵家という『個』ではなく、帝国という『全』と盟約を結ぶ。そしてお前は親善大使として帝国に赴き、お前達の樹海を侵さぬように交渉した上で、対等な関係を築く。そしてこの樹海をお前達の領土であり国だと認めさせる。それがお前達に必要な、『力』よりも最も有用な手段ぶきだ」


「!」


「『力』で解決できる物事など、たかが知れている。『力』など一時的な劇薬に過ぎない。――……お前達は樹海ここを『力』で守ってきた。だがそれも限界が見えている。ならば次は『対話』という武器を持ち、お前達の故郷もりを守り通せ!」


「……!!」


 クラウスの弁舌を聞いたパールやラカムを含め、センチネル部族達は戦慄した面持ちを抱く。


 樹海の中では『力』こそ至上のモノであるという認識を、誰もが信じていた。

 しかし外から来た者達、アリアが見せた魔法やエリクの力、更にクラウスが率いた軍の強さを目の当たりにし、樹海の部族達は自分達の『力』が絶対ではない事を知ってしまう。


 もっと自分の、そして自分達の『力』を高めねば。

 樹海の部族達の中で特に勇士達はその意思を強く固め、以前にも増して狩猟の腕と共に修練の数を増してた。


 そんな中で現れたのが、自分達を打ち破った張本人であるクラウスという男である。


 クラウスは部族の者達が知らぬ事を語り、知らぬ技術を教えた。

 しかし樹海の者達を下に見るのではなく、自身も樹海の掟に従い対等な立場として接し、更に部族の者達が喋る言葉すらも習得してしまう。

 破天荒な振る舞いも多い為に悩まされる事もあるが、樹海の部族達はその在り方を認めて受け入れるようになっていた。


 そのクラウスが、新たに樹海を守る手段を樹海の者達に教える。

 それはクラウスが今まで見せていた、『対話』するという方法だった。


「――……その役目を、アタシにしろということか? クラウス」


「そうだ、パール。お前が最も樹海ここで強い勇士だ。樹海を守る代表という大任に、最も相応しいだろう?」


「……」


「不安か?」


「そうじゃない。……だが、そのアタシが樹海ここを離れるわけには……」


「『――……くがいい。パール』」


「!」


 大役を任されている事をやっと察したパールは、その役を引き受けるか悩む様子を見せる。

 そんなパールの後ろから歩み出て勧めたのは、父親である族長ラカムだった。


「『父さん……!?』」


「『行くといい。それがこの森を守る唯一の方法だとしたら、任せるに足る勇士はお前しかいない』」


「『でも、アタシが居なくなったらこの森は……』」


「『それも見越して、我々を鍛えていたのだ。クラウスは』」


「『なに……!?』」


「『守る術を知らぬ弱い我々を残して、お前が森の外に出らぬわけがない。……クラウスはそれを知り、我々に技術を教え、修練を施した。そうなのだろう? クラウスよ』」


「……フッ」


 ラカムが考えた推理を聞いたクラウスは、含んだ笑みを浮かべて頷く。

 それを聞いたパールはクラウスの深慮に驚き、今まで自分達に技術を提供し修練を施した理由に初めて納得を浮かべた。


 クラウスは始めから樹海の者達に、ガルミッシュ帝国と盟約を結ばせようとしている。

 それを悟り承諾したラカムは、威厳を持った表情と声で再びパールに告げた。


「『大族長や他の族長達の説得は、我とクラウスに任せよ。――……勇士パール、樹海を守る為の使命を守護者センチネルの名で言い渡す。……任せたぞ』」


「『……はい!』」


 パールは勇士として族長ラカムの依頼を受諾し、樹海を守る為の大任を引き受ける。

 それを聞き届けたクラウスは、改めてパールに向けて対話に必要な言葉を与えた。


「パール。お前はこの樹海を代表者、友好な関係を結ぶ為の『親善大使』としてガルミッシュ帝国に赴け。そしてまず、帝国宰相たるセルジアウス=ライン=フォン=ローゼンに会うといい。私の息子だ」


「お前の息子……。アリスの兄か」


「そうだ。……だからこそ、セルジアスは一筋縄では行かんぞ。何せ私が育て、全てを託した後継者だからな」


「……面白い。お前が育てた強者むすこと対話し、樹海もりを守る盟約を勝ち取ればいいのだな?」


「そうだ。だが交渉の上で相手の方が上手であり、圧倒的に有利な条件を持っている。……そこで私から、幾つかお前に助言しておく。それを交渉として語れば、有利になるぞ」


「……聞こう」


 パールは『力』ではなく『対話』という形で強者と競える事を知り、僅かな高揚感を持ってクラウスから助言を聞く。

 こうした形でログウェルや黒獣傭兵団の面々と共に護衛される形で樹海を出たパールはローゼン公爵領地に赴き、ガルミッシュ帝国の若き重鎮セルジアス=ライン=フォン=ローゼンと相対する事になった。

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