七つの聖痕


 初代『赤』の七大聖人セブンスワンルクソードの血を引くケイルの肉体を仮初の肉体とし、同じ血脈であり聖剣に宿る『たましい』となっていたユグナリスは再び『悪魔』の前に立ちはだかる。


 それと相対する『悪魔』は苛立ちと憎悪の中に僅かな恐怖を宿した表情を浮かべ、ユグナリスを睨みながら左手の爪を戻し身構えた。

 ユグナリスもまた火を滾らせる聖剣を静かに両手で構え持ち、『悪魔』と睨み合いながら構える。


 既に二人には語り合う言葉は無く、決着しか望んでいない。

 それを遠巻きに身を置きながら察するアレクは、息を飲み二人の決着を見届けた。


「――……ッ!!」


「ッ!!」


 睨み合う中で、『悪魔』が先に動く。

 凄まじい脚力で瓦礫の地面を砕き吹き飛ばしながら駆け跳び、コンマ数秒にも満たない時間でユグナリスの眼前に迫った。


 『悪魔』の狙いは、ユグナリスの魂が宿る『聖剣』。

 魂の依り代としている『聖剣』さえ破壊すればユグナリスの魂は消え失せると考えた『悪魔』は、生み出した瘴気オーラを右手に集中し折れ砕かんばかりに『聖剣』を襲った。


 それに相対するユグナリスは静かに佇み、凄まじい速度と膂力で強襲する『悪魔』の動きを見極める。

 その時、ユグナリスの脳裏には師であるログウェルの言葉が思い出されていた。


『――……ほっほっほっ。まだまだじゃのぉ、ユグナリスよ』


『……グェ……ッ』


『ほれ、さっさと立たんか。潰すぞ?』


『……ッ!!』


『そうそう、それで良い』


『……なんで俺の剣は、アンタに当たらないんだ……?』


『ん? そうじゃなぁ。……りきみ過ぎじゃな』


りきみ……?』


『お主の姿には、戦うという意思が現れ過ぎとる。それがりきみとなって動きを硬くし、対する相手に動きを容易く読ませてしまう。特に、儂のような凄腕の剣士にはな』


『自画自賛かよ……』


『お主は戦いの中で、要らぬりきを入れ過ぎなんじゃよ。身体にも、そして心にも。でなければ、戦いの中で余裕を持てぬ』


『戦いの最中に、余裕なんて持てるわけないだろ!?』


『余裕を持つという事は、常に備えられるということ。余裕が無い者は備えられず、何か起これば判断し対応する余力すら無いまま殺される』


『!』


『物事を気を張り詰めながら行えば、それだけ対応できる余裕が無くなる。だからこそ、適度に気を抜く事もまた、物事には重要なんじゃよ』


『……この訓練、余裕なんて出来た事が無いじゃないか!?』


『厳しい訓練をやり続ければ、並大抵の事が起きようと余裕じゃろ?』


『いや、その発想はおかしい……!』


『さて、お喋りの休憩は終わりじゃよ』


『ちょ、ま――……ぐはぁ……っ!!』


 ユグナリスは理不尽とも思えるログウェルとの訓練を思い出し、それによって『悪魔』と相対しながらも余裕を持つ事が出来ている。

 その余裕は『悪魔』が聖剣の破壊を狙っている事に正確に見抜き、更に凝縮された時間の中でその挙動の一つ一つを正確に読み切っていた。


 ユグナリスは右足を前に歩みながら僅かに屈み、真っ直ぐ向けていた聖剣の刀身を斜めに逸らす。

 すると放たれていた右手の突きが聖剣の刃に受け流され、それによって深く突き込んだ『悪魔』の隙にユグナリスは踏み込んだ。


「――……な……ッ!?」


「――……ハァアッ!!」


 全ての力と速度を込めた突きが回避された『悪魔』は驚愕し、その懐に入り両手で握る『聖剣』をユグナリスは振り上げる。

 そして『聖剣』の光る白銀の刀身は『悪魔』の左手を斬り、腕を飛ばす事無く赤い聖痕を刻み付けた。


 それを互いの視線が確認し、ユグナリスが短い言葉を発する。


「――……『七聖痕セブンスペイン』」


「!」


 そう呟いた瞬間、ユグナリスの持つ聖剣が赤い光と共に火を滾らせる。

 それは『悪魔』に刻まれた七つの聖痕に伝染し、付けられた聖痕が突如として凄まじい炎を発しながら『悪魔』の身を焼き包み始めた。


「な……ッ!! グ、ァアアアアアッ!!」


「お前の身体に刻まれた七つの聖痕が、お前の身に宿る瘴気を焼き尽くす」


「コ、ノォ……!! ァ、ガアアアアアアッッ!!」


「さよならだ、『悪魔』アルトリア」


 『悪魔』は瘴気によって変異した悪魔そのの身体と、身の内に宿す瘴気を赤白い炎によって焼き尽くしていく。

 それによって苦しみの声を漏らし叫ぶ『悪魔』を見ていたユグナリスだったが、その姿を形成していた炎が突如として薄れ、散り始めた。


「……『七聖痕セブンスペイン』を発動させると、しばらく聖剣おれは眠ってしまう……」


「ァア、ガァアアッ!! ……グゥ、ゥァアアッ!!」


「……それまで、この人に聖剣おれの事を託すとしよう……」


 ユグナリスはそう微笑みながら自身の両手を見つめ、解けていく炎の中から依り代となっていたケイルの肉体が露になる。

 『火』となったユグナリスはその炎を聖剣に戻し、聖剣自体も火に四散しながらケイルが握り持っている赤い魔剣に宿るように吸収された。


 そして僅かに暗く深い赤髪だったはずのケイルが、鮮やかな赤髪に変化して瓦礫の上に横たわる。

 赤い魔剣も輝きを静め、ただの赤い魔剣に戻っていた。

 

 一方で、『悪魔』は全身を火に焼かれ苦しみながら瓦礫の地面をのたうち回る。

 掴み取った砂を自身に被せ火を止めようとしたが、通常とは異なる瘴気だけを焼く火を止められずに絶叫を上げ続けた。


 それから数分以上、『悪魔』は聖痕の炎によって焼かれ続ける。

 そして絶叫が消えた時、そこには瘴気が焼かれ黒く焦げている物体しか存在しなかった。


 その黒く焦げた物体が崩れて消失し、金色の髪と白肌の女性が姿を見せる。

 それは人間の姿に戻った、アルトリアの姿だった。

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