生きる理由


 砂漠の大陸に落下した浮遊都市は残骸へ変わり、生き残ったエリク達はアリアを含めた他の生存者達を探す。

 その最中にエリクが見つけたのは、アリアの魂が宿っていた崩れた短杖と砕けた魔玉だった。


 短杖を屈み見るエリクは、それを拾おうと左手を伸ばして摘まむ。

 しかし力を入れずに摘まんだにも拘わらず、短杖はまるで砂のように崩れ落ちた。


「……アリア……」


 エリクは瞳を閉じながら表情を強張らせ、唇を噛み締めた後にそう呟く。

 その後ろ姿を見ていたケイルは、エリクの傍に歩み寄りながら自身の腰に携えている小さな革袋を手に取り、その中に入れていた緑色の粉を砂の中に捨てた。


 そしてからになった革袋を、ケイルはエリクに差し出しながら話し掛ける。


「……拾ってやろう。こんなところに置いていくよりは、いいだろ」


「……ああ。……ありがとう……」


 エリクは右手に掴んでいた欠けた大剣を置き、差し出された革袋を左手で受け取る。

 そして短杖の破片を右手で丁寧に集めて革袋の中に入れていき、それをケイルは手伝った。


 マギルスは二人から視線を外すと、青馬に乗ったまま周囲を回るように捜索を続ける。

 崩れ易い短杖と砕けた魔玉を数分程で集め終わると、エリクは腰のベルトに革袋を差し挟み、右手に大剣の柄を持ち立ち上がった。

 それに続くようにケイルも立ち上がり、エリクの顔を見上げる。


 エリクはしばらく、何も喋らず立ち尽くしている。

 そして暗く生気を薄くした瞳を見せるエリクに、ケイルは口を開いた。


「――……エリク。これから、どうする?」


「……」


「アタシ達は、やれるだけの事を全部やった。そして、終わった。……お前は、どうしたい?」


「……分からない」


「……」


「俺は、自分が何をやりたいのか、もう分からない……」


「エリク……」


「俺が旅を出来たのは、アリアが居たからだ。……強くなりたいと思ったのも、アリアを守りたいと思ったからだ。……俺が自分の旅をしたいと思ったのも、アリアに俺が知った事を教えたかったからだ……」


「……」


「アリアが居ないこの世界で、俺は何をすればいい……? ……俺には、もう分からない……」


 エリクは力の無い声でそう伝え、自身の虚無感をケイルに語る。


 二人の旅は、アリアが居たから始められた。

 そしてアリアが人を助ける姿を見て、自分が守るべき存在だと思ったからこそ、エリクは自分自身がやるべき事を見出せた。

 更に夢と呼べる自分の人生を描き、それを果たす目標に先にアリアが居た。


 しかしそのアリアは、既にこの世に居ない。


 その事実がエリクに大きな虚無感を与え、自身の目標を見失わせてしまう。

 それを理解できたケイルだったが、僅かな躊躇いの後に表情を強張らせてエリクの左腕を右手で掴み揺さ振った。


「――……エリク。お前の命も、人生も、お前のモンだ」


「……」


「アリアが居なきゃ何も出来ないなんてのは、お前の思い込みだ」


「……俺は自分で、何も出来ない。昔からそうだ」


「そんなワケ――……」


「爺さんや、ガルド。ワーグナーや、アリア。……俺は誰かが傍に居ないと、何も出来なかった」


「……!」


「生きる事も、戦う事も、考える事も、知る事も、やるべき事も、俺は誰かが教えてくれたから出来たんだ。……しかし、それを教えてくれた者達を、俺は誰も守れたことはない」


「……」


「俺は、何も出来ないんだ。……だから、もういいんだ……」


「……何が、いいんだよ……?」


「……」


「何が、もういいんだよ……。オイッ!!」


 ケイルは声を荒げながら両腕でエリクの両腕を掴み、大きく揺らす。

 虚無感と失意を宿らせたエリクの表情に、ケイルは歯を食い縛り怒鳴りながら告げた。


「お前、まさか死ぬつもりじゃねぇよな……!?」


「……」


「そんなの、アタシが許さねぇぞッ!! 絶対にッ!!」


「……すまない」


「何が、『すまない』なんだよッ!!」


「……お前と一緒に旅をするという約束はなしは、もう出来ない……」


「ッ!!」


 その言葉が出た瞬間、ケイルは怒りの表情を見せて右手でエリクの左顔面を凄まじい勢いではたく。

 それにより顔が僅かに動いたエリクだったが、すぐに顔の向きを戻してケイルを見下ろすように口を開いた。


「……すまない」


「……ッ」


 ただ謝るエリクに、ケイルは再び憤怒の表情を浮かばせる。

 しかし再び叩こうと右手で拳を作り振り、その勢いでエリクの胸を大きく叩いた。


 そして顔を伏せながら、ケイルは呟くように自身の本音を漏らし始める。


「……分かってんだよ……」


「……」


「王国で別れて、あの港で再会したお前が、アリアを好きになってたのは、最初から分かってた……」


「……!」


「マシラの時も、お前がアリアを助け出す為に国に一人で喧嘩を売る時点で、お前がどんだけアリアを大切にしてるかも分かってた……」


「……」


「だからずっと、アリアにイラついてた。……そして皇国で、コイツさえお前の傍から居なくなっちまえばどうにかなると思って、アリアをバンデラスの野郎に引き渡した」


「……」


「でもお前は、アリアを探し回ってた……。……お前とアリアが、もう切っても切れない関係になってんのは、ずっと前からアタシには分かってたんだ……ッ」


「……ケイル」


「アタシはずっと、アリアが嫌いだッ!! お前の心も、生きる理由さえも、アイツは全て持っていきやがったんだからッ!!」


「……」


「……アタシじゃ、アイツの代わりにならないのも分かってんだよ。……お前を助ける事は出来ても、お前の前に、そして隣に立つなんて、アタシに出来ない……ッ!!」


「……」


「それでも、お前が生きてなきゃ、アタシにとって意味が無いんだッ!!」


「……!」


「もし生きる理由が要るなら、アタシを理由にしてくれよッ!! お前には、まだアタシが居るんだッ!!」


「……」


「だから、頼む……! ……頼むからさ……ッ!! ……アタシと一緒に、生きてくれよ……ッ」


「……ありがとう、ケイル。……すまない……」


「……ッ!!」


 ケイルの本音を目の当たりにしたエリクは、虚無感を宿した瞳と表情に僅かな生気を戻す。

 そして自分を思ってくれるケイルに対して礼を述べ、そして謝った。


 エリクの答えを聞いたケイルは、握った両手の拳をエリクの胸を叩き付ける。

 それによってエリクは身体を揺らし痛みを感じながらも、涙を流すケイルの拳を黙って受け止め続けた。


 アリアの消失によって、エリクは初めて自分の内側に宿した気持ちを自覚する。

 そしてケイルの言葉を受けて尚、その気持ちに揺るぎが生じない自身の心に、アリアの存在がとても大きかった事をエリク自身が驚いていた。

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