老兵の役割


 赤いコアから溢れる死者の怨念が宿った黒い人形達によって、箱舟ノア二号機に乗っていた疲弊した強者達が短時間の内に次々と死んでいく。

 そしてグラドが乗る箱舟ノア三号機も夥しい数の黒い人形達によって内部に侵入され、各区画の通路に設けられた防火扉シャッターを降ろしながらも奥へ侵入されつつあった。


 そうした中でグラドは爆発が起きた船体の揺れに動じず、冷静に艦橋ブリッジの操縦席に座り直してボタンを右手で押した後、そのまま箱舟ふね操縦桿そうじゅうかんを握る。

 爆発の影響で箱舟ノアは傾き、高度を落としながら赤いコアから進路が逸れていた。


 グラドはそれを画面越しにそれを確認すると、折れていた左手の固定している首に括り付けた包帯を外して傷みに堪えながら左手も操縦桿を握り締める。

 そして両腕に力を込めながら操縦桿を身体ごと引き、手動で箱舟ノアの高度をコアより高く上昇させながら進路を戻した。


「……グッ、ぁあ……。……行くか」


 グラドは冷や汗を流しながら左手の痛みを堪え、そのまま操縦桿を握り箱舟ふねを操縦する。

 そして数百メートル先にある赤いコアに向けて、足元に備わるペダルを右足で踏み込み、速度を上げて突撃を開始した。


 グラドは内外から響き聞こえる激しい振動と破壊音を聞きながらも、冷静に赤いコアに意識を向けて操縦する。

 そして右耳に備えた通信機を使い、エリクに最後の通信を試みた。


「エリク、聞こえてるか? 今、コアに向かって突っ込んでる。……エリク?」


『――……ザ、ザザザ……ッ』


「駄目か、箱舟ふねの通信機装置もイカれやがった……。……頼むぞ、二人とも」


 グラドはそう呟き、付いて来ていると信じるエリクとアリアの事を思う。

 そして二人が関わる三十年前の出来事を思い出しながら、口元を微笑ませていた。


『――……よぉ。エリオ! それに、相棒のお嬢さん!』


『グラドか』


『お久し振り。元気そうね?』


『ああ、お嬢さんのおかげだ! そうだ、あの時は驚きすぎて礼を言うのを忘れてたんだ。本当に、ありがとう!』


『どういたしまして。私はエリクに頼まれたから治療しただけよ』


『それでも、アンタには感謝し足りないんだ。後で子供達に聞いたんだが、皇都が襲撃された時に妻を治療してくれた人だと聞いた。妻も助けてくれて、本当にありがとう』


『それもエリクに頼まれたからよ。でも、感謝は素直に受けておくわ』


『ああ。この借りは騎士になったら必ず返すからな!』


 三十年前、グラドはルクソード皇国の皇城内にて催されら祝宴の場でアリアとエリクと再会する。

 そして自分と妻や子供達を助けてくれた事に礼を述べ、二人に対してそう言っていた。


 それを思い出したグラドは、苦笑しながら呟く。


「……そういえば、あの二人にああ言ってたんだったな。……もう騎士じゃないが、とりあえず借り返せるのかね……」


 そう述べるグラドは過去の出来事を思い出し、自身の思い出を振り返る。

 それには様々な記憶と苦難の日々を思い起こさせ、それと同時に幸福と呼べた家族との時間も思い出されていた。


「……ヒューイ、すまんな。約束を破っちまって……」


 息子ヒューイに対してグラドはそう謝罪し、画面に映し出される赤いコアを見ながら操縦桿を僅かに横に倒して進路を修正する。

 しかし次の瞬間、凄まじい爆発音と衝撃が箱舟ノア全体に響き渡った。


「――……ッ!! い、今のは……!? うぉッ!?」


 再び大小の爆発が響き、グラドは席に座りながらも姿勢を崩す。

 それは箱舟ノア全体に爆発が生じ、船体が悲鳴を上げている音だった。


「……ま、マズいな。……もう少しだってのに……ッ!!」


 グラドは画面越しに赤いコアを見ながら、既に舵が効かなくなり高度を更に上げてしまった箱舟ノアの状態に焦りの表情を濃くする。

 そして再び進路から逸れ始め、コアの真上を通過するように空路を外れた。


「……クソッ、ここまでなのかよ……ッ!!」


 苦々しい声を漏らしながら、右手を固めて操作盤を叩いたグラドは顔を伏せる。

 その時、グラドが叩いた操作盤が艦内放送を届けるモノであり、それによってグラドの声と艦内に響いた。


 それが、艦内に居たある人物の耳に届く。

 そして数秒ほど顔を伏せていたグラドに、ある通信が艦橋内に響き伝わった。


『――……おい、聞こえているか!?』


「……!?」


『聞こえていないのか!?』


「き、聞こえている! お前は!?」


『お前達がアレに浴びせようとしていたのは、青い鉄箱コレでいいんだな!?』


「!」


『いいんだな!?』


「あ、ああ!」


『……格納庫の扉を、すぐに開けろッ!!』


「え……!?」


『……扉を! 急げッ!!』


「あ、ああ。分かったッ!!」


 通信越しに聞き覚えの無い野太い男の声がし、グラドは困惑しながらも格納庫の扉を開けるスイッチを探して押す。

 すると格納庫の扉が開かれ、グラドは画面に映し出される映像を変えて格納庫の内部を映し出した。


「……!?」


 その映像でグラドが見たのは、牛頭の大男が一トンを超える青いコンテナを両手で掴みながら持ち上げ、それを開けられた格納庫の外まで持ち出そうとしている姿が見える。


 その人物は、マシラ王に仕えている魔人ゴズヴァール。

 いつの間にかアレクが乗る二号機にではなく、グラドが乗る箱舟三号機の中にゴズヴァールは乗り込んでいた。


 その身体には既に無数の切り傷が生み出されており、夥しい傷から流血しながら鉄床に血を滴らせて歩み進む。

 そして強風がその身に扇ぐのを耐えながら、ゴズヴァールは通信越しにグラドへ叫び伝えた。


『――……聞こえているか!?』


「ああ! アンタは……!?」 


『俺が飛び降りて、アレに浴びせる!』


「!」


『ここからでは、下が見えん! 降りるタイミングを、そちらで教えてくれ!』


「……分かった!」


 グラドはゴズヴァールの意思と決断を汲み取り、画面の映像を再び外に戻す。

 そしてその時、閉じていた艦橋ブリッジ防火扉シャッターに複数の黒い剣が突き立てられた。


「ッ!!」


『――……ココカナ、ココダネ!』


『一緒ニ逝コウ、一緒ニ……』


『ミンナ、待ッテルヨ?』


 扉に突き刺さる黒い剣を通して、黒い人形達に宿る怨念達の声がグラドに聞こえる。

 しかしそれをすぐに意識から外し、グラドは外を映し出している画面に視線と意識を向けた。


 箱舟ノア三号機は、もうすぐ赤い核コアの真上に辿り着く。

 そして通信機越しに、グラドはゴズヴァールに伝えた。


「――……今だッ!!」


『オォオオ――……』


 グラドの伝えた声にゴズヴァールは応じ、両腕で掲げ持つ青い鉄箱と共に格納庫の扉から外に飛び出す。

 それを見届けたグラドは瞳を閉じた後、大きな溜息を吐き出しながら後ろを振り返った。


 丁度その時、艦橋ブリッジの出入り口を塞ぐ防火扉シャッターが斬り破られる。

 そしてそこから飛び出した黒い人形が飛ぶようにグラドの方へ襲い掛かり、視線を横に流したグラドは口元を微笑ませて呟いた。


「――……これで、借りは返したってことでいいよな。お二人さんよ」


 グラドの視線に映ったのは、赤いコアを目指して飛ぶ一筋の白い光。

 そして箱舟ノア三号機の操縦席には、夥しいグラドの血液が飛び散った。


 こうしてグラドは、クロエに頼まれた役目ことを果たし終える。

 その最後は、自身の役割を全うし終えた兵士の顔立ちだった。

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