相思の相棒


 箱舟ノア二号機に搭載された全兵装と、その上に乗り移り遠隔での攻撃を行う面々は、億を超える魂を幽閉し瘴気を溢れ出す赤いコアの破壊しようとする。

 しかしそれ等の総攻撃を受けながらも、赤いコアは欠ける事すら無く破壊できる様子が見えない。

 

 そうした中で自身の魂が宿る短杖が崩れる事を懸念し手を出せないアリアは、コアが備え掲げられた黒い塔の急斜面を駆け昇るエリクの姿を視認した。


「――……あんな急斜面ばしょを、平然と走ってるなんて……!」


 そう述べ驚くアリアは目を見開きながら、黒い塔の壁を両足を素早く動かし重心を前に傾けながら走るエリクに見つめる。

 そしてエリクの足部分に目を凝らし、非常に強い生命力オーラを纏わせている事にアリアは気付いた。


「……まさか生命力オーラで強化した踏み込みで壁との摩擦力を強めて、落下するより早く脚を動かしてるの……!? ……私には真似できないわ」


 エリクがやっている事をアリアは正確に認識し、呆れにも似た驚きを漏らす。


 踏み込む足で壁に生じる摩擦力を強め、身体の重心が下へ落ちる前に一瞬で次の脚を進めて壁に踏み込ませる。

 至極単純にも見える動作ながら、自身の身体能力に絶対の自信を持ち脚に留め踏み込む瞬間に足裏に集める生命力オーラを繊細に扱えなければ出来ない事を、今のエリクは出来ていた。


 しかしそうしたエリクに、塔を伝い流れ落ちる赤い霧となっている瘴気の波が押し寄せる。

 それを出来る限り真横や斜め上に跳び避け走っていたエリクだったが、上に近付く度にその量は格段に増えていった。


「……マズい!」


 そしてついに、夥しい量の瘴気がエリクの真上から迫る。

 赤い霧状の瘴気は壁一面を覆い尽くすように流れ落ち、エリクが避けられない状態になった。


 しかし落下し難を逃れようとしても、その下には都市に満たされた瘴気が充満している。

 窮地となったエリクを救う為に、アリアは六枚の翼を羽ばたかせて急行しようとした。


 その時、エリクは壁を駆け昇りながら右手に持つ黒い大剣を両手で握る。

 そして凄まじい握力で柄を握りながら膨大な生命力オーラを伝えさせ、溢れ迫る真上の瘴気に向けて大剣を薙ぎ振った。


「――……ッ!?」


 その時にアリアが見たのは、まるで極光のような膨大な生命力オーラが一閃し放たれる光景。

 それはケイルが師事する当理流とおりりゅうで言うところの、巨大な気力斬撃オーラブレードだった。


 エリクが放った巨大な気力斬撃オーラブレードが赤い霧だった瘴気を吹き飛ばし、一閃された場所が瘴気を押し退けて道のように切り開かれる。

 そこを堂々と駆け昇るエリクは、自身の窮地を自分の力だけで乗り越えて見せた。


 そうして迫る瘴気が現れる度に気力斬撃オーラブレードの風圧によって押し退け、エリクは黒い塔の中腹まで辿り着く。

 それを見たアリアは呆れにも似た感心を再び抱きながらも、翼を羽ばたかせてエリクが駆け上がる場所へ向かい飛んだ。


「――……エリク!」


「――……アリア!」


 そして飛翔し近付くアリアの声が、走るエリクに届く。

 互いにその視線を合わせた瞬間、エリクは更に迫る瘴気を払い除けようとした気力斬撃オーラブレードを中止し両脚にその分の生命力オーラを集め、アリアが居る空中に凄まじい勢いで跳躍した。


 それを知っていたかのように、アリアはエリクを白い翼で包み込みながら抱き止める。

 まるで抱き締め合うような形になった二人は顔を離し、互いの瞳を見ながら話し始めた。


「エリク、どうして来たの!?」


「クロエに言われた。多くの人々の魂を閉じ込めている、アレを破壊するようにと。そして、君に解放された魂と瘴気を、浄化してほしいと」


「!」


「俺を上まで運べるか?」


「……分かったわ。しっかり掴まってなさい!」


「ああ」


 エリクはそう言いながら、大剣を持っていない左腕でアリアの身体にんぎょうを抱き掴む。

 そしてアリアも白い翼と短杖を持つ右手で、エリクの腰に手を回した。


 そして六枚の白い翼が大きく羽ばたき、エリクとアリアは共に白い光に包まれながら赤いコアが在る上空へ向かう。

 その中では、エリクがアリアの横顔を見ながら話し掛けた。


「――……アリア。君にアレが、全て浄化できるのか?」


「……私の存在を、全て懸ければね」


「なに……!?」


「言っておくけど。私はこの杖に振り分けられてた魂と、貴方のなかに居た制約の記憶を引き継いだだけの存在に過ぎないわ。あくまで私の本体おおもとは、向こうで悪魔になってるアイツよ」


「……あくま?」


「魔族の一種族で、マギルスの青馬うまと似た精神生命体アストラルのこと」


「……どうして人間の君が、その魔族あくまになれるんだ?」


「アイツ、死んだ後に悪魔と契約したのよ。そして魂に『悪魔の種』を植え込まれて、魂自体が瘴気を生み出しながら変質していったみたいね」


「……そ、そうか。凄いな」


「つまり、奴もわたしという身体に憑りついてる精神生命体アストラルなのよ」


「!?」


「今のアイツは、精神と魂だけで生きてる存在に過ぎない。『神兵』の心臓コアは、あくまで人間としての身体を悪魔化させないように移植してただけ。――……うわっ、危ないわねぇ!」


 アリアは上空へ飛翔しながら話し、箱舟ノア干支衆まじん達が放つ攻撃で飛び散りながら落下する赤い霧状の瘴気を避ける。

 それに悪態を吐くアリアを他所に、エリクは少し考えた後にアリアに尋ねた。


「……悪魔と契約すれば、悪魔になれるのか?」


「みたいね。人間が悪魔になるなんて事例、初めて聞いたけど。……ただその悪魔には、既に契約者がいたみたい」


「契約者?」


「悪魔は魂を契約の対価として、契約者の願いが成就するまで付き従う。だからアイツに悪魔の種を植え付けたのは、その契約者の命令されたからみたいよ」


「……誰なんだ? 君を悪魔にするよう、命じたのは」


「確か、青い目と黒髪の男だってアイツは言ってたわね。そいつの傍に、悪魔が付いてたらしいわ」


「……やはり、そうか」


「エリク?」


「……俺は、その男を知っている」


「え……!?」


「悪魔になったという君の感覚と、あの男を見た時の感覚は、とても似ている」


「……誰なの? そいつは」


「王国で、ウォーリスという王子の傍に居た。……確か、アルフレッドと名乗っていた。黒髪で、青い目の男だった」


「アルフレッド……。……そいつは死んだ私を、死霊術ネクロマンシーで蘇らせたらしいわ。貴方とアイツが言ってるのが同一人物で、しかも契約者で悪魔となってるなら、死霊術を使えても不思議じゃないわね」


「……ネクロマンシー、というのは?」


「死者の魂を輪廻へ逝かせずに、現世に留める秘術よ。そして死者の魂を術で縛り、死んだ肉体に強制的に憑依させる。それが『死霊術ネクロマンシー』と呼ばれる秘術で、生者と死者の法則を崩す外法とされてるわ」


「死者を……。……まさか、アレも……」


「アレ?」


「マチルダの……あの村を襲った者達。奴等は普通の人間ではなかったと、ケイルが言っていた」


「……貴方が王国を出る事件きっかけになった、襲われた村のこと? だったらそれも、死霊術で死者の魂を操り、死体に襲わせたのかもしれないわね」


「そうか……ッ」


 エリクの話を聞いたアリアは、今の自分アリアに死霊術を施した人物も悪魔であると察する。

 そしてエリクは過去の出来事にその死霊術を扱う悪魔が関わっている可能性を考え、僅かに憤怒の籠った瞳と表情を見せた。


 そうした時、エリクの黒い瞳に赤く光るモノが映る。

 それは瘴気を溢れ出させている赤いコアであり、飛翔した二人はついに核が備えられた黒い塔の頂上に到達した。


 飛翔するアリアは更に上昇を続け、赤いコアの高さより更に高い位置まで移動する。

 そして箱舟ノア干支衆まじんが繰り出す攻撃が当たらないコアの上空で、六枚の羽を広げたアリアは浮き止まった。


「――……エリク、貴方にアレが壊せる?」


「壊せる。――……だが、アリア。あの中にある魂と瘴気を全て浄化するには、また君を犠牲にしなければいけないのか?」


「私が犠牲になるなら壊さないし、浄化もさせない……なんて言うつもり?」


「……」


 その問いにエリクは黙り、それでもアリアを見つめる瞳がその言葉を肯定する。

 エリクの意思を確認し僅かに首を横に振りながら、アリアは呟くように話し始めた。


「……私、ずっと疑問に思ってた事があったの」


「疑問……?」


「クロエ。『黒』の七大聖人セブンスワンであり、『時』の称号を持つ到達者エンドレスの彼女が、どうして私達の旅に同行したのか。その疑問をずっと考えてた」


「……殺されるから、守られる為に付いて来たという話じゃないのか?」


「私も、一度はそう納得した。――……でもクロエは、あの『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』で自分に起こる死の未来を視ていた」


「……」


「なんでわざわざ、自分が死ぬ未来へ進むのか? そして何故、砂漠に入り自分が死ぬ未来を私達に教えなかったのか。ずっとそれが疑問だった。――……でも彼女が同行する時、私と少し話したのよね。その時、こう言っていたのを思い出したの」


「……?」


「『調律者チューナーとしての仕事を果たしたい』。……私はその言葉を思い出して、その意味を死ぬ直前の彼女を看取りながら聞いた」


「!」


「そうしたら、彼女は死ぬ直前にこう言い残したわ。――……『これで、世界の歪みが戻せる』とね」


「……どういうことなんだ?」


「クロエはあの時点で、既に視ていたのよ。この未来を」


「!」


「私が誓約を解いて記憶を失うのも、三十年後の世界に貴方達が戻ることも。――……そして、この都市で起こる戦いも、既にこの未来を視ていたのよ」


「……まさか……」


「そのクロエが、貴方にコアを破壊させ、私に浄化するよう求めてる。――……クロエはそれで、『世界の歪みが戻せる』と確信してるんだわ」


「……」


「もしそれを信じるなら、クロエの求めに応じる事で『世界の歪み』というのが無くなるのかも。……胡散臭いけど、私達が他にやれる事はもう何も無い。だったら、クロエの狙いに乗ってみても良いんじゃない?」


「……だが……」


「エリク」


 クロエの話に僅かに動揺するエリクは、頼まれた事を実行するか迷いを見せる。

 そんなエリクに対して、アリアは瘴気に満たされた都市を見落としながらエリクの名前を呼んだ。


「私を信じて。――……なんて、もう言わないわ」


「!」


「私、嘘吐きの常習犯だもの。『信じて』なんて言っても、二度と信じてくれないことは分かってる」


「……」


「だから、貴方が決めて」


「……アリア」


「私はもう、貴方に教えられる事は全て教えた。――……後は全部、貴方自身で決めて。エリク」


「……!」


 アリアはそう微笑みながら話し終えた時、アリアの姿が僅かに薄れ黒い人形が垣間見える。

 それを見たエリクは、白く光る短杖の亀裂が広がり破片が欠け落ちる光景を目にし、既にアリアが自分の姿を保つ事すら難しい事を察した。

 そのアリアに向けられる安らかな表情と問い掛けられた言葉で、エリクは十秒ほど瞳を閉じる。


 僅かな静寂の中でエリクが再び黒い瞳を開くと、アリアの顔を見た。

 それに合わせるようにアリアも顔を向けて視線を合わせ、エリクの答えを聞く。


「――……アリア。俺がアレを壊したら、浄化を頼む」


「ええ」


「……すまない」


「いいのよ。――……エリク、私も貴方が好きよ」


「!」


「こんな面倒事ばかり起こす私にずっと付き合ってくれる、生まれて初めての相棒パートナーだもの。そう思うのは、当然じゃない?」


「……俺は、君を守るという約束を果たせなかった。……逆に、守られてばかりだった……」


「ううん。エリクはずっと、私を守ってくれてたわ」


「!」


「私一人であんな旅してたら、すぐに心が折れてたもの。そしてきっと、じぶんを保てなかった。……貴方にとっては、碌な旅じゃなかったかもしれないけど。でも貴方と一緒に旅をして、なんだかんだで仲間も増えて、賑やかで凄く楽しかったわ」


「……!!」


「ありがとう、エリク。私と一緒に、旅をしてくれて」


 アリアはそう言いながら微笑む姿に、エリクは表情を強張らせながら俯く。

 そして僅かな息を漏らした後、エリクも顔を上げてアリアに告げた。


「――……ありがとう、アリア。俺を、あの森から連れて行ってくれて」


「うん。――……さぁ、行きましょう。このふざけた茶番を、終わらせにね」


「ああ」


 アリアとエリクは互いに感謝を述べた後、すぐに真下に存在する赤いコアを見つめる。

 そしてエリクは掴む左手を手放し、アリアの白い翼を壁代わりに蹴りながら凄まじい速度で急降下した。


 それを追うようにアリアは翼を羽ばたかせて急降下し、エリクの後を追う。

 そしてエリクは右手に持つ黒い大剣を両手で掴み、凄まじい握力で柄を握りながら眼前に迫る赤いコアに突撃した。


 落下速度しながら高める握力と腕力で大剣を振り上げ、凄まじい量の生命力オーラを前進から大剣に集める。

 そして赤い瘴気が溢れ出るコアに向けて、鬼気迫る大剣の一撃が振り下ろされた。


「――……ォオオオオオッ!!」


 大剣からは先程とは比較できない程の極光が生まれ、それがコアの全長を超えた巨大な気力斬撃オーラブレードを生み出す。

 それが赤い霧状の瘴気を吹き飛ばしながらコアに浴びせられ、今まで傷も与えられなかった赤い表面が真っ二つになるように亀裂が走った。

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