悪魔を討つ者


 『悪魔』と交戦するアリアとユグナリスは、中央の巨大な黒い塔の逆側から放たれる箱舟ノアの主砲に気付く。


 シルエスカが指揮する箱舟ノア二号機は赤いコアとの距離を一キロに保ちながら、前面の装甲から出現させた二門の巨大魔導砲に魔力を蓄え放つ。

 そして虹色の巨大な魔力が二つ、夜空を駆けながら赤いコアに的中させた。


 放たれた魔導砲の光を艦橋ブリッジから目を細めて見る人員の中で、シルエスカが轟音に負けずに砲撃手へ叫び伝える。


「――……敵が邪魔できない、今が好機チャンスだ! 砲撃を浴びせ続けろッ!!」


「はいッ!!」


魔力薬液動力機関エーテルエンジンの残量、五割を切りましたッ!!」


「二割を切ってしまうと、船体の負荷を軽減している箱舟ふねの障壁が――……」


「その為に人員を固定させた! 障壁に回している魔力も最低限でいい、全て主砲に注ぎ込めッ!!」


「は、はい!」


 シルエスカが怒鳴るように命じる言葉に、艦橋員ブリッジクルーも応じる。

 そうして凄まじい勢いで箱舟ノア二号機から巨大な魔力砲撃が行われている状況に気付いた『悪魔』は、歯を食い縛りながら怒りの表情を見せた。


「――……ゴミ共が、まだ無駄な抵抗をッ!!」


 そう呟き唸る『悪魔』は、怒りの形相を見せながら悪魔の羽を広げ、凄まじい加速度で箱舟ノアが飛翔している咆哮へ向かおうとする。

 その『悪魔』の行く手を塞いだのは、『火』へ変化し神速で飛翔したユグナリスだった。


「ッ!!」


「――……行かせないぞ!」


「……この、燃えカスがァアアッ!!」


 遮るユグナリスに激昂した『悪魔』は、両手の黒い爪を伸ばし凄まじい速度で襲い掛かる。

 それに立ち向かうユグナリスに黒爪が突き刺さったが、『火』の身体となっていたユグナリスに肉体的な損傷を与えられない。

 更にユグナリスは右手に持つ白銀の剣で『悪魔』を迎撃し、空中で一進一退の攻防を繰り広げ始めた。


 そうした中で、僅かな時間でユグナリスはアリアに視線を向ける。

 その視線に気付き意図を掴んだアリアは無言で頷き、六枚の白い翼を羽ばたかせて赤いコアが備わる黒い塔に飛んだ。


 『悪魔』は自分達から離れるアリアに気付き、僅かに怪訝な表情を見せた後に目を見開く。


「まさか、コアの浄化を――……ッ!!」


「お前に、邪魔はさせないッ!!」


「……鬱陶しいのよッ!! いつも、お前はッ!!」


 アリアや箱舟ほかの目的が瘴気を発する魂を幽閉した赤いコアの破壊と浄化であるとすぐに察し向かおうとする『悪魔』だったが、それをユグナリスに阻まれる。

 更に苛立ちを色濃くした『悪魔』は、今までに無い凄まじい瘴気を発しながらユグナリスの『火』を散らすように夥しい攻撃を浴びせた。


 そうした最中、『悪魔』は僅かに違和感を抱く。

 それは全力を出し圧倒していたはずの自分が、少しずつユグナリスに追い付かれる形で対抗され始めた時だった。


「――……なんで、本気をやってるのに……!! ……まさか、まだ実力を隠してたとでも……!?」


「……俺の強さは、変わっていない」


「!」


「変わっているのは、お前の方だッ!!」


「ッ!?」


 圧倒する手数で攻撃を加えていた『悪魔』に対して、ついにユグナリスの白銀の刃が頬を霞める。

 辛うじて避けた『悪魔』は不可解な加速を見せたユグナリスの攻撃に驚愕し、思わず身を退いた。


 しかしそれを追撃するようにユグナリスは『火』の身体で迫り、右手に持つ剣で薙ぎと突きを浴びせる。

 それも『悪魔』の動体視力を凌駕する速度であり、本能的に瘴気オーラを纏わせた両腕で放たれた剣を受け防いだ。


 刃を受けた右腕は僅かに斬り裂かれたが、強化された黒い腕は僅かに皮を斬らせる程度に留める。

 そして押し弾く形でユグナリスを突き離した『悪魔』は、斬られた右腕を見て瞳を見開いた。


「――……なんだ、この赤い印は……!?」


「気付いたか」


「……まさか!」 


 『悪魔』は斬られ再生した右腕に浮かび上がっている赤い印を見て、思わず目を見開き自身の胸と腹部分を見て触り確認する。

 するとユグナリスに剣で貫かれた場所に同じような赤い印が施されており、今になってユグナリスが何か自分に施している事を『悪魔』は察した。


「これは……ッ!?」


「……俺の剣には、ログウェルの剣を溶かし合わせている」


「!」


「ログウェルは……俺の師は、俺に生命いのちと剣を託してくれた。……生きていた頃にはぶん殴りたくなる程に憎かったのに、今では不思議と感謝しかない」


「……その剣、まさか……!」


「――……この剣の名は、『偉大な騎士の剣ガラハット』。『悪魔おまえたち』を屠る為に鍛えた、俺の『聖剣』だ」


 ユグナリスはそう述べ、白銀の刀身を僅かに赤く輝かせる。

 その瞬間、『悪魔』に刻まれた赤い印も赤い光を放ち始めた。


 『悪魔』はそれに驚愕しながら、自身の腕と腹、そして胸と剣を霞めた左頬に熱さを感じる。

 その異様な熱さは身に纏わせていた瘴気オーラにも伝わり、次の瞬間に赤い印が刻まれた箇所全てに赤い炎が灯った。


「ッ!!」


「――……俺はそれを、『聖痕せいこん』と呼んでいる」


「……!」


「この聖剣ガラハットによって傷付けられた『悪魔』は、炎の楔を打ち込まれる。――……そして悪魔の力を、焼失させていく」


「……消失、ですって……!?」


「お前の体内に宿る悪魔の根を、燃やし失わせる。――……俺の強さは変わっていない。打ち込まれた楔で悪魔の力を失い、お前が弱くなっているだけだ」


「……ありえない。……ッ!!」


 ユグナリスの言葉を信じられず、『悪魔』は凄まじい速さで襲い掛かる。

 しかし迫る黒い手刀をユグナリスは容易く避け、右手に持つ聖剣によって今度は『悪魔』の右足を斬り付けた。


 そしてその傷は即座に再生されながらも、赤い印が残る。

 そして他の印と連動するように、赤く小さな炎が右足に灯った。


「ッ!!」


「……残るは、二箇所」


「!?」


 そう述べ再び聖剣を振り翳すユグナリスの動作に気付き、『悪魔』は逃げるように飛び下がる。

 逃げられたユグナリスは剣の軌道を止め、ゆっくりと『悪魔』の方へ顔を向けた。


「――……『悪魔』の力を焼失させるには、条件がある」


「……!!」


「頭と心臓、そして腹。更に両手と両足。その何処かに一箇所ずつ、合計で七つの聖痕キズを植え灯さなければならない」


「……ッ」


「お前が『悪魔』の力を完全に失うまで、あと二箇所。――……まだ印の無い、左足と左腕だけだ」


「……貴様ぁ……!!」


「アルトリア。お前も奴と……悪魔ゲルガルドと同じように、この世から消すッ!!」


 ユグナリスはそう述べ、『聖剣』ガラハットを右手に持ち構えながら自身の身体を『火』に変える。

 そして憎らしい視線で見ていた『悪魔』に向けて、赤い一閃となって襲い掛かった。


 こうしてユグナリスは聖剣を手に、アリアの援護も無しに『悪魔』を圧倒する。

 それは『悪魔』に因って全てを失くした剣士が生み出した、執念にも似た力によって成されたのだった。

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