幼馴染の共闘


 『悪魔』の心臓を貫きアリアの魂が宿る短杖の破壊を防いだのは、かつて三十年前に争い別れた元ガルミッシュ帝国皇子ユグナリス。

 黒い閃光に飲まれ消失したはずのユグナリスは身に付けた赤い服や外套は崩れていたが、五体満足の姿を見せていた。


 そして互いの顔を認識した二人の中で、ユグナリスが先に動く。

 倒れるアリアの眼前へ白銀の剣を突き付けながら、ユグナリスは鋭い視線で問い掛けた。


「――……どうしてアルトリアが、二人いる? お前は誰だ?」


「……はぁ。三十年経っても、相変わらず馬鹿は治ってないみたいね」


「なんだと――……ッ!?」


 いつものようにアリアは悪態を吐き、ユグナリスはそれに眉間の皺を寄せて表情を強張らせる。

 しかし次の瞬間にアリアの姿が突如として薄れ、その薄れた内部に黒い人形がユグナリスに視認できた。


「その人形は……。……確か、セルジアス兄上に聞いた事がある。アルトリアは人形を用いた憑依魔法を駆使して化けながら、学園寮から抜け出して色々としていたらしいと」


「流石にバレてたのね。……この人形からだは、ただの依り代よ」


「なんで昔の姿で……。……その杖に宿る波動、まさか魂の鼓動か……?」


「……そういう才能だけは、育ったみたいね」


 アリアはそう言いながら立ち上がり、亀裂がある短杖の魔玉を白く光らせ薄れる身体を元に戻す。

 そんなアルトリアに剣を突き付けたまま、ユグナリスは再び問い掛けた。


「……その杖は見覚えがある。アルトリアが小さな頃から持ち歩いていた杖だ」


「あら、馬鹿なりに記憶力はあるみたいね?」


「……その言い方、俺が知ってるアルトリアだな。……どういうことだ?」


「教えてもらうばかりじゃなく、自分で考えなさいよ。――……だいたい、説明してる時間は無いわ」


「……!」


 アリアはそう言いながら穴の開いた壁を見つめ、ユグナリスもそちらを向く。

 その穴から見える外の光景から風を切るような音が響き、一筋の黒い羽を羽ばたかせた『悪魔』が姿を現した。


 そして『悪魔』は建物内部に並び立つ二人を見て、憤怒の表情を込めながら睨み呟く。


「――……ユグナリス。お前は殺したはず……!」


「……あの歪な波動は、間違いなくさっきのアルトリアだな。……まさかお前は、記憶を失う前に魂と記憶をその杖に分け与えていたのか?」


「それで正解にしておいてあげる」


 『悪魔』はユグナリスの生存に憤怒しながら疑問を抱き、アリアは二人の自分アルトリアが居る理由を導き出した答えが当たっている事を軽く伝える。

 その答えで一定の理解を得たユグナリスは、アリアに向けていた白銀の剣を下げて『悪魔』に剣を向けた。


 『悪魔』はそれに警戒するように緩やかに飛翔し、穴の開いた建物内部に降り立とうとする。

 それを警戒しながら様子を見るユグナリスとアリアは、互いに小声で呟き話した。


「――……やはり奴も、悪魔化しているな」


「そうよ。……悪魔化した人間を、知ってるの?」


「昔、俺は悪魔になった男と戦った。……そして負けた」


「!」


「父上も母上も、そしてお前の兄セルジアスも、その悪魔に殺された」


「……!!」


「ログウェルは瀕死だった俺を庇い、あの惨劇の場から魔大陸に転移し逃げ延びた。……しかし瘴気に侵され瀕死の重傷を負った俺に自分の生命力を全て託し、ってしまった」


 ユグナリスはそう言いながら左手の甲に宿す緑の聖紋サインを僅かに輝かせ、剣の柄を握る右手の甲に赤い聖紋サインも光らせる。

 その表情には僅かに憤怒が宿り、ユグナリスの周囲に赤と緑の魔力マナが漂っている事にアリアは気付いた。


「……アンタもアンタで、色々あったわけね」


「ああ。……目の前の『悪魔やつ』とお前が違うとしても、立場から逃げ国を滅ぼしたお前を、許す気は無い」


「私も、アンタがやった馬鹿を許した覚えは無いわね」


「……フッ」


「フンッ」


 互いにそう述べながら、言葉を交え終える。

 そして互いに視線と意識を着地した『悪魔』に向け、互いに杖と剣を構えた。


 その光景を見た『悪魔』は、苛立ちを高めた表情で負の瘴気オーラと言葉を漏らす。


「――……今度こそ、目障りなお前等を魂までこわすッ!!」


「足、引っ張るんじゃないわよ!」


「お前が言うなッ!!」


 『悪魔』は再び身体全体から夥しい瘴気オーラを放ち始め、大きく黒い羽を広げ構える。

 それと同時に二人は憎まれ口を言い合いながらも共闘する構えを見せ、凄まじい速度で襲い掛かる『悪魔』と対峙した。


 三人が居た建物は、次の瞬間に爆散しながら吹き飛ぶ。

 その内部から白い光と赤と緑が混ざる光が上昇し、それを追うように黒い閃光が上空へ飛翔し重なった。


「――……ハァアアッ!!」


「チィッ!!」


 先に『悪魔』と刃を交えたのは、赤と緑の魔力マナを纏い飛翔するユグナリス。

 互いに凄まじい速度で肉体を飛翔させ、常人では見る事すら叶わぬ速度で白銀の剣と黒い爪を交え弾いた。


 『神』との戦いで圧倒した強さを見せていたユグナリスだったが、『悪魔』に変貌しその実力はほぼ拮抗する。

 その一歩も譲らぬ二人の戦いから僅かに離れた場所で、アリアは六枚の白い翼を広げながら短く詠唱した。


「――……『刺し貫く六天使の羽根シュヴァルヘルト』ッ!!」


 詠唱を完了したアリアは、更に大きく白い翼を広げる。

 そして前方に羽ばたいた白い翼から白い羽根が溢れるように飛び出し、百枚にも届くそれ等の羽根が白く光る鋭い魔力の刃に変貌した。


 更に自身の周囲に展開されたそれ等の刃を、アリアは左手を動かしながら命じ唱える。


「――……『切り刻めアダージ』ッ!!」


「!」


「うわッ!?」


 交戦し刃と爪を交えていた『悪魔』とユグナリスに向けて、白い刃を凄まじい速度で刺し貫くように放たれる。

 それに襲われた両名は交えた剣と爪を引き、互いに距離を取るように飛び引いた。


 巻き込むように襲われたユグナリスは、白い刃を放ったアルトリアに怒鳴る。


「オイ! 俺ごとろうとしたな!?」


「そんなヘマ、アンタ以外にするはずがないでしょ!」


「この――……ッ!?」


 ユグナリスは更に怒鳴ろうとした瞬間、自分に向けられた殺気に気付き振り向く。

 そこには『悪魔』が黒い右爪を伸ばし薙ぎながら、瘴気オーラの刃を生み出しユグナリスを襲い掛かっていた。


 神速を有するユグナリスも眼前に迫る瘴気の刃に目を見開き、避けれず咄嗟に白銀の剣で受け止めようとする。

 しかしユグナリスに衝突する瘴気の刃は、別の力によって阻まれ消滅させられた。


「ッ!?」


「……これは……」


「――……『矛を盾にアルミ盾を矛にミルア理は逆巻き滅すスルムズ』」


 アリアは小さく呟き、口元に笑みを戻す。  

 ユグナリスの周囲には刃だったはずの白い羽根が数十枚と舞い、それ等が一つ一つと繋がるように重厚な魔力で結ばれ、それが薄くも重厚で透明な結界を作り出していた。


 しかしただの結界ではなく、凄まじい威力を誇る瘴気オーラの刃を瞬く間に消失させている。

 それを見た『悪魔』は、結界に施された別の効力を推測した。


「――……浄化の効力か……!」


「ハズレ。悪魔になっても、やっぱり馬鹿ね」


「!!」


「矛と盾。剣でも無く盾でも無い羽根これには、存在の矛盾むじゅんが生じる。――……『瘴気』は『生命いのち』を枯らす物質。どちらでも無い私の矛盾はねを、アンタは破壊し枯らす事は出来ない」 


「……言葉をそのまま『現象ちから』にする、古代魔法……!」


 アリアが何を行い瘴気を消失させたかを知った『悪魔』は、二人の周囲に展開された白い羽根に強い警戒を抱く。

 そして羽根を牽制に使ったアリアは、ユグナリスに向けて言い放った。


「ユグナリス、迂闊に打ち合うんじゃないわよ。奴の瘴気に少しでも触れれば、身体を通じて魂が蝕まれるわ」


「……お前が俺の心配か? 火山でも降って来そうだな」


「戦力として足しに出来ると考えてるだけよ」


「……俺に瘴気は効かない。そこは安心しろ」


「あら、そう」


「それに俺は、俺達の親兄弟を殺したあの悪魔の男を倒して、ここに来た」


「……!!」


「既に奴の心臓には、『聖痕キズ』を植え付けている。――……奴が『瘴気』で生命いのちを蝕むなら、俺の『聖痕キズ』が『悪魔やつ』を蝕む」


 ユグナリスはそう小さく呟きながら、『悪魔』の胸元に視線を向ける。

 それに気付いたアリアは同じ場所を見つめ、その部分に起きている変化に気付いた。


 白銀の剣に貫かれた『悪魔』の胸は塞がるように再生されていたが、そこには小さな赤い印が残っている。

 それが『悪魔』殺しを経験した、ユグナリスの秘策でもあった。

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