失意の底で


 『赤』と『緑』の七大聖人セブンスワンに刻まれる二つの聖紋サインを両手に持つ元ガルミッシュ帝国皇子ユグナリスが参戦し、飛翔した『神』と空中で剣戟を交えながら激しい交戦を開始する。

 その一方で、赤い夜空の光が届かない暗闇に覆われた都市中央部の下へ投げ出されたエリクの死体は、凄まじい速度で落下していた。


 しかし暗闇の中で、一つの青い光が凄まじい速さで中空を駆け巡る。

 それはマギルスとケイルが騎乗している青馬であり、高速で形成される魔力障壁バリアの道を青い魔力を迸らせながら落下するエリクを目指して駆けていた。


「――……マギルスッ!!」


「分かってるよ! 急いで!」


「ヒヒィインッ!!」


 ケイルは『神』から引き剥がされるように落下するエリクの姿を確認し、前に座るマギルスに呼び掛ける。

 それに応じるマギルスも青い魔力で形成された手綱を掴みながら道の形成を急がせ、青馬の速力を更に上げた。


 赤く光る巨大な黒い塔が突き出る地面まで落下するエリクは、あと五秒もしない内に激突する。

 そして地面に激突するギリギリに青馬は間に合い、同時にマギルスが手綱から手を離してエリクが落下する直前に両手を上に掲げた。


「――……う、わぁッ!?」


「ブルッ!!」


「ク……ッ!!」


 マギルスは両手に溜めた青い魔力で腕力を強化し、落下するエリクを押し留める。

 しかし重い大剣と落下速度が加わったエリクによって、青馬は傾きマギルスは体勢を崩すと、全員が投げ出されるように地面へ落下した。


 その中でケイルは身を翻し、膝を曲げながらも両足で着地する。

 マギルスは地面へ落下しながらも傷は無く、傾き落下した青馬も緩やかに地面へ足を着いた。


 しかし受け止めて減速したエリクの身体は地面へ落下し、うつ伏せのまま動かない。

 それに気付き焦りの表情を色濃くしたケイルは、急いでエリクが倒れている場所に駆け付けた。


「――……エリク! エリクッ!!」


「……」


「おい、起き――……ッ!?」


 ケイルは身を屈めてエリクの身体を揺さぶるが、意識を取り戻す気配は無い。

 そしてうつ伏せの姿勢を仰向けに変える為に両手を伸ばしてエリクの身体を掴んだ時、ケイルはその状態に気付いた。


 心臓が在る胸と背中の部分が黒い霧に染まるように、エリクの胸には穴が空けられている。

 それを見て驚愕した表情を見せながらも、ケイルは傷みを堪えながら両腕を動かし、エリクをうつ伏せの姿勢から仰向けに変えた。

 そして何度もエリクの肩を揺らして呼び掛け、その声を聞き起き上がったマギルスと青馬も近付いてくる。


「エリク! おい、エリクッ!!」


「……」


「起きろ、起きろよ!! ……なんだよ。何、勝手に死んでやがるんだよ……ッ!?」


「……」


「なんで、前みたいに傷が、治らないんだよ……! おい、オイッ……!!」


 ケイルは必死にエリクの顔を叩き、身体を揺さぶり起こそうとする。

 今までのようにエリクは致命傷を治癒する自己回復能力を見せず、また出血すらしていない黒い霧に覆われた胸の穴は、出血すら起こしていない。

 しかしエリクは既に口や鼻から息をしておらず、目も閉じたまま眼球も動く様子は無く、頭から足先までピクリとも動く様子は無かった。


 それを見ていたマギルスは、エリクの死体を見ながら呟く。


「……クロエの、言う通りになっちゃったね。……おじさん、死んじゃった……」

 

「……クソッ。チクショウ……ッ!!」


 マギルスは寂しそうな表情を浮かべ、ケイルは痛みを無視しながら力を込めた右腕で地面を割り砕く。


 予知していたクロエの予言通り、エリクは死んだ。

 それを知りながら止められず、またエリクの窮地に駆け付ける事すら出来なかったケイルは、自身の後悔を口から漏らす。


「こんな事になるなら、意地でも一緒に行けば……。アタシが……!!」


「……ケイルお姉さん……」


「ブルル……」


 ケイルが顔を伏せたままエリクの左腕を掴み、手の甲を顔に付けながら涙を零す。

 その後ろ姿を見るマギルスは珍しく瞳に悲しみを宿らせ、青馬もそれに殉ずるように悲しみの鳴き声を漏らした。


 しかし悲しみに暮れる暇も無く、二人の事態は一変する。


 周囲の小さな黒い塔から新たに出現していた黒い人形達が、ケイルとマギルスに目掛けて迫っていた。

 その移動音を察したマギルスは、エリクとケイルから視線を逸らして周囲を見渡しながら背負う大鎌を抜き構える。

 青馬もまた地に伏すエリクとケイルを守るかのように動き、青い魔力を滾らせながら臨戦態勢となった。


「――……来た!」


「ブルッ」


「……ッ」


 そして十数秒後には、背後で赤く光る黒く巨大な中央塔とは別方向から黒い人形達が殺到する。

 夥しい数の黒い人形達を目にしたマギルスは嫌悪の表情を浮かべ、青馬も鼻を鳴らしながら首を振り左右を見た。


 悲しみで涙を流していたケイルは、エリクの左手を離して地面に置き、起き上がりながら腰に携えた大小の剣を両手で抜き放つ。

 そして右腕の袖口で顔を拭い涙を散らすと、厳しくも覚悟の表情で迫り来る黒い人形達を見て呟いた。


「――……マギルス、お前は上へ行け」


「!」


「アリアを殺すんだ。じゃなきゃ、コイツ等は止まらないんだろ?」


「そうだけど……ケイルお姉さんは?」


「……」


「死ぬ気?」


「……アイツが死んだら、アタシが生きてる意味ないだろ……」


 ケイルが死ぬ覚悟を決めた事を悟ったマギルスは、そう尋ねて肯定される。

 それを聞き唇を噛み締めたマギルスは、迫る黒い人形達を見ながら話し掛けた。


「――……大丈夫!」


「……え?」


「僕達には、頼りになる仲間がいるもんね!」


 そう告げるマギルスの言葉に、ケイルは怪訝な表情を見せる。

 しかしそれを問う間も無いまま、黒い人形達が形成した腕の黒剣がマギルスとケイルを射程に捉えた。


「ッ!!」


「時間稼ぎ、ちゃんとするからね! クロエ!」


「!」


 自分達に対して襲い来る黒人形達に対して、ケイルとマギルスは交戦を開始する。

 斬撃が効かず打撃で押し飛ばす以外に対処できない黒い人形達に攻撃を加えながらも、マギルスがそう口に言葉をケイルは耳にした。

 そして失意の覚悟を噛み締めながら胸の奥に押し込めると、瞳に生きる意思を戻して黒い人形達と相対する。

 青馬もまた黒い人形達を後ろ足で蹴り飛ばしながら駆け抜け、旋風の如く動き黒い人形達を蹴散らした。


 エリクの死を間近で確認しながらも、ケイルとマギルスは共に諦めずに交戦を続ける。

 それはもう一人の仲間に対する信頼感によって保たれ、この窮地の中でも彼等の意思を挫けさせなかった。

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