新たな七大聖人


 突如として現れた黒い人形に襲撃を受けた各陣は、それぞれに対応しながら必死に抵抗を試みる。

 しかし魔鋼マナメタルで出来た人形を破壊する事は出来ず、更に黒い塔から出て来る人形の数は多くなっていった。


 そうした中で、また一人その状況に気付き身体を起こした者もいる。

 それは『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァとの戦いで、気力を使い果たし傷を負ったケイルだった。


「――……!?」


 意識を取り戻したケイルは周囲で起こる戦闘音に気付き、跳び起きるように上半身を起こす。

 同時に左肩に負った傷と技を無理に使った腕の痛みに気付き、表情を歪めた。


 しかし更に続く戦闘音で歪めた表情をすぐに切り替え、両目を開けて周囲の状況を確認する。

 ケイルは破損していない建物の屋上に寝かされ、その周囲では黒装束を身に纏った数十人の忍者シノビ達が黒い人形達と戦っていた。


「こ、これは……!?」


「――……起きたか!」


「トモ……頭領の、影分身?」


「話は後だ! お前も、自分の身を守れ!」


「!?」


 黒い人形を蹴り飛ばして屋上から叩き落したトモエの影分身が、そう喋りながらケイルに伝える。

 その様子でやっと更なる異常事態が起こっている事を察したケイルは、身を起こし傍に置いてあった赤い魔剣と小剣を拾い持った。


 まだ腕と左肩に傷みが残るケイルは、剣を持ち構えると同時に再び表情を歪める。

 しかし僅かな時間でも休息した事で、一定量の体内気力オーラを戻す事に成功していた。


 そうした中で更に押し寄せて来る黒い人形の一体がトモエの影分身を突破し、ケイルに向けて変化させた黒剣を突いて来る。

 それに気付き視線を向けたケイルは、咄嗟に黒剣を避けながら魔剣の柄で黒人形の首筋の裏側を全力で殴打した。


「裏の型、『瓦砕がさい』ッ!!」


 瞬時に魔剣の柄にはケイルの気力オーラが集中し、首が折れんばかりの勢いで叩き伏せる。

 それを受けた黒い人形は屋上の床へめり込むように体と顔を沈み込ませたが、すぐに左腕の形状も変化させて黒剣にし、伏せたままの状態で傍に立つケイルに斬り掛かった。


「!?」


「馬鹿者がッ!!」


 ケイルは危うく足を斬られそうな所を、真横から来た影分身のトモエに蹴り飛ばされて救われる。

 蹴られたケイルは屋上に設けられたへりの壁へ衝突しそうになりながらも、辛うじて持ち堪えて態勢を整え直した。

 その傍に先程の影分身が赴き、ケイルを守るように前に立つ。


「イッテェ……!」


「油断するな、馬鹿者めッ」


「す、すいません……。……コイツ等は?」


「あの黒い塔から出て来ている。私や親方様ですら斬れぬし、組み付いても砕けぬ。身体が全て武器の絡繰り人形だと思え」


「!」


「来るぞ!」


 トモエが状況を伝えた後、先程ケイルが叩き伏せた黒い人形を含めた更なるカズが押し寄せて来る。

 それを周囲の影分身達が迎撃し、ケイルもその情報を聞いた対応として魔剣と小剣を鞘に納め、格闘術での対応に切り替えた。


 そしてトモエの影分身達と同じく掌底や蹴りを軸にした打撃で黒い人形達と対峙しながら、ケイルもまた押し寄せる黒い人形達への対応に迫られる。

 しかしその時、ケイルは戦いながら都市自体の変化を視認し、赤く光る中央の巨大な塔と、その頂上で黒く巨大な翼を広げて羽ばたく存在に気付いた。


「アレは……!?」


「敵が崇める、『神』らしい!」


「……じゃあ、あれが今のアリアか――……ッ!?」


 ケイルは上空に居る存在が今のアリアだと気付き、更に凝視する。

 そして視界の中に入るもう一人の存在に気付き、驚愕の表情を更に見せて声を上げた。


「エリク!?」


「!」


「まさか、まさかエリクが……!?」


 ケイルが見たのは、『神』と称されているアリアが持つ黒い矛に貫かれたエリクの姿。

 大剣こそ持ったままだったが、その姿は突入時よりもボロボロであり、また矛に貫かれた身体は動いている様子が無い。

 そこでクロエの予言を思い出したケイルは、エリクの身に起こった事を察して取り乱し、横から迫る黒い人形が突く黒剣に気付けなかった。


 再びそれを影分身のトモエが黒い人形を蹴り飛ばす事で防ぎ、再びケイルを叱りつける。


「余所見をするなッ!!」


「!」


「足手纏いになるだけなら、箱舟ふねに戻れッ!!」


「……す、すいません」


 そう怒鳴るトモエの声に、ケイルは再び身構えて周囲から迫る黒い人形に対応する。

 しかしケイルの集中力はアリアとエリクが居る上空にも四散し、先程よりも対応力が遥かに悪くなっていた。


 そうした中で、ケイルは都市東部の方角を見て何かに気付く。

 それは都市の上を駆け抜ける青い光であり、それが何なのかを察したケイルは出来る限りの大声を青い光に向けた。


「……アレは……! ――……おい、マギルスッ! マギルスッ!!」


「――……ん? あれ、ケイルお姉さんの声だ。……あそこだ!」


 ケイルの声に気付いたマギルスは、青馬に乗りながら周囲を見回してケイルを探す。

 そして進行上から僅かに逸れた少し高い建物の屋上で黒い人形と交戦する一団を目撃し、その中にケイルが居る事に気付いた。


 マギルスは展開する魔力障壁バリアで作る進路をそちらに変え、ケイルが居る屋上に近付く。

 それに気付いた黒い人形達がよじ登る建物の壁から跳躍して青馬を襲おうとすると、それに嫌な顔を浮かべたマギルスが立ち止まらせ、届かなかった黒い人形達は地面まで落下した。


「こわっ! ここまで飛んでくるの!?」


「マギルス!」


「ケイルお姉さん! 元気そう、でもないね! そっちの黒い人達、誰?」


「そんな事より、アタシも乗せてくれ!」


「!」


「上の、エリクの所に!」


「うん、分かった!」


 ケイルの呼び掛けにマギルスは応じ、再び青馬に空を駆けさせて建物の屋上を目指す。

 そうした間にケイルは近くに居るトモエの影分身に呼び掛けた。


「頭領! アタシ、行きます!」


「そうか。――……もう、無様は晒すなよ」


「はい!」


 トモエの言葉にケイルは応じ、屋上のへりまで走り足を踏み登らせる。

 そして四方から迫る黒人形の黒剣を跳び避けると同時に、間近に赴いたマギルスの青馬に飛び乗った。


 マギルスは手を差し伸ばしてケイルの右腕を掴み、その身を引いて青馬に乗せる。

 そして跳躍して襲って来る黒い人形達から逃れながら、青馬に乗った二人は上空に居る『神』とエリクが居る場所を目指した。


 一方その頃。


 エリクを殺した後に動揺していた『神』は、箱庭の防衛機能システムを起動して都市を見下ろし続けている。

 そして都市内部で起こる黒い人形達と侵入者達の攻防を見下ろし、心を落ち着けていた。


「――……これで、侵入して来た連中は排除できる。……ミネルヴァも、あの子達もいるのね。……もうどうでもいいか……」


 『神』は黒い人形達に襲われている者の中に、自分に仕えるミネルヴァや子供達の存在に気付いている。

 しかしそれ等の事を無視したまま、冷たい視線で黒い人形とそれと対峙する者達の戦場を見下ろしていた。


 そして右手の杖と、そこに生み出した黒い矛に貫かれたままのエリクに目を向ける。

 先程までの動揺を治めていた『神』は、杖を握る握力を強めた。


「――……記憶を失ってても、私の魂に感情おもいは残ってたってこと……? ……気に入らないわね」


 『神』は自分の動揺した理由を推察しながら、眉をひそめて苛立ちを抱く。


 記憶を失っている『神』は、確かに『人間』としてアリアがしてきた事や、慣れ親しんだ者達との記憶も完全に消失していた。

 しかし記憶とは別に前の自分アリアと同一である魂がエリクを殺した事で反応を示し、魂に残るアリアの感情を『神』に与える。

 結果、『神』は自身の感情とは別の感情に干渉され、涙を流しエリクの死に動揺したという推察を自身で考えた。


 それを察して気に入らない事を述べると、杖を持つ右手を大きく振り上げる。


「――……こんな男、もうらないのよッ!!」


 『神』は魂の奥から込み上げる感情に対してそう叫び、エリクの死体を空中へ投げ放つ。

 前方の中空へ投げ出されたエリクの死体は、そのまま小さな弧を描きながら数秒後に落下し始めた。


 それを見送る『神』は不機嫌な表情を冷静に戻して顔を上げ、エリクから視線を外す。

 その時、正面の上空を赤い閃光が凄まじい速さで襲来し、激突するように赤い閃光が持つ剣と『神』の杖が衝突した。


「――……ッ!!」


 『神』はそれを受け止めながら、目の前に襲来した人物の姿を目にする。

 それに驚きの瞳と表情を浮かべ、エリクと対峙した時以上の憎々しい表情と声を見せた。


「……お前は……!?」


「――……久しぶりだなッ!!」


 互いに憎々しい声を漏らす二人は、衝突させ腕力で振るわせる杖と剣を互いに弾く。

 そして黒い翼を羽ばたかせて浮遊する『神』に対して、閃光の如く飛来した人物は意匠の凝った赤い柄の剣を振り構えた。


 『神』の前に現れたのは、赤く後ろで纏めた長い髪を靡かせた二十代後半の青年で、赤と緑の魔力を纏い強い生命力オーラを放ちながら空中を浮遊している。

 その赤髪の青年もまた憎々しく厳かな表情を浮かべ、剣先を『神』に定めた。

 対する『神』はその青年を見て、憎々しくも呆れた声を漏らす。


「……まだ生きてたの? しぶといわね」


「俺が居ない間に、随分と好き勝手してくれたな」


「勝手にいなくなったアンタに、言われたくないわよ。――……ユグナリスッ!!」

 

「先に居なくなったのは、お前の方だろうが。――……アルトリアッ!!」


 互いが互いの名を憎々しく叫び、互いの肉体から白い生命力オーラを強く輝かせる。

 そして『神』は再び杖で形成した黒い矛を生み出し、ユグナリスを薙ぎ斬った。

 それと相対するようにユグナリスの赤白い炎が灯った剣が交わり、『神』の黒矛に触れて凄まじい衝撃を上空に生み出す。


 その剣戟の最中、ユグナリスは右手に刻まれた『赤』の聖紋サインを、左手に刻まれた『緑』の聖紋サインの輝きを強めて見せる。

 そして身体の周囲に赤色と緑色の魔力マナを充実させ、『到達者エンドレス』である『神』と空中で幾度も拮抗する剣戟を見せ合った。


 彼の名は、ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュ。


 かつてアリアの故郷だったガルミッシュ帝国で生まれた、ルクソード皇族の一人。

 そして記憶を失う前のアルトリアとは元婚約関係だった従兄の青年であり、帝国唯一の皇子だった。


 しかしアルトリアとの破局後は老騎士ログウェルの師事を仰ぎ、変化する情勢の中でも聖人としての訓練と鍛錬を受け続けている。

 更にガルミッシュ帝国とベルグリンド王国、そしてマシラ共和国の和平式典が襲撃を受け、その後は生死不明であったと云われていた。


 そのユグナリスが『赤』と『緑』の七大聖人セブンスワンの証である聖紋サインを両手に輝かせ、『神』と激闘を始める。

 『神』すら予想していなかった最大の戦力が、遅れながらもこうして到来した。

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