精神の殴り合い


 以前に樹海で行われた決闘と同じやり方で、エリクとフォウルは互いに殴り合う。


 しかしエリクが放つ打撃は、フォウルに有効打を与えているようには見えない。

 逆にフォウルの単純な打撃は全て凄まじい威力で放たれ、一発毎にエリクの身体を吹き飛ばしていた。


「――……ガ、ハッ……!!」


『これで、十二発目だ』


 フォウルはエリクが攻撃した箇所と同じ個所を狙い、完全に殴り合いを制している。

 一方で殴打された顔や肉体から血を流すエリクは、その状態からでも腕と足を這わせながら起き上がり続けた。


「グッ、ォア……ッ」


『……まだ立つか』


 再び起き上がりよろめきながら歩み寄るエリクに、フォウルは口元をニヤけさせる。

 しかし、その光景を見ていたアリアの分身体は堪えていた表情からフォウルに向けて怒鳴り声を上げた。


『――……いい加減にしなさいよ!!』


『あ?』


『エリクを責めて、そして痛め付けて、いったいアンタは何をしたいのよ!?』


『言ったろうが。これは俺とコイツの問題だ、お嬢ちゃんは黙って見てろ』


『やっぱり鬼神アンタは、私の制約くさりで封じ込め続ける! エリクも、こんな無意味な事はもう――……』


「……アリア」


『!』


「頼むと、言ったはずだ……」


『……!!』


 再びアリアが制約くさりをフォウルに課そうとした時、エリクは血塗れの顔面で睨みながらそれを止める。

 止められたアリアは困惑を秘めた不可解な表情を浮かべ、再びフォウルの前に立ったエリクを止められなかった。


「……グ、ゥ……!!」


『そらっ』


『ッ!!』


「ゲ、ゥハ……ッ」


 そして再び、エリクとフォウルの殴り合いが続く。


 左横腹に右拳を振り放ったエリクだったが、それに対してフォウルは微動だにしない。

 それに即応したフォウルは右拳を固めた瞬間、抉り込むようにエリクの左横腹を突き上げた。


 エリクは身体を宙に突き上げられながら吐血し、再び転がりながら白い地面を転がり落ちる。

 白い地面には既に幾多の血が撒き散らされ、エリクが転がる周囲は血飛沫がこびり付いていた。


 吹き飛ばされて倒れたエリクは、数秒後に再び動こうと藻掻く。

 その度に口から吐血し、腕と足を震わせながら力を込めて身体を起き上がらせようとした。


 しかし今回は、起き上がるのに今まで以上に時間を要している。

 そうした様子を眺めていたフォウルが、ニヤけた口元を戻して真剣な表情で問い掛けた。


『……まだやる気か?』


「……あぁ……」


『まさか、そんな不様になっても俺に勝てる。なんて思ってるんじゃねぇだろうな?』


「……ッ」


『はっきり言ってやる。今のテメェは、俺には勝てん』


「……」


『それ以上やると、テメェの魂は死ぬ。それは薄々、テメェ自身も分かってるはずだな?』


「……ああ……」


『だったら、なんで向かって来る? ……自殺したいってんなら、他所でやれ』


 そう問い掛けて睨むフォウルに、起き上がろうとするエリクは顔を上げる。

 既に幾度も殴打された顔面は腫れ上がり右目しかまともに開けられない状態のエリクは、身体を起こしながらフォウルの問いに答えた。


「……俺は、死にたくない。……死ぬのは、怖い……」


『ほぉ。なら嬢ちゃんの言う通り、止めたらどうだ?』


「……俺も、聞きたい……」


『あ?』


「……なぜ、俺を殺そうとしない?」


『!』


「……お前が本気で撃てば、俺を殺せるはずだ……」 


 そう尋ねるエリクに、フォウルは僅かに眉を顰める。

 そして睨みの目から殺意を強くするフォウルは、起き上がったエリクに応えた。


『……フッ。テメェ如きに、本気でやる必要もねぇ。言ったろうが、指一本分で十分だってな?』


「……」


『まさか、お前の魂が死ぬと俺も死んじまうから手加減してる。なんて甘い事を考えねぇだろうな?』


「……違うのか?」


『違うな。別にお前が死んで俺も死んじまっても、魂は輪廻転生システムの中に戻るだけだ。そこで魂は浄化され、今度こそ刻まれた力も記憶も完全に真っ白になるだろう』


「……」


『俺はお前みてぇに、死ぬのなんざ怖くねぇ。元々、俺の存在自体がお前の魂にこびり付いてる残りカスだからな。……その残りカスにすら負ける情けないお前なんぞ、死のうが生きようがどうでもいい』


「……」


『そんなに死にたきゃ、次は本気で撃ってやる。……来いよ』


 フォウルの答えを聞き終えたエリクは、再び歩み寄り始める。

 それを迎えるようにフォウルは堂々と待ち、二人は再び対峙した。


 満身創痍のエリクは右拳を構え、右足を踏み込みながらフォウルの左顔面を再び殴る。

 その威力はやはり微動すら与えられず、エリクが拳を引いてからフォウルも右拳を握り構えた。


『やっぱり、テメェの拳は情けねぇな』


「……」


『終わりだ、人間』


『エリク!!』


 フォウルの右拳が振り上げられ、それを見たアリアが制約くさりを課そうと構える。

 しかしフォウルの拳の方が先に放たれ、エリクの左顔面を撃ち抜くように振り抜いた。


 その威力と衝撃音は先程と雲泥の差が明らかな程に高く、今度はエリクの身体は吹き飛ばされずその場に留まる。

 しかし頭は弾けながら飛び散ったのだと予想したアリアは、エリクの死を察して目を閉じた。


 そして数秒後、アリアは恐る恐る目を開けて結末を確認する。

 逸らした顔をエリクに向けたアリアは、そこで目を見開きながら驚愕した。

  

『――……え?』


『……ッ』


「……」


 アリアが見たのは、フォウルの右拳がエリクの左顔面に接触した状態で止まっている光景。

 弾け飛んだと思ったエリクの頭は無事であり、エリクはフォウルの拳を受けながら踏み止まっていた。


『な、何が起こったの……?』


 今まで殴打の全てを受けて吹き飛ばされていたエリクが、この時になって無事である事をアリアは訝し気な目で見る。

 それはフォウルも同じであり、鋭い視線に訝し気さを含みながらエリクを睨んでいた。


『……テメェ』


「……思い込んでいる、だったか」


『!』


「俺はアリアを守れていると思い込み、実際には守られてばかりだった……」


『……』


「お前の強さを、俺は知っている。何度も力を借りていたから、お前の力の大きさも分かっている。……だからお前に勝てないと、俺は思った」


『……』


「お前に殴られれば、あっさり吹き飛ばす程の威力を受けて傷を負う。そして、何度も撃たれて死なない俺は、手加減されているんだと思った」


『……』


「そんな俺の思い込みを、お前は否定し続けた。俺はお前に勝てないと、そう言った」


『そうだ、テメェは俺には勝てない』


「……だが、お前が否定する事を思い込めば、どうなる?」


『!』


「俺がお前に負けないと思ったら、どうなる?」


『……チッ』


 そう告げながら当てられた右拳を顔で押し退けたエリクは、再び右手を握りながら構える。

 それに対してフォウルが厳つい表情を浮かべ、舌打ちを鳴らした。


「……俺は、お前に負けない!」


『!』


 そう言い放ったエリクは、再び右拳をフォウルの左顔面に叩き付ける。

 今までにない程に勢いを乗せたその拳が、微動だにしなかったはずのフォウルの身を僅かに揺るがした。


 エリクの攻撃が初めてフォウルを揺らした光景を目にしたアリアは、それに驚きを浮かべる。


『嘘……!?』


「やはり、そうか」


『……チィッ!!』


 フォウルも自身がよろめいた事を実感し、舌打ちを鳴らしながら右拳を握る。

 そして再びエリクの左顔面を狙い撃ったが、今度もエリクは僅かによろめきながらも吹き飛ばされずに留まった。


 逆にエリクは左拳でフォウルの左腹部を撃ち、再び姿勢を揺るがす。

 突如として互角の打ち合いをし始めた二人に、アリアの分身体は起こっている現象を推察した。


『……そうか、そうよね。ここは魂の中で、その中に存在している二人がこのなかで競い比べるのは、身体能力ステータスではなく精神能力メンタル……』


「グ、ォオアッ!!」


『ガァアッ!!』


『つまり、思いの強さ。……エリクが負けないと強く思い込む事で、あの鬼神フォウルの精神に対抗しようと……。いえ、出来るようになったのね』


「グハッ、ァアアォ!!」


『ブッ、ガッハァ!!』


『……この戦いは、肉体や魂の死が勝敗じゃない。精神力メンタルが挫けた方の負けの、単純シンプルな勝負。……まったく、エリクらしいわ』


 アリアはこの二人が行う戦いの本質に気付き、溜息を吐きながらも先程の焦燥感を無くして二人の殴り合いを見る。

 同じ魂の中で二つの人格が存在し、それぞれが互いの肉体を形成した上でする殴り合いは、精神の強さを決める闘争だった。


 短絡的ながらも、負けないというエリクの思いが鬼神と拮抗できる程の精神力を保ち、繰り出す精神力の殴打が効くようになる。

 同時にフォウルの放つ精神力の殴打にも耐えられるようになり、二人はやっと互角の殴り合いを見せ始められた。


 それはまさに、精神という力を奮う勝負。


 精神おもいが強ければ勝ち、弱ければ負けるという単純明快な精神ちから比べ。

 そうして殴り合うエリクとフォウルは、交互に素早く互いを撃ち合い続けた。

 

 その精神の戦いによって、エリクの魂が変化を迎え始める。

 それに気付いているのは、殴り合いながら鬼気とした笑みを浮かべる鬼神フォウルだけだった。 

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