逃走の道で


 ベルグリンド王国の中心地である王都は壁に囲まれる中で、三つの大門が備わっている。


 西地区にある大門は各領地との隣接関係から、主に人の出入りが多い住宅区画や商業区画が混在していた。

 東地区にある門は比較的に小さく、貧民街と隣接している為に警備の規模が少ない為、顔馴染みであれば幼い頃のエリクでも王都の中を出入り出来る程には警備は薄い。

 南地区に備わる大門も東地区の大門と同じように表通りに面して居る為、市場や宿場が備わる区画が多い場所である。


 今回の事件で警備が強化された各門には各五百名を超える兵士達が集まり、武具を着揃えられた状態で警戒していた。

 そして南地区の大門の警備を巡回しながら警備している兵士達が、こんな話をしている。


「――……なぁ、どう思うよ?」


「ん?」


「黒獣傭兵団の件だよ。本当に連中、村なんか襲ったのかな?」


 そうした状態ながらも、警備している兵士達は今回の状況に関して変化が著しく激しいと思う者もいる。

 特に黒獣傭兵団と面識がある兵士達ほど、そうした声色をまだ残していた。


「昼くらいにそんな報告が届いた時には、デマだってのが大半の意見だったろ? なのに連中が戻って来た途端に拘束されて、皆が冤罪だって思ってたはずだよな」


「まぁな」


「でも、夜になったら一気に暴動が起きたりしてさ。それに加えて王子が事情説明して、一気に黒獣傭兵団の方が村を襲ったってのをほとんどが信じちまってる。なんか、情報も人間もクルクルって回り過ぎてないか?」


「そんなもんじゃないか?」


「え?」


「自分が知らない事は、そうなんだって信じちまう。自分では何にもしないが、そういう流れがあれば乗っかるもんなのさ」


「……」


「どっちにしても、黒獣傭兵団は終わりさ。王子直々に捕縛命令が出たからな。例え本当に冤罪でも、捕まえるって命令に逆らったらクビが飛ぶのは俺達みたいな平民さ」


「確かにな……」


 そうした心情を吐露する兵士達は、今回の事件に対する自分達の意見を統一させている。


 兵士としての仕事は、あくまでそれを指揮する上層部の命令に従い動くこと。

 それ以外の事をすれば咎めを受け、良くて最前線に飛ばされるか僻地で一生を過ごし、悪ければ最前線で過酷な戦いを強いられるか法的な懲罰を受けてしまう。


 自身の家族を持ち、またそれなりの矜持を持って兵士となった堅実な彼等は、自分の身を守る為に黒獣傭兵団の事情を考えずに自分の役割だけを考えて行動していた。

 そうしている理由にも、黒獣傭兵団に傾き助力していたとされる兵士達が同じ兵士達や騎士団に拘束され、連行されているからという事情もあったが。


 各地区の兵士達もそうした考えで動き、黒獣傭兵団を捕らえる為に各班で隊列を組みながら動く。

 そして南地区の大門付近で、壁内部から巡視している兵士がおかしな音を聞いた。


「――……なんだ?」


「?」


「ほら、聞こえないか? なんか音が……」


「音? ……本当だ、聞こえる」


「どこだ?」


「……これって、下の方から……」


 兵士達が下から不自然に聞こえる衝撃音に気付き、それを指揮している各兵長に伝える。

 それを聞いて兵士達を壁内部に集中させた兵長達は、音の発生源を特定するように兵士達に命じた。


 そして一人の兵士が、壁内の武器庫の一室から音が漏れ聞こえる事に気付く。

 そこに兵士達が十数名ほど集まり、室内を隈なく探して音が鳴る場所を探した。


「――……隊長!」


「!」


「この下から、何かの音が。それと、石畳に僅かな隙間があります」


「なんだと!?」


 床に耳を近付けていた兵士が違和感に気付き、兵長と数人の兵士達を集める。


 その床部分には僅かながら、他の部分とは異なる隙間があった。

 そしてその部分を調べると、兵士は石床の一部を押すと二つの窪みが生まれ、指を差し込み開く事に気付く。

 二つの窪みに指を差し込んだ二人の兵士は、両手の力を込めて不自然な石床を引っ張ると、そこに古い木製扉が姿を見せた。


「これは……、まさか隠し通路か!?」


「隊長、どうすれば?」


「他の隊を集めろ! もしかしたら、黒獣傭兵団れんちゅうは地下にある通路を……!!」


「!」


「一班は残り、この扉を固めろ! 他の班は、私と共に地下を探るぞ!」


 兵長の命令に応じ、報告と地下の出入口の監視する班以外は木製の扉を開けて地下へ向かう。

 明かりとなる照明器具カンテラを持って扉を開けると石畳の階段があり、そこを少し降りた先に水流が流れる地下の空間が広がっていた。


「壁門の地下に、こんな場所が……!!」


「……隊長」


「どうした!?」


「ここに、不自然な水飛沫の跡があります」


「!!」


「この大きさは、人間が水に入って出た跡のように思えますが……」


「連中、地上ではなく地下に潜っていたのか! 全班、地下ここを捜索しろ!!」


「ハッ!!」  


 兵長の命令に各兵士達は従い、地下空間を調べる。

 新たな隊も地下捜索に加わると、横道となる古い木製扉を発見され、更に奥には別れ道となっている更に多くの横穴も発見された。

 更に地下水路側を捜索している班が、驚くべき物を見つけて兵長を呼ぶ。


「――……どうした!?」


「隊長、アレ……」


「……!?」


 兵士達が見つけたのは、地下水路の横壁が破壊された跡。

 そこには地面の土砂が流れ出ており、更にその隙間からは夜空の光と数人が通れる程の穴が開いている。

 兵士達が地下空間を発見し突入した時点で、五十名弱の黒獣傭兵団は壁外に脱出する事に成功していた。


 そして脱出した黒獣傭兵団は、闇夜の中で東部に向かう。

 先頭を走るのはマチスの班で、両翼をケイルとワーグナーを中心とした班で固まり、後ろをエリクが追従するように走っていた。


「――……急げよ! 連中、穴を空けた音で確実に地下の存在に気付く!」


「了解!」


「軽く見積もっても、数十分後には追跡する連中が各壁門から出るはずだ。夜の内になんとか移動して、朝には潜伏できる場所を見つけるぞ!」


 ワーグナーは追跡者達の事を予測し、闇夜に紛れて走れる内に王都から出来るだけ離れる事を考える。

 夜目に慣れている一同は整えられた道ではなく林や小川を通り、出来るだけ馬による追跡が困難な場所を選びながら移動した。 


 その予測は正しく、黒獣傭兵団が地下から壁外へ脱出した事が露見してから一時間以内に各門から明かりを持った騎兵達が追跡に出る。

 また兵士達の多くが王都周辺を探り、黒獣傭兵団の潜伏を警戒しながら王都の内外を捜索する動きを見せた。


 そして、一つの騎兵部隊が黒獣傭兵団が隠れる森の付近を通過する。

 身を潜めてそれを確認したマチスの報告を受けたワーグナーは、ここまでの移動の疲れを休ませながら全員に伝えた。


「――……そうか。連中、ここまでもう追い付いたか」 


「ここも、あんまり長居は出来ないっすね」


「ああ。……何とか、東にある港まで向かう。そこから、この国を脱出するぞ」


「上手く乗れますかね?」


「確かあの港にも、マチスの諜報班とこがいたはずだな?」


「ええ。人数をバラけて入れば、問題はないはずっす」


「よし。なら、途中でバラける。各班で別れて、隠れたり変装しながら東の港町に向かえ」


「了解」


「……問題は、服を変えただけじゃバレちまうのが、いることか」


 各団員達と今後の行動指針を話していたワーグナーが、その人物に視線を向ける。

 他の団員達もその人物を見つめ、苦悶の表情を浮かべていた。


 見られていたのは、その風貌が王国の各所で伝えられている黒髪と肌の焼けた黒い大剣を担ぐ大男。

 地面に座り大剣を抱えながら目を瞑って休む、英雄から一転して虐殺者と呼ばれるエリクだった。


「……」


「服装を変えても、誤魔化せるか微妙かもしれん」


「俺が先に港まで行って、エリクの旦那も入れるように協力者を用意しときます」


「頼むぜ、マチス」


「問題は、バラける道っすね。東の港には、隠れながら進めそうな山や森が少ない。それに通る領地にある関所や兵士達の詰め所を掻い潜るのも……」


「難しいか」


「さっき通った騎兵達は、その為に情報を届ける早馬みたいっすからね」


「最悪、そういう場所は強行突破になるか……」


「下手に騒動になったら、俺達の目的地も絞られて先回りされちまうかも。出来るだけ、強硬手段は避けるべきっすね」


「だな」


 ワーグナーとマチスは互いに意見を述べ、全員で東の港まで向かうまでの状況と成功方法を思案する。

 そんな中でエリクは目を閉じてはいたが、二人の話を理解できる部分は聞いていた。


「……」


 エリクは無言で二人や各団員達の話を聞きながら、自分がやるべき事を考える。

 そしてその状況になった時、自分がやるべき事をエリクは覚悟していた。

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