墜とされる獣
ウォーリス王子が語る黒獣傭兵団の成り立ちに、集まった民衆達は動揺する。
黒獣傭兵団を作ったガルドという男が元王国貴族であり、更に元王国騎士団長だったこと。
それ等を辞し一傭兵へ身を墜とした理由が、各国に蔓延る犯罪組織に与していた可能性があったからということ。
集まった民衆達はその話を聞き、それぞれが顔を見合わせながら疑心に揺らぐ。
しかし自分達の中にあった黒獣傭兵団のイメージ像が揺らぎ崩れそうになる民衆達の中で、ウォーリス王子に向けて疑問にも似た罵声を浴びせる声はまだ残っていた。
「――……だ、だからどうしたんだよ!!」
「そ、そうよ!」
「そのガルドって人、確か死んだんでしょ!?」
「ずっと前にな! 今の黒獣傭兵団と関係ねぇよ!」
そうした声が届き、再び民衆達の空気は黒獣傭兵団を擁護へ戻り始める。
しかしそれを阻むように、ウォーリス王子は更に声を掛けた。
「――……黒獣傭兵団のエリク殿。そしてその副団長を務めるワーグナー殿。黒獣傭兵団の中では特に有名なその二人ですが、彼等は二十年以上前にガルド氏に拾われ、黒獣傭兵団へ加入したそうです」
「!」
「そ、それがどうしたってんだよ!?」
「彼等はガルド氏を強く師事していたそうです。ガルド氏の教えを守り、傭兵稼業を営める程にまで育てられたと公言していたとも聞く。違いますか?」
「……」
「き、聞いたことあるかも……」
「【結社】に与していた可能性があるガルド氏は、確かに二十年前に亡くなりました。しかし彼を師事した二人の弟子とも言うべき者達が、今の黒獣傭兵団の中心人物となって活動している。……それは、どう思われますか?」
「……!!」
そう呼び掛けながら訪ねるウォーリス王子に、民衆は表情を強張らせながら口を噤む。
それぞれの頭の中にはその関連性が浮かび上がり、口に出さずとも否応なく嫌な方向を思考で誘導させられてしまう。
犯罪組織に与していた師の弟子達が、師が興した傭兵団を継いだ。
必然としてその傭兵団は師の意向を汲み、行動理念を実行する。
ならばその傭兵団がどういう行動をしているのか、民衆達は自身が抱いていた黒獣傭兵団のイメージを崩され始めていた。
それに追い打ちするように、ウォーリス王子は騎士の一人に視線を向けながら頷く。
視線を向けられた騎士は複数の紙を持ちながら歩み寄り、ウォーリス王子に手渡した。
それを受け取ったウォーリス王子は紙に書かれた内容に目を通しながら、民衆達に呼び掛ける。
「……実は私は、黒獣傭兵団にそうした嫌疑がある可能性を考え、数年に渡る調査を友人達に頼みました。そこで、いくつか浮上した情報があります。それを皆さんにお伝えし、皆さんの判断を仰ぎましょう」
「!」
「この紙に書かれているのは、今まで王国法の裁きを受けるべき罪人と呼ぶべき者達の名が書かれています。この中には王国貴族も含まれており、ほぼ全員が法を軽視し悪辣な非道を民に行う者達でした」
「……」
「私は彼等を調べ、捕らえる為に準備をしていた。……しかしそうした中で、この中に書かれたほとんどの者達が忽然と姿を消しているのです。しかも、王都に赴いた後にです」
「!!」
「私は消息が掴めない彼等の足跡を辿るよう、調査を頼みました。……その結果、彼等と思しき遺体が王都近辺で埋められているのを発見されたと聞いたのです」
「……!?」
「そして彼等が行ってきた違法行動を調べた結果、どれも王都の民を……つまり貴方達を苦しめるようなモノが多かった。同時に、ある傭兵団の団員と思しき者達と揉めていたという情報も得ました」
「……!」
「皆さんもお察しの通り、それが黒獣傭兵団です」
「!!」
「彼等と揉めた後、ここに書かれた者達は消息を絶ち、王都周辺の森や山、そして深めの川底などに重りとなる石を入れた袋に詰められて死んでいたそうです。……中には遺体の損傷が激しく、酷い拷問を受けた後もあったとか」
「……!!」
「彼等は確かに法に背き、貴方達のような善良な民衆を騙し、苦しい思いをさせていたのでしょう。……しかし法で裁かず、最も残酷な死に方を強いられる程に罪人であったのか。私はそれを疑問に思っています」
「……」
「全て状況証拠であり、確かな証拠は私でも掴めませんでした。しかし私はこれらの犯行が黒獣傭兵団が行った事である可能性を考慮しています」
「……良いじゃないか! 殺された連中は悪人だったんだろう!?」
「そ、そうだぜ!」
「黒獣傭兵団が、俺達を守ってくれてたってことじゃないか!!」
「お前達みたいな貴族が、そしてそこにいる騎士共が、そういう悪人共を捕まえなかったからやってくれてたんだろ!?」
「そうだそうだ!!」
ウォーリス王子の話で、民衆達は悪人の成敗を黒獣傭兵団が行っていた可能性を考え、それに賛同し称える様子を見せる。
逆にそうした悪人達を今まで放置していた騎士団や王子側へ反感の意を示し、批判を飛ばそうとした。
しかし、ウォーリス王子が再び伝える話は民衆の声を止めてしまう。
「――……確かに、国の法を司る者達の怠慢を認めます。私はそうした怠慢を無くし、またそうした悪事に加担した者達は、私が登城した二年間で出来る限り法に照らして裁き、平民や貴族に関わらず捕らえて罪人にしてきました」
「!!」
「私はこの国を、民が暮らすに相応しい豊かな良き国にしたいと思っています。その為に、私も勇名を馳せる黒獣傭兵団と手を取り合い、国を良い方向へ進める為の助力をお願いしたいと考えていました」
「だ、だったら……!!」
「しかし、私の中には彼等に対する一つの懸念があります」
「……?」
「それは、黒獣傭兵団がそうした行いを独善でしている可能性が高いということです」
「どく、ぜん……?」
「彼等は民を苦しめる悪道に入った者達を、自身の善意によって死で裁く。時にはそうした義賊行為も望む者や、時代もあるでしょう。……しかし、彼等の意に沿わぬ者達が現れた時。つまり彼等の善意と別の意思を持つ善意が現れた時、彼等はどうするのでしょうか?」
「……それは……」
「私が恐れているのは、彼等は自分達が抱く善意を周囲に押し付け、違う善意によって阻まれた時にはそれを排除する……つまり、そうした存在を殺めてしまうのではないかという事です」
「!?」
「あるいは、理由があり悪に走った者達もいるでしょう。彼等もまた苦しい人生を辿り、そうしなければ生きられない者達だったかもしれない。……しかしそんな者達を法で裁き悔いさせる時間すら与えず、黒獣傭兵団は法を頼らず自分達の判断で殺めている可能性もあるということです」
「……!!」
「彼等は法を頼らない。それ故に独善で自分達が悪と判断した者達を殺める。……彼等の善意と、ここにいる皆さんの善意が異なった時。彼等は貴方達すら法で裁かず殺めてしまうのではないかと、私は懸念しています」
そう告げるウォーリス王子に、民衆達の心は確実に揺らいでいる。
民衆達の中には、自分が完全な善良であるという認識を持つ者は少ない。
少なくとも個人個人に悪い事をした経験や記憶があり、それを心の中に秘めている事もある。
それがもし、黒獣傭兵団という独善によって裁かれ殺される可能性があるのだとしたら。
そして自分達の善意を否定され、向こうの善意を押し付けられる可能性があるのなら。
それを考えてしまった時、民衆は黒獣傭兵団を擁護する思いが冷める自覚をし始めていた
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