黒獣脱走


 騎士の男から拷問を受け続けるエリクは、深夜に差し掛かる時刻に気を失う。

 大量の電撃を継続的に浴び、更に牢獄の中は氷膜を生み出す程の冷極とした中で大きな体を横倒しにして動かなくなったエリクを見た騎士は、鞭の先端を牢獄から離して電撃を止めた。


「――……死んだのか?」


「……」


「いや、息はしているな。……普通の人間ならば、当の昔に死んでいるというのに。化け物か……?」


 鞭を手元に戻した騎士は、身体を電撃で焦がしながら息も絶え絶えのエリクを見て不気味さを表情に見せる。

 騎士がエリクに施した電撃の拷問は、言わば死罪の死刑囚に行う死刑方法だったからだ。


 エリクに自白を強要しながらも、アルフレッドから抹殺するように暗黙の命令を受けている。

 だからこそ、普通の人間ならば一分も経たずに絶命する拷問を施し殺そうとしていた。


 にも関わらず、エリクはそれを一時間以上も耐えながら気を失い、まだ息を残している。


 エリクの武勇は騎士団にも伝えられており、その幾つもの情報は眉唾なモノが多かった。

 上級魔獣を一人で仕留めたという話や、帝国軍の部隊を一人で壊滅させたなど。

 それは黒獣傭兵団が誇張し噂が独り歩きして拡大した結果であり、実際はそこまでの男ではないとさえ騎士団では認識していた。


 しかし以前のパーティーで腕を掴まれた際の尋常ではない握力と、気配を掴ませ難い身のこなし。

 更には致死するはずの拷問にも耐え抜き生きているエリクを見て、騎士の男は僅かな寒気と冷や汗を帯びていた。


「……ここで殺さなければ、ウォーリス様の敵となる……」


 アルフレッドが伝えた言葉が真実味を帯びた事を騎士は自覚し、気絶したエリクを睨む。

 そして確実に殺す為には決定打が必要だと、騎士の男は結論の思考へ至った。

 

 壁に立て掛けて置いていた長剣の柄を、騎士は掴み取る。

 そして長剣を鞘から引き抜き、それを右手に持つ。

 更に左腰には電撃の鞭を持ち備え、牢獄に発生している水晶体を外して冷気を止めた。


 すると牢獄内の氷膜が溶け出し、すぐに蒸散する。

 それを確認した騎士は牢獄の鍵を左手に持ち扉を開けて、気絶しているエリクに近付きながら右手の剣を構えた。


「……黒獣傭兵団、団長エリク。貴様は、ここで抹殺する!」


 騎士は右手の剣刃を下側へ向け、その矛先をエリクの頭に向ける。

 そして足腰に力を入れながら、自身の甲冑と体重を乗せた剣の刃をエリクの頭に突き入れようとした。

 

 しかし次の瞬間、エリクが咄嗟に白目を正気に戻して牢獄の奥側へ転がり、頭部を狙った剣刃を避ける。

 それに驚きを浮かべた騎士は表情を強張らせ、身を僅かに引きながら左手に電撃の鞭を構え持った。


「動くのか!?」


「……ハァ……ハァ……」


 エリクは転がり牢獄の壁へ当たると、そのまま手足を動かして這うように体を起こす。

 電撃を浴びた事で焦げ臭い身体と目と耳から僅かな流血を見せるエリクは、意識を朦朧とさせながらも壁を指で掴みながら起き上がった。


 その満身創痍なエリクの姿を見ながら、騎士の男は驚きながらも口元に笑みを生じさせる。

 足は震え虚ろな目をしたエリクの様子に、騎士は確信した。

 

「……流石に、起き上がるまでが限界のようだな!」


「ハァ……、ゥ……グ……ッ」


「もう自白などどうでもいい。貴様のその化け物染みた丈夫さは、確かに脅威だ。……やはり明日の処刑を待たずに、今ここで貴様を殺す方がウォーリス様の為になる!!」


「……俺を、処刑だと……?」


「そうだ! 貴様を含んだ黒獣傭兵団は、今の王国には危険な存在だ! 傭兵の分際で民に敬われ、英雄と呼ばれる存在など、邪魔でしかない!!」


「……」


「あるいは、貴様達は本当に村を襲ってなどいないかもしれない! だが、ウォーリス様が築く新たな王国の邪魔となるだろう!!」


「……俺達が、王国の邪魔……?」


「私は、ウォーリス様の忠実な騎士! 今ここで、主の危険となる貴様を、抹殺する!!」


 そう怒鳴りながら左手に持つ鞭を振りながら、騎士はその先端をエリクに叩き付けようとする。

 先端から放たれる電撃を見たエリクは辛うじて倒れるように避け、身を転がしながら更に壁際へと逃げた。 


 それを追うように鞭を走らせた騎士は、逃げるエリクに鞭の先端を浴びせる。

 鞭の直撃により触れた背中に裂傷が生まれ、更に流れる電撃が再びエリクを襲った。


「グ、ガァッ!!」


「死ねぇッ!!」


 エリクが鞭の電撃で硬直した瞬間、騎士はその隙を狙い駆け近付く。

 そして右手に持つ剣を逆手に持ち替えながら力を込め、再び倒れるエリクに剣刃を突き下ろした。


 その時、騎士の背後で影が動く。

 それと同時に騎士の首に腕が回り、騎士の顎と首を持ち上げながら動きと息を止めさせた。


「ガ、ァッ!?」


「――……テメェが死ねよ。糞野郎が」


「キ、サマは――……ッ!!」 


 視線で僅かに逸らして背後に組み付いた人物の姿を見た騎士だったが、腕で持ち上げられた顎と晒された首に刃が通る。

 その瞬間に騎士を拘束していた腕は引き、首から一筋の赤い血が生まれると同時に噴き出した。


「ァ、ガ……ゥァ……」


 騎士は喉元を必死に手で押さえようとするが、血が噴き出す首の傷は塞がれる事は無く、声も発する事は叶わない。

 そして呼吸が出来ずに痛みとは別の苦しみを浮かべながら、のたうち回る騎士は一分程で痙攣しながら動かなくなった。


 そうした騎士の様子を確認した後、新たに現れた男がエリクに近付きながら呼び掛ける。


「エリク!」


「……ワー、グナー……?」


「よし、まだ生きてるな!」 


 エリクはその声を聞き、現れたのがワーグナーだと察する。

 黒装束のマントと服を身に着けて黒刃の短剣を腰に収めたワーグナーは、拷問で衰弱しているエリクを見ながら起こすように腕を伸ばした。


「酷いな……、動けるか?」


「なんとか……」


「助けるのが遅くなってすまんな。……まさかこんなに早く、連中がお前を殺しに掛かるとは思わなかったぜ」


「……皆は……?」


「他の連中は、退路を確保中だ。――……来たか。おい、手を貸せ!」


「へい!」


 ワーグナーに起こされ続けて現れた他の団員達から肩を貸されたエリクは、ボロボロながらも何とか歩く。

 そして牢獄から出て地上へ向かう階段に向かおうとした時、エリクが足を止めて横へ視線を向けた。


「……」


「どうした?」


「俺の、武器と防具を……」


「その体で持っていけるかよ! 置いてくんだよ!」


「逃げるなら、武器は必要だ……」


「確かにそうだがな……」


「それに、奴が……」


「奴?」


「あの、危険な男が……」


「……」


 エリクはそう言いながら肩を貸していた団員達から離れ、武器を置いた部屋まで向かう。

 武器が必要と強情を伝えるエリクに頭を掻いたワーグナーだったが、同時にその口から洩れ出るあの男の危険性をエリクが感じ取っている事に、僅かな危険を感じた。


 エリクは武器を預けた部屋の扉を素手で抉じ開け、その中にある自分の黒い大剣と防具を身に着ける。

 そして大きく深呼吸をしながら体に力を込め、肩を貸そうとした団員達を静止して自ら歩き出した。


「――……行ける」


「よし、しっかり俺達に付いて来いよ。この城から……いや、この国から脱出するぞ!」


「国、から……?」


「こんなクソッタレな王国の傭兵なんざ、めためた! さっさとおさらばしようぜ、エリク!」


「……あぁ、分かった」


 そう笑いながら伝えるワーグナーに、エリクは口元を微笑ませながら頷く。


 そうして地下の牢獄から地上へ戻ると、王城から騒がしい声や音が鳴り響いていた。

 更に城の一部分からは煙が上がり、火災が起きている事もエリクは理解する。


「マチス達、上手くやってるな」


「そうか」


 火災騒動の原因がマチス達の陽動だと理解したエリクは、そのままワーグナーと団員達と共に城の裏門を目指す。

 そこの出入口を警備する門兵達を押さえて確保していたマチス達と合流すると、夜の闇と影に隠れながら王城を脱出する事に成功した。


 その時、エリクは王城の最上階付近に顔を上げて目を向ける。

 そして立ち止まったエリクに、ワーグナーが呼び掛けた。


「エリク?」


「……」


 エリクは怪訝な表情を浮かべながらも、無言で目を背けてワーグナーと共に王城を出る。

 そうした様子を、城のとある部屋から見下ろし観察していた者がいた。


 それはウォーリス王子の側近で、アルフレッドと呼ばれる黒髪の青年。

 とある部屋のベランダから見下ろしていたアルフレッドは、風で黒髪を揺らしながら鋭い青瞳で暗闇に紛れて逃げるエリクと仲間達の姿を捉え、口元を微笑ませた。


「――……そう、それでいいんだ。ベルグリンド王国の英雄エリク、そして黒獣ビスティア傭兵団」


「――……順調に、事態は運んでいるようですね」


「ああ。……さて、そろそろ仕上げをしようか。アルフレッド」


「はい、ウォーリス様」


 アルフレッドの背後に控える茶髪の青年ウォーリス王子が、黒髪の青年を自分の名で呼ぶ。 

 そしてアルフレッドも王子を自分の名で呼び、微笑みながらベランダから離れた。


 王城からの脱出に成功したエリクと黒獣傭兵団は、夜の闇に紛れて王都の中を走り抜ける。

 しかしウォーリス=フォン=ベルグリンドが描いた本当の脚本シナリオを、誰も察する事は出来なかった。

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