冤罪の怒り


 マチルダの死と農村の襲撃を防げなかったワーグナーは精神的な疲弊と共に肉体的な疲労も見え始め、それをエリクは見守りながら複数の団員達と共に王都までの道を進む。

 そして途中で幾度かの休憩を挟みながらワーグナーを少しでも休ませようとするエリクは、一行を連れて夕方頃に王都へ到着した。


 いつも通り王都内に入ろうと出入口の壁門を通る際、エリク達に気付き兵士達が動揺し慌てた様子を見せる。

 そうした兵士達の様子を怪訝に思いながらも一行は通ろうとすると、複数の兵士達にそれを阻まれた。


「――……待て!」


「?」


「黒獣傭兵団、団長エリクだな?」


「ああ」


「この場で留まってもらう。他の者達もだ」


「……どういう事だ?」


「とにかく、待ってもらう」


 そう強く止める王国兵士の言葉に、団員達は困惑の表情を見せる。

 傭兵団の所属を示す黒いマントや風貌で今まで王都への出入りを許されていたエリクやワーグナーですら、止められてしまったのだ。


 気落ちしていたワーグナーも顔を上げ、周囲の様子がおかしい事に気付く。

 そして兵士に待つように言われてから十数分が経過すると、ある一団が門の前に集結するように王都の街道を進む姿が見えた。


「――……アレは、王国騎士団か?」


 その場に現れたのは、王城や貴族街を警備対象としている王国騎士団。

 騎士の全員が白銀に磨かれ金色の意匠が彫られた鎧を身に纏い、三十名以上が列を成してエリク達がいる壁門付近に近付いて来る。

 その先頭に立つのは見覚えのある男であり、あの第三王子の披露パーティーでエリクやワーグナーに敵意を見せた騎士だった。


「何故、騎士団がここに……?」


「王城と貴族街以外、滅多に顔を見せないって話ですよね?」


「ああ」


 団員達がそう話し、騎士団が王都の下町である壁門に大所帯で訪れる事を怪訝に思う。

 それはエリクやワーグナーも同様であり、鎧を身に纏い槍や剣を携えた騎士達に、二人は僅かな悪寒を感じた。


 門の出入口に到着した騎士達は、先頭に立つ男の指示で十名ずつが両翼となって展開する。

 そして右手に持つ槍を両手で持ち、それをエリク達に向けて突き付けた。


「!!」


「な、なんだよ!?」 


 突如として槍を向けられた団員達は、慌てた声を向けながら下がる。

 それを見たエリクとワーグナーは途端に警戒の表情を見せ、団員達を下げながら二人は前に出た。


 そして指揮している男を見ながら、ワーグナーが怒りを籠らせた声を向ける。


「おい、どういうつもりだ!?」


「黙れ、大罪人共め!!」


「!?」


「黒獣傭兵団、団長エリク! 貴様には、王国の民を殺害した罪で拘束する!!」


「……!?」


「どういう事だ!?」


 身に覚えの無い罪を声高に叫ばれ、エリクとワーグナーが驚愕を見せる。

 そして指揮する男に詰め寄り問い詰めようとしたワーグナーに槍が向けられ、止まりながら大声で怒鳴った。


「エリクが、民を殺しただと!?」


「その男だけではない。貴様達、黒獣傭兵団にその罪の報告が届いている!!」


「!?」


「先日、南東の農村が賊により襲撃されたという報告を受けた。そして農民達を虐殺した者達こそ貴様等、黒獣傭兵団だともな!!」


「!?」


「――……ふざけんじゃねぇぞ、テメェッ!!」


 マチルダがいる農村を襲ったのが黒獣傭兵団であると告げる目の前の男に、ワーグナーは怒りのあまり腰から剣を引き抜く。

 ワーグナーの激怒はエリクすら見た事の無い形相であり、息を荒げながら槍を叩き払うように剣を薙いだ。


「て、抵抗する気か!?」


「うるせぇッ!!」


 怒りが治まらないワーグナーはついに王国騎士が向ける槍の一つを掴み、怒り任せの腕力で槍を持つ王国騎士を引き倒す。

 ワーグナーの行動に騎士達は警戒度を跳ね上げ、全員が前進して槍を突き付けながらワーグナーに迫った。


 それを怒りのまま迎撃しようとしたワーグナーの前に、エリクが立つ。

 そして背中の大剣を引き抜きながら、エリクは迫る槍を一薙ぎで破壊した。


「!?」


「な……!?」


 向けた槍の穂先が全て砕かれ、大剣の凄まじい風圧が騎士団と周囲の空気を揺らがせる。

 エリクが動き武器を抜いた事で、槍を失った騎士団と周囲の兵士達がそれぞれに携えた武器を手に取り、エリクとワーグナーを含んだ黒獣傭兵団の団員達を囲んだ。


 それに臆する事の無いエリクとワーグナーは、それぞれに武器を持って兵士と騎士達に相対する。

 団員達も状況の理解が追い付くより先に、団長と副団長に倣うように武器を持ち構えた。


 冤罪を着せられた黒獣傭兵団は、王国騎士団と完全に敵対する。

 そして兵士も交えて一触即発の空気を双方に流れる中で、騎士団の後ろから一人の男が姿を現した。


 その時、エリクはその男を見て表情を強張らせる。

 ワーグナーもその男を見た時、憤怒の表情に怪訝を含ませた。


「――……双方、武器を収めろ」


「テメェは……」


 その声が男から発せられた瞬間、王国騎士達が割れるように道を作る。

 その中から姿を見せたのは、先日のパーティーで第三王子ウォーリスの傍で仕えていた、黒髪の青年だった。


 その黒髪と青い瞳を持つ青年は黒い礼服のまま、腰に長剣を携えてエリク達の方を見ながら話し掛ける。


「――……私はウォーリス様に仕える者。アルフレッドと申します」


「……」


「黒獣傭兵団、団長エリク殿。そして副団長ワーグナー殿。貴方達も、その武器を収めて頂く。そして大人しく、団長エリク殿には同行を願いましょう」


「……それが出来る状況に見えるってか?」


「我々は、傭兵団の団長であるエリク殿に事情聴取を行いたいのです。……農村の一つが全滅し、その周辺に貴方達の傭兵団がうろついていたという情報が私達に届いてるので」


「ハッ、やっぱお得意の冤罪かよ。新生したとかいう王国騎士団も、やっぱ変わらねぇな!」


「貴方達の立場であれば、そう言う他に無いでしょう。……しかし、これ以上の抵抗は貴方達が不利になる事を承知して貰いたい」


「!!」


「今現在は農村と住民達の死に関する重要参考人として、団長であるエリク殿に事情を聴きたいだけです。……しかし抵抗するのであれば、それは疑惑から濃厚な罪へと変わる」


「……」


「そうなった時、貴方達はベルグリンド王国の全てを敵に回す。……その覚悟がありますか?」


「……へっ、大した脅しだな」


「黒獣傭兵団の中には、家族を養う為に身を置く者達もいるでしょう。……貴方達の抵抗は、そんな彼等とその家族に罪を被せ連座させかねない行動だ」


「!!」


「この場は剣を引き、大人しく同行を。……それが出来なければ、貴方達を罪人として処するしか道は無い」


 そう告げるアルフレッドなる黒髪青瞳の青年は、左腰に携える剣の柄に右手の指を近付ける。

 脅しに気が立ち冷静さを欠きながら武器を握るワーグナーは、怒りのまま相対しそうになった時。

 

 先に武器を収めたのはエリクであり、それを見たワーグナーは怪訝な表情を見せた。


「エリク……!?」


「……ワーグナー。武器を下げろ」


「な……?」


「このままだと、殺される」


「!?」


「あの男は、危険だ」


 そう呟くエリクの声に、ワーグナーは驚愕しながらアルフレッドを見る。

 その出で立ちは確かに並の剣士には思えなかったが、エリクが言う程に危険な面持ちを感じない。

 しかしエリクが剣を収め警告する程の相手である事から、ワーグナーは初めて目の前に現れた男の危険性を把握した。


「……チッ」


 エリクの忠告にワーグナーは従い、剣を引く。

 それに合わせるように団員達も剣を引き、それと同時に指を柄に近付けていたアルフレッドも手を引いた。


「……それでは同行を願います、エリク殿。他の方達は、王都内にて待機して頂くようお願いします。勿論、戻られていない方々も戻り次第です」


「……ッ」


「行ってくる」


 エリクはそう呟き、アルフレッドに導かれるように表通りを付いて行くように歩く。

 それを囲むように騎士達も同行し、その場には兵士と団長を連れて行かれた黒獣傭兵団しか残らなかった。


 そして連行されるエリクの背中を見ながら、ワーグナーは決意の瞳を見せる。

 その瞳は怒りが秘められ、右手を強く握り血を滴らせる程の思いを込めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る