山猫討伐


 山猫が棲み処としている洞窟を、黒獣傭兵団を含んだ二十四名の傭兵達が襲う。

 その先陣を切るガルドは、いつも通り腕に付けた円盾バックラー小剣ショートソードを構えながら食事を終えた山猫達の前に現れて駆け出す。


 ガルドの存在に気付いた山猫は顔を振り向く時、ガルドが円盾の影に潜ませた左手から投擲用の小さなナイフを投げた。

 それが一匹の山猫の胴体に刺さり、高い悲鳴にも似た鳴き声を上げる。


 その山猫の体格は他よりも大きく恐らく群れを統率しているリーダー格だと、ガルドは瞬時に察していた。


「うぉらぁあッ!!」


 その唸り声と共にガルドが近付くと、群れの何匹かが四方に散る。

 しかしそれを塞ぐように別の傭兵達も出て来た事で、逃げた山猫達の足が止まった。


 そしてガルドに近い山猫の一匹が、迫るガルドを迎撃する為に向かい迫る。

 掛け声とは別に冷静な瞳をしたガルドは、それに合わせるように走りながら身体を捻り回し、突撃するように跳躍した全長二メートル強の山猫を回避しながら小剣を胴体に切り裂いた。


「ギィニャォオッ!!」


「一匹目!」


 山猫の一匹を切り裂いたガルドは、そのまま足を止めずに山猫の群れに突っ込む。

 その凄まじい気迫に気圧された二匹の山猫が、ガルドを避けるように横に逃げてガルドの両脇から逃げ出した。


 その山猫達の正面には、後から走るワーグナーとエリクがいた。

 山猫を逃がさぬように立ち振る舞う二人は走りながら武器を構え、それと相対しない為に山猫達は更に外側へ回避しようとする。


 しかしエリクが凄まじい横跳びを見せて山猫に追い付き、その背中を刺し薙ぐ。

 そしてワーグナーも左手に備えた手製の弩弓ボウガンで、逃げる山猫の一匹に矢を飛ばして当てて見せた。

 矢が命中した山猫はその衝撃と痛みで横倒しになり、その隙を突いたワーグナーが走りながら右手の小剣で山猫の首を刺し貫いた。


 そして腰に収めた補充の矢を弩弓に収めて引き絞り、再び発射できる態勢を整える。

 それに合わせてエリクも声を出し、山猫を仕留めた事を伝えた。


「二匹目!」


「三匹」


 ガルドとワーグナー、そしてエリクが先陣を切り、一気に三匹の山猫を仕留める。

 その熟練した動きに他の傭兵団の団員達が目を見張る様子だったが、すぐ目の前に逃げ迫る山猫達の対処に追われた。


 黒獣傭兵団ビスティアは、基本的な戦い方として二人一組ツーマンセルを用いている。

 互いに互いの左右前後を庇い合い、死角を無くして相対する敵に対処するという方法だ。

 それを忠実に守るエリクとワーグナーを見習うように、他の若い黒獣傭兵団の団員達も拙いながらも実践して見せている。 


 一方、現地むこうの傭兵団は個々の動きも拙く、互いの連携が出来ていない。

 更に対峙する山猫が突撃し襲い掛かるのに対処できず、飛び掛かり押し倒されている者もいた。


「うっ、ギャアアッ!!」


「ギニャォオオオ!!」


 中型の山猫に押し倒された若い団員が、防具の無い腕部分に爪を突き立てられ、更に山猫の牙が喉元に迫る。

 その叫びで気付く仲間の傭兵が近付いて剣を振り、何とか一命を免れる場面もあった。


「――……チッ!!」


 ガルドは更に一匹の山猫を仕留める際に、その惨状を視界の端に捉える。

 やはり協力を申し出た傭兵団むこうの練度は見た目通りに低く、黒獣傭兵団じぶんたちの団員に比べても修練が足りていない事を悟った。


 防具は中古品ながらも立派だが、素人に毛が生えた程度の戦い方をする若者達にガルドは落胆にも似た舌打ちを鳴らし、ガルドは怒鳴り声を上げる。


「ワーグナー!!」


「はい!?」


「テメェは、向こうのド素人共を援護だ!!」


「え、あっ。はい!!」


「マチス、お前も向こうを援護しろ!!」


「了解っす!」


「エリクは、俺と一緒にるぞ!!」


「分かった」


 ガルドの咄嗟の命令に応え、二人はそれぞれに動き出す。


 ワーグナーは左手に備えた弩弓ボウガンを引き絞り向こうの傭兵団の団員を援護し、機会があれば山猫を仕留める為に接近して小剣を振る。

 そしてマチスもそれを手伝い、他の傭兵団達が劣勢である様子が見えれば素早い動きで駆けつけて援護に入った。

 そしてエリクはガルドに続き、正面から襲い来る山猫達を凄まじい反射神経と膂力で切り裂いていく。

 

 この四名が主に活躍し、山猫達の討伐が行われた。


 そして十数分後。

 逃げようとした山猫達は一匹も逃げられず、また立ち向かい高い鳴き声を上げ続けた山猫達も地に伏すように傷を負い血を流して死んだ。

 傭兵側も負傷者は幾人は出たが、死者はいないという状況になっている。


 ガルドとエリクは洞窟の前で息を残す山猫に冷静に剣を突き立て、とどめを刺していった。


「――……二十四匹。思ったより多かったな」


「……」


「エリク、どうした?」


「……洞窟の方」


「……」


 エリクが洞窟の方へ目を向けている事に、ガルドが尋ねる。

 そして静かに指を向けたエリクは、洞窟の中から出て来るモノを見ていた。


「――……にゃお……」


「……山猫達こいつら子供ガキだな」


「……」


 洞窟から出て来たのは、五匹の小さな子猫達。

 体長はニ十センチから四十センチにも満たず、また成体おとなの山猫達よりも牙や爪などが発達していないのが、エリクの目から見ても分かった。


 その中の数匹が血を流して死んでいる成体おとなの山猫に近付き、身体をせる。 

 それがその子猫達の親だという事は、エリクにも察せられた。


 それを見ていたエリクに、ガルドは顔を向けずに呼び掛ける。


「エリク」


「?」


るぞ」


「……」


「ここで生き残っても、あんなガキじゃ獲物も取れずに飢えて死ぬだけだ」


「……」


「仮に生き残ったとしても、あのガキ共が成長すれば、間違いなく俺等と同じ人間を敵視する。そして積極的に人間を襲い、殺すだろう」


「……」


「分かるな?」


「……ああ」


 エリクはガルドの言葉で聞き取れる部分から理解し、あの子猫達を殺す事に頷く。

 ガルドは血を振り払った小剣を握りながら子猫達に迫り、エリクもそれにならうように近付いた。


 子猫は近付いて来る二人に気付き、敵意を剥き出しに鳴き声を上げる。

 その子猫達の鳴き声に悲しみが含まれている事を察しながらも、二人は子猫達を捕らえて小剣で刺し貫いた。


 逃げようとした子猫もいたが、それはワーグナーの弩弓ボウガンの矢で絶命させられる。

 その時のワーグナーも冷な面持ちながら、複雑な内情を抱えるように唇を噛み締めていた。


 そして子猫達も殺し終わった後に、エリクはガルドに尋ねる。


「……聞いて、いいか?」


「?」


「なんで、俺を傭兵団に?」


「……お前が使える奴だと、そう思ったからだ」


「使えなかったら?」


「さぁな。そんな仮定の話は知らんし、考えん」


「……そうか」


 その質問はガルドにあしらわれ、エリクは子猫の死骸を見て悲しみにも似た何かを思う。


 八年前、ガルドがエリクを拾わなければ。

 自分も一人になった王国内で生き延びられず、死んでいたかもしれない。

 そうした未来もあったのかもしれない事を、エリクは無意識に考えていた。


 こうして、山に潜んでいた山猫達は討伐される。

 そしてガルドの指示により、無事な傭兵達は売れそうな山猫の毛皮を剥ぎ取り、その死骸を掘った地面へ埋め捨てた。

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