秘かな出会い


 脅迫する兵士達を追い払い、ワーグナーとエリクを助けた老人。

 その老人が探しているという宿の名前を聞いたワーグナーは、記憶にある場所へ老人を案内した。


 その最中に、老人は微笑みを絶やさずに二人に話し掛ける。

 

「――……お主等、武具を身に着けておるようじゃが、この国の傭兵かい?」


「ああ。そうだよ」


「そうかそうか。面構えから見ると、既に戦争は経験しておるようじゃな」


「そんな事、見て分かるのかよ?」


「勿論じゃよ。お主達は、『覚悟』が出来ておる者達じゃ」


「……あんた、旅人だって言ってたよな?」


「そうじゃよ?」


「何処から来たんだ?」


「ほっほっほっ。秘密じゃよ」


「秘密って……」


「儂には弟子がおってな。その弟子の見聞を広める為に、色んな国を巡っておるのじゃよ。この王国にも、その一環で訪れただけじゃ」


「そ、そうなのか。……ひょっとして、他国の傭兵?」


「それに近いかのぉ」


「さっきやってたのって、何だったんだ?」


「さっきとは?」


「兵士をぶん回して倒したり、なんか手を動かして兵士を気絶させてた、アレだよ」


「ふむ。稚拙なものじゃが、相手の力と隙を利用しただけの技じゃよ」


「技! いいなぁ、何かカッコイイな!」


「興味があるかね?」


「ああ!」


「そうかそうか。ならば、儂と一緒に来るかね?」


「え?」


 ワーグナーが羨ましがる中で、唐突に老人からそう告げられる。

 思わず立ち止まったワーグナーは、老人の方へ振り返った。


「お前さん、中々に素質がありそうじゃ。己を鍛える為に、儂と修練の旅をやってみるかね?」


「お、俺が?」


「そうじゃよ。そっちの若いのも、一緒にどうかね?」


「……」


「儂の趣味は、若者を強く導く事でな。逸材と思える者には声を掛け、修練を施しておるのじゃよ。どうかな? 少年達よ」


 そう尋ね微笑む老人に、エリクとワーグナーは顔を見合わせる。

 エリクは老人が何を言っているのか理解しておらず、必然としてその返事はワーグナーに委ねられた。


「……いいや、止めとくよ」


「ほぉ。理由を聞いてもいいかね?」


「俺は、今の傭兵団で世話になってるんだ。世話になったおやっさんや兄貴達に少し恩を返せるまでは、傭兵団からも国からも出る気はないさ」


「ふむ。そういう事であれば、仕方ないのぉ。久方振りの逸材じゃと思ったのじゃがな」


「逸材って……。こっちのエリクの方だよな?」


「いやいや、お前さんも中々に良い素質がありそうじゃ。数年も儂が鍛えれば、良い戦士となろう」


「へへっ、誉め言葉として受け取っておくよ。俺もエリクも、おやっさんの傭兵団で生きて、そして死ぬさ」


「そうかそうか。お前さん達が慕う者は、よほど良き者のようじゃな。この国に来て一番の収穫は、お前さん達のような若者も育つ場所がある事が、知れた事かのぉ」


「ああ! おやっさんだって、あんたに負けず劣らず強いんだぜ!」


「ほっほっほっ」


 ワーグナーは団長ガルドの自慢をしながら、エリクを連れて老人の案内を再開する。

 そうしてしばらく歩き、表通りに戻り王都内の西地区に向かうと、宿と飲食店が集まる場所へ三人は辿り着く。


 そこにある宿をワーグナーは知る限りで一軒ずつ確認していくと、老人は何軒目かの宿を見て立ち止まった。


「――……おぉ。ここ、ここじゃよ」


「ここかぁ。かなり良い宿とこに泊まってたんだな、爺さん」


「そうなのかね?」


「こんな大きな宿、普通の平民じゃ泊まれないさ。金持ちの商人だけしか、泊まらないだろうぜ」


「ほぉ。貴族は泊まらんのかね?」


「貴族様がこんな下町の宿に、泊まるわけがないだろ? 城に近い貴族御用達の高級宿か、別邸の屋敷に泊まるよ」


「そうなのかね」


 立ち話をワーグナーと老人がしていると、エリクが宿を眺めている時に二階の窓に視線が移る。

 その窓から一人の少女が下にいる自分達を見ている事に気付くと、エリクは首を傾げた。


 そんなエリクに気付いた少女は、軽く微笑みながら手を振る。

 エリクはそれを真似るように手を振り、少女は窓の奥に消えた。


 その直後、老人が泊まる宿から扉から出て来る。

 出て来たのは二人の青年であり、素朴な格好に似つかわしく無い金髪碧眼の容姿だった。


 その青年の一人で、髪の長い方が老人の方を見て声を掛けた。


「――……師匠! 何処に行ってたんですか!?」


「おぉ、クラウスか。それにゴルディオスも。帰ったぞい」


「帰ったぞい、じゃないですよ! いつも急にフラっと居なくなって、俺も兄上もまた置いて行かれたんじゃないかと思ったんですから!」


「ほっほっほっ。荷物を置いては流石に消えぬから、安心せい」


「アンタだと安心できませんよ!?」


「ま、まぁまぁ。クラウス、落ち着いて」


「兄上も心配してたでしょ! ちゃんと言いたい事は、ビシッと相手に言わないと!」


 怒鳴るクラウスという青年に対して、兄上と呼ばれる短い金髪のゴルディオスという青年が落ち着ける。

 二人が兄弟であり、また彼等が老人の弟子である事を傍で立ち聞いていたワーグナーは察した。


 同時に、ワーグナーは二人の青年の容姿を静かに見据える。

 ワーグナーは二人から何かを感じ取り、訝し気な目を見せながら老人に尋ねた。


「……コイツ等が、あんたの弟子?」


「そうじゃよ。紹介しよう、あの落ち着いとるのが兄のゴルディオスで、怒っとるのが弟のクラウスじゃ」


 そう紹介した老人に合わせ、金髪の兄弟もワーグナーとエリクを見る。

 互いに互いの様子を見合う中で、兄ゴルディオスと弟クラウスは呟いた。


「……師匠。その二人は?」


「兵士にしては若過ぎるし、身に着けている武具も貧相だな」


「!!」


「彼等はここまで道案内をしてくれた、少年の傭兵じゃよ。名は……聞いておらなんだ。なんと言うね?」


「……別に、名乗る程のもんでもない」 


「そうかね?」


 老人ログウェルは二人に名前を尋ねたが、ワーグナーはそれを拒否する。

 更に怪訝な視線を金髪の兄弟に向けたワーグナーは、不機嫌さを隠さずに言い放った。


「……お前等、貴族の子供だな?」


「!」


「ほぉ、分かるかね?」


「ああ。……なるほど、貴族の坊ちゃんと一緒に旅ね。そりゃ、こんな宿にも余裕で泊まれるし、護衛で金になるよな。……エリク、帰ろうぜ。じゃあな、爺さん」


 そう言い捨てるワーグナーは兄弟から視線を外し、身体の向きを変えて大通りに戻るように歩き始める。 

 それに付いて行くエリクだったが、ワーグナーの物言いに弟クラウスが僅かに苛立ちと怒りを宿して前に出た。


「おい、お前!」


「……なんだよ? 貴族の坊ちゃん」


「その言い方、何だ?」


「貴族の子供なんだろ? だったら坊ちゃんじゃねぇか」


「俺達が貴族だと分かった途端、落胆したような眼になったな。その理由は、何だ?」


「何って、道楽で旅してる貴族の坊ちゃんなんか見たら、こうもなるだろうぜ」


「……道楽だと?」


「金持ちの貴族の坊ちゃんが、強い師匠の護衛を伴って旅してるんだろ? いいよな。お前等みたいにお気楽に生活が出来る坊ちゃんはさ」


 そう言いながら止めていた足を再び動かし、ワーグナーはエリクを伴いその場を去ろうとする。

 しかし、その物言いに更に怒りの感情を露わにしたクラウスは、表情を強張らせながらワーグナーの真横へ早足で追い付いた。


 そして正面へ回り込み、ワーグナー達の足を止める。

 それに怪訝な表情を深めるワーグナーに、右手を上げて指を向けたクラウスが言い放った。


「……俺と兄上が気軽な旅をしている。そう言ったか?」


「ああ」


「だったら、俺と勝負をしろ」


「はぁ?」


「俺が勝ったら、俺と兄上に謝って道楽の旅をしているという言葉を取り消せ。お前が勝ったら、そのまま帰っていい」


「嫌だね、なんで俺がそんな事を……。それに貴族の坊ちゃんに手を上げて、後で兵士なり貴族なりに泣きついて、罪に問われちゃ敵わんからな」


「そんな事、俺はしない!」


「どうだかな。この王国くにじゃ珍しくもない話だ」


「……なるほど。負けるのが怖いのか?」


「あ?」


「道楽で旅してると馬鹿にした貴族の坊ちゃんに負けるのが、そんなに怖いか? 所詮は口だけで、戦場では逃げるしか能の無い王国の傭兵らしいな」


 ワーグナーに煽られたクラウスは、返すように罵り挑発する。

 それに反応したワーグナーは表情を強張らせ、厳つい面持ちを見せて付けていた黒いマントを脱ぎ始めた。


「……上等じゃねぇか。その生意気な面、泣き腫らしてやるよ」


「こっちの台詞だ」


「エリク。これ、持ってろ」


「?」


「お、おい! クラウス! こんな場所で……」


「止めるな、兄上。こういう奴には、口で言うより体で分からせたほうがいい」


 ワーグナーに傭兵団のマントと包まれた石銅の小剣を、エリクに手渡して預ける。

 そしてゴルディオスは弟を止めようと声を掛け、争いを止めようとしない弟に気を揉み止める為に歩み寄ろうとしたが、それを師匠である老人の手で妨げられた。 


「師匠……?」


「面白そうじゃから、やらせよう」


「お、面白そうって……」


「若い者同士、こういう経験もしておくべきじゃろうて」


「い、いや。流石に時の場所を選ぶべきでしょう!?」


 師匠であるはずの老人はクラウスとワーグナーの戦いを止めようとせず、逆に観戦する気満々の様子を見せている。

 それに表情を渋らせるゴルディオスは、何とか老人を説得しようと話し掛け続けた。


 そうした中で、互いに素手のみで向かい合うワーグナーとクラウスは睨みながら拳を握る。

 そして次の瞬間、二人は目を見開くと同時に殴り掛かった。

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