道を歩む覚悟


 武具を購入し、更に黒獣傭兵団のマントを受け取ったワーグナーとエリクは、身に着けた防具を着たまま王都の貧民街を歩く。

 特にワーグナーの方は機嫌が良く、身に着けた防具よりも黒いマントを内側から腕で撫でながらニヤついていた。


「……へへっ」


「……ずっと、わらってる」


「だってよ、コレはおやっさんが俺達を傭兵だって認めてくれた証だぜ。嬉しいじゃねぇか!」


「?」


「って言っても、お前には分からないか。……さぁて! 次はどこに行くかな?」


「……はら、へった」


「そうだな、もう昼も近いし。どっかの食堂で食うか! 俺達、金はたんまりあるワケだしな」


「しょくどう?」


「食い物を食べれる店のことだよ。こんだけあれば、腹一杯食えるさ!」


「そうか」


 そう言いながら歩み進むワーグナーの後を、エリクは追うように進む。

 そして二人は王都の中央通りに近づくように歩き、表通りに出た。


 表通りは貧民街の端と違い、人が多く移動している姿が見える。

 そうした光景にエリクは驚かず、ワーグナーの後を付いて行った。


 そして辿り着いたのは、表通りの端に建てられた大きめの建物。

 そこには食事に使うフォークやナイフが彫られた看板が立て掛けてあり、ワーグナーはその目の前で止まると、エリクも一緒に止まった。


「――……ここが、食堂だぜ」


「しょくどう……」


「ここは黒獣傭兵団の行きつけの店でな。俺も前におやっさん達に連れて来てもらったんだけど、飯が凄く美味かったんだ」


「うまいのか?」


「ああ。魔物の肉なんか比べ物にならないくらいに美味いぞ!」


「そうか」


 ワーグナーが美味いという言葉に、エリクは僅かな期待を高める。

 幼いなりに食欲だけは旺盛なエリクは娯楽染みた物に興じる事は少なかったが、唯一楽しみの一つとしていたのが、美味い物を食べる事でもあった。 


 二人は食堂の扉を開けて、中に入る。

 食堂の中はそれなりに広い空間で、多くの木製机や椅子が整然と並べられていた。


 そして昼時だからか人も多く、様々な様相をした者達も多い。

 王都の住民を始め、商人などもいるようだ。

 そして兵士らしい者達も武具を置いて食事を取っており、ここの客層の広さが如実に見える。

 それ故か騒めきも多く、様々な声が飛び交っていた。


「――……スープにパン、後は肉焼きね!」


「こっち、エールを一つくれ!」


「俺も!」


「ツマミはまだかよぉ?」


「お待ちくださぁい!


 そうした中に入店したワーグナーとエリクに、店員をしている年配の女性が気付く。

 しかし食べ終わった皿を片付けながら机を拭いている最中であり、その店員は調理音が聞こえる場所に顔を向け、そして声を張り上げて伝えた。


「お客さん! 二人!」


「へい!」


「あんた達、ここが片付いたから、座って何を注文するか決めてな!」


「あっ、はい」


 年配の女性は机を拭き終わると、皿を片付けて店の奥に去っていく。

 ワーグナーとエリクは言われるがまま片付けられたばかりの机に座り、店内の壁に掛けられた注文できる料理名が掛かれた立札を見た。


「あの中から、食べたい物を決めるんだ。なんか食いたいモンとかあるか?」


「……わからない」


「ああ、そうか。文字も読めないんだったな。……んーっと、そうだな。やっぱここは、豪勢に肉だな! 畜産の鳥の肉が美味いんだぜ、ここは」


「そうか」


「なら鶏肉のソテーと、野菜スープに、後は……エールでも頼むか!」


「えーる?」


「酒だよ、酒。って言っても、子供のお前じゃ酒はまだ飲まない方がいいか。もうちょいお前が歳を取ったら、一緒に飲もうぜ!」


「わかった」


 そう笑いながら話すワーグナーとエリクに、一人の店員が近付く。

 それに視線を向けたエリクに気付いたワーグナーは、来た店員に注文を頼もうとした。


「――……お待たせしました。ご注文は?」


「おっ、来た来た。ええっと、まずは水を二つに、鶏肉のソテーと――……」


「……えっ」


「ん? ……って、あんたは……!?」


 注文を頼んでいる最中、店員から僅かに驚きの声が漏れ出た事にワーグナーが気付く。

 そして改めて店員の顔を見た時、ワーグナーは驚きの表情を浮かべた。


 その店員は、ガルドとエリクが救い出した人物。

 しばらく黒獣傭兵団に保護されていた、反乱領から逃げた娘だった。


 その娘を見たワーグナーは、驚きながら疑問を漏らす。


「あ、あんた。なんでここに?」


「……あのガルドって人に、紹介されたの」


「え? あっ、じゃあ、おやっさんが言ってたのは仕事って食堂ここのことだったのか」


「ええ」


「そっか。いや、そうだよな。おやっさんがあんたに紹介するなら、確かにここだよな」


 娘がこの食堂に働くよう勧められた理由に、ワーグナーは納得する。


 これほど食事時に忙しい店であれば、接待をする店員や食事を作る調理人は多く必要だろう。

 そこに娘が紹介されて仕事をしている娘を見て、ワーグナーはようやく事の流れを納得し、笑いながら話し掛けた。


「良かったじゃねぇか。人殺しにならずに済む、まともな仕事でさ」


「!」


「あんたみたいなまともな奴は、こういう仕事で食っていけるほうが良い。だろ?」


「……」


「ん?」


「……この間は、ごめんなさい。私……」


「ああ、別に謝んなくていいって。それより腹が減ったから、注文を頼むよ。エリクも、腹が減ったってさ」


「……ええ」


 そう笑いながら注文を続けるワーグナーに、娘は申し訳なさそうにしながらも口元を微笑ませて注文を聞く。

 注文した後に娘が店奥の調理場に移動すると、ワーグナーはその背中を見ながら小さく呟いた。


「……なぁ、エリク」


「?」


「俺はさ、こうなるしかなかった。親父から逃げて生きる為に、傭兵になるしかなかった」


「……」


「だから人を殺すのなんざ、とっくの昔に覚悟は出来てた。……でも実際、戦場に立ったら腰が引けて、怯えちまった」


「……」


「でも、戦ってる傭兵団の皆や、お前の姿を見たらさ。俺もやらなきゃって思って、必死に戦った。……何人か、俺の手で殺したよ」


「……」


「だから、なんって言うのかな。……あの時、あのに人殺しだって言われて、気付いちまった。俺はもう、まともじゃないんだなって」


「……」


「ああいうは、まともな仕事をして、まともな人生を歩むといい。それが、らしいってやつなのかもな」


「……よく、わからない」


「いいんだよ、分かってないのを分かってて話してるんだから」


「?」


 そう微笑みながら話すワーグナーに、幼いエリクは首を傾げる。


 この時のエリクは、ワーグナーが何を言っているのかを理解できなかった。

 しかし現在いまのエリクは、その意味が少しだけ分かる気がする。


 生きる為に、人は道を選ぶ。


 ワーグナーは傭兵という職業を選び、人殺しをしてでも生きる道を選んだ。

 そしてあの娘は、人殺しを忌み嫌って食堂の給仕という仕事へ導かれた。


 あるいはワーグナーも、あの娘のように強い意志を持っていれば、人殺しを行う傭兵という道を歩まずに済んだのかもしれない。

 ワーグナーを拾ったガルドであれば、そうなるように導いてやれたはずだ。


 しかし実際に、ワーグナーは傭兵の職を選んだ。

 それが人殺しになるという道になる事に、気付いていながらも。


 そうしてワーグナーの言葉を理解する現在のエリクは、自分はどうだったのかを考える。


 傭兵として生きていく事を、自分は覚悟して決めたのか。

 それとも、ただ流されるままに傭兵となったのか。


 その疑問を自分の内側に秘めていたエリクは、その時に食べた鶏肉のソテーが無味だった事を思い出していた。

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