エリクの片鱗


 ある日、黒獣傭兵団ビスティアのある詰め所に一人の兵士が報告を届ける。

 王国内で反乱を起こした伯爵領へ赴き、討伐軍に加わるように要請を受けたのだ。


 それを団長のガルドは受け、詰め所にいる傭兵達に呼び掛けて集まる。

 黒獣傭兵団ビスティアは五十人前後の規模で組織されており、実際に傭兵としての仕事を行うのは二十代を超えた者達だけ。

 それ以下の年齢と実績の無い者達は基本的に後方支援として雑用をするか、王都に残って雑用の数々をこなすのが普通だった。


 そして団長であるガルドはその中から名前を呼び、討伐軍に加わる人選を行う。


「――……それじゃあ、名前を言う奴を討伐軍に加わってもらうぞ。貴族様の為に死ぬのが嫌な奴は逃げても構わんが、金が貰えなくて文句言うなよ?」


「ハハハッ!!」


 そう冗談交じりに話すガルドの言葉に、傭兵達は笑いながら名前を呼ばれる。


 いつも通り、仕事を請け負うのは実戦経験とそれなりの齢を重ねた者達だけだろう。

 そう思っていた団員達の考えを、団長ガルドの一言は驚愕に変えた。


「――……それじゃあ、最後の奴だ。……エリク」


「!!」


「えっ!?」


「……おれか?」


 ガルドが最後にエリクの名を呼んだ事で、隣に居たワーグナーと周囲にいた傭兵達が驚きを浮かべる。

 全員の視線を集めたエリクはガルドに視線を向けると、指名した本人は口元を笑わせながら話した。


「なんだ、テメェ等。エリクはかなりつえぇぞ?」


「でもよ、おやっさん。アイツ、ガキだぜ?」


「ガキだからなんだってんだ? 強くて戦えて金が稼げる奴が、傭兵なんだ。エリクはその条件を満たしてる」


「で、でもよ……」


「なんだ? お前等が根を上げたしごきを、コイツは平気でやり遂げるんだぞ。なんだったら、今日からお前等も参加するか?」


「ぅ……」


「この半年間で、エリクは俺が徹底的に鍛えた。戦場に出す分には問題ない。……後は、戦場で生き残れるかどうかだ」


「……」


 ガルドが威圧気味にそう告げると、団員達は不満にも似た疑問を口の中に押し留める。

 そして視線を向けるエリクに、ガルドは改めて尋ねた。


「エリク、お前はどうする?」


「……」


「傭兵は金を稼ぐ為に戦う。今回の戦争も、その金稼ぎの仕事だ」


「……」


「金を稼ぐ為に戦争へ行くか、それとも金を得られないここに残るか。どっちか選べ」


 そのガルドの言葉をエリクはゆっくりと理解し、そして考える。

 この半年間、エリクは魔物狩りで生計を立てていない。

 基本的にガルドの金銭で飲み食いを行い、ここで傭兵としての訓練を行っていた。


 今のエリクが身に着けている服や防具、そして武器も傭兵団が持っていた中古品。

 自身の金銭で得た物を何も持っていないエリクは、生きる為に金銭が必要だった。


 エリクはその結論に辿り着き、顔を上げてガルドに伝える。


「――……わかった。いく」


「よし。んじゃ、いつも通り呼ばれた奴は全員、出征の準備をしとけ。エリク。今から戦争へ行く為の準備を教えるから、ちゃんと覚えろよ」


「ああ」


「ワーグナー! お前も今回は支援役バックアップで付いて来い!」


「お、俺も!? やった!」


 ガルドはそう伝え、二人を伴いながら傭兵団の倉庫へ向かう。

 それを唖然としながら見送る他の傭兵達は、ガルドが去った後に小言を漏らした。

 

「――……おやっさん、どうしたんだよ? あんなガキ共を戦場へ連れてくなんて……」


「エリクだったか? そんなにつえぇのか?」


「かなり強いぜ。模擬戦してるの見たが、あの団長と互角に渡り合ってた」


「マジかよ。魔獣を一人で倒しちまうおやっさんとか?」


「確かあのガキも、ここに来る前に魔獣を倒してたらしいぜ。噂だけどな」


「噂かよ」


「でも、強いのは間違いないさ。ガキでもな」


「……ガキを戦場に、か……」


 疑問を漏らす言葉の最後に、その一言が一人の団員から漏れる。

 その言わんとしたい部分を汲み取った団員達は、口をつぐみながら渋い表情を見せた。


 誰もが戦場へ子供を連れていく事を、良しと考えてはいない。

 それは様々な面での考えもあったが、ある程度の常識がある者達は『子供が戦う』という非常識に引っ掛かりを覚えていた。

 良識がある者は、それに反発心さえ持つだろう。


 もし今回の戦いでエリクが死ねば、やはり団長ガルドの考えは間違っていたという事になる。

 そうなる前にガルドの決断を止めておくべきだと幾人かは考えながらも、実行するには至らなかった。

 彼等もまた傭兵として生きていく為に、誰かに構っている余裕は無い。

 この戦争はエリクだけではなく、自分達が死ぬかもしれないのだ。

 

 だからこそ団員達は口をつぐみ、それぞれが出征する為の準備を始める。

 生き残り、そして生きていく為の金銭を得る為に。

 

 十数日後、団長ガルドに率いられた黒獣傭兵団ビスティアは出征する。

 それにエリクとワーグナーは同行し、王都から出た。


 しかし王国軍はその数日後に出征する予定となっており、傭兵団だけ先に出た事を疑問に思うワーグナーがガルドに尋ねる。


「――……なんで俺等だけ、先に出たんっすか? 軍と一緒に行くんじゃ?」


「俺等は軍が通る道を先に下調べして、露払つゆはらいしろってことさ」 


「つゆはらい……?」


「魔物や魔獣、もしくは盗賊。あるいは敵軍の奇襲。そういう厄介な連中に軍が襲われない為に、先発して始末しておくんだよ」


「……それって、必要なんっすか? むしろそんなのがいるなら、大軍と一緒にやった方がいいじゃないっすか?」


「そりゃ、その方がこっちとしては楽なんだがな。お偉いさん達としては、戦争をやる前に主力の軍が疲弊したら、勝てる戦いも勝てないだろうって話だ」

 

「でも、それは俺達も一緒じゃないっすか? 俺達も戦う前から、そんな事をやらされたら……」


「悪けりゃ全滅、良くて疲弊した状態で反乱軍と戦う事になるな」


「そんな……」


「これも仕事だ。その分の金は貰ってるんだから、やるしかないだろうぜ」


「……ッ」


 ガルドは疑問にそう答え、ワーグナーは納得し難い表情を浮かべる。


 使い捨てとしての兵力として用いられる傭兵達は、こうした過酷な仕事を任せられる事が多かった。

 確かにそういう役回りを行う者達は必要ではあったが、それが自分達なのだと言われて納得できる者は少ない。


 しかし黒獣傭兵団は、団長ガルドを始めとした主力団員達はそうした役回りを納得し、それを仕事として受けていた。

 その役回りから得られる金銭は、彼等が今後も生きていく為に必要なモノとなる。

 しかし生きていく為に金銭を得る事には納得しながらも、それで死の危険を伴う事をやらされる事に矛盾を感じた若いワーグナーは、納得する様子は見せなかった。


 エリクはその時に傍で聞いていたが、何を話しているのか理解できずにそのまま受け流す。

 しかし森以外に初めて赴く出征で見える様々な景色を、無自覚ながらエリクは楽しんでいた。


 今回、反乱を起こした領地へ王都から向かう為には、幾つかの山を越えなければならない。

 その先発であり斥候を務める黒獣傭兵団は、その山に入り危険な魔物や魔獣がいないかを確認し、更に盗賊や反乱軍の待ち伏せが無いかを探った。


 結果、ある報告がガルドに届けられる。

 盗賊団や伏兵は存在しなかったが、何匹か軍が通ると被害を受けそうな魔物がいたと。


 それを聞いたガルドは一考し、団員達に伝えた。


「――……熊の魔物か。狼や猪程度ならどうにでもなるが、熊が魔物化してるとなると、被害が出かねないな」 

 

「おやっさん、どうします?」


「……とりあえず、熊の方から先に仕留めちまおう。そっちを見逃すと、俺等が逆に責められちまうからな」


「じゃあ、いつもの人員で?」


「だな。……それと、もう一人。エリク」


「!」


「これから熊を仕留めに向かう。俺達に付いて来い」


「ああ」


 ガルドは魔物化している熊を討つ為に、エリクを同行させる事を決める。

 それに幾人かの団員は不満を含む表情を見せたが、ガルドの決定に異論は挟まずエリクの同行を許した。


 ガルド達は気配を殺しながら歩き、魔物の熊が発見された場所へ向かう。

 それに同行するエリクはガルドにそうした歩行方法を習い、気配の殺し方を学んだ。


「エリク。お前、魔物を狩ってたんだろ? このやり方、知らなかったのか」


「むこうからきた」


「つまり、見つかって襲われたのを返り討ちにしてたってことか。まったく、呆れるぜ……」


「?」


「今回は複数での討伐だ。息を殺し、他の奴と合わせて動け。被害をなるべく無い状態で、熊を仕留める」


「わかった」


 エリクはガルドの言葉に頷き、熊の討伐に向かう。

 しかしエリクが聞き取れたのは『熊を仕留める』の部分であり、他の部分はまったく聞き取れていなかった。


 そのせいで熊を見つけた際には、エリクが飛び出し戦ってしまう。

 その行動にガルドは目を見開き、エリクに続いて飛び出した。


「あの馬鹿野郎ッ!!」


 エリクを追うガルドは、熊と対峙し剣を引き抜いたエリクを確認する。

 それを助けようと剣を引き抜きながら近づこうとした時、ガルドは思いもよらぬ光景を目にした。


「――……!?」


「ガ……」


 エリクが凄まじい反射神経と速度で熊の懐に潜り込み、剣を熊の心臓部に突き入れる。

 更に剣の柄を強く握ったエリクは、横に薙いで熊を切り払った。


 熊はエリクに対応できずに絶命し、僅かな鳴き声を漏らして倒れる。

 それを見ていたガルドは、目を見開きながらエリクを見た。


「……エリク、お前……」


「これで、いいか?」


「……あ、ああ」

 

 そう尋ねるエリクに、ガルドは頷きながら答える。

 そして後を追ってきた他の団員も、エリクが熊を仕留めた上でその場に立っている事に気付いた。


 エリクはこの半年間で、ガルドに鍛えられている。

 それは鍛えたガルド自身が思う以上に、エリクの実力を飛躍的に成長させていた。

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