記憶の消失
自身の心を理解したエリクは、改めてアリアを守り連れ戻す為に魔導国の侵攻作戦に加わる決意を抱く。
そしてグラドに伴われながら、司令部の大扉をエリクは通った。
中には複数の兵士達とダニアスが椅子に座り機器を操作し、何かしらの作業を行っている。
それを確認したグラドは入り口で敬礼しながら、ダニアスに声を掛けた。
「議長、お仕事中に失礼します!」
「あぁ、グラド将軍か。……それに、エリク殿も。どうしましたか?」
「実はエリクが、議長にお聞きしたい事があるそうで」
「そうですか。私で答えられる事でしたら」
微笑みながら椅子から立ち上がったダニアスは、エリクと向かい合う形で話を聞く。
そして腕に抱える三冊の本を机に置きながら、エリクは尋ねた。
「この本に書かれている内容には、確かに俺達がやって来た事が書かれている。だが、アリアがやって来た事が書かれていない。それにアリアがやった事が、俺達がやった事になっている」
「……全てが嘘ではなく、けれど真実ではない。そういう事ですね?」
「ああ。……アリアがどうしてこんな書き方をした理由を、聞いていないか?」
「いいえ、残念ながら。……以前にも言ったように、当時の私達は貴方達が死んでいると思っていました。だからアルトリアがそれ等を書いたのも、貴方達の事を何等かの形で残したいのだと思い、その本を民に届く形で提供できるように協力したのです」
「そうか……」
「何か、気になる事が?」
「……アリアは、本当に記憶を取り戻していたのか?」
「!」
エリクが本を読み、そして蟠りとして抱き続けた疑問をダニアスに尋ねる。
その疑問はダニアスに僅かな驚きを浮かべさせながら、逆に質問を投げ掛けさせた。
「それは、どういう意味です?」
「……この本を読んで、おかしいと思った。俺達がやった事は書かれているのに、アリアがやった事がほとんど書かれていない。それに、この本に書かれているアリアが『少女』と言い換えられている事が、気になる」
「それは、自分自身の事を
「……アリアが、そんな書き方をするだろうか」
「!」
「この本に書かれている『少女』。アリアはそれを、まるで他人事のように書いている」
「それは……」
「……アリアは俺達との旅を沿って、ここまで訪ねて来た。そうだったな?」
「はい、そう言っていましたが……」
「それは本当に、アリアが記憶を思い出したから出来た事か?」
「……何を仰りたいのです?」
エリクの疑問染みた問いの真意を理解できず、ダニアスは尋ねる。
それにエリクはしばらく自分の中で答えを考え、それを言葉で述べた。
「……アリアは記憶を思い出していない。思い出した様に、演じていただけだ」
「!?」
「アリアは二十年前にも皇国に来た時にも、記憶が戻っていなかった。そして俺達と旅をして何をしたかを誰かに聞き、この本を書いた」
「それは、誰に……?」
「旅で出会った者達に」
「!!」
「俺とアリアは旅をして、帝国からマシラ共和国に、そしてルクソード皇国へ来た。その間、多くの者達と出会った」
「……まさか、その本は……」
「アリアは出会った者達から話しを聞き、俺達との旅をその本に書き残した。……それなら、この本が俺達の知る出来事と違う理由も分かる」
「第三者から見た、貴方達の旅。……それがこの本に書かれている内容、という事ですね?」
「ああ」
エリクは本に書かれた内容を読み、そして幾つかの疑問を推理しながら考え至る。
三十年前に『
その後、ガルミッシュ帝国のローゼン公爵家に帰ったアリアだったが、やはり記憶は戻らない。
そんなアリアは二十年前、再びガルミッシュ帝国を出て旅を始めた。
記憶を失う前に自分が何をしていたのか、そしてどんな旅をしていたのかを確認する為に。
その旅でアリアは、自分を知る人々と再会する。
そして自分の事を、同行していた仲間達の事を聞き、その情報を頼りに自分達の足跡を辿った。
こうしてアリアは再び、ルクソード皇国に辿り着く。
そこでダニアスなどにある程度の記憶が戻ったように装い、アリアは人々から自分と仲間である者達の情報を集めた。
そして出来上がったのが、エリクの手にある三冊の本。
アリア自身の記憶ではなく、他者の記憶と情報を元に作り出される、虚実が入り混じる旅の物語が書かれた本だった。
その結論に行き着いたエリクの言葉を聞き、グラドとダニアスは驚愕を浮かべる。
それは異なる見解を生み出し、ダニアスはそれを言葉にして漏らした。
「……しかし、それでは。魔導国にいる、今のアルトリアは……?」
「アリアはまだ、記憶を失ったままなのかもしれない」
「!!」
「俺達の旅は、決して楽な事ばかりではなかった。……もしその旅で起こった事を人から聞き、記憶の無いアルトリアがこの本に書き出したのだとしたら……」
「だとしたら……?」
「……アリアは俺と出会った時、王国に亡命して自分の国を滅ぼそうと考えていたらしい」
「!?」
「記憶の無いアリアが、もし旅をしている時に国で理不尽な苦慮を強いられていた事を知れば……」
「……それ等の国々を、滅ぼそうとする?」
「そこまでは言わない。だが、良い印象は持たない。……だからアリアは、自分の国や皇国から離れ、魔導国にも行ったんじゃないか?」
「!」
「アリアに魔法を教えた師匠は、魔導国の
「それは、ありえません。アルトリアの師である『青』のガンダルフは、三十年前に貴方達と戦い死んでいます。それに、そのガンダルフは彼女の肉体を乗っ取ろうとしたと聞く。更に魔導国は、当時の我々とは険悪な状態にあった。そんな国に、アルトリアが自ら赴きたいと思うはずがーー……」
「アリアは、それを知っていたのか?」
「!!」
「お前は、それをアリアに教えたのか?」
「……いいえ。人類の守護者である
「なら、アリアなら魔導国にも必ず行く。……そこで何かを聞かされ、この戦争で魔導国に協力している。そういうことだと、俺は思う」
「……!!」
アリアが二十年前にルクソード皇国から行方を眩まし、ホルツヴァーグ魔導国へ渡った理由。
そして今現在、魔導国に身を置き『黄』の
その二つの理由が今も記憶を失ったままだからという結論に、エリクは自分自身の思考で辿り着いた。
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