束の間の休息


 戦争の元凶であるホルツヴァーグ魔導国に開発した飛空艇を使って乗り込み、襲撃する作戦。

 それに参加する意思を持ったエリク達だったが、シルエスカの問い掛けに言葉を詰まらせてしまう。


 もしアリアが魔導国に自らの意思で加担していたとしたら、戦えるのか?

 その場合、仮にアリアを捕らえたとしても処刑に賛同できるのか。


 その問い掛けに表情を強張らせて沈黙するしかなかったエリクに代わり、隣に控えていたケイルが前に出て話に割って入った。


「――……待てよ」


「!」


「アタシ等はもう、頭の中がパンパンなんだよ。これ以上、一気に詰め込ませんな」


「……事態は一刻を争う。もし参加するのなら、その覚悟と答えを聞きたいのだ」


「そっちの都合なんざ、知ったことじゃねぇな」


「なに……!?」


「こっちの都合を無視して勝手に話を進められたんじゃ、堪ったもんじゃねぇってことだよ」


「!」


「砂漠に閉じ込められてワケも分からないまま三十年後の世界に来たと思ったら、魔導国があちこちで戦争どんぱちやってて? それにアリアの奴が加担してて? オマケに、ワケの分かんねぇモンに乗せられて魔導国に攻め込む? ……ここまで詳しい情報も考える時間も無いまま、休み無しで来たんだ。それでいきなりこんな話を詰め込まれて、まともな答えなんて返せるわけがないんだよ」


「だが……」


一回いっぺん、ゆっくり休ませろって話だ。腹に食い物を入れて、じっくり寝て、それから情報を整理させろって言ってるんだよ」


「……」


「それが出来ないってんなら、アタシ等は今すぐここから出て行く。後はお前等で、勝手に戦争してろよ」


 ケイルが突きつける言葉と要求に、シルエスカは難色と僅かな怒気を含む。


 ここまで自分達の状況はおろか、居なくなったアリアや世界情勢すら把握できないまま膨大な情報をこの場で聞かされ続けたエリク達は、実際に情報と思考を整理できていない。

 エリクですら精一杯に思考を回転させながら必要な情報を基点に、何とか話に付いて来れているだけ。


 そうしたエリクに答えを迫るシルエスカをケイルは留めさせ、敢えて話を中断させた。


「……クロエ。アタシ等が休める場所は?」


「あるよ。食事も、ある程度は出せるかな」


「なら、そこに案内してくれ」


「分かったよ。……とりあえずは、建造中の三番艦の調整も一ヵ月くらいは掛かるし。彼等に考える時間を持ってもらおう。ダニアス、それでいいかい?」


「……そうですね。確かに、訪れたばかりの彼等に答えを聞くのは性急過ぎました。一度、お休み頂きましょう」


「シルエスカも、それでいいね?」


「……分かった」


 ダニアスとシルエスカにケイルの言い分を了承させたクロエは、そのまま出入口の扉を開ける。

 そして背中を押されるようにケイルはエリクを歩かせ、マギルスも付いて行った。


 そして出入口の扉が閉まり、通路を四人は歩く。

 そうした中で押されずに自分で歩き出したエリクは、隣を歩くケイルに話し掛けた。


「……ケイル、ありがとう」


「ん?」


「俺は……」


「待てよ。さっきも言ったけど、もう頭の中が情報でいっぱいだ。アタシも、お前もな」


「……ああ」


「話は、休んだ後にしよう。それまでアタシ等は、自分なりに考えればいい。……それにアタシは、誰かに強要されて殺しをやるのは御免だ。殺るなら、アタシの意思で殺る」


「……ケイル。お前はまだ、アリアを……?」


「アタシは、アリアの奴が大嫌いだ。これから先も、それは変わらねぇよ」


「……」


「……だけど。嫌いな奴だから見捨てるなんて言うほど、腐ってはいねぇよ」


「!」


「とにかく、今は休もうぜ。頭回し過ぎて、腹が減っちまったよ」


「……ああ、そうだな」


 こうした話を交えるケイルに、エリクは口元を微笑ませる。

 そうした中でクロエに案内された三人は、とある区画に訪れた。


 その区画に設けられた一つの部屋をクロエは手を翳して開けると、室内には充実した宿泊部屋が用意されている。

 部屋に入り周囲を見渡しながら、整った部屋の様相にケイルは呟いた。


「……まるで、高級宿だな」


「食料に限りはあるけど、こうした物自体は余ってるからね。その奥にはシャワー室とトイレがあるから、好きに使っていいよ」


「シャワーって、水も貴重だろうがよ?」


「この秘密基地には、半永久的な水源があるからね。シャワーくらいの水だったら、好きに使えるよ?」


「!!」


「ただ、その水をこの空間の外には持ち出せないんだ。そういう制約ルールでね」


「ルール……?」


「この空間で生み出されている物質は、外に持ち出せない。そういう制約を設けた、魔法なんだ」


「魔法だって……!?」


「そう。この地下の秘密基地アジトは、私の空間魔法で維持されている。この空間そのものが、魔法なのさ」


 そう話しながらクロエは鉄の壁に手を添えると、触れた部分の鉄が消失する。

 それに驚く三人に対して、クロエは手を翳しながら指を鳴らして見せた。


「この部屋も、私が作った魔法だよ。――……ほらね?」


「これは……!!」


「偽装魔法か……!?」


「でも、触れるよ?」


「そう。この部屋も、そして秘密基地も、質量を伴う幻想イリュージョン。私が空間魔法で作り出している、一つの世界なのさ」


「!!」


「私が死んだり、魔法を解いてしまうと、ここは首都の地下に戻ってしまう。しかも戻った時に人が残っていると、消失した空間内の土に埋まっちゃうけどね」


「……それは、怖いな」


「うん。ただこの空間そのものが結界の役割も果たしているから、例えそれなりの戦力で攻めて来たとしても破られる事は無い。逆に敵が入り込んだら、私の意思で排除する事もできる」


「それは、便利だな」


「でしょう? 私はこの空間なら、ほぼ無敵に近いんだ。……まぁ、それも色々と制約で縛られてるから、使える時にしか使えないんだけどね」


「そうか」


「そうそう、食事だけどね? この部屋を出て左に行くと、食堂があるから。食事が欲しかったら、そこで貰うといいよ。私から話しておくから」


「分かった」


「それじゃあ、今はゆっくり休んでね」


 そう促すクロエは、部屋から出て扉を閉める。

 そうして部屋に残された三人はそれぞれに顔を見合い、軽く溜息を吐きながら各々が腰を落ち着かせるようにベットや床に座った。


「……まったく。もうワケが分かんねぇ……」


「ああ……」


「そうだねー」


「……アタシ、寝るわ」


「俺も、寝る……」


「うーん。僕、この中を探検してくる!」


 マギルスは部屋の扉をどのように開けるか模索しながら、クロエを真似て薄板が嵌め込まれた部分に手を翳す。

 そして扉が開け放たれると、元気よく部屋から飛び出した。

 その元気の良さに少し呆れながらも、二人は沈むようにベットや床へ身を預ける。


 三人は砂漠からここまでの旅路を一段落させ、やっと休息に入れたのだった。

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