螺旋編 三章:螺旋の未来

三十年後の世界


 クロエとアリアの犠牲によって『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』の脱出に成功したエリクは、ケイルとマギルスと共に見知らぬ国が支配する港町へと訪れた。

 しかしそこは旧ルクソード皇国であるアスラント同盟国の港町であり、自分達が港町を出てから三十年以上の時が経過している事が分かる。


 三十年後の世界。

 その事実は三人に、混乱と動揺を生ませるに十分な理由だった。


 包囲されていた三人は今現在は、港町へ入り同盟国の軍港内の施設に身を寄せている。

 三十年前とは比べ物にならない建築物と施設の変わり様、そして海に浮かぶ船が自身の知る船の形と異なる物へと変化している事に驚きながら、三人は改めて自分達が三十年後の世界に来たのだと否応なく実感させられた。


 そして施設内部で警備を担う兵士の隊長と対話しながら、荷馬車や荷物の確認と事情聴取に三人は警戒しながらも応じ、三十年前に港町から出た後の出来事を話す。

 一通りの事情聴取を終えると、応接室内へと案内された三名はとある人物と面会した。


「――……失礼します。……貴方達が……」


「……誰だ?」


 応接室へ訪れたのは、五十代前後の白髪が混ざる男性。

 検問をしていた兵士達とは別の赤い礼服を着ており、普通の兵士に見えないと三人は思う。


 そして男は頭に被るキャップ帽子を外して胸に置いて礼をすると、エリクは男の顔を見て目を見開いた。


「……お前は、あの時の……?」


「覚えて頂けていますか?」


「俺達が砂漠に出た時に、見送った兵士か?」


「はい。お久しぶりです」


「!」


 エリクの気付きで他の二人も思い出し、改めて男の顔を見る。


 三十年前に砂漠を出ようとした一行は、定期船襲撃後に出会った海軍の士官に見送られた。

 その士官と目の前にいる老けた男が同一人物だと分かった時、三人は時の流れを再び自覚させられる。


 そして三人の目の前に用意された椅子へ士官だった男が腰掛けると、顔を上げて三人と向かい合いながら話を始めた。


「私からもお尋ねします。……本当に、あの時の皆様なのですね?」


「ああ。魔法で姿を変えてるわけでも、整形してるわけでも、ましてや洗脳されてるわけでもぇよ」


「ここで受けた検査の事ですね。申し訳ありませんが、念には念を入れて確認すべき事態ですので」


「それはいい。……ここが、俺達が砂漠に向かう前に滞在していた港町なのか?」


「はい。今はアスラント同盟国の軍港となっています」


「……俺達が砂漠へ旅立ち、三十年が経っていると聞いたが……?」


「事実です。私は確かに、砂漠へ旅立つ貴方達を三十年前に見送りました。そして三十年後に、貴方達はあの時と変わらぬ姿で帰って来た。……こうして目の前にあの時の貴方達がいる事は、私も驚いているのです」


「……それじゃあ、本当に……?」


「はい。貴方達を私が見送ってから、三十年の時が経っています」


 改めて士官だった男から話を聞き、エリク達が三十年後の世界へ訪れた事を告げられる。

 頭を抱えながら表情を渋くさせるケイルと、感心するように驚くマギルス、そして表情を強張らせるエリクを見ている男は、その動揺が落ち着くのを待ってから話し始めた。


「――……まず、何から話しすべきか……。……三十年前、私はルクソード皇国の海軍艦の船長を務めていました。アスラント同盟国となってからは、海軍艦隊を率いる司令官へ昇進し、この軍港そのものを指揮させて頂く立場となっております」


「……ルクソード皇国は、三十年の間に滅びたのか?」


「滅びたというより、体制と国名が変わりました。貴族制度が廃止され、各領地は『市』という呼び方に改められ、『市長』という立場に就いた者達が各市を運営するものとなりました。そして各市の代表者達が元皇都である首都に集い、議会を通じて国の政策と法案を取り決めています」


「……そ、そうか。凄いな」


「ルクソード皇国だけではありません。今は世界情勢の全てが、三十年前とは比べ物にならない変化を遂げています」


「……そうか」


 自分達の知るルクソード皇国は既に無く、アスラント同盟国という別の国になってしまっている事を、改めてエリク達は知って俯く。

 目まぐるしい情報に翻弄されていた三人だったが、その中でエリクが思い出したように顔を上げた。


「……お前は、この港を指揮していると言ったな?」


「はい」


「なら、頼む。アリアを探すのに、協力してくれ」


「!」


「俺達は、あの世界から脱出できた。だが、アリアだけは見つからなかった。……アリアを探す為に、お前達の力を貸して欲しい。頼む」


 見つからないアリアの捜索を、エリクは頭を下げて頼む。

 それを聞いた司令官の男は僅かに驚愕を浮かべ、それを引かせた後に思案しながら口を開いた。


「……エリク殿、顔をお上げください」


「……」


「その事で皆様に、お伝えしなければならない事があります」


「?」


「まず、順を追って御話をしましょう。……三十年前、貴方達はアルトリア様と共に砂漠へ向かい、私はそれを見送った。……それから二ヵ月ほど経った後でしょうか。巨大な暴風ハリケーンが突如として砂漠に発生し、それが治まった時期に皇国軍は兵士達を向かわせ、砂漠で何が起こったのか調査しようとしたのです」


「……」


「その調査中、兵士達がとある人物が砂漠に埋もれているのを発見しました」


「……まさか?」


「はい。貴方達と共に同行していた、アルトリア様です」


「!?」


「アルトリア様は全身に夥しい傷を負い、意識を失ったまま目覚める様子が無かった。当時の施設と人員ではアルトリア様の完全な治療が困難だと判断し、本国にアルトリア様の治療と保護を求め、急ぎ本国のある大陸へ搬送したのです」


 その情報を聞いた時、三人が新たな驚愕へ襲われる。


 あの崩壊する世界で別れたアリアは生き延び、この世界に戻っていた。

 しかし自分達と違い、三十年前に戻っていたアリアは無事な姿ではなく、それを治癒する為にルクソード皇国へ送り戻されている事が分かる。


 予想とは違う形ながらも、アリアも戻れていた事を知れたエリクは僅かに安堵し、男に尋ねた。


「……それで、アリアはどうなったんだ?」


「本国に搬送されてからの事は、私も聞き及んでおりません。ダニアス議長とシルエスカ元帥であれば、アルトリア様がどうなったかを把握されていると思われますが……」


「そうか……」


「ただ本国からは、貴方達の捜索も行うように命令されました。しかしどれだけ砂漠を探しても見つからず、一年程で捜索は打ち切りになり、貴方達は何等かの理由で行方不明となったか、死亡しているのではと考えられ、本国に報告されています」


「……」


「時が経ち、貴方達が皇国を救った英雄であるという話が広まり、貴方達の名は市民にも知れ渡る事となった。貴方達の慰霊碑が本国では建てられ、ルクソード皇国は新たな体制へ変化し、アスラント同盟国へと名を変えました。この軍服も、同盟国の新たな軍服です」


「……赤の軍服か?」


「はい。今の同盟軍部の元帥職を務めているのは、『赤』の七大聖人セブンスワンだったシルエスカ様ですから。その色合いに合わせたものとなっています」


「……だった?」


「はい。シルエスカ様は十年程前に七大聖人セブンスワンを辞し、この同盟国軍部を指揮する元帥になりました」


「!!」


「……実は今現在、世界情勢は大きく変化しました。多くの国が滅び、新たな秩序が各地で生まれながら、同時に新たな争いも生まれています。既に、七大聖人セブンスワンは機能していません」


「それは、どういう事だ……?」


「……皆様は、ホルツヴァーグ魔導国とフラムブルグ宗教国を、覚えていらっしゃいますか?」


「ああ」


「まず、フラムブルグ宗教国。の国は、既にこの世に存在しません」


「!?」


「二十年ほど前に、フラムブルグ宗教国は『黄』の七大聖人セブンスワンを失い、内部分裂をきっかけに内紛が起きました」


「内紛……?」


「元々、彼等は七大聖人セブンスワンによって守られる事で利害関係と意思を統一させていた。その七大聖人セブンスワンがいなくなった事と、指導者である教皇が暗殺された事が原因となり、一宗教で統一されていない宗教国家が対立を表面化させ、凄惨な内紛へ陥ったと伝え聞いております」


「……」


「事実上、フラムブルグ宗教国は解体。今もあの大陸は各地で宗教戦争の小競り合いを見せ、各地で生き残った宗教派閥達が寄り集まり、細々と暮らしているそうです」


「……そうか」


 自分達を悩ませていた原因の一つだった、フラムブルグ宗教国。

 それが僅か三十年余りの時間で滅び、今は大陸内で内紛に勤しんでいると聞かされたエリク達は、微妙な心境を抱かせる。


 更に次の話が、男の口から述べられた。


「次は、ホルツヴァーグ魔導国ですが……」


「……?」


「ホルツヴァーグ魔導国の場合は、フラムブルグのように滅びたわけではなく、その規模も実力も三十年前とは比べ物にならない脅威となっています」


「脅威に……?」


「まず、先程お話した『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァ。その方がどういうわけか、魔導国に仕えています」


「!?」


「そして、魔導国から選出される『青』の七大聖人セブンスワン。その二人が今の魔導国に就き、それぞれに精鋭を率いている。それだけでも、非常に脅威なのですが……」


「他にも、何かいるのか?」


「……傭兵ギルドのことは?」


「解体されたと、さっき聞いたが……」


「はい。傭兵ギルドは旧皇国を始め、あらゆる地域で何かしらの組織と共に暗躍していた。そうした活動が反感を買い、傭兵ギルドの解体が多くの場所から望まれ、今は国が傭兵達を運用する組織体制が組まれています」


「……そうか」


「しかし、そうした国々に反発した傭兵達もいます。その勢力が魔導国に集まり、その指揮下にいる。その中には実力者と名高かった【特級】傭兵や【一等級】傭兵達も、多く含まれています」


「……」


「そうして勢力を拡大させた魔導国は、四大国家からの独立を宣言し、禁忌とされた武器や兵器開発を行い始め、各国に対して戦争を仕掛けました。……我がアスラント同盟国の本国もまた、その脅威に晒されています。故にこちらも、そうした武器で対応せざるを得なくなった」


「だから、禁止されている銃を持っているのか?」


「はい。……しかし、そうした技術を惜しみ無く扱う魔導国の侵攻に対応できず、多くの国が敗北し、滅ぼされました。今現在、なんとか魔導国と対抗して見せられているのは、我がアスラント同盟国と、アズマ国。そして魔人を有するフォウル国だけです」


「……ベルグリンド王国や、ガルミッシュ帝国は……?」


「魔導国の大規模侵攻に遭い、滅びたと聞いています」


「!?」


「他にも、旧ルクソード皇国と同盟国だったマシラ共和国も、魔導国の襲撃で多大な被害に遭ったと。首都は空襲にあって崩壊し、マシラの人々は大陸を散り散りに逃げ回っているとか」


「マシラが……!?」


「ゴズヴァールおじさんがいるのに……!?」


「今、人間大陸では世界大戦が勃発しています。……ホルツヴァーグ魔導国という、強国によって……」


 今現在の世界情勢に、三人は驚愕の表情を浮かべる。


 自分達が旅をして見知った国々が、そして人々が、ホルツヴァーグ魔導国の大侵攻によって滅ぼされ、多くの被害を受けた。

 エリクは生まれ故郷のベルグリンド王国の人々と仲間達を、そしてケイルは唯一の肉親が残した忘れ形見を、そしてマギルスは師であるゴズヴァールを思い浮かべる。


 三十年後の世界。

 それはホルツヴァーグ魔導国によって世界に争いが起きる、まさに混沌とした時代だった。

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