幼い子供
『
その手段をクロエ自身に説明された一行は、各々が思いを宿しながらも黙ってしまう。
しかしアリアだけは逸らした顔を動かし、クロエを睨むように見ながら口を開いた。
「……クロエ。アンタは、それでいいの?」
「私は何万回と、そうした事を繰り返して来ましたから。慣れています」
「……こうなると分かって、付いて来たのね?」
「はい」
「……!!」
アリアが口から零す疑問に、クロエは微笑みながら答える。
それを聞いた一行は目を見開き、アリアは続いて問い掛けた。
「分かってたなら、どうして……!!」
「どうして砂漠を通る際に止めなかったのか、ですか?」
「……ええ」
「私は、私自身の死に方がどのように訪れるか、私自身を視るだけでは分かりません。ただ、皇国に居た時からどの運命を辿っても、私は近い時期に死ぬのは視えていました」
「……!!」
「そしてマギルスに会い、貴方達に会い。その時にやっと、私の死に方が分かりました。……私は貴方達を生かす為に、死ぬ事になるのだと」
「分かってるなら、なんで!?」
「仮に止めていたとしても、フォウル国へ赴くにはどうしても砂漠の大陸を経由する必要があった。ホルツヴァーグ魔導国とフラムブルグ宗教国の勢力圏内に潜り込んで通ろうとする場合、無関係の人々に被害が出てしまう。定期船で襲われた時のように」
「……ッ」
「結果、私はそれに巻き込まれて死に、貴方達の中から死者が出る。それも分かっていました」
「他にいくらだって、やり方はあったでしょ!? 皇国に残るとか――……」
「皇国に残った場合は、私は組織が遣わした暗殺者に殺される未来が視えました。そしてダニアス=フォン=ハルバニカと、『赤』のシルエスカを始めとした、多くの皇国民が巻き込まれて死ぬ未来も視えたんです」
「……!?」
「被害を最小限に抑えるには、貴方達と同行し、この砂漠に来るしかなかった。……そして砂漠が見えた時に、私はこの砂漠で死ぬ事になるのだと、はっきり視えました」
「……でも……、他に何か手が……ッ」
「アリアさん。今の状況を、よく考えてください」
「……!!」
「貴方とケイルさんは、人間から進化し聖人となれました。食料や水が尽きたとしても、この環境下なら一ヵ月か二ヵ月は生き延びられるかもしれない。マギルスやエリクさんも、魔人ですから。それくらいは生き残れるでしょう」
「!」
「そう。私の身体は幼い子供で、ただの人間です。……残っている食料や水を私だけが使ったとしても、良くて一週間、長くて十日しか生きられません」
「……そこまで……」
「あるいは犠牲の無い脱出方法も、探せばあるのかもしれない。……でもそれを見つけた時、私は死んでいます」
「……ッ」
「実は、熱もあります。少し、頑張り過ぎましたから」
「!!」
熱がある事を初めて告げたクロエに、アリアは驚きながら近付く。
そして手袋を外してクロエの額を手で触り、初めてクロエが高熱を出している事に気付かされた。
「いつから、なんで黙ってたのよ!?」
「アリアさんが、色々と悩んでいたようなので」
「そんな事で……」
「仮に、地脈での脱出方法を思い付く前に。私が犠牲を用いた脱出を提案したら、それを素直に受け入れましたか?」
「……!!」
「きっと意固地になり、別の方法を探そうと躍起になったでしょう。……そして私の言う事を聞かずに、貴方は地脈での脱出を強行しようとする。一縷の望みを賭けて……」
「……まさか、今まで何も言わずに黙っていたのは……?」
「効果的に提案できる場面を、ずっと待っていました――……」
「クロエ!?」
「!?」
「エリク、手を貸して! ケイル、荷馬車から薬箱を!」
「あ、ああ!」
今まで体調の悪さを見せずに我慢していたクロエが、体を揺らし倒れ掛ける。
それを抱き留めたアリアはクロエの容態が深刻な状況だと理解し、急いでエリクとケイルに指示を送った。
二人は唐突な事態ながらも指示に従い、エリクが建物の中にクロエを抱え運ぶ。
そしてケイルは薬箱を積んだ荷馬車に向かおうとした時、マギルスを視界の端に見た。
その時のマギルスはいつものように飄々とした表情ではなく、目元を前髪で隠しながら唇を怒るように歪め、両手を強く握り締めている。
今のマギルスに違和感を持ちながらもクロエの治療を優先する事を考えたケイルは、薬箱を回収して建物の中へ駆け込んだ。
その後、アリアの診断でクロエが高熱の原因が分かる。
それは至極当然であり、砂漠の暑さと日射を浴びていた事による熱中症だった。
しかしそれ以外にも理由がある事を、アリアが伝える。
「――……この幼い身体では、急激な環境変化に耐えられるものではなかった。それに、幼児の時からまともに食事を与えられてなかったようだし、身体は元々から弱かったみたい……」
「魔法での回復は?」
「こんな状態で適切な治癒魔法と回復魔法をしても、体内を巡る魔力に耐えられない。……体力がある程度まで戻って、治癒が出来るくらいの魔力に耐えれる程にならないと……」
「……助かるのか?」
「長期的な静養と治療を受ければ。……でも、ここには静養し改善できる場所も食事も無い。そして、時間も無い……」
「……そうか」
「もっと早く、私が気付いてれば……ッ!!」
壁に手を叩き付けるアリアは、脆い建物内部に軋む音を鳴らさせる。
残り少ない水で湿らせた布を額に置いて眠るクロエは呼吸を乱し、小さく咳を零した。
クロエの部屋に集まる三人は、それぞれにクロエの姿を見て改めて思い知る。
今まで見た目に合わない言葉遣いや落ち着いた態度と合わせ、数百万年を生きる『黒』の
しかし、それは間違いだったと思い知らされる。
クロエの知識と思考は確かに人智を超えたモノを有しているが、身体は幼い少女のままだった。
例え聖人や魔人に多少は耐えられる環境でも、少女の身体では耐えられるはずがない。
それを失念していた事を三人は悔やみながらも、決めなければならなかった。
「――……このままクロエが死ぬと、この世界が崩れるのか?」
「……この魔力の無い世界に魔力が満ちれば、『
「それしか、脱出する手段は無いのか?」
「……クロエが死ぬまでに、考えつく自信が無いわ。……死んだ瞬間、恐らく膨大な魔力がこの世界に吹き荒れる。それに備えなければいけない」
「……」
アリアが話す言葉の意味を、エリクとケイルは正確に理解する。
遅かれ早かれ、クロエは助からない。
そして『
そうなった時に備えていなければ、この世界の崩壊に巻き込まれて自分達も死んでしまう。
クロエ自身が述べた通り、クロエには死ぬ未来しか無い。
それを利用してこの世界から脱出するしかないのだと、ここにいる三人は理解した。
しかし一人だけ、理解できない者もいる。
その少年は壁越しにその話を聞き、その場を離れた。
次の日。
朝に起きたアリアがクロエの容態を診ようとした時、それに気付いた。
「――……クロエ!?」
アリアは驚きの声を上げ、別の建物で寝ていたエリクとケイルが反応する。
二人がアリアのいる建物まで来た時、その理由を知った。
「エリク、ケイル! クロエがいないわ!!」
「なに……!?」
「……マギルスは何処……!?」
「見ていないが……。……まさか……!?」
クロエが寝ている場所から居なくなり、そしてマギルスも居なくなっている。
それに気付いた三人は、荷馬車を置いていた場所を見た。
そこに荷馬車は無く、マギルスの青馬も居ない。
それはマギルスが荷馬車を伴ってクロエを連れ去った事を、三人が確信した瞬間でもあった。
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