化物と呼ばれた少女


 十五年前、アリアことアルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンが二歳の時、当時ローゼン公爵だった父親クラウスや兄セルジアスを含んだ周囲の人間を驚かせ、そして恐怖させる出来事があった。


 ローゼン公爵領地の屋敷で育てられた幼いアリアは、魔法式や構築式も無く突如として魔法を発現させる。

 その魔法は周囲を巻き込み、屋敷の一部を倒壊させた。


 始めこそ襲撃者や暗殺者の仕業かと思われたが、それがアリアのした事だと判明する。

 どうして幼いアリアがそんな魔法を使えるのかと聞き出した時、ローゼン公爵は自分の娘に対して表情を歪めた。


『――……これくらい、だれでもできるでしょ?』


 まだ二歳の子供アリアからその言葉が発せられた事を、ローゼン公爵は異常であると考える。

 アリアはこれを契機に、ローゼン公爵家付近で異常な行動を見せ始めた。

 

 庭師が雑草を引き抜き手入れを行っている最中、それを見たアリアが徐に手を翳した瞬間、土が盛り上がると草木は全て引き抜かれながら倒れ、庭の光景が全てひっくり返る。

 この時にアリアが述べたのは、『あの人も、ああして引っこ抜けばいいのに』という言葉だった。

 これと似た事例もあり、農作物を収穫している畑を通り掛かったアリアが手を翳した瞬間、数百平方メートル以上の収穫物が飛び抜け、畑の土がひっくり返るという事態も起こっている。


 他にも、夏のある日に雨が不足し、溜め池や川の水量がかなり下がる出来事があった。

 そこに避暑地として訪れていた幼いアリアが手を翳した瞬間、溜め池の水を増やしながら川を氾濫させる。

 更に薪が少ないという話を聞いた後に、近くの森に手を翳して森の大部分の木々を一瞬に切り裂き倒した。

 そして冬に火種が付き難いという話を聞いた時には、手を翳して暖炉に凄まじい業火を生み出し、屋敷の一部が焼失するという事態になる。


 その都度アリアは父親から叱れ、二度とそのような行いをしない事や、自身が行った行為を戒めるよう怒鳴られた。

 しかしアリアは反省する様子を見せず、ついに頬を叩いて叱るという行動に至る。


 その瞬間、アリアは子供ながらに怒りの感情を露わにした。

 そして魔力を吹き荒らして部屋を破壊し、実の父親であるローゼン公爵と戦闘まがいの行動に及ぶ。


 その結果、屋敷の大部分が半壊し、帝国屈指の実力者であるローゼン公爵が重傷を負った。

 腕と足を始め、肋骨を数本折るほどの重傷を負ったローゼン公爵の姿を見たアリアは、やっと暴走を止める。

 そして不服そうな表情を見せながらも、ローゼン公爵に近付き回復魔法を行使した。


 そしてアリアは、帝国の魔法師が簡単には成し得ない回復魔法を見せる。

 折れた骨を全て修復し、全身の痛めた箇所が凄まじい速さで癒される光景を目にしたローゼン公爵と目撃者である使用人達は、自分達がアリアに対して抱く脅威度が低すぎた事を認識した。


 そして傷を癒し終えた後、父親に対して幼いアリアはこう述べる。


『……お父様。わたしよりも弱いのに、あんなに偉そうにしてたの? なんで?』


 それは失望にも似た表情と言葉で述べるアリアに、この時のローゼン公爵は体は癒されながらも精神に凄まじい衝撃を受けた。


 その時に見せた実の父親の悔しさと怒りが入り混じる表情と、周囲の人々が見せる畏怖と恐怖の視線。

 アリアは今でもその時に向けられた人々の視線を、鮮明に覚えている。

 その中には、実兄セルジアスの視線も含まれていた。


 その後、幼いアリアが自身の手に負えないと判断したローゼン公爵は、帝都にある魔法学園を経由してある人物を呼ぶ。

 それが『青』の七大聖人セブンスワンガンダルフだった。


 ガンダルフは転移魔法でガルミッシュ帝国に訪れ、地下の軟禁部屋に押し込められた幼いアリアと対面する。

 その手にはマシラ共和国の時と同じ魔道具の手枷が嵌められ、魔法が使えない状態で拘束されていた。


 しかしその拘束も完全では無く、大気の魔力を操り魔法を行使するアリアをガンダルフは目撃する。

 そこでガンダルフは対等な立場として交渉を持ち掛け、アリアの持つ知識と自身の持つ知識を等価交換として教え合った。


 その三年間によって、アリアは自分の周囲に見合う知識と常識を習得する。

 一般的であり非効率的な魔法のやり方、そして帝国貴族の習いを始め、自分が生まれた世界の情勢など、他にもガンダルフが語る逸話染みた話にも興味を持ち、アリアはガンダルフに対して対等な師弟関係を築いた。


 この経験で、アリアは初めて自分が一般的な魔法を扱っていない事を知り、常識から逸した行動をしている事を自覚する。

 そして周囲が向ける恐怖と畏怖が宿る視線の意味にやっと気付き、アリアは『反省』というモノを生まれて初めて行った。


 ガンダルフはアリアの意識改革に成功し、五歳になる少し前に帝国から離れる。

 その時に、こうした話もアリアに伝えていた。


『――……もし息苦しいと思うのならば、儂の下へ来るといい。多少の息苦しさは、無くなるであろう』


『そして、わたしの体を乗っ取るんですか?』


『……なるほど。儂の事も、お見通しかね?』


『三百年しか生きていない聖人が、そんなにひ弱なはずがないもの。他人の体に乗り移ってるか、複製クローンの身体を使ってると考えるのが普通でしょ?』


『ふっ、ははは……!! ……次に会う時には、敵でない事を祈ろう』


『次に会う時も、貴方を師父として尊敬するわ。……だから、私の敵にならないでね』


 幼少時のアリアとガンダルフは、そうして別れを告げる。

 

 そして父親であるローゼン公爵を始めとした者達に、自身の今までの行いに対して謝罪と反省を伝えたアリアは、改めてローゼン公爵家の娘として受け入れられた。

 しかし恐怖と畏怖の目は除けず、実の父親や兄が向ける警戒の視線を感じるアリアは、帝国貴族としての教育を改めて施される事となる。


 それはアリアにとって、酷く退屈であり窮屈な日々の始まりでもあった。 


 教育が施されながら監視役が傍に付き、アリアが奇異な行動や発言をする度に父親に報告が送られる。

 アリアは尋常ではない魔法と共に、現代では把握されていない知識を持つ事が多かった。

 特に顕著だったのは、生物学と魔法学に関する知識。

 それ等の知識をアリアが漏らす度に逐一記録され、重要情報として扱われる程だった。


 アリアはそうした窮屈な毎日を我慢し、帝国貴族としての教えを守っていく。

 そして皇子ユグナリスを婚約者にされた後に、ローゼン公爵領で魔導技術と魔法技術を凄まじい速度で発展させた。

 しかしそれ等の功績は他者に譲り、この時のアリアは表舞台に名を残していない。

 社交界の場で何度か顔を見せた事もあるが、そのほとんどが不愛想であったり、儀礼的で社交的な作り笑顔しか浮かべなかった。


 その窮屈な生活に転機が訪れたのは、アリアが十三歳の時。

 ガンダルフを経由し帝都にある魔法学園に入学し、ガンダルフの魔法研究を手伝う事を依頼される。


 それを二つ返事で了承したアリアは、魔法学園への入学を果たした。

 しかしローゼン公爵家の監視が緩む事はなく、アリアは奔放とした学園生活を送る事は出来ない。

 精神的にも肉体的にも束縛が強まり続けるアリアは、友達と呼べる者も作れず、学園まで付いてきた皇子ユグナリスの問題行動に幾度か巻き込まれ、ついに我慢の限界を超える。

 自分に纏わり付く『国』や『家』、そして『立場』という鎖を、自分自身で引き千切った。


 アリアは自由の身となりながらも、暗殺者に追われ辛くも免れる。

 自分に暗殺者を差し向けたのが皇子か父親だと思ったアリアは、ベルグリンド王国への亡命と、ガルミッシュ帝国の滅亡を目論んだ。


 そしてあの日、あの森で、王国の傭兵エリクと出会う。

 アリアはその時、行き場の無いエリクを利用する事を考えた。


「――……私は『国』と『家』、そして『立場』に縛られる事で、『化物』から『人間』として認められた。でも私がそれ等から解放されるという事は、また『化物』に見られる事を意味する。……だから私は、エリクを自分の護衛として誘ったわ」


「!」 


「そう。エリクを誘った本当の理由は、私を守る為じゃない。……私が、『化物』だと見られない為。そしてエリクに守られるという『ルール』を私自身に課す事で、私が『人間』という存在から外れた行動をしない為よ」


「……」


「ケイル。私の貴族生活をどう妄想しようと勝手だけど、それを捏造して批判として語るなんて、お門違いも甚だしいわ」


「……ッ」


「アンタ、皇国の時にも同じような癇癪を起こしたわよね? ……悲劇に酔うのは勝手だけど、他人も巻き込むヒステリックも大概にしなさいよ」


 アリアは自身の過去を語り、そしてエリクを雇い入れた本当の理由を一行に聞かせる。

 それに対する反応も同じではなく、マギルスは不思議そうな首を傾げ、クロエは目を閉じて顔を僅かに横に振った。 

 そしてアリアの目の前に立ち批判を返されるケイルは、体を震わせながら表情の怒気を強めた。


「――……うるせぇよ」


「またそれ? 本当に、語力が無い女ね」


「うるせっつってんだろうがッ!!」


「うるさいのはアンタでしょ」


 激怒したケイルは大声で叫び、左腰に下げた魔剣に右手を伸ばす。

 それに怒声で返すアリアも構えながら、魔石を付けた手袋を両手に付けた。


 互いに相手を嫌悪し怒気を含めた感情を露わにしながら、自身の武器を構える。

 今にも死闘をしかねない二人に、エリクは急いで止めに入ろうとした。


「止めろ、二人とも!」


「エリクは黙ってて!!」


「お前は黙ってろ!!」


「!?」


 間を割ろうとした瞬間、殺気が込められた二人の視線がエリクに向かう。

 初めて二人に殺気を向けられた事に動揺したエリクは立ち止まり、二人の殺気は互いに向き直った。


「……丁度いい。テメェとは一度、白黒ハッキリさせたいと思ってたんだ。……決着、つけてやる」


「ふっ、笑っちゃうわ。私に負けっぱなしのくせに、何が決着よ?」


「なに……!?」


「言葉に言葉で返せず、暴力で解決しようとする時点で、アンタは『人間』として負けてるわ」


「!!」


「……それに、好きな男も別の女に奪われて、『女』としても惨めよね?」


「――……このガキがッ!!」


 最後に呟いたアリアの煽りに感情を爆発させたケイルは、躊躇無く踏み込み魔剣を引き抜く。

 コンマ数秒の抜刀術を披露してアリアの首を切断しようとするケイルに、周囲で見ていた三人は驚愕を浮かべた。


 しかしケイルの抜刀は、アリアの物理障壁シールドに防がれる。

 手袋に嵌め込んだ魔石の魔力を使い、アリアはケイルの攻撃を防御する事に成功した。


 ケイルは防がれた事を察した瞬間に後退し、再び魔剣を鞘に収める。

 そしてアリアは溜息を吐きながら、ケイルに冷徹な表情を見せた。


「……これで、正当防衛は成立ね」


「!」


「エリク。そしてマギルス、クロエ。離れてなさい」


「ア、アリア……」 


「嫉妬で狂う女なんて、醜いだけよ」


 ケイルとアリアは互いに嫌悪し、女同士の戦いを始めてしまう。

 エリクはそれを制止できず、マギルスは冷徹な表情を見せたアリアとケイルが戦う場面に興味を持つ表情を見せた。

 それを知っていたかのようなクロエは、マギルスと共に建物の影へと移動する。


 別世界に閉じ込められた極限状態で、感情を剥き出しにしたケイルと本性を見せたアリアが敵対し、ついに戦いを始めてしまった。

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