螺旋編 二章:螺旋の迷宮

砂漠の廃村


 現世と隣り合う別世界『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』に入り込んでしまった一行は、果ての無い砂漠の中で戻る手段を講じられずにいる。


 数日分しか残っていない水と食料、そして脱出できたという前例が無い事が明るみになると、その影響で諦めを色濃く見せるアリアにケイルが激昂し、再び二人は険悪な雰囲気を漂わせてしまう。

 そんな二人の間でエリクが諌め役となり、言い争いへ発展する事は防がれた。


 しかし今の事態が改善されたワケではなく、それぞれが荷馬車の中や影がある部分に身を置く。

 日が高くなるにつれて上昇する気温に対応せざるを得ない全員が、口を閉ざし深刻な表情を浮かべていた。


「――……うーん……」


 そうした状況の中でも唯一、まだ元気に動き回れる者もいる。

 マギルスは再び青馬に跨り、上空から周囲を見渡しながら砂漠以外に何か無いかを探していた。


 そうした状況で一時間が過ぎた頃、マギルスが荷馬車がある場所まで戻って来る。

 そして沈む表情と心を浮き彫りにしている二人を見ていたエリクに、飄々とした態度で話し掛けた。


「ねぇねぇ、エリクおじさん」


「どうした?」


「あっちの方にさ、何かあったよ」


「何か?」


「建物だと思うけど、ほとんど砂に埋もれてたかな」


「建物……?」


 その話を聞いたエリクは、訝しげな表情を浮かべて考える。

 そして自分なりに何かを考えると、荷馬車の中と外で背を向け合うアリアとケイルに話し掛けた。


「アリア、ケイル」


「……」


「……なんだよ?」


「マギルスが、上から建物を見つけたらしい。とりあえずは、そこに行かないか?」


「……」


「!」


「ここに居ても、戻れる手掛かりは見つけられない。だったら、何か手掛かりがありそうな場所へ行こう。……何もしないより、何かしていた方がいい」


「……そうね」


「……そうだな」


 エリクの言葉に二人は同意し、荷馬車の中にいたクロエも無言で頷く。

 一行はマギルスが見つけた建物がある場所まで赴き、北西に数キロ程の位置まで移動した。


 その移動中、荷馬車の中でアリアとケイルの視線が合う。

 アリアは視線を逸らし、ケイルは鋭く睨みながら小さく呟いた。


「……お前、またかよ」


「……」


「マシラで引き篭もった時と、同じ目をしてやがる。……甘えるんじゃねぇよ」


「……別に、甘えてないでしょ?」


「自分に甘えてるなって言ってんだよ」


「……仲間に甘えるな。そして今度は、自分に甘えるな? 貴方こそ、自分には随分と甘いようだけど?」


「なんだと……?」


「人にばかり物事を解決させて、自分では何もしようとしない。いいえ、何も解決できないの間違いかしら? そんな貴方が、よく私に説教なんて出来るわね」


「テメェ……!!」


 皮肉染みたアリアの言葉に、ケイルは感情を昂ぶらせ腰を浮かせる。

 そして腰の小剣を引き抜こうとした瞬間、エリクが止めに入った。


めろ、二人共」


「……ッ」


「……」


「……マギルス。あと、どのくらいだ?」


「もうちょっとかな」


「そうか。……今は二人共、気が立ち過ぎだ」


「……ふんっ」


「……フンッ」


「建物があるなら、日が差さない場所もあるだろう。そこで休憩してから、脱出できる方法をもう一度じっくり考えるんだ。それでいいな?」


「……」


「……」


 動揺を残し落ち着けていない二人に対して、エリクはそう提案する。

 それに対して反論する様子を見せず、二人は顔を背けながら無言で頷いた。


 その後、二人は目も顔も合わせないまま荷馬車は進み続け、マギルスの発見したという建物がある場所まで辿り着く。

 そして全員が降りると、目の前にある光景に驚きを浮かべた。


「これは……」


「……村か?」


 一行が目にしたのは、小さな村。

 幾つかの建物が存在し、等間隔で並べられた光景が目の前にある。

 しかしほとんどの建物が崩れ落ちて砂に埋もれ、道も砂に埋もれた状態となっていた。


 その村の中を歩く一行は、崩れた家や小屋らしき建物の中を見る。

 建物の中には風化している家具が存在し、過去に人が暮らしていた痕跡が見えた。

 しかし今現在も使われている様子は無く、ここが廃村だと一行は理解する。


 そして主導し指示を行える二人が口を閉ざしてしまった中で、代わりにエリクが拙くも村の状況と話を纏めた。


「――……この村は、数十年以上前から人が住んでいない。井戸も砂に埋もれていた。食べられそうな食料も、ざっと見た限りでも無いだろう」


「家もほとんど崩れちゃってるねー。屋根が無事なのは、二つか三つくらいかな?」


「多分、現世の砂漠に存在していた村でしょう。そこに別世界の穴が生じて、村全体がこちら側へ移動して来たんだと思います。人間は、それより前にはいなくなっていたようですが」


 エリクとマギルスが状況を話し、クロエが村が存在する理由を推測する。

 自分達と同じように砂漠にあった廃村もこちらの別世界へ移動していたという情報は、少なからず一考できる要素を含んでいた。

 それをエリクなりに解釈し、アリアに顔を向けて訊ねる。


「アリア、君の意見が聞きたい」


「……意見って?」


「この廃村も、俺達と同じように別世界ここに送られて来た。村を一つ移動できるほどの巨大な穴が、あるということか?」


「……あると思う。けれど、それがどうい原理で生まれて発生するのか、分からない」


「そうか。……ここにもう一度、通れる穴が発生すると思うか?」


廃村これが残ってるという事は、来たまま戻れてないということ。……少なくとも、またこの場所に次元の穴が発生する可能性は、限り無く低いでしょうね」


「そうか」


 意見を聞いたエリクは、今度はケイルへ顔を向ける。

 そしてアリアと同じように、ケイルにも意見を聞いた。


「ケイル」


「……なんだよ?」


「荷馬車に乗って戻れる場所を探すより、拠点を決めて各方面を探す方が、俺は良いと思う。どうだ?」


「……確かに、その方が効率的ではあるが……」


「何か、問題があるか?」


「……探す気が無い奴が探しても、見つかる物も見つからないだろ?」


「……」


「そこの御嬢様は、ここで留守番でもさせとけよ。砂漠で迷子になられても、迷惑するのはこっちだからな」


「……ッ」


 棘のある意見を述べるケイルの物言いに、アリアが顔を背けながら強張った表情を浮かべる。

 そうした中で表情を渋らせるエリクは、クロエやマギルスに目を向けながら頷いた。


「砂漠での捜索は、俺とマギルス、そしてケイルがやる。アリアは、クロエと一緒にこの村で待機していてくれ」


「……ええ」


「マギルスは上から、俺とケイルは下から、元の世界に戻れる穴を探す。とりあえず今日は、村の中と周辺を調べよう。何か使える物が見つけられるかもしれない」


「はーい!」


「……分かった」


 廃村を拠点として周辺と砂漠を捜索して現世へと通じる次元の穴を発見し、急いで全員に知らせて現世へと戻る。

 単純シンプルながらも各々が役割が決まった事で、立ち止まるしかなかった一行にやるべき事が生まれた。


 アリアとケイルの仲が険悪になりながらも、エリクが間に立つ事で対応策が導き出される。

 ここまでの旅で成長した様子を見せるエリクに、アリアもケイルも仲違いしながらそれぞれに思いを浮かべるのだった。

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