螺旋編

螺旋編 一章:砂漠の大陸

互いの目的


 ルクソード皇国から旅立ったアリアとエリク、そして改めて仲間として加わったケイルとマギルスは、『黒』の七大聖人セブンスワンクロエを伴い大陸の西側の港へと向かった。

 その道中、青馬に引かれる新たな馬車の中でアリアは一行に話し述べる。


「――……これから、次の大陸に向かうわけだけど。その前に色々はっきりさせておきましょうか」


「?」


「まずは、ケイル。貴方は【結社】に所属する構成員で、目的はエリクを組織に引き入れること。そうよね?」


「……まぁな」


「マギルスは、フォウル国を目指す道中を私達と一緒に向かう。私達がフォウル国から目標を変えたら、付いて来る気はない。そういう認識でいい?」


「うん!」


「エリクも、私の護衛をしながらフォウル国で自分の力を制御し高める為に行く。それでいい?」


「ああ」


「クロエは、自分の力が戻るまで私達に同行。力が戻ったら【結社】の根幹となってる連中から組織そのものを奪い取る。それでいい?」


「はい」


「そしてアリアの目的は、今も昔もただ一つ。国や組織、立場なんかとは一切無関係になれる国に根付いて、そこで生涯を安寧に過ごすことよ!」


 改めてそれぞれに抱える目的と内情を公開したアリアは、そこで一息の間を置く。

 その目的をそれぞれに聞き、まずマギルスとクロエがアリアの方を見た。


「……アリアさんは、それが目的で旅をしてたんですか?」


「アリアお姉さんって、他所の国で暴れ回るのが目的なんだと思ってた!」


「違うわよ! 結果的に暴れてるように見えるだろうけど、私は誰かに追われたり捕まったり何等かの政治的思惑で利用されたりするのが嫌だから、こうしてあちこちの問題から逃げてるの!」


「……この御嬢様、言動と目的が伴ってぇんだもんな……」


 クロエとマギルスはアリアの目的を初めて知り、ケイルは呆れながら溜息を吐く。 

 そしてアリアの目的を当初から知っているエリクは、口を開いて聞いた。


「アリア」


「ん、なに?」


「次に向かう大陸でも、問題が起こると思うか?」


「どうかしらね。次の大陸にも国はあるけれど、ほとんど統治国家としては機能していないの」


「国が、機能していない?」


「次の大陸は位置的に、人間の四大国家が治めてる大陸に隣接しているわ。各港都市も四大国家の領事達が治めている場所で、それぞれに趣が違うの。そのせいであの大陸の小国はそれぞれの貿易品に依存した生活をしているから、国としての勢力図としては複数に分かれている状態のはずよ」


「……そ、そうか。凄いな」


「あっ、分かってないわね? つまり、次の大陸は私達を狙ってる『ホルツヴァーグ魔導国』と『フラムブルグ宗教国』が治めている地域もある。その地域を回避しながら出来るだけ問題には関わらず、私達は大陸の更に西側を目指してフォウル国がある大陸を目指すのよ」


「そうか、分かった」


「他の皆も、それでいい?」


「はーい!」


「分かりました」


 アリアが次の大陸での方針を決めると、エリクと一緒にマギルスやクロエも同意する。

 しかし、ケイルだけは訝しげな視線をアリアに向けていた。


「むっ。何よ、ケイル?」


「……この大陸に来た時も、同じような事を言ってた張本人が問題に首を突っ込んだ気がしてな」


「大丈夫よ。次の大陸では大人しくするから」


「信用できると思うかよ?」


「信用できないという点では、この中では貴方も同じ立場でしょ?」


「……」


「色々と有耶無耶にしてきたけど、貴方ケイルは私達やクロエを狙ってる【結社】の構成員の一人。王国ではエリクを嵌めて結社に引き入れようとしていたし、私を結社に引き渡すのに手を貸した。それは紛れも無い事実よ」


「アリア、それは――……」


 アリアが今までケイルが行っていた事を話す途中、エリクが庇うように口を割り入れる。

 それを合えて片手で抑えたアリアは、続きを話し始めた。


「これに関しては、ハッキリとさせないとね。……ケイル、貴方は組織の意向に従い、私達を捕まえ引き渡すか。それとも組織を裏切り、私達と一緒にフォウル国まで一緒に付いて来るかを選んでもらうわ」


「……」


「私やエリクは、貴方に組織を裏切って付いて来てほしいと思ってる。でも何かしらの目的を残して組織に所属し続けるのなら、私達も無理は言わない。けれど、貴方との旅はここまでになるわ」


「……なら、皇都で待たずに先に出発すりゃ良かっただろ」


「確かにそれも一つの手だった。でも貴方を同行させてる理由は、貴方を手放した後に私達の情報が【結社】に伝えられるのを防ぐ為。仮に組織に忠実でいたいと望むのなら、私が貴方の魂と肉体に強制で制約ルールを設ける。私達の情報を話せないように誓約を課して、エリクの事を諦めて抜けてもらうわ」


「……」


「さぁ、どっちにする? ケイル」


 全員が聞く場で、改めて問い質すアリアは二択を迫る。

 それを静かに聞いていたケイルは、十数秒ほど沈黙した後に溜息を吐き出しながら話した。


「――……抜けねぇよ。このまま一緒に行く」


「そう、なら――……」


「……だが、一つ話していない事を教えとく」


「?」


「アタシが【結社】に依頼された内容は、確かにエリクを組織に引き入れる事だった。ただ、それはエリクをとある場所に連れて行った後の話だ」


「とある場所……?」


「依頼者に指示された場所。それが、フォウル国だ」


「!?」


 ケイルの口から初めて聞かされる情報に、アリアとエリクは困惑の表情を強める。

 そして問い質すように、アリアが声を張り上げた。


「どういうこと!? 貴方はエリクを、フォウル国に始めから連れて行こうとしていた……!?」


「ああ。……エリクを牢獄から脱出させ、アタシにフォウル国まで連れて行くように、王国の王子を通じて依頼してきた奴がいる。アタシも始めは、何故フォウル国なんだと疑問に思っていたが……」


「……その依頼人は、エリクがフォウル国の巫女姫と同じ血族だと知っていたということ? いや、魔人だと気付いただけ? だからフォウル国に戻そうと……」


「さぁな。……少なくとも、アタシの目的地とお前等の目的地は一致していた。だからマシラからここに来るまで、異論を挟まずに同行してたんだ」


「……」


「これ以上の事は、アタシも本当に知らねぇよ。お前が疑ってる他の連中に関しても、アタシは全く知らない。確かにマチスから、先にエリクがマシラに行くとは聞いてたがな……」


「マチスが、どうしたんだ?」


 ケイルから伝えられる新たな情報を聞き、アリアは思考して固まる。

 変わりに反応したのは、元傭兵団の仲間であるマチスの名が出た事に疑問を抱いたエリクだった。


「……アリアの推測だと、マチスも組織の構成員らしい。しかも、アリアの命を狙ってた連中とも関わってた可能性もあるんだとさ」


「!?」


「正直な話。アタシは二年程度しかベルグリンド王国に居なかったし、それ以前から入り込んでる組織連中の顔も知らない。暗殺専門の組織連中とも関わっていない。エリクをフォウル国に連れてくなら、傭兵団の連中も一緒に誘おうとは思っていた。それ以上の情報は、アタシは本当に知らない」


「……」


「嘘だと思うなら、アタシをここで置いて行け。組織に所属したアタシがエリクを連れ出そうとしたり、アリアをバンデラスに引き渡したのは事実だ。信用度は無いに等しい。……本当なら、この国の獄中に捕らえられててもおかしくはない身だ」


「ケイル……」


「エリク。どう取り繕おうと、アタシはお前達を裏切った。仲間だと言ってくれたお前等を。……アタシでは、決める事は出来ない」 


 ケイルは自身で同行するか否かを決めず、裏切りを働いたエリクやアリアにその是非を問う。

 仮にケイル自身が同行する事を決めたとしても、一度でも裏切った相手を仲間として信じる事は難しい。

 それをケイルは理解しているからこそ、自分で同行するか離れるかを決めようとはしなかった。


 そんなケイルに、エリクは悩ましい表情を向ける。

 しかしその返事は、思考し沈黙していたアリアが答えを述べた。


「――……ケイル。貴方がフォウル国までエリクを連れて行くのが、依頼者の目的なのね?」


「ああ」


「なら私達と一緒に同行する分には、貴方の目的には問題無いわけね?」


「そうだが……」


「じゃあ、こちらも特に問題は無いわ。ケイルが良いなら、そのまま一緒にフォウル国まで行きましょう」


「!?」


 アリアの即断にケイルは驚き、エリクは僅かに安堵の息を漏らす。

 そうしたアリアに対して、ケイルは困惑しながら訝しげに訊ねた。


「……なんだよ。信用がどうとか言っといて、アタシを連れてっていいのか?」


「ええ。私情を持ち出さない限りは、貴方が【結社】として私達と敵対する可能性は低いもの。少なくとも、フォウル国に着くまではね」


「どうして、そう言い切れる?」


「【結社】という組織は一枚岩じゃない。個々の集団が何かを目的にして各地で動いている。それこそ、ホルツヴァーグ魔導国やフラムブルグ宗教国のようにね。そして今回の二国が関わる【結社】は、私やクロエ含めてエリクも排除しようとした。それがどういう意味か、分かる?」


「……?」


「その二国の【結社】と、エリクをフォウル国へ送るよう依頼した【結社】は、別の目的を主体にした組織だということ。つまりケイルの依頼を阻害したり、エリクを排除するような動きがあれば、相反する目的を持つ【結社】同士で内紛を起こしてくれる可能性があるわ」


「……アタシの依頼とエリクの安否を出汁だしにして、【結社】同士の潰し合いをさせるってことか?」


「ええ。エリクをフォウル国に行かせたい組織なら、その周辺を縄張りとしているはず。そして次の大陸に、その連中がいる可能性もあるわ。ケイルがもしその連中との架け橋になるのなら、フォウル国へ行く為に二国の【結社】を阻む交渉も出来ないかと思ってね」


「……そう上手く行くもんかよ」


「やってみないと分からないわ。そうできる可能性があるのなら、貴方とエリクは一緒に行動させておいたほうが都合が良い。でしょ?」


「……」


「ケイル、貴方は【結社】との連絡手段を持ってるはずよね?」


「……ああ」


「今すぐ相手と連絡を取れる?」


「無理だ。少なくとも今はな。それに、依頼人に直接連絡が出来るわけじゃない」


「?」


「こういう依頼を寄越す時、組織は橋渡しになる『仲介人』を経由して依頼を伝える。そいつが各構成員に連絡を取って、依頼を寄越して来るんだ」


「そうなのね。……貴方の方から、仲介人を通して依頼者に支援を送るよう頼む事も出来る?」


「無理だろうな。頼むにしても、交渉材料がいる」


「なら、向こうの大陸に渡ったら仲介人を通して依頼者に連絡してみて。私が交渉してもいいわ」


「……アタシの依頼人が他の組織に同調して、エリクと一緒にお前等を排除するよう依頼し直して来たら?」


「その時は、貴方が組織を見限って私達の味方になってくれる事を信じるわ」


 こうした提案してくるアリアに対して、ケイルは頭を掻きながら溜息を吐き出す。

 そしてケイルは諦めたように、答えに対する返事をした。


「……分かったよ。まったく、厄介な事ばっかり頼みやがって……」


「貴方なら出来ると信じてるからよ。仲間としてね」


「うるせぇよ。……ったく……」


「ケイル……」


「……エリク、アタシの事は気にするな。裏切った手前、多少の無茶をしてでも貢献しとかねぇとな」


「……そうか」


 アリアの頼みにケイルは応じ、心配した様子を見せるエリクにそう伝える。

 それに些か渋い表情で納得するエリクだったが、青馬の手綱を握るマギルスが大きく仰け反りながら話に加わった。


「ねーねー」


「ん? 何よ」


「もうすぐお昼だし、何か作ってよ! ケイルお姉さん」


「私もお腹が空きました」


「……子供二人がご飯を御所望よ、ケイル」


「はいはい。雑用に飯炊き、好きに使ってくれよ」


 マギルスとクロエの要求にケイルは応じ、馬車は止められ昼食の準備が行われる。

 一行は互いの目的を再確認し、今後どうした対応で結社に挑むかを心構えながら港町へと向かった。

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