隠者の聖人


 祝宴の場に現れたルクソード皇国の守護者、『赤』の七大聖人セブンスワンシルエスカ。

 他の淑女達のようなドレス姿ではなく女性騎士用の礼服を纏い、ただ一人だけ武器の所持を認められ槍を背負う姿で現れたシルエスカに周囲は注目した。


 シルエスカが聖人として漲らせるオーラは普通の人間が近付けば威圧され、思わず身を引いてしまう。

 だからこそシルエスカはこういう場に入る事は少なく、余程の儀礼が無い限りは出席する事さえ稀だった。


 そのシルエスカがこの祝宴に来たという意味。

 それはルクソード皇国にとって重大な儀礼が行われる事を、招待を受け訪れた者達は察した。


「……ふむ。揃ったか」


 シルエスカの入場と招待した参加可能な全員が会場内に来た事が従者達に確認され、主催者であるハルバニカ公爵自身にも伝わる。

 するとハルバニカ公爵は椅子から立ち上がり、会場の奥にある階段を老執事の手を借りながら登り始めた。


 会場に居る者達はそれに気付き、全員がハルバニカ公爵へ目を向ける。

 そして階段の上に登り終えたハルバニカ公爵は一息吐くと、老執事から拡声効果のある魔石を受け取り、全員を見下ろす形で話し始めた。


「――……皆、この老いぼれに注目して欲しい」


「!」


「儂の名は、ゾルフシス=フォン=ハルバニカ。今現在、この皇国の中でハルバニカ公爵家の纏めてきた。その儂の招待を受け集まってくれた者達に感謝を述べさせてもらおう」


「……」


「この後、様々な武功者の叙勲などが行われる。だがその前に、儂から伝えるべき事が幾つかある……今回、この皇国で起こっていた事件に関する事じゃ」


「……」


「ここに居るほとんどの者に伝えたと思うが、改めて説明する。……今回の事件が見え始めたのは一年前。各領地にて奇怪な魔獣が姿を現した事が確認された。それ等は様々な魔獣の肉体が繋ぎ合わさり、極めて狂暴かつ危険性を有した魔獣だと各領地から報告が上がった」


「……」


「その報告を受け、発見された魔獣のほとんどが上級魔獣ハイレベルに相当する脅威と分かり、儂は各方面に騎士団を動員し、そして『赤』のシルエスカに奇怪な魔獣討伐を願った」


「……」


「その奇怪な魔獣。通称『合成魔獣キマイラ』と呼ばれる魔獣は、儂の預かり知らぬ場所で預かり知らぬ者達が研究し、生み出したモノだと判明した。……その合成魔獣キマイラの製造を命じていたのは、このルクソード皇国にて皇王の冠を得ていたはずの、ナルヴァニア=フォン=ルクソードだった」


「……ッ」


「そして合成魔獣キマイラを実際に製造し実験を行っていたのは、ナルヴァニアが設立を宣言した第四兵士師団。統率していたのは師団長ザルツヘルム。そして製造していた者達は、元生物学研究機関の研究者達と局長を務めていた、ランヴァルディア=フォン=ルクソード。この三名が主軸となり、今回の事件を引き起こしたのじゃ」


「……」


「結果。その三名は死に、今回の式で表彰されるであろう武功者達と多くの兵士達の活躍により大きな被害を免れ、皇都はこのように復興する事が叶った。それに助力してくれた者達がこの中には多い。改めてこの場を借りて、救国の英雄達に感謝を贈らせてもらおう。……皇国を救ってくれた事を、誠に感謝する」


 そう話すハルバニカ公爵は階下の全員に頭を下げ、礼を告げる。

 それに対して参加した貴族達は微笑みを浮かべ、拍手を交えた。

 この拍手は皇国貴族として窮地の国を救ってくれた事に対する賛辞であり、この場に集う武功者達に対して向けられている。

 会場全体に大きく反響する拍手は次第に収まり、それを待っていたハルバニカ公爵は改めて話し始めた。


「今回の事件は終息し、それに続く問題も幾つか解決する事が出来た。……そこで、改めて儂から告げておきたい事がある」


「……?」


「儂はこの祝宴と祭りが終わり次第、ハルバニカ公爵位を退き、儂が持つ全ての権威を息子に譲渡する事を伝える」


「!!」


「そしてこの場を借りて、改めて公爵位を継ぐ儂の息子を紹介しよう。……彼が、ダニアス=フォン=ハルバニカ。儂の息子じゃ」


「……!?」


 ハルバニカ公爵が紹介したのは、会場の中から姿を見せる人物。

 その人物が前に歩み出し、階段を登り始めた事で皇国貴族達のほとんどが動揺の声を漏らした。

 そしてハルバニカ公爵と老執事が立つ場所まで来ると、振り返り会場の者達へ挨拶を述べる。


「――……皆様の中で、私を『ウィグル』という名で知る者は多いでしょう。……改めて、自己紹介させて頂きます。わたくしが、ダニアス=フォン=ハルバニカです」


「!?」


 今までウィグルと名乗っていた青年騎士が、本当の名をダニアスだと明かした事でほぼ全員が驚愕する。

 それはアリアやエリク達も同様であり、この会場まで案内して来た従者の青年騎士がハルバニカ公爵の息子などと知る由は無かった。


 二十代前半で濃いブロンドの髪と碧眼を持つ若々しい青年、ダニアス=フォン=ハルバニカ。


 その事実は全員を驚かせ、同時にある事実を知る皇国貴族達は疑問を浮かべる。

 そんな疑問を口から出したのは、他ならぬハルバニカ公爵自身だった。


「皆、不思議に思うておるじゃろう? 儂の息子がこれほど若い事を。何せ皆が知る『ダニアス』とは、六十八年前に生まれた儂の長男。御主達の知るダニアスと、このダニアスは別人ではないかとな」


「……!!」


「その事を説明し、彼が儂の長男ダニアスだと証人してくれる者がこの場に来ておる。……『赤』のシルエスカ、お願いしよう」


「!」


 ハルバニカ公爵がそう話し、全員の視線がシルエスカに集まる。

 そして階下の踊り場まで歩き出すシルエスカは振り向き、ダニアスに関する説明を行った。


「彼はダニアス=フォン=ハルバニカ。間違いなく六十八年前に生まれた、ゾルフシス=フォン=ハルバニカの長男である。お前達の知る、あのダニアスだ」


「!?」


「ダニアスは十二歳頃、私と共にとある男の修練の旅に付いて行った。しかし表向きは、ゾルフシスの従者である少年が皇国の学園へと通い、影武者のダニアス=フォン=ハルバニカとして卒業している」


「!」


「その後、影武者のダニアスはハルバニカ公爵家の領地を統治補佐していると、お前達には伝わっていただろう。しかし本物のダニアスは旅に出た十三年後、二十五歳になった時に旅を終えて私と共に皇国へ戻って来ていた。その時、彼は十五・六の少年の姿のままだった」


「!!」


「そう。ダニアス=フォン=ハルバニカは、私と同じ『聖人』へ至っている。だからこそ、彼は若い姿のままなのだ。……このシルエスカが証人となる。彼は間違いなく、ダニアス=フォン=ハルバニカだ」


 そう証言し話すシルエスカの言葉に、皇国貴族達のほとんどが衝撃の表情を漏らす。

 ハルバニカ公爵家の傘下貴族達は、今まで自身に命令を行っていたのが影武者のダニエルであり、本物のダニアスが『聖人』へと至りハルバニカ公爵自身の傍に控えていた事を知らなかった。

 その証言をするのが同じ聖人であるシルエスカとなれば、皇国貴族達に疑う余地を与えない。

 

 こうして証言を終えたシルエスカは、上で立つダニアスを見る。

 そして礼を述べたダニアスは、改めてその場の全員に告げた。


「改めて、私がダニアス=フォン=ハルバニカです。今は皇国の一騎士として従事し、父ゾルフシスの仕事を手伝っていました。皆様に身分を偽っていた事に対して、謝罪を述べさせて頂きます」


「……」


「私が身分を偽っていたのには、幾つか理由がございます。その中で最大の理由は、各国が私の存在を知った場合を気にしての事でした」


「!」


「私が聖人となり国に戻った当時の情勢。特に大国には七大聖人セブンスワン達はそれぞれ一国に一人ずつ存在しました。そしてこのルクソード皇国にも新たな一人、生まれながらにして『聖人』へ至っていたシルエスカがいた」


「……」


「当時シルエスカは成人年齢を超えていましたが、その姿は十歳未満の女児。まだ七大聖人セブンスワンとして選ばれる姿や技量は持ち合わせていなかった」


「……」


「そこで当時の皇王、つまり先々皇は自分の娘であるシルエスカに聖人としての戦闘技術を教え、『七大聖人セブンスワン』に就ける為に十年以上の修行の旅へと送り出した。その従者として、ハルバニカ公爵家の嫡男である私ダニアスが同行しました。そして私も、シルエスカと同じ『聖人』に至ったのです」


「……!!」


「そして修練の旅から戻って来た時、先々皇はシルエスカと私がどちらも聖人に達していた事に悩む事となりました。皇国が二人の『聖人』を成したと各国に伝われば、ルクソード皇国に対する各国に要らぬ脅威を抱かせるのではないか。そう悩み、私が聖人へ達した事は内密にする事が命じられました。そして予定通り、シルエスカが『赤』を継いだのです」


「……」


「私は先々皇の死後もその約定を守り、父ゾルフシスの下でハルバニカ公爵家の従者として、そして皇国騎士の一人として務めていました。時折、影武者向こうのダニアスと交代して領地運営を学んでいる時期もあります」


「……!!」


「こうした姿のままですが、私は父の下で公爵家の後継者となる為に様々な事を学びました。……ここに居る皆様に、改めて御伝えします。我が父ゾルフシスに代わり、私ダニアス=フォン=ハルバニカを公爵家を継ぎ、今後も皆様の支持と助力を頂ける事を、この場で皆様にお願いします」


 丁寧に一礼して述べるダニアスの言葉が会場に響く。

 全員がダニアスに関する真実を聞かされ呆然とする中で、皇国貴族の一人から拍手が始まった。

 それが会場内に響くように派生し、大きな拍手が巻き起こる。 


 この場に集った皇国貴族の全てが、新たなに継がれるハルバニカ公爵の誕生に賛同した。

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