美女と黒獣
新年を祝う祭が始まり、ハルバニカ公爵の傘下商会が中心となり催し物が振舞われる。
皇都に戻って来た人々は祭りに参加し、様々な出店や再び開かれる店へ訪れてると、商会が用意した品々を見ていく。
それ等は通常より安い値で売りに出されており、ハルバニカ公爵家が私財で賄い皇都へ人を集める為に提供した物だった。
年が明け春に差し掛かり、温かさが戻る外から各市町村の商人達や皇国民が訪れ、整備された道を兵団の警備が巡廻する中で安全な往来を提供される。
するとハルバニカ公爵家の狙いは見事に実り、復興した皇都の祭り一日目は賑わい溢れていた。
しかし無秩序を許したわけではなく、狼藉を働く者達には皇国騎士団と兵団が巡廻し目を光らせる。
更に物資の大量購入は控えさせ、個人の購入数を適性に定めて物資の売買に関するトラブルを大幅に避けた。
どうして適性を超える購入数を売買したい場合には、商会を通して購入契約を結ぶという手法で解決し、商人達の不満を防ぐようにも行わせる。
休業の明けた宿泊施設や食堂への招きを滞り無く進め、各商会の協力に必要な人員を高収入で募集する事で来訪客達を捌き得た祭りは、盛況の声を遥かに多く迎える事に成功した。
この祭りは合計三日間、朝から夜に掛けて行われる。
そして盛況する流民街と市民街とは別に、貴族街と皇城でも別の催し物が行われていた。
「――……皆様、こちらでございます」
案内する為に前を歩くのは、騎士の礼服を身に付けたブロンドの髪の青年。
皇国騎士に所属し、ハルバニカ公爵家に仕える青年ウィグルに案内される一行は、ハルバニカ公爵邸から馬車で皇城の中まで招き入れられた。
ランヴァルディアの襲撃から補修が行われた皇城を歩き、辿り着いたのは意匠の深い茶色の大扉。
その前に立つ礼服を着た騎士が大扉が開けると、そこには礼服や華やかなドレスを纏う紳士淑女が集うパーティー会場だった。
「――……こういう場所は、久し振りだ」
「私も。出来ればずっと離れていたかったけど」
「僕は初めてー!」
「私も、この身体だと初めてです」
大扉を潜り入場したのは、合計で五人。
黒髪を整え髭を剃り黒い騎士礼服を纏うエリクと、白く美しいドレスを着飾ったアリア。
そして子供用の礼服を着るマギルスと、黒髪に合わせた子供用ドレスを纏う『黒』の少女。
その四人は威風堂々・意気揚々とした調子でパーティが催される大きな室内へ入場する。
それに遅れるのは、ハイヒールとドレス姿で歩き慣れない女性。
今まで癖のある赤毛を綺麗に整え、少し焼けた肌と深い赤髪に似合う深赤のドレスを身に纏ったケイルが足の進めを遅らせている。
そんなケイルを気にしてアリアが振り返り、声を掛けた。
「ケイル、まだ慣れないの? だからハイヒールで歩く練習しましょうって言ったのに」
「……うっせぇ。こんなバランス悪いのが、靴のワケがねぇだろ」
「少し練習すれば慣れるわよ」
「……このドレス。やっぱ他の連中に比べて派手じゃねぇかよ」
「そう? 貴方に似合うから選んだのよ。派手で似合うなら丁度良いじゃない」
「お前、自分は無難な白を選んどいて……!」
「自分で選ぼうともしなかった人に、責める権利はありません」
「くそっ」
悪態を漏らすケイルを受け流すアリアは、ケイルに手を差し伸べて大扉を潜りパーティー会場へ入場する。
そこで待っていたエリクが、周囲を見ながら二人に話した。
「見られているな」
「私達は今回の主役でしょうからね。各貴族達も、流石に私達の事を聞かされていたんでしょう」
「そうなのか?」
「仮にも皇国を救った英雄よ。それを招いている公爵家としては、万が一にも私達に失礼な対応をしかねない要素は排除するでしょう。私でも前もってそうするわ」
「そうなのか」
「マギルスと『黒』さんは?」
「あっちに行った」
そう顎を向けるエリクは、食事が並ぶ場所へ赴いている子供二人を見る。
公爵家で出される料理とはまた違う料理の数々を見て、マギルスが興味を抱いたらしい。
それに付き合う少女が、その料理名と説明をしながら軽い食事を開始していた。
「ああいうとこは、子供っぽいわよね」
「子供じゃないか?」
「そうだけどね。あの子達の正体を知ったら、全員驚愕するより疑うでしょうよ」
「確かに、そうだな」
「マギルスの世話は『黒』さんに任せるとして。私達は曾御爺様の所へ挨拶に行きましょうか。ウィグルさん」
「はい」
傍に控えているウィグルに案内役を任せ、アリア達はハルバニカ公爵がいる場所へ赴く。
パーティー会場の中を歩く中で、三人に視線が集まっている事を否応無く感じるエリクは周囲に軽く視線を流す。
アリアは堂々としながらも凛と美しい歩みを見せ、その容姿の美しさに相応とした淑女としての威厳を見せた。
しかしハイヒールとドレスに慣れないケイルは、バランスを保つのに必死で歩みが遅く、更に周囲から慣れないドレス姿を見られて羞恥心から表情が歪んでいた。
それに気付いたアリアが、横に立つエリクに静かに呼び掛ける。
「エリク、ケイルをお願い」
「分かった」
エリクは歩く速度を落としケイルの傍に並び歩くと、歩周囲の視線を塞ぐように隣に立って手を差し伸べる。
そんなエリクの行動を見て、手を差し伸べられながらケイルが疑問を述べた。
「な、なんだよ?」
「エスコートというらしい。こういう時は男が女の手を引いて導くのだと、アリアから教わった」
「……い、いいよ別に。足手まといは御免だ。お前等は先に行けよ」
「倒れそうになっても、俺が支える。だから手を握れ」
「……はぁ、分かったよ」
差し伸べられるエリクの手に。ケイルの手が触れる。
そして表情を強張らせるケイルを見ながら、エリクは思い出すように呟いた。
「……そういえば」
「ん?」
「マシラで買い物した時。今のケイルが着ているドレスと似た色のドレスを見て、話したな」
「……あぁ、そんな事もあったな」
「あの時、お前は自分には似合わないと言った。……だが、似合っているな」
「お前とワーグナーが着るよりは、だろ?」
「ああ。……だが、アリアなら似合うというのは、間違っていた」
「……え?」
「ケイルも、ドレスが似合う」
「……は、はぁ!?」
「どうした?」
「お、お前が下手な御世辞なんか言うからだろ!」
「世辞では無いが……」
「もういいから、歩くのに集中させろ!」
「あ、ああ。分かった」
赤面するケイルは顔を伏せ、エリクはエスコートに戻る。
周囲がアリア達を見ている理由は、今回の事件での最大の功績を上げた者達だと認識されているからでもある。
しかしそれ以上に、着飾ったアリアとケイルの美しさが周囲の目から見て際立っているからでもあった。
それに無自覚なケイルと気付いたエリクは共に並び、美女が黒獣に導かれる姿を周囲に見せる。
その光景を秘かに確認するアリアは微笑みを浮かべ、三人はハルバニカ公爵が居る席へと向かった。
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