祝宴の準備


 新年会の招待状が届いた後、その詳細が従者達の口から説明される。


 皇都襲撃から三ヶ月が経ち西地区を除く皇都の復旧作業は概ね終え、年を明けて一ヶ月の時間が流れると皇都から一時的に身を移していた者達が戻って来ていた。

 しかし皇都に戻らぬ者達も多く、このままでは皇都が皇国の首都として機能する事が難しい。

 そこでハルバニカ公爵家が私財を使い、祝われなかった年明けを改めて祝い皇都へ民を戻そうという提案が成された。


 その提案には、他にも様々な理由も含まれている。


 一つ目は、影が差し込み皇国が滅亡するのではと囁かれる噂を払拭する為。

 二つ目は、今回の事件で功労のある者達を労い公の場で褒賞を与える為。

 三つ目は、フォウル国からミネルヴァを引き渡す際に祝宴の裏側で内密に引き渡す為。


 他にもハルバニカ公爵は披露したい事があると仄めかし、各貴族領主の代表者を招き、更に事件と皇都復旧で功のある者達を集めて皇城でのパーティが開催される。

 その新年を祝うパーティに、アリアやエリク達は正式に招待を受けた。


「――……嫌だ」


「我がまま言わないの。大人しく量られなさい」


「嫌だっつってるだろ!! 誰がドレスなんか着るか!」


 その招待に猛反発した者が一人だけいる。

 それはアリア達の仲間として正式に認められ、ある程度の自由を許されているケイルだった。

 そんなケイルの部屋にアリアは押し掛け、複数の侍女を連れて説得を試みている。


「アタシが結社の構成員だって忘れてないか!? そんな奴をパーティーに入れるとか正気かよ、あのジジイ!?」


「貴方個人は特に悪い事してないでしょ? ならいいじゃない」


「第一あのジジイ、全部話すとか言っておいて全く姿を見せようとしねぇし!!」


「その辺も後で話すらしいから、とにかく量られなさい。パーティー用ドレスの新調は流石に難しいけど、在る物で合わせる為に量らなきゃいけないんだから」


「アタシはそんなの、絶対に行かねぇ!!」


「エリクは一言で了承したし、マギルスはパーティーは初めてだから楽しみだって喜んでるわ。駄々捏ねて皆に迷惑掛けてるのはケイルだけよ?」


「お前にだけは言われたくねぇよ」


「とにかく! これ以上の拒否して暴れるようだったら、実力行使に入るわ」


 そう告げるアリアは右手の指で音を鳴らし、手に付けた魔石付きのグローブを使い魔法を行使する。

 音を反響させ三半規管を刺激されたケイルは平衡感覚を失い、力無くその場に崩れ落ちた。


「ぐっ、あ……。お前……、そこまでやるか!?」


「貴方が拒否して暴れるからでしょ? 抵抗は無意味よ、大人しく量られなさい。ドレス選びや化粧は私がしてあげるから」


「この、外道が……!!」


「言わなかった? 私、根に持つ方なのよ」


 そう微笑みながら侍女達に指示するアリアは、動けず力が入らないケイルを拘束しドレス合わせに必要な事を行っていく。

 そしてケイルが暴れようとする都度、アリアが魔法での拘束を強制していった。


 数十分後。


 ケイルの採寸が終わった侍女達は部屋から立ち去り、身体中を隅々まで調べられたケイルは精根尽き果てる姿でベットに横たわっている

 そして部屋に残っているアリアは、そんなケイルを見ながら話し掛けた。 


「ケイルって本当にスタイルいいわよね。ちょっと羨ましい」


「……お前、終いには本当に殺すぞ……」


「驚いたのは、前に負ってた背中を斬られた傷を含めて肉体の傷が全て無くなってることね。ランヴァルディアが最後にしたっていう蘇生の影響かしら?」


「知らねぇよ……」


「身体も綺麗になったし、それだけいい身体モノがあるなら、さっさとエリクに迫ればいいのに」


「……えっ、ハァ!?」


「何度も言うけど、貴方とエリクがそうなっても私は構わないのよ? さっさと迫って既成事実を作っちゃえばいいのよ」


「お前、それが貴族の御嬢様が言う言葉かよ!?」


「女性貴族なんてそんなものよ? 良い相手を見たらすぐに唾を付けて外堀から内堀を万遍無く埋めて逃げ場を無くしていくんだから」


「……お前、友達いなかったくせになんでそんなことだけ詳しいのな?」


「勝手に耳に入って来るのよ。というか、人をぼっち扱いするのは止めて。地味に傷付くから」


「うるせぇ。人をこんな目に遭わせといて……」


「……エリクには幸せになって欲しいのよ。だったら貴方みたいな人が一緒になれば、私としては安心だわ」


 微笑みながらそう話すアリアを見たケイルは、訝しげな視線を浮かべて上半身を起こす。

 やや雰囲気の異なるアリアの言動に違和感を持ったケイルは、アリアに改めて訊ねた。


「……お前、本当にどうした?」


「何が?」


「急にこんな話を振って来るのは、おかしいだろ」


「そう? 殴り合った時も言ったでしょ? 中途半端な状態より、白黒はっきりさせる方が今後の為じゃない?」


「……確かあの時、お前は言ってたよな? 本当は爺さんに大人しく捕まる予定だっただの、エリクをアタシに託すだの」


「……」


「今思えば、この屋敷でのお前の扱いも不自然だ。アタシ等は自由に屋敷の出入りを許されてるのに、お前だけは公爵自身の許可と監視の無い外出は認められてない」


「私はハルバニカ公爵家の血縁者なのだから、そうした対応なのも当然でしょう?」


「……お前、何か隠してないか?」


「それこそ貴方に言われたくないわ。誰でも隠し事があるなんて当たり前でしょ?」


「……」


「それじゃあ、私はもう行くわ。次はドレス合わせの時に来るからね」


「来るな!」


 そう話して部屋から出て行くアリアを、ケイルは追い出すように言葉を投げて見送る。

 しかし内心に抱く疑念をケイルは晴らせず、その日の内にエリクの部屋に訪れていた。


 ケイルがエリクの部屋に訊ねた時、室内に気配が無く留守なのだと思った。

 しかし公爵邸前の門番や従者達に話を聞く限り、エリクは屋敷から出ていない。

 そしてマギルスの所に訪れ訊ねると、エリクはずっと部屋にいると言う。


 そして改めて部屋を訪ねてノックし、返事の無い扉を開けたケイルは薄暗い部屋の中を見た。

 そして薄暗さに紛れるように、部屋の隅に座るエリクを見て驚きを浮かべる。


「うぉ!?」


「……ケイルか?」


「お前、居たなら返事くらいしろよ。何度かノックしたろ?」


「すまん。気付かなかった」


「気付かなかったって、どうかしたのか?」


「魔力制御と、魔力抑制をしている。集中していた」


「そういえばマギルスが言ってたな。力を制御する為に部屋に篭って修行してるとか。マジだったのか」


「ああ」


 そう話すエリクに、ケイルは幾らかの納得を浮かべる。

 部屋の中を見てケイルが驚いた理由は、エリクの存在感が今まで以上に薄く感じ、実際にエリクを見ても家具か置物程度にしか認識できなかったからだ。


 マギルスから習った魔力の抑制と制御を同時に習得していくエリクは、部屋を訪ねたケイルを迎える為に立ち上がる。

 その静かで緩やかな動作を見たケイルは、今まで見て来たエリクとの違いに気付いた。


「……お前、無駄な動作が少なくなったな」


「?」


「前から気配の殺し方とかは上手いとは思ってたけど、動作の一つ一つに無駄が見えてた。今はそれが前より少ない」


「そうか。……俺は、自分の事に集中するという事が苦手なんだなと、改めて知った」


「え?」


「周囲に意識を集中するのは得意だ。だが自分にだけ集中するというのが苦手だと分かった」


「……あぁ、そういう事か。言いたい事は分かる。お前の場合は周りの音や気配に敏感だから、逆に集中できないんだな」


「ああ。……自分がどれだけ周りの事を感じ、自分の事を感じていなかったのか。よく分かった」


「そうかよ。……それで、修行の成果はどうだ?」


「俺もよく分からない。自分が無意識に行っていた動きを止めるのは、難しい」


「……なるほど。今まで反射的にやってた動きの一つ一つに、やっと意識が付いていってるのか。良い事だと思うぜ」


「そうなのか?」


「アタシが修行した時も、まず自分の動きを端整させられた。自分の感情や反射的な反応を極限まで抑えて、自分の動作と思考を同一化させるって訓練。何時間も同じ姿勢を保ったり、浅い呼吸だけで数時間動き続けるだけの訓練とかな」


「……ケイルは、アズマという国で修行していたのか?」


「ああ、六年くらいな。思い出すと、本当にえげつねぇ修行やらされたなって思うが、おかげで今まで生きて来れたよ」


「……ケイル」


「ん?」


「俺に、お前がしていた修行を教えてくれないか?」


「……ハッ?」


 突如そう頼むエリクの言葉と真剣な表情に、ケイルは思わず表情を固める。

 そんなケイルが理由を尋ねる前に、エリクが自分から話し始めた。


「俺は、誰よりも弱い」


「いや、お前は強いだろ! アタシよりずっと……」


「俺は何度も負けた。ゴズヴァールに負け、バンデラスに負け、ランヴァルディアにも負けた。……守ると約束したのに、逆にお前から守られてしまった」


「!」


「ミネルヴァという聖人とも戦い、結局はアリアに任せてしまった。……力が増しているはずの俺が、俺の力を扱いきれていない。今の俺では何も守れない。そう思った」


「そんな事は……」


「アリアは救える力がある。だが俺には、戦う力しかない。戦う力でしか守れない。……今よりも強くなりたい。だから、頼む」


 改めて頭を下げたエリクは、ケイルに修行を付けてくれるように頼む。

 自分よりも強い相手に教えを乞われるという光景に、ケイルは動揺し思わず身を引く。

 しかしエリクの強くなりたいという意志は、かつて幼い頃にケイルが抱いた時と重なり、数秒後にケイルは答えた。


「分かったよ。アタシが知る限りの事は、教えてやる」


「……ありがとう」


「いいよ、別に。……でも、今は魔力なんたらの訓練中だろ? 別の事もやるのか?」


「そっちのやり方は分かった。後は、俺が慣れていくしかない」


「そうかよ。……じゃあ今度、暇な時にな」


「ああ、頼む」


 了承したケイルに、エリクは僅かに口を微笑ませる。

 それを見て顔を逸らしたケイルを見て、エリクは思い出したように呟いた。


「何か。俺に用があったのか?」


「……ああ。ちょっとな」


「何かあったのか?」


「アリアの様子が、少しおかしい。心当たりがないか?」


「いや……。何かあったのか?」


「どうも今回の事件でアリアが自分で関わろうとした時、お前の事をアタシに托すような事を考えてたみたいだ。自分はここの公爵に捕まる事を前提にしてな」


「……どういうことだ?」


「アタシも分からん。少なくともアタシ等が知らない所で、あのジジイとアリアが何かを交渉した。その交渉条件として、今のアリアはこの家に留まってるらしいという所まではアタシも分かる。そこから先が分からないけどな」


「……」


「エリクにも心当たりが無いとなると……。アタシの杞憂か、それとも言い出せないやばい事なのか。……とりあえず、アイツがまた無茶し始めないように注意してくれ。こっちはもう、巻き込まれたくないんでね」


「……分かった。教えてくれて、ありがとう」


「いいよ。それじゃあな」


 アリアに関する不明瞭さを教えると、ケイルはそのまま部屋を出て行く。

 そして自室に残るエリクは、自身の事に感け過ぎてアリアの変化に気付く事ができなかった事を悔やんだ。


 そうして時が流れ、一ヶ月が経つ。


 皇都の復興状況が更に進み、皇都を拠点としていた人々の多くが戻り始めた。

 そして新年会が開かれ皇都で祭りが始まる日が近付くと、皇都に賑わいが宿り始める。

 更にハルバニカ公爵家の招待が届き参集した各貴族領の代表者達が皇都へ集い、貴族街と皇城へと集結した。


 こうして新年を祝う場が整い、遅い祝宴と祭りが始まった。

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