創設者


 結社のバンデラスから誘拐し狙われていた元奴隷の黒髪の少女。

 その正体が『黒』の七大聖人セブンスワンの転生体であると見抜いたアリアと、その答えに頷いた少女に一同が驚きを浮かべる。


 その話に加わるように口を出したのは、現七大聖人セブンスワンの一人である『赤』のシルエスカだった。


「……その子供が、本当に『黒』なのか!?」


「はい。初めまして、当代の『赤』さん」


「……確かに『赤』の七大聖人セブンスワンへと私が指名され儀礼を行った際、姿を見せたのは『青』『黄』『茶』のみ。他の者達の消息を把握している者は誰もいなかったが……」


「『緑』の後継者は自由奔放な渡り鳥です。そういう儀礼には立ち会わず風のように世界を渡り歩き、時には微風のように草木を揺らし、時には暴風のように荒れ狂っているでしょう」


「……!!」


「『白』の後継者は世界唯一の【冒険者】。今は魔大陸の国々へ渡り、魔族達と交流を深めているはずです」


「!?」


「『黒』の私は、しばらく短命の時代が続きました。それで『黒』として活動する間も無く、新たな生命いのちへと宿り続けていました」


 そう話す『黒』の少女の話を聞き、シルエスカとハルバニカ公爵は驚きを深める。

 行方が掴めない『緑』と『白』の消息を知り、更に『黒』として認識されず短命で終わり続けた自分の生を簡潔に語った。

 その少女の正体を暴いたアリアは、向かい合いながら改めて訊ねた。


「――……『黒』さん。貴方がマギルスと出会ったのは、本当に偶然?」


「……どういう意味ですか?」


「貴方は今回の件で【結社】に所属していたバンデラスに誘拐され、何処かに連れ去られそうになっていた。つまり、貴方を『黒』だと知り連れ去るように命じた人物が居たはず」


「……」


「私をあの研究施設に連れ行くように依頼したのは、間違いなく『青』のガンダルフでしょう。ランヴァルディアを『神兵』の肉体へと仕立て上げ、私やシルエスカと戦わせる事で『神兵』の肉体を熟れさせ完成度を高めるのが狙いだった。そうする事で新たな肉体へと移り変わるのがガンダルフの本来の目的。でもそのランヴァルディアの肉体が人間へ戻したから、代わりの身体になる私に狙いを定め直すように私が仕向けた」


「……」


「でも、貴方の誘拐に関しては誰の依頼だったか不明のまま。ガンダルフがバンデラスへ依頼して貴方を連れ去ったのなら、そもそもあの状況で研究施設に置かずにそのまま引き渡したはず。……今までの状況を聞く限り、バンデラスは貴方を連れ去り研究施設へ預けて誰かに引き渡す予定で待機していた。けれど騒動が起きた事で予定が狂い、依頼者から引き渡し場所を変えるようにバンデラスに求め、再び貴方を回収して別の場所へ運ぼうとしていた」


「……」


「私の考える結論を言うわね? ……貴方は何者かに狙われている事を承知していた。だからマギルスを利用して、自身の安全を確保しようとした。違う?」


 アリアはそう結論付け、マギルスが今回の経緯に関わった理由とバンデラスの不可解な誘拐の動きを照らし合わせて回答を求める。

 結果として結社の組織的誘拐は達せられず、このような形で保護されること自体が『黒』の少女の狙いだったのではとアリアは考えていた。


 それを聞いた『黒』の少女は小さく微笑み、マギルスを見ながら話し始める。


「……私は、人と人との『繋がり』が視えます。マギルスを初めて見た時、彼が私と知り合う運命だったのだと理解しました。だから友達になりました」


「!」


「俗に言う『運命の糸』というものです。私はそれを『視認みる』ことが出来ます。それが私の『聖人』としての能力です」


「人との繋がりを見る力……。まさか、未来視……!?」


「似たような能力ちからです。昔の私は、それで占い師をしていた事もあります」


「……」


「そしてマギルスを見た時、彼に強い繋がりがある事を知りました。とても強く繋がっている太い糸。それが貴方達三人だと、会って理解しました」


 少女は対面するアリアから視線を流し、エリクとケイルにも目を向ける。

 マギルスを見た少女は、この三名と強い繋がりがある事を見抜いていた。


「実際に、貴方達と会って驚きました。特にアリアさんとエリクさん。貴方達が他の人々と繋がる糸は、今までに見た事が無い程に多い。そして複雑に絡み合っている。……貴方達は出会うべくして出会ったのだと、そう思えます」


「そういうのはいいから。答えを聞かせてくれない?」


「……私がマギルスを利用して自分の安全を確保しようとした。貴方が推察するその話は、表面だけ捉えるとその通りです。でも私自身は、繋がりに従い身を任せた結果でした。『神兵の心臓』や『青』の彼が何かを起こそうとしている事までは、知りませんでした」


 この時、怯む事無く話す少女の様子を見ながらエリクとケイルは既視感を覚える。

 向かい合い話すアリアと少女、この二人は何処か似ていた。


 理詰めで思考し行動するアリアに対し、少女は能力と感覚に身を委ねて行動する。

 相反する行動理念に見えながらも、その根底にある『自分』という存在に絶対の自信を持つという背景が見える事で、アリアと少女の本質が似ている事を二人は察した。

 それを言語化出来ずとも共感するエリクとケイルを他所に、アリアは答えに対する続きを話し始める。


「――……なるほどね。それで? 貴方を『黒』の転生体だと理解した上で攫うように命じた相手は、誰なの?」 


「私も、詳しくは知りません」


「本当に?」


「はい。というより、狙われているのは今回の私だけではなく、百五十年近く前から生まれ続けている私からです」


「!」


「その間に転生を繰り返す都度、私の存在を知る誰かに狙われ続けていました。私が『黒』である事を承知した上で」


「貴方が『黒』だから狙われている……?」


「私の転生方法は特殊です。転生を繰り返しますが、幼児から聖人に達する年齢まで力のほとんどが使えない制約が掛けられています。そんな私が聖人に成長する前に命を奪えるようにする。それが私を狙う者達の狙いです」


「……それは、貴方なりの考察?」


「はい。……私が殺され続ける間に『前世の記憶を宿した転生』は忌むべきものだという教えが魔法師世界の中に広まりました。更に『黒髪黒目の子が生まれると不吉だ』という迷信染みた話が国民の中に広まっている大陸さえありました」


「……長年懸けて、何故そんな事をわざわざする必要があるの?」


「それは多分、昔の私が【結社】という組織の根幹を築いた創設者だからだと思います」


「!?」


 少女の思わぬ発言は、結社と関わりのあるケイルを始めとした者達を驚愕させる。 

 それを代表するように、アリアが聞き返した。


「貴方が【結社】を作った……!?」


「いいえ。元々、【結社】と呼ばれるような組織と呼べるほど情報網や人材も多くは無かった。あくまで私個人が繋がりのある彼等を頼り、様々な事を用立てる為に行っていた個人的な繋がりネットワークだったんです」


「じゃあ、なんで今みたいな裏社会に巣食う犯罪組織なんて言われるようになったの?」


「百年以上前の私が死んだ時。ある者達によってその繋がりを利用した者が乗っ取りを開始したみたいです。それで力のある各個人達も沿うか反するように動き始め、繋がり達が別形態のコミュニティを形成した。それが今の【結社】と呼ばれるようになりました」


「……乗っ取りをやった連中は創設者である『黒』の貴方に復活されると不都合だから、貴方が転生する度に捕まえて確認した後に殺してるってこと?」


「恐らく。私は生まれて十年以内には見つけ出され、何度も殺されました。生き永らえさせながら封じようとも試みた事もあるようですが、私が『黒』の能力を全て発揮できる年齢に達すれば、彼等はそれに対抗できない。だから幼い身体の状態で殺め続ける事で現状維持を行っていたようです。……そうした理由で、今まで私は『黒』としての活動をできませんでした」


 『黒』の七大聖人セブンスワンが今まで歴史の表舞台に姿を見せなかった理由が明かされ、全員がそれぞれに驚きを浮かべる。

 そんな中でアリアは頭を悩ませながら、『黒』の少女に対して再確認した。


「本当に、貴方を殺そうとしてる連中に心当たりはないの?」


「先程言ったように、詳しくは知りません。……ただ、幾つか心当たりはあります」


「!」


「私にそうした繋がりの存在を知り、組織化する事を提案した者達がいました。百五十年以上前の私はそれを拒否し、彼等は大人しく引き下がりました」


「……それを提案したのは、誰?」


「当時の四大国家に所属する二国の代表者達。そして、その一つの国家に所属していた『青』の七大聖人セブンスワンガンダルフです」


「!!」


「当時の四大国家は、『青』を有するホルツヴァーグ魔導国。『黄』を有するフラムブルグ宗教国。『茶』を有するアズマの国。そして魔人達を束ねるフォウル国。その中で提案を持ち掛けたのは、ホルツヴァーグ魔導国とフラムブルグ宗教国家の代表者達でした」


「!?」


「後にフラムブルグ宗教国は四大国家から外れ、『赤』を有するルクソード皇国が四大国家として新たに加盟しました。けれどフラムブルグは宗教国家としての勢力を拡大させながら秘術の知識を蓄え、『神』へと通ずる秘儀を伝承し残して来た」


「……ホルツヴァーグ魔導国も、四大国家の中で魔法技術や生物学は他国の追随を許さないくらいに発展してるわね。それも……?」


「この二国は【結社】という組織を利用して様々な情報や人材を入手している。私は、そう考えています」


「『青』のガンダルフが実際に【結社】と関わっていた以上、眉唾の憶測ではないんでしょうね。……これは、思った以上に厄介だわ」


 少女の話を聞いたアリアは、事態の深刻さに頭を悩ませる。

 それを端から聞いていたエリクは、アリアと少女に向けて訪ねた。


「アリア、何が厄介なんだ?」


「そうね、エリクにはまだ難しい話ね。【結社】の裏側に四大国家の影があるのは、私も始めから察してたのよ。……テクラノスのような魔法使い。バンデラスのような魔人。更に腕の立つ傭兵のケイルやエリクも勧誘しようとしていた事を考えると、その二国が中心となって他国の勢力を削ぐような工作活動をしてきたのは間違いない。厄介なのは、これが表沙汰に出来る問題ではないということなのよ」


「何故だ?」


「仮に、ホルツヴァーグ魔導国やフラムブルグ宗教国が『黒』の七大聖人セブンスワンを殺めて【結社】を組織し、各国家の情報や人材の抜き取りを行い様々な事件に暗躍していたと主張しても、その主張に対する証拠を私達は提出できない。仮に証拠があったとしても、ホルツヴァーグ魔導国とフラムブルグ宗教国は他国と比較しても膨大な力を得てしまっている。下手に問題にすると人間大陸で大国同士が敵対し合い、世界大戦が勃発する可能性があるの」


「!!」


「今回の事件で『青』のガンダルフは倒した。でもランヴァルディアに神の秘儀とも言える『神兵の心臓コア』を模造し引き渡したのがフラムブルグ宗教国家の援助だったとしたら、今回の事件の顛末はそちらにも伝わっている事になる」


「……それは、つまり?」


「奴等はランヴァルディアを使った『神兵』の製造実験が失敗し、『青』のガンダルフが倒された事も把握している。それに関わっている私達の事や、目の前に居る『黒』が保護されていることもね。もしそうなら、フラムブルグ側が次に打って来る手は――……」


 そう話すアリアの言葉を遮るように、部屋の扉を丁寧に叩く音が鳴る。

 室内に居る全員が扉に目を向け、ハルバニカ公爵の視線を受けた老執事が扉へと向かった。

 そして扉の開けた老執事は、扉の前に居た従者に呼び掛ける。


「どうしました?」


「……将軍。実は――……」


 従者はとある報告を持ち込み、執事長としてではなく皇国騎士団長に報告を書状で渡す。

 その内容を一読した老執事は驚きを浮かべ、すぐに従者を引かせてハルバニカ公爵の下へ戻り、普段から落ち着きを払う老執事が動揺する様子に気付いた公爵を含めた全員が注目した。


 そして老執事はハルバニカ公爵に耳打ちし、届いた情報を伝える。


「……フラムブルグ宗教国家にある我が国の大使館から、一報が届いたそうです」


「!」


「各宗教派閥を纏める法皇直々の書簡が届き、急ぎ対応を求むと。その内容ですが……」


「構わぬ、ここの全員に伝えよ」


「承知しました」


 ハルバニカ公爵から許可を取った老執事は、フラムブルグ宗教国から届いた一報が書かれた紙面を見ながら話す。

 それはアリアと少女が懸念していた予想を、見事に当てたものだった。


「――……『ルクソード皇国で保護されている黒髪黒目の少女を、引き渡すよう求む。また『青』の七大聖人セブンスワンガンダルフをを殺めた者達の引き渡しも重ねて求める。その求めに応じず答え無き場合は、ルクソード皇国の非道を断罪すべく神の使徒を遣わせ、神の裁きを下す事となるだろう。』……以上です」


「……!!」


 それを聞いた一同が驚きを浮かべる中、シルエスカは拳を握り締め怒りで表情を歪める。

 『黒』の少女を取り巻く事情は新たに皇国を巻き込み、フラムブルグ宗教国家との戦争を勃発させようとしていた。

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