語り継ぐ者


 アリアとケイルが目覚めてから、二週間が経過する。

 その間にアリアの外出などが行われながらも、皇都の復興が続いている状況に変化は訪れない。


 主に復興作業は皇国の兵団と騎士団が担いながら職人などを集め、その指揮をハルバニカ公爵家の従者とシルエスカが取り纏める。

 幾つかの問題を解決しながら順調に作業は進み、無事だった地区を含めた五割近くの復旧が成功していた。

 そんな中、静養を兼ねてハルバニカ公爵家に身を寄せているマギルスとエリクは、暇を持て余し遊びの戦いを行いながらこんな話をしていた。


「エリクおじさん、どうするのっと!」


「……何がだ?」


「おじさんも誘われてるんでしょ? あのお爺さんから」


「ああ」


「それをどうするのっていう話だよっと!」


 大剣と大鎌を衝突させ交わらせながら幾度となく刃を交えるエリクとマギルスは、互いにハルバニカ公爵から勧誘された事を話す。

 互いにその返答はせず、こうして暇を持て余しては互いの成長を確かめ合うように試合を続けていた。


 それを遠巻きから見ているのは、黒髪の少女。

 エリクはそちらにも目を向け、逆にマギルスに訊ね返した。


「お前こそ、どうするんだ?」


「んー? あの子のこと?」


「ああ」


「アリアお姉さんが旅を続けるなら、一緒に連れて行くよっと!」


「!」


「お姉さんが残るなら、僕はフォウル国に行こうかな」


「フォウル国に?」


「ゴズヴァールおじさんみたいに強い魔人がいっぱいいるんだから、行きたいと思うでしょ! それに、おじさんも分かってるでしょ? 僕とおじさん、前よりずっと強くなってるよね」


「……ああ」


「多分、この間の戦いで飛躍的に成長したんだと思うんだ。特にエリクおじさんは、力や速さが前とは段違いに上がってるよね。まだ技術は僕よりずっと下だけど!」


「……そうだな」


「そのまま力が上がっていくと、力を調整できずに物を壊しちゃったりするけど。今はどう?」


「……」


「やっぱりね。おじさん、急速に力を付け過ぎて自分の身体を制御できなくなってるね」


 マギルスはエリクと戦いながら、エリクの成長具合を確かめ力加減が全く出来ていない事を察する。

 実際にエリクは食器などを持つと、力を込めていないにも関わらず無意識に鉄製の食器を曲げ、割れ易い陶器の皿を掴むと割ってしまう事が何度が起こっていた。

 今は意識的に力を抑えながら人や物と接触しているエリクは、日常的に力を抑える事に必死になっている。

 そんなエリクに、マギルスは大鎌を振り回し畳みながら話し掛けた。


「それを抑える方法はあるよ」


「あるのか?」


「『魔力抑制』。僕等みたいな魔人の身体に内在する魔力を抑えて、肉体の力を抑える方法。それを完全に覚えれば、魔力を極限まで弱めて普通の人間と大差無い体格や身体能力まで抑えられるって、ゴズヴァールおじさんが前に言ってた」


「そうなのか」


「今のおじさん、身体の中にある魔力がとんでもないよ? この皇都内だったら何処に居ても場所が分かるくらいに魔力が溢れてて大きいもん。気配も全然殺せてないし、それだけ魔力が抑えられてないんだよ」


「……どうやるんだ?」


「僕がゴズヴァールおじさんに習ったのは、ずっと静かに座ってじーっとしてること」


「それだけか?」


「うん。自分の内側にある魔力を閉じ込めるイメージをしながら、ひたすらじーっとしてるだけの修行。僕、ゴズヴァールおじさんに習った中でそれが一番きつかった」


「……きついのか? じっとしているだけで?」


「丸一日、指どころか顔の表情一つ動かすなとか言うんだもん。僕、飽きてその修行だけ途中で止めちゃった」


「……そうか」


 説明された魔力抑制の修行とマギルスの性分を比べて納得したエリクは、今日にでもそれを始めようと考える。

 エリクは鞘の無い大剣に布を巻き付けながら今日の暇潰しを終え、マギルスと共に少女と合流して屋敷へと戻った。

 その時、エリクは思い出したように少女に尋ねた。


「――……そういえば、ケイルが聖人になっていると言っていたが。前と姿は変わっていなかったぞ?」  


「聖人に進化した人間は、肉体的な変化はあまり見えないの。ううん、逆に変化しないからこそ、進化の証と言えるかも」


「なら、人間と聖人で何がどう違うんだ?」


「まず、寿命が違うの。普通の人間は長く生きても八十歳から百歳前後で寿命を終えるけど、聖人はその十倍、つまり千年近くの時間を生きるの」


「千年……!?」


「千年間も生きる人間だから、ずっと昔は『仙人』とも呼ばれてた時もあるの。そして五年に一度だけ歳を重ねて、千年近く生き続ける頃には皺だらけのお爺ちゃんやお婆ちゃんになっちゃう。その時には、肉体自体の力も普通の人間と大差は無いかも」


「そうなのか……」


「他にも違う所は、普通の人間が必要とする要素があまり要らないこと。水分や食事の摂取、そして酸素が極端に少なくても長時間の行動が出来るの。今までの聖人の中には水の中で一年近く潜り続け海の中で暮らしてた人もいたし、標高十万メートル以上の山の上でずっと暮らし続けてた人もいたよ。熱さや寒さにも強くて、百度を超える砂漠に平気で寝転がってたり、生物がほとんど凍る極寒地でも裸で過ごしてる人もいたよ」


「……そ、そうか」


「そういう事が出来る理由は、普通の人間と比べて内在オーラの量が爆発的に増大するからなの。普通の人間が鍛錬して内在オーラ量を増やしても、多くても一万から二万オーラ程度。でも聖人はその百倍の百万から二百万オーラ。普通の人はオーラの扱い方を覚えると若々しくなる場合もあるんだけど、聖人もそれと同じでオーラの影響で肉体的な若さをとても長く維持出来ているんだよ。魔族やおじさん達みたいな魔人も、内在魔力が増加する影響で肉体が全盛期を長く続けるようになるでしょ?」


「……そ、そうか。凄いな」


「……分かってない?」


「ああ、すまん」


 少女の説明を聞きながらも、エリクは途中で理解を放棄して流しながら聞く。

 それを察した少女は残念そうな表情を浮かべ、まとめるように話した。


「ケイルさんは、まだ聖人に進化したばかり。だから自分でも聖人に進化していると実感できてないし、他の人達から見ても聖人になってるなんて見分けがつかないと思う。でも、これからの鍛錬次第で内在オーラを更に爆発的に高まる。そうなったら、普通の人間や生物はそれを感じただけで萎縮したり恐怖したりするようになる」


「!」


「今の『赤』を担ってるシルエスカさんも七大聖人セブンスワンの中では一番若くて、普通の人が見ると萎縮してしまうくらいには内在オーラが高いの。あの『青』のガンダルフという人は、今まで自分の身体ではない肉体のオーラの制御が上手くできずに、オーラの内在量や操作技術を高める事ができてなかったみたいだけど。だからシルエスカさんや貴方達にも、あっさり負けてしまったんじゃないかな」


「……」


「もし七大聖人セブンスワンの中でもっと長く鍛錬している人がいるとしたら、ガンダルフという人やシルエスカさんの比ではないくらいオーラの内在量や操作に長けてるはず。だから普段はオーラを抑えて、逆に普通の人間みたいにしてる人もいると思うの。そういう聖人が、一番怖くて強いと思うよ」


「……お前は小さいのに、本当に何でも知っているんだな。何処でその知識を学んだんだ?」


「ううん、私は何も学んでない。私は『語り部』だから知ってるだけ」


「語り部?」


「この世界をずっと見続けていた人。その『語り部』の生まれ変わりが、私なんだよ」


「……生まれ変わり?」


「多分アリアさんという人は、私の事を知ってると思う。あの人も、私とは違う方法で知識を受け継いでるみたいだから。……それで苦労した事も、いっぱいあるだろうけど」


 アリアと以前に話した会話を思い出したエリクは、そう言いながら歩く少女に改めて目を向ける。

 歳は十歳前後ながらも、大人びた言葉遣いと豊富過ぎる知識は、アリアが自身の子供の頃に異常だと言われていた事と重なった。


 その後、少女とマギルスと別れたエリクはハルバニカ公爵家の従者に頼み、アリアとの面会を頼んだ。

 そして夕食前にはアリアとの面談が叶い、エリクが部屋を訪ねて少女の話をした。

 見た目の幼さに反する様々な知識を持ち合わせ、更にアリアやケイルの目覚めや聖人に関する知識を教えた事を伝えると、アリアは口を抑えて視線を流しながら沈黙してしまう。

 予想外の反応に心配したエリクは、沈黙するアリアに呼び掛けた。


「アリア?」


「……エリク。その子って確か、親と全く違う容姿で生まれてきたから捨てられて、奴隷に墜ちてたという話だったわよね?」


「ああ、確かそうだ」


「……聞いた時には、両親どちらかの血筋や遺伝子的な問題だけだと思っていたけれど。……黒髪黒目、親と全く違う容姿。そして私みたいな知識の持ち主で、『語り部』……? ……まさか……!?」


「?」


「……エリク。夕食が終わった後、その子を連れてもう一度私の部屋に来て。お願い」


「どうしたんだ?」


「私の予想が正しければ、その子はとんでもない子よ。結社であるバンデラスが攫おうとした理由も、やっと理解する事が出来た」


「……?」


「いや、この際だからマギルスとケイルにも話した方が良いわね。あの子の存在に関わってしまった以上、知らぬ存ぜんを通さない方がいい。私からも曾御爺様にお願いするから、一度全員で話す場を設けましょう」


「そこまで、あの子供は大事おおごとなのか?」


「ええ。下手をすれば、他の大国がその子を欲しがる為に皇国へ宣戦布告しかねないくらいには」


「!?」


「エリクは今日から、あの子の傍でマギルスと共に守って。私も曾御爺様達にあの子の守りを強化するよう頼むから」


「あ、ああ」


 真剣な表情で伝えるアリアの言葉を聞いたエリクが退室する。

 その後、アリアの進言が取り入れられ少女の警備はアリアやケイルの警備数を凌ぐ数が動員された。

 しかしその日の面談は叶わず、またハルバニカ公爵直々に同席し話を聞きたいという申し込みにより、アリアが要望する黒い少女との面談は先延ばしされる。


 そしてアリアの要請から三日後。

 アリアの部屋に仲間である四名と共に少女が呼ばれ、『赤』のシルエスカと共にハルバニカ公爵と老執事を交えながら話が開始される。

 久し振りに顔を見る者達がいるにも関わらずアリアが開口一番に話し掛けたのは、初めて面識する黒髪の少女に対してだった。


「――……全員揃ったこの場で、単刀直入に聞くわ。貴方が自分を『語り部』だと言ったのは、本当?」


「はい。私は過去にも『語り部』と名乗っています」


「……質問。『到達者エンドレス』達が称号として得ている属性は?」


「『火』『水』『風』『土』『雷』『光』『闇』、そして『氷』の八属性です。ただし最後の『氷』は別称として『時』とも呼ばれていました」


「……世界の三大魔獣。それを率いる王の名は?」


「『魔獣王』フェンリル。『覇王竜』ファフナー。『白亀王』レゾナンス。その全てが『到達者エンドレス』で、フェンリルが初代『雷神』。ファフナーが初代『風神』。レゾナンスが初代『土神』を務めていました。今は、違う人達が称号を担っています」


「……間違いないわね。貴方、本当にあの『語り部』なのね」


「はい」


 アリアと少女が話す意味不明な会話を聞かされる五名は、互いに顔を見合わせて自己完結して呟くアリアに目を向ける。

 その中で代表するように、ハルバニカ公爵がアリアに問いを投げた。


「アルトリア。どういう事か、説明してくれるかね?」


「曾御爺様。七大聖人セブンスワンという立場が生まれた理由を、御存知ですか?」


「……確か、千年程前に魔人有するフォウル国が人間国家に呼び掛け、聖人へと達した者達を人間大陸の抑止力として聖人達の立場を確立させたという話か?」


「その七大聖人セブンスワンを作ると言った真の当事者を、御存知ですか?」


「真の当事者?」


七大聖人セブンスワンの結成者は、当時フォウル国の巫女姫と親交を築いていた聖人の二人だったそうです。そして結成後、その聖人の一人は『白』の称号を得て、もう一人は『黒』の称号を得ました」


「……ふむ。それは初耳じゃな」


「今現在、七大聖人セブンスワンは名称上で七人と数えられていますが、そのほとんどの行方が不明です。五百年前の集結以後、存在が知られている七大聖人セブンスワンは四大国家に所属する『青』『赤』『茶』『黄』のみ。『緑』『白』『黒』は後継者がいるのかさえ分かっていません。そうですね?」


「そうじゃな……」


「私も、『緑』と『白』の七大聖人セブンスワンがどのような形で後継者を残しているのか知りません。……ですが、『黒』だけは後継者に纏わる伝承が残っています」


「!」


「『黒』の七大聖人セブンスワンは特殊な生命を持ち、その魂は輪廻から逸脱しているそうです。仮に肉体が死んでも魂は死なないまま短期間で人間の胎児へ宿り、その魂の影響で胎児の肉体と髪や瞳が黒色に染まるという話が伝わっています」


「!?」


「故に『黒』の七大聖人セブンスワンは短命の場合が多く、生まれたとしても『忌み子』として扱われ殺されてしまう事もあると。しかし永らえた『黒』は魂に刻まれた膨大な知識を引き継ぎ、世界の歴史を語り継ぐ『語り部』として人々に歴史や知識を語ると、そうした伝承が存在するんです」


「……まさか……!?」


 その説明でシルエスカとハルバニカ公爵は気付き、少女へ目を向ける。

 そして話を理解したケイルやマギルスも少女に目を向け、理解が追い付けないエリクも合わせるように顔を向けた。

 アリアもその少女に視線を戻し、真剣な表情で訊ねる。


「貴方が、『黒』の七大聖人セブンスワンですね?」


「――……はい」


 アリアがそう訊ねると、少女は頷き認めた。

 それにハルバニカ公爵と老執事は驚愕し、ケイルとマギルスも驚きを浮かべる。  

 そして何とか理解が追いついたエリクも、目の前に居る少女の正体に辿り着た。


 『黒』の七大聖人セブンスワンであり、世界の『語り部』たる少女。

 その少女の価値は金貨五百枚程度では量れるモノではなく、その少女を手に入れる為に結社が動いていた事を、改めてこの場の全員が理解した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る