結社編 四章:皇国の後継者

復興の裏側


 皇国で起きたランヴァルディアの復讐劇と、『青』の七大聖人セブンスワンガンダルフの陰謀が阻止されてから一ヶ月の時が流れた。


 寒さを宿す冬が訪れ、もうすぐ年を越えそうな時期。

 崩壊した皇都の復旧は騎士団や兵団の下で順調に進められ、被害の少ない北・東・南地区に人が戻り始めている。

 皇都を覆う結界は大魔石が一つ紛失していた為に張り直す作業に魔法師達が苦労していたが、それでも代わりの大魔石を見繕い再び皇都は結界で覆われ、寒さでの難を逃れる事に成功していた。

 しかし西地区の崩壊は酷く、まだ復旧の見通しは先送りされている。

 そこに家を持っていた人々は仮住まいとして各地区の広場で野営用の施設が設けられ、それぞれの家族が共に寄り添い過ごしていた。

 皇都の復旧は大貴族ハルバニカ公爵家の指揮の下で行い、各領の貴族達と商人達が中心となり生活に必要な物が賄われる。


 そして現在、アリアとエリクは貴族街のハルバニカ公爵邸にて客人として迎えられている。

 その中にはケイルやマギルスも含まれ、何故か騒動の中で関わっていた奴隷である黒髪の少女も連れてこられていた。

 これはマギルスの要望が通ったからであり、また別の理由も存在していた。


「奴隷商人が逃げた?」


「ええ。どうやら皇都が襲撃された際に店の方も崩れ、その主たる商人が我先にと逃げ出したようで。元々、傭兵ギルドが襲撃されそれに伴う不信もあり、逃げる準備は整えていたようですが」


「だから、あの子供を預かるのか?」


「他の奴隷達も商人に伴われ逃げた様子。戻すべき場所や世話をする相手もいない事と、マギルス殿があの子を傍に置きたいとのことで、屋敷にて預かることにしました」


「そうか」


 騎士団と兵団を率いて戻って来た老執事の将軍は、第四兵士師団の基地施設の関係者達を収容所に送った後に、エリクと面談し少女に関してそう話す。

 それにエリクは大きな関心は示さず、別の事を気に掛けていた。


 エリクが気に掛けているのは、眠りから覚めないアリアとケイルの容態。

 一ヶ月という時間の中で、アリアとケイルは目覚める様子を見せないのだ。


 ランヴァルディアに蘇生された人々はその当日には目を覚まし、正常な様子が確認されている。

 その例外となっているケイルと意識が途絶えたアリアの目覚めない状態は、エリクに今だ安息を与えない。

 幾人か回復魔法が使える魔法師や皇国の医師などにアリアとケイルを診せたが、二人が眠り続ける原因を解明できず、ただ二人が目覚めるのをエリクは待つしかなかった。


 一方で、皇国側も大きな動きを見せる。


 今回の事件で中核を成していたのはランヴァルディアであり、数多の証拠が合成魔獣キマイラ合成魔人キメラの製造をザルツヘルム師団長が指揮する第四兵士師団の下で行っていた事を証明している。

 それ等の製造は国際法で禁じられており、更に禁止武器とされている『銃』を製造し第四兵士師団の兵士達に常備させるなどの行いが他の四大国家に知られれば、ルクソード皇国は国際法違反により四大国家から除名され、各国との貿易や国交を禁じられる可能性が高い。


 皇国側は今回の事態で、それ等の製造を誰が命じたのかを明らかにする必要があった。

 七大聖人セブンスワンである『青』のガンダルフが関与している事も重要だったが、それに唆され命じた者が皇国に存在する事の方が遥かに重要な問題である。


 それが誰だったかは、関係者達から見れば明らかな事だった。

 ハルバニカ公爵の命令によりその人物は騎士団に捕らえられ、今現在は皇城の地下牢獄に囚われている。

 その人物を牢の外から面談するのは、『赤』の七大聖人セブンスワンシルエスカだった。


「――……ナルヴァニア。聞いているか?」


「……」

 

 ルクソード皇国第二十一代皇王、ナルヴァニア=フォン=ルクソード。

 ランヴァルディアの復讐対象であり、その復讐が果たされた後に無惨な姿で生き永らえた女皇ナルヴァニアは髪と生気が抜け落ちていた。


 神兵の能力でランヴァルディアの血を投与されたナルヴァニアは一時的に不死性を宿したが、ランヴァルディアの死後に普通の人間へと戻り、不死性は既に失われている。

 それでも数十分の死に勝る苦痛が復讐の爪痕として残り、ナルヴァニアの精神を破壊していた。


 その為に事情聴取が進まず、またザルツヘルムの死亡やナルヴァニアに仕える近侍メイド達も復活せず死亡しているのが発見された為に、事の真相が聞き出せず騎士団が苦慮している事を聞いたシルエスカが、こうしてナルヴァニアが囚われている牢獄に訪れていた。


 生きた屍となったナルヴァニアを見ながら、シルエスカは冷たくも悲哀を込めた表情で何度か話し掛ける。

 その内容は、ナルヴァニアが今回の事件に関連する一つの理由だった。


「――……ナルヴァニア、お前は先々皇の娘として育てられた。だが、お前はルクソード皇族の血を引いていない」


「……」


「元々、お前は先々皇と親交の厚い者の娘だった。だがお前の父親が六十年以上前に先々皇の暗殺を企て、処刑された。……皇族の暗殺を企てた首謀者とその一族は、処刑されるのが決まりだ。法通りに首謀者たるお前の一族は全て処刑され、その暗殺に加わった一門は犯罪奴隷へ墜ちた。……だが先々皇の温情により、まだ生まれたばかりの赤子だったお前だけは生かされ、先々皇の子として育てられた」


「……」


「そして先々皇が死に、その秘密を知る者は宰相だったハルバニカ公爵と、そして先々皇の子供である私と先皇おとうとだけになった。……お前は義兄である先皇を弑逆しいぎゃくし、遺書を偽り自身が皇王の座に就いた。偽りの皇族として」


「……」


「女皇になる為に、お前はルクソード国内にいる皇族の血を持つ者達を様々な理由で各傘下国へ散らし、更に後継者争いと称して傘下国内で皇族同士の殺し合いを引き起こし、ルクソード皇族の血を絶やそうとした。……だが、先皇と愛妾の間に生まれ保護されたランヴァルディアだけは、ハルバニカ公爵の庇護で皇国に残された。ランヴァルディアを皇王へはしないことを条件に」


「……」


「しかしランヴァルディアは一人の娘を愛し、家庭を築いた。……その娘がランヴァルディアの子を身篭ったと知り、お前はその子供に皇王の座を追われる事を危惧して、母子諸共に暗殺した」


「……」


「当時の我は、そこまで推測しながらも証拠が掴めなかった。……貴様の罪を放置していたのも、ランヴァルディアの憎悪を放置していたのも、全て我の責任だ」


 そう告げたシルエスカは背中を見せ牢獄から出て行く際に、こう言い残した。


「お前の処刑は、明後日に執り行われる。……さらばだ、我が義妹いもうとよ」


 そう別れを告げ、シルエスカは去っていく。

 そして暗闇の牢獄に残される中で、精神が壊れたはずのナルヴァニアが僅かに口元を吊り上げた。


 二日後、ハルバニカ公爵の指揮の下でナルヴァニア元女皇の処刑が行われる。

 罪状は先皇の暗殺、そして禁止された国際法を数多に破り、その実験の過程で多くの者達を内密に殺めた事が挙げられた。

 処刑は内密に行われ、表向きは皇都崩壊に際して元々高齢だった事と合わさり精神的疲弊を伴い衰弱死した事にされる。


 そしてナルヴァニアの処刑が決行された当日。

 処刑が無事終了したと報告を聞いたハルバニカ公爵とシルエスカは、処刑に立ち会った騎士からナルヴァニアが言葉を発した事を伝えられた。

 その言葉を聞いた二人は、それぞれに神妙な面持ちを抱く。


『……父や母を殺した時に、私も処刑ころしておけばよかったのだ……』


 ナルヴァニアの最後の言葉を聞いたシルエスカとハルバニカ公爵は、ナルヴァニアは家族と共に死ねず歪められた人生を永らえた事で、この悲劇が生まれた事を考える。

 そしてナルヴァニアに対するそれ以上の言及はせず、二人は追うべき責務を果たすべく各々の仕事へ戻った。


 こうした一ヶ月間が皇国の中で過ぎて行く。

 そして二人の目覚めを待つエリクは、公爵家の訓練場でひたすら大剣を振るい続けていた。

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