救済の光
自身の過去を思い返すケイルが、走馬灯を見ながら死を待つ時。
ケイルが嫌悪しているアリアが皇都の西地区外壁に登って状況を把握すると、手に握る魔石で拡声させた言葉を叫んだ。
「――……エリクッ!!」
巨大な
そして次の瞬間、
「――……ガァアッ!!」
その中から出て来たのは、土砂塗れで仮面の外れたケイルと、それを片手でしっかりと抱えた赤鬼エリク。
互いに土塊の中に飲み込まれながらも、アリアに呼び掛けられる前からエリクはケイルの救出を成功させた。
そして僅かに意識を残すケイルが、抱えられながら赤鬼の顔をしたエリクを見て呟いてしまう。
「……なんで、お前はいつも……っ」
「マモル……」
「!」
「ナカマ、マモル……!」
「……ッ」
赤鬼の姿のまま自我と意識を保つエリクが問いに対して短く答え、それを聞いたケイルは奥歯を噛み締め一筋の涙を浮かべる。
ケイルはエリクを自分と重ね、似た境遇ながらも何事にも動じないエリクを尊敬に値する人物だと考えていた。
エリクが王城を歩く時や兵士の訓練場で修練している時には、影で使用人達や貴族達からは罵られる言葉がワザとらしく聞こえる時もある。
その近くにいる傭兵団の仲間達はそれを苛立っているが、エリクは気にする様子も動じる様子さえ見せずにただ自身の鍛錬に励んでいた。
更に戦いに赴けば誰よりも先に敵を見つけ、そしてほぼ単独で敵を倒しきる。
その強さと姿は畏怖の念を貴族達に抱かせ、守られた国民達はケイルと同様の思いを浮かべていた。
自身の心の弱さを無意識に自覚していたケイルは、戦士としてのエリクに憧れる。
そして自身の中にエリクという理想の戦士像を抱いていた。
しかしそれは、エリクより年上で黒獣傭兵団結成初期から共にいるワーグナーに否定される。
『エリクが立派な戦士? ははっ、違う違う。エリクの奴はああ見えて、臆病で面倒臭がりなんだよ』
『臆病で、面倒臭がり……?』
『エリクは他の連中より若い時から傭兵団に入って、異様に強かったからな。無愛想で感情が読めないし。正直な話、当時は傭兵団の中で浮いてたんだわ』
『……』
『俺はエリクより一回り年上だが、他の奴より歳は近いってんで兄貴分として世話させられてな。感情も見えないガキの世話を嫌々やらされてた』
『……』
『だけど、おやっさんは違った。ああ、おやっさんってのは当時の傭兵団の団長な。あの人はエリクに容赦無しに接して、しつこいくらいに色々と覚えさせた。武器の扱い方やナイフ投げのやり方の他にも、武具の手入れや野営の準備を出来るようにした。戦う事しか頭になかったエリクが辛うじて人並に見えてるのも、おやっさんのおかげだな。俺が少し教えても全然覚えようともしなかったのによ。エリクの奴は話が分からんと適当に流すし、要は面倒臭がりなのさ』
『……その、おやっさんという人は?』
『死んだよ。丁度、二十年くらい前か』
『!』
『魔獣が出たってんで駆り出された先でな。報告以上に魔獣が多く出て、寄せ集めの傭兵連中の大半が敵わないと見て逃げ出して、新入りだったマチスと俺、そしておやっさんとエリクが殿になって撤退した。……だが途中で、数に対応出来ずにおやっさんの喉元に魔獣が喰らい突いた』
『……』
『それでおやっさんは死んだ。……そん時かな。俺は初めて、エリクが怒り狂う姿を見た』
『!』
『死んだおやっさんを前にして、エリクの様子がおかしくなった。それから違う群れの魔獣共が襲って来た時に、エリクがそれを一人で片付けちまった。……あれは凄かった。俺もマチスもビビっちまった。正直、あの時のエリクはやばいくらいに怖かったな』
『……それで、どうなったんだ?』
『魔獣達がそんなエリクに怯えたのか、逃げ出して追って来なかった。俺とマチスはおやっさんの死体を抱えて、エリクはずっとおやっさんに謝ってたよ。俺がもっと強ければってな。……あの時かな。ちゃんとコイツにも感情があるんだなと思えて、俺は安心した』
『……』
『エリクはそういう奴さ。真っ先に敵に向かってくのも、おやっさんみたいに俺等の誰かが死んで欲しくないからだろうな。おかげでエリクが団長になってからは、よっぽどの事が無い限りは戦争でも魔獣討伐でも負傷者が出ても死人は出てない。戦争の時にも、敵さんの兵士が武器を捨てて逃げると、攻撃したりはしないからな』
『……』
『エリクを血も涙も無い冷酷な狂戦士なんて言う奴もいるが、本当は仲間思いの良い奴だ。外から見れば立派な戦士に見えるかもしれんが、それはエリクの本当の顔じゃねぇよ』
その話をワーグナーに聞いた時、ケイルは半信半疑の思いだった。
ケイルが理想とする戦士とは常に冷静で何事にも動じる事が無く、戦いに長けていること。
まさにエリクが理想の戦士だと考えていたケイルは、いつしかワーグナーから聞いていた話も忘却の彼方へ追いやっていた。
そしてアリアに影響されたエリクが理想の戦士から離れていくのを感じ、苦々しい思いでアリアを嫌悪し続ける。
しかしエリクの本質は、何も変わっていなかった。
アリアがエリクを変えたとしたら、自身が抱く感情を言葉として表し、人との会話で自身の意思と相手の意思を疎通できるようになった事で、エリクの今まで抱いていた思考が表に出易くなっていただけだった。
それは赤鬼と化したエリクも変わらない。
アリアに呼び掛けられられる前から仲間であるケイルを助ける為に向かい、そして救出を成功させた
「エリク!! そこから出来る限り遠くに離れて!!」
「……ガァ!!」
アリアの声を聞いたエリクは、再び捉えて飲み込もうとする
そして地面へ激突するように着地すると、ケイルを抱えてその場から離れた。
一方、ランヴァルディアは皇都の外壁にいるアリアに気付いて微笑みを浮かべる。
『アルトリア――……』
「……これで終わりよ、ランヴァルディア」
アリアは自身の手にある白い魔石を起点に、両手に小さな魔法陣を作り出す。
そして手と手を合わせることで魔法陣を重ねると、
『……これは……!?』
「
大魔石に刻んだ魔法構築式とアリアの両手に浮かぶ魔法陣が連動して詠唱が完了すると、ランヴァルディアと
そして次の瞬間、収束した光が爆せて大きな衝撃と風が周囲を包み、
それから逃げるエリクとマギルスは暴風で吹き飛ばされ、アリアは外壁の堀に屈み衝撃に耐える。
数十秒後。
その場に起こっていた光が収まり、外壁から顔を出したアリアがその後に残る光景を見る為に立ち上がった。
他にも土砂や被せられた瓦礫を押し退けて出て来たのは、吹き飛ばされたエリクと抱えられ気絶しているケイル、そして青馬とマギルス。
二人は魔人化した状態から人間の姿に戻り、爆心地である
その場所を見て、二人は驚きを浮かべる。
その場には
しかも
「……倒した、のか?」
「倒した……?」
エリクとマギルスは互いに疑問を呟くが、それは違う形で否定される。
アリアが外壁から飛び出し、再び六枚の翼を背負いながら爆発の中心部へ移動する姿を目にしたのだ。
それを見て戦いが終わっていない事を察し、二人は立ち上がろうと試みる。
そしてアリアの予想通り、ランヴァルディアは生きていた。
爆発の中心部で辛うじて小さな赤い石として残り、それが
そして心臓を中心に胴体部分が修復され、頭と手足を再生させようとするランヴァルディアより先に、何かを呟きながら飛んできたアリアが胴体部分に手を付けると、叫ぶように魔法名を唱え終えた。
「――……『
暴走するエリクを止めた時と同様に、アリアの魂がランヴァルディアの魂と接触する。
その魂には赤い光球が癒着し、それを見たアリアは苦々しく言い放った。
『やっぱり、神兵の
アリアはすぐに神兵の
それと同時にアリアの魂に干渉して来たのは、接触している魂であるランヴァルディアの記憶だった。
『……!?』
記憶に触れたアリアは、魂の世界で驚愕する。
それは一人の男が一人の女性を愛し、それを失い狂った記憶。
とても幸せだった世界が、一瞬で絶望の世界へと変貌した青年の人生。
それを見たアリアは魂の世界で涙を浮かべながらも、鋭い視線でランヴァルディアの魂を睨んだ。
『……同情するわ、ランヴァルディア。貴方がこうなってしまった事にも納得した。……だからこそアンタは人間として死んで、次はちゃんと幸せになりなさい!』
『……君は、少し優し過ぎるね。アルトリア』
その言葉に反応したランヴァルディアの魂が、微笑むように呟く。
そしてアリアは癒着する神兵の
限界を超えて意識を途絶えたアリアと修復し終えていたランヴァルディアの肉体は、微かに意識を残す中で互いに手を取り合い、中空から落下する。
それを空中で回収したのは青馬に騎乗して空を翔るマギルスであり、日の出を見ながらエリクとケイルが居る場所へ向かった。
こうして戦いの夜は明け、神兵の
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