復讐劇
皇都の結界を破り、逃げようとする女皇ナルヴァニアの目の前にランヴァルディアは降り立つ。
殺気の溢れる挨拶を交えた後、護衛を務める親衛隊の騎士と兵士が剣と槍で阻み、侍女がナルヴァニアを引かせる。
それを意に介す様子を見せず殺気を込めたオーラの威圧を放ち続けるランヴァルディアは、ナルヴァニアへ近付く為に歩いた。
それに気圧され冷や汗を流し始める騎士達は、それでも務めを果たす為にランヴァルディアに襲い掛かる。
「……ッ!!」
ランヴァルディアはそれを防ぐ事すらせず、剣と槍をその身に受けた。
しかし剣と槍の刃はランヴァルディアの肉体に傷を付ける事すら叶わず、全員が驚愕の表情を浮かべる。
その騎士と兵士に視線だけを向けたランヴァルディアは、短く話した。
「……何のつもりだ?」
「!!」
「お前達はルクソード皇族を守り国民を守る為の騎士団のはずだが。どうして国民も守らずにこんな女を守っている?」
「な……っ!?」
「……なるほど、親衛隊にも教えていないのか。……当然か。それを知れば、お前達は目の前の薄汚い
「……!?」
「
その一言と共に、ランヴァルディアは身体に纏うオーラを爆散させて近くに居た兵士や騎士を吹き飛ばす。
庭園の各所に吹き飛ばされて意識を失い、残ったのは侍女とナルヴァニアのみ。
「ひ……っ!!」
「きゃっ!?」
ランヴァルディアは殺意を込めた瞳で歩き、それに恐怖するナルヴァニアは三十代の侍女を押してランヴァルディアを阻んで庭園の中に逃げ込む。
オーラを高め殺気を溢れさせるランヴァルディアの前に立ってしまった侍女は、そのまま体全体を震わせて歯をガタガタと震わせて身を縮めてしまった。
「ヒ……ッ」
「……」
「お、お許しを……お許しを……」
「……一つ聞こう。正直に答えれば、命は助けてもいい」
「!!」
「八年前、ネフィリアスという皇国研究員が死んだ。君は何か知っているかな?」
「……!! い、いいえ。私は、何も……」
「……そうか」
座り込んだ侍女にランヴァルディアは微笑み、屈みながら右手を侍女の左肩に置く。
それで僅かな安堵を浮かべた侍女は、次の瞬間にランヴァルディアの左手で腹部を貫かれた。
「――……ぁ……え……?」
「知っているよ。君はネリスの友人だった。いや、友人のフリをしていた。そうだね?」
「……ぁ……ご、ふ……ッ」
「ネリスが殺された日、彼女は休暇を取っていた。そして友人と出かけると言い残して外出し、その日に戻る事は無かった。……彼女が発見されたのは数日後、無惨な遺体としてだった」
「ァ……エ……」
「君はネリスと友人として接触し、彼女が持つ情報をナルヴァニア叔母上に報告していたんだ。……そして彼女が僕の子供を身篭った事を聞いていた。そうだね?」
「……ォエ……ッ」
「私はね、嘘を吐く女が大嫌いなんだよ」
ランヴァルディアは吐血する侍女の腹部から左手を引き抜いて立ち上がり、そのまま他に身を竦め取り残された二人の侍女達に目を向ける。
身を震わせ涙を流しながら身を縮めてしまっている侍女達に、ランヴァルディアは微笑んだ。
「君達、死にたくないかい?」
「ヒ、ヒ……ッ」
「私の恋人だったネフィリアスも、あんな死に方はしたくなかっただろうね。……彼女は優しい人だった。私を真っ直ぐ見て、真っ直ぐ接してくれる稀有な女性だった」
「……ッ」
「そして、私が初めて愛した女性だった。……それを貴様達は辱め、彼女の中に宿っていた私の子供を引き裂き、彼女諸共に殺した」
微笑みながらネフィリアスとの思い出を浮かべていたランヴァルディアは、最後に冷たい視線を侍女達に向ける。
そして右手を侍女達に向けて、オーラを溜めて収束させた。
「君達も惨たらしく殺したいが、残念ながら君達に掛ける時間が惜しい。それはあの
「お、お許しを!! お許しを!!」
「ああ、許そう。――……一瞬で死ぬことをね」
そう宣言した通り、ランヴァルディアは右手で放ったオーラの収束砲を侍女達に浴びせる。
守る手段も無く命乞いをするしかない侍女達をオーラの光が一瞬で飲み込み、骨さえ残らず消滅させた。
後に残ったのは、収束砲で削られた中庭と収束砲で開いて崩れた城壁だけ。
そしてランヴァルディアは後ろを振り返り、ナルヴァニアを歩きながら追った。
そして逃げるナルヴァニアは中庭を彷徨い、外へ逃げる為に皇城内の緊急脱出路を目指す。
しかしランヴァルディアの収束砲が前方の常緑樹を突き抜け、ナルヴァニアの行く手を遮った。
そして収束砲が収まり、穴の空いた常緑樹の中からランヴァルディアが姿を現す。
それに怯えるナルヴァニアは、ランヴァルディアから離れる為に逆方向へ駆け出した。
「ヒッ……!!」
「……そうだ、恐怖しろ。私はこの日の為だけに、七年間を生きて来た」
ナルヴァニアの背を追うように、ランヴァルディアは歩き出す。
必死に庭園を走りながら
しかし、その都度ランヴァルディアが阻むようにオーラを凝縮した光球や収束砲を放ち、ナルヴァニアの逃げ道を意図的に阻んだ。
そうして辿り着いた場所は、城壁の隅で庭園の奥にある小屋。
四方を壁に覆われ逃げ場を失ったナルヴァニアは後ろを振り返り、歩きながら追って来たランヴァルディアに恐怖を宿した瞳で見つめた。
「――……はぁ……はぁ……ッ」
「ここが何処か、覚えているか?」
「……?」
「私は十歳の年まで母と外で暮らしていた。だが母は病で死に、その後すぐ暮らしていた村に皇国の使者が訪れた。その時に初めて、自分の父親がルクソード皇国の皇王だと知った」
「……ッ」
「私は父親に引き取られたが、城に住む事は許されなかった。……私の処遇に対して、貴方は随分と先皇に駄々を捏ねたらしいな。叔母上」
「……それが、なんじゃと言うのだ。皇国貴族としての教育も受けておらぬ者を、城に住まわせるなど……」
「ああ、その部分では怒っていない。むしろ感謝していた」
「!?」
「突然、父親を名乗る者が現れてそれが国の王様なんて聞かされれば、気味の悪さを感じるのは当たり前だろう。私は貴方の進言と同じような事を言い、先王に直訴して別の場所を用意してもらった。……それが、この小さな家だ」
「……!?」
ナルヴァニアは後ろを振り返り、改めて小屋を見る。
確かに小屋ながらも人が生活できる最低限の物が見えており、今は物置となってしまっている姿で小屋だとナルヴァニアは誤解していた。
ここは幼少時代、ランヴァルディアが引き取られてから暫く過ごした家だった。
「貴方は私に近付こうとしなかったから、知りもしなかっただろう。ここで暮らしていた事を」
「……ッ」
「一応、私はルクソード皇族の血を引いていたせいで、城の外で住まわせるには危険もあると判断したんだろう。城の中には住めなかったが、城から離れた庭園の奥で小さな家を用意してもらった。それ自体に、私に不服は無かったよ」
「……」
「私は母の遺品をここに持ち込み、母が研究していた物を調べて読み漁った。それ以外にやる事も無かったからね。……そして私は、この家で運命の出会いをした」
「……」
「ネフィリアス。私が初めて信頼し愛した女性。私が唯一この場所に感謝している事を言えば、ここで彼女と出会えた事だけだ」
「……ッ」
ナルヴァニアは奥歯を噛み締めるように口と表情を引き攣らせる。
ランヴァルディアが愛した女性の名を口にした瞬間、瞳が僅かな暖かみを戻した。
しかし次の瞬間には冷酷な瞳へと戻り、ナルヴァニアを殺気を込めた瞳で睨む。
「叔母上、貴方は二十年前に先王の病死と共に皇王を継いだ。兄であり先王の子供だった幾人かの少年少女達を傘下国に飛ばしてね。だが私は何処ぞへ追いやる事が出来なかった。先王の忠臣であるハルバニカ公爵を筆頭とした大貴族達が貴方を阻み、先王の遺言として私を皇城に残すよう伝えられていたからね」
「……ッ」
「既にその時にネフィリアスと出会っていた私は、彼女と離れるのが嫌だったからね。先王の遺言に素直に従い、ここから移り住んで貴族街に小さな一軒屋を設けた。……そして私は、ネフィリアスとそこで暮らし始めた」
「……ッ」
「母が行っていた研究の副産物として、私は生物学に幾らか通じて功績を残した。それを認められて生物学研究機関の所長などに就いてしまったわけだが、ネフィリアスも共に働いてくれたので問題は無かったよ。……八年前まではね」
その最後の言葉を皮切りに、ランヴァルディアが詰め寄るように歩き始める。
それに怯えるナルヴァニアは足を引かせ、小屋まで追い詰められた。
「――……八年前、ネフィリアスは私との子を身篭った。既に数ヶ月の懐妊期間が経っていると知った貴様は、ネフィリアスとお腹の子供を殺すよう命じた」
「……な、何を証拠に……!!」
「そう、証拠は無かった。貴方が命じた組織は凄腕だったからね。ネフィリアスの死を偽装し、自身の手を下さずに貴方は俺の子とネフィリアスを抹殺した。……然も暴漢に襲われ辱められ、その果てに殺されたように見せかけてね」
「……ッ」
「私はネフィリアスの死の真相と、その真犯人たる貴方がそれを行った理由を知った時。貴様と貴様が拘る皇族の血と皇国そのものを憎んだ。……だから今日、この日まで私は待っていた。私が貴様へ復讐する最高の瞬間を」
ランヴァルディアは憎しみの表情を浮かべ、ナルヴァニアの胸倉を掴む。
軽々と持ち上げられたナルヴァニアはもがき苦しみ、それに対してランヴァルディアは憎しみの笑みを浮かべた。
「さぁ、叔母上。……いや、叔母などではないな。貴様はただの売女だ」
「ガ、グッ……!!」
「貴様だけは、地獄の果てへ追いやろうとも。そして魂だけとなっても絶対に許さない。……その薄汚い魂が永獄の中で苦しみと恐怖のみを残すように、私が刻み込んでやる……!!」
拳を握ったランヴァルディアは、ナルヴァニアを殴り飛ばす。
顔から血を噴出し小屋に叩きつけられたナルヴァニアを、更にランヴァルディアは追い詰めた。
こうして皇城の片隅で、一人の男が望んだ復讐劇が始まった。
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