炎の剣
神兵の血を使い森を再生させたランヴァルディアは、それを
そして眼下に見えるマギルスとシルエスカに視線を向け、森の賢人に命じた。
「奴等を殺せ」
短く命じられた森の賢人は、その意に答えるように動き出す。
草木が束ねられた三十メートルの巨体が動き、踏み鳴らされた足が一帯に振動を起こした。
僅か一歩で距離を詰められたシルエスカは、ボロボロの身体を起こして立ち上がる。
それを傍らで見ているマギルスは、声を掛けた。
「……ッ」
「無理しない方がいいよ? 本当は動くのもしんどいんじゃない?」
「……我は、
「ふーん、聖人も大変だね。……でもアレは僕の遊び相手だから、ダメ!」
「……な、なに?」
「ねぇ、そのお姉さんをさっきの場所まで連れて行って」
この状況で呑気な言葉と表情を見せるマギルスに、シルエスカは疲弊しながらも困惑した表情を見せる。
そしてマギルスに命じられた青馬はシルエスカの外套を咥え、首を上げる小さな体を浮かばせると、その背中にシルエスカを乗せた。
「ちょ、ちょっと!?」
「じゃあ、僕は遊んで来るから!」
そう告げた後、青馬は疾走し皇国騎士団のある仮設拠点へと駆け出す。
逆にマギルスは森の賢人へと向かい、鬼気とした笑みを浮かべて挑んだ。
その途中、シルエスカはある男を目にする。
青馬とすれ違うように走る男は二メートル以上の巨体で、大きく黒い大剣を手に持ちながら凄まじい速度で交差した。
シルエスカは重傷ながらもそれを目にし、驚きの目と共に言葉を零す。
「……なるほど、アレ等がゾルフシスの言っていた……」
その後、シルエスカは目を閉じ自身の回復を促す為に消耗したオーラを練り直し、負った傷を治癒させていく。
人間から進化した聖人は、魔法を使わずとも体内のオーラを制御して自然治癒力を高めて肉体を治す。
その治癒力はあらゆる傷や病気を治し、五百年以上の寿命を持つ肉体へ作り変えてしまう。
シルエスカの負った傷は目に見える速度で治り、血に濡れながらも肉体の完治させた。
しかしオーラの消耗が激しく、アリアと同様に眠りに入る。
シルエスカが戦線から離脱する中で、新たに戦線参加したエリクは巨木を見上げ、更に上空で戦うマギルスを確認する。
マギルスが対峙するのは
そして足を止めた瞬間を狙い、ランヴァルディアが収束したオーラを放ちマギルスを仕留めようとする。
そうした窮地にも関わらず、マギルスは無邪気な笑みを浮かべて全ての攻撃を回避し、余裕が生まれれば伸びる木の幹を切断してランヴァルディアにさえ攻撃を加える。
「アハハッ、楽しい
「……この子供、まさかシルエスカより……」
二人の聖人と戦闘を交えたランヴァルディア本人が、目の前で飛び跳ねるマギルスを相手にそう漏らす。
ゴズヴァールと三年間の修行を行い、魔人としての能力を高め続けたマギルスの実力は誰もが思う以上に高い。
その潜在能力の高さはマギルス本人すら自覚しておらず、子供故にその日の体調や精神で実力の差に大きな振り幅があった。
今のマギルスは、体調的にも精神的にも絶好調。
目の前には無限に等しく遊べる相手が存在し、更に後には別の遊び相手も控えている。
その高揚感がマギルスの肉体を漲らせ、シルエスカに勝るとも劣らない動きで次々とランヴァルディアの戦いを潰していく。
そうした光景を下から見上げて走るエリクは、目の前に伸びる巨木の根元を見た。
「……やれるか」
エリクは巨木の根元を前に立ち止まり、黒い大剣の柄を両手で握る。
瞳を閉じて意識を集中させると、両手が赤く染まり赤い魔力が大剣を覆い始める。
そして自身が放てる最大の攻撃を、巨木へ向けて放った。
「――……オォオッ!!」
大剣を薙いだ太く長い赤い魔力斬撃が巨木を襲う。
根元を断とうとするエリクの斬撃は巨木を食い破るように切断していくが、脅威と言える再生能力が斬撃の威力を殺した。
自他共に認める必殺技が通じず、更に
それを避けながら大剣で防ぎ払うエリクは、対抗する為の手段を考える。
上空で戦うマギルスも絶好調とはいえ、何度も切り払っている森の賢人の樹木は無くなる様子が見えない。
切ってもダメージを受けている様子が見えない敵に、エリクはどう対抗するか思案した。
その時、エリクは切り払った一本の枝木を横目に見る。
そして過去に行ったとある会話を思い出した。
それは斑蛇討伐の為に馬車で移動中、エリクとマギルスがアリアに聞かされた事だった。
『酸化っていうのは、物質に酸素が加わる事で起こる事象の事よ』
『……そ、そうか。凄いな』
『分からないなら、素直に分からないって言いなさい』
『す、すまない』
『エリクにも分かるように簡単に説明すると、例えば火を保つ為に使う薪も、水分を飛ばしてから使うでしょ? アレも現象的には酸化しているのよ』
『そうなのか?』
『酸化という現象自体、皆が意識していないだけでとても身近で行われてるの。木が燃えるのも、水が火の熱で沸騰して御湯になり水蒸気になるのも。食べ物が腐ったり、鉄を錆びたり、鉱石を溶かして様々な形に作り変えるのも。こうした事で物質の性質が変化する事を、酸化と呼んでいるのよ』
『そうか。酸化は、そういうものなのか』
『私が買って使っているカイロというのは、中に粉末の鉄を入れて空気中の酸素と合わせると熱を帯びさせるの。それで暖を取れるんだけど、熱せられて黒くなった鉄は酸化鉄という物質に変化するわ。水がお湯に、木が木炭になるのと一緒よ』
『……酸化すると、何がどう変わるんだ?』
『物にもよるけど、酸化した固体は熱を帯び易く強度は脆くなるけど、質量が増える。つまり重くなるの』
『熱く、脆く、そして重く?』
『例えば、鉄は硬さだけで言えばどんな自然鉱物よりも遥かに硬いわ。鉄のみで溶かし合わせた純度の高い鉄は、かなりの硬さになる。でも酸化して酸素や炭素を含んだ鉄は、途端に元の強度より脆くなってしまうの。その分、色々な物質が合わさり重量は増えるのよね』
『そうか。……ところで、これは何の役に立つ知識なんだ?』
『役に立つから覚えるんじゃないの。身近で使っている技術を知識として覚えて、いざという時に言語化して具体的に物事を動かすの。イメージなんて曖昧な物じゃなく、具体的な物理現象としてね』
『イメージじゃなく、具体的な現象で……』
『曖昧なイメージでは何事を成しても満足に届く結果には辿り着けない。満足する結果へ辿り着く為には、具体的な現象を自ら導いて起こすの。それが科学というものよ』
『……具体的な現象を起こす……』
『エリク。貴方は自分の行動で何が起こるかを知識と共に考えて、それで自分が欲する結果になるかを想像しなさい。そうすれば、自ずと求める結果に辿り着けるから――……』
そうした会話をアリアとした事を思い出したエリクは、再生する巨木に対してどうするべきかを思案する。
何をすればあの再生を防ぎ、巨木の幹を斬り飛ばせるのか。
あるいは、巨木の再生能力を封じて倒す方法は無いのか。
それ等を思案する中で、一つの策がエリクの中で浮かんだ。
それもまたアリアが教え、エリクも見ていたものだった。
「……今の俺に、出来るか」
それが今の自分に出来るのか、エリクは考える。
そして迫る木の幹と枝がエリクを包囲した時、それ等がエリク目掛けて突き刺しに掛かった。
その時、エリクは瞳を閉じて意識を内側に向ける。
そして心臓の鼓動を感じ、その奥にある更なる力へと触れた。
「――……『
エリクが詠唱した瞬間、エリクが持つ大剣が炎を纏う。
その魔法は、東港町でログウェルと共に強襲して来た帝国皇子ユグナリスが得意とする魔法の一つ。
エリク自身も燃える炎を掴み取り、ダメージを受けた記憶がある炎の剣。
エリクはこの時に初めて、自身が持つ火の属性魔法を使えた。
そして炎を纏う大剣が迫る木の幹と枝を薙ぎ払い、灯った火が燃え移るように木々に飛び火する。
燃え盛り始める木々は収まる様子が見えず、火の勢いは森の賢人の根元に広がり始めた。
その炎は、無限に等しかった木々の再生を阻む。
木の内部にある水分を急速に奪い、薪のような枯れ木へと変貌していく木が増え始めていた。
「木は、土と水、そして太陽の光を養分にする。どれか一つでも奪えば木は成長しない。……ならば水分を奪い、枯れさせる」
エリクは再生能力を防ぐ為に樹木の水分を奪う手段に出た。
そして森の賢人は燃え盛る炎を消す為に地面へ木々を擦り付けるが、移動し炎の大剣を振るうエリクは更に火を燃え移らせる。
再生能力を妨げて削りに入るエリクは、根元となる部分にも火を移し始めた。
そして根元が燃え盛る姿を確認すると、炎を纏う大剣の柄を両手で持ち、手を赤く染めて赤い魔力を大剣に集中させる。
「――……死ね。枯れ木」
そう呟いたエリクは再び、巨大な赤い斬撃を放つ。
今度は赤い斬撃が燃えるように火を纏い、食い破り燃える箇所の再生が追いつかず根元の半分を削いだ。
森の賢人は斬られ燃やされた根元でバランスを取れず、そのまま巨体を横へ傾けて転倒する。
その異変に気付いたマギルスとランヴァルディアは、燃え盛る森の賢人を見て呟いた。
「うわ、燃えてる。……エリクおじさんがやったのかぁ、せっかく良い玩具だったのに」
「……下にも魔人。まったく、こうも邪魔が入るとは」
伸ばす木の幹や枝が燃え移った炎で焼かれ再生できない森の賢人は、残る部分を燃やしながらエリクを襲い続ける。
しかし数分後には、森の賢人は脆く儚い木炭へと変貌していた。
こうして生み出された森の賢人は、エリクの炎により沈下される。
しかしランヴァルディアとマギルスの戦いは、上空にて更なる激化を見せていた。
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