再生の力


 『神兵』ランヴァルディアと『赤』シルエスカの戦いは、約二時間で終幕する。


 技量で勝るシルエスカは、膨大な気力オーラを誇るランヴァルディアに対して攻勢し続けた。

 しかし無限の再生能力を得たランヴァルディアに対して致命傷を与えられず、攻略方法を思案しながらも全てが徒労に終わる。

 シルエスカの気力が衰え疲れが見え始めた瞬間に、ランヴァルディアはシルエスカを仕留める絶好の機会を得た。


「――……クッ」


「……シルエスカ、やはり貴方でも私を殺せないのか」


 凛々しくも悠然としていたシルエスカが膝を落とした瞬間、ランヴァルディアは失望にも似た声を漏らして空へ跳躍し空中に浮かぶ。

 そして体内のオーラを爆発的に高めたランヴァルディアが右手を空に掲げると、小さな光球が作り出された。


「遊びは終わろう、シルエスカ」


「……ッ」


「貴方には色々と御世話になった。……せめてもの礼として、一撃で楽にしよう」


 作り出された光球が次第に膨れ上がり、直径二十メートル前後の大きさになる。

 それに凝縮された膨大なオーラを感じ取ったシルエスカは、落とした膝を上げて構え直した。


「さようなら、シルエスカ」


 最後まで戦う姿勢を貫くシルエスカに別れを告げ、ランヴァルディアは巨大になった光球を振り下ろす。

 放たれた光球は凄まじい質量と速度でシルエスカに向かい、視界が白い光に満たされた。


 着弾と同時に巻き起こるのは、巨大な振動と白い光に紛れて荒れ狂う風。

 遠くに逃げていた野生動物達は怯えるように更に遠くへ逃げ、仮拠点に居た人々は突如として起こる振動にこの世の終わりを感じさせた。


 振動が終わると、光が収まり風が止む。

 宙に浮かぶランヴァルディアは下を見ると、周辺の森や地形が一片も残らず破壊され、残っているのは剥き出しの地面のみ。


 その惨状の中で、ボロボロの姿になったシルエスカを発見する。

 体のあちこちから血を流し、赤い軽装鎧はほぼ全てが剥がれ落ち、赤く長い髪は一部が消し飛んでいる。

 槍を落とし両膝も地面へ着いたシルエスカを見るランヴァルディアは、考えながら呟いた。


「――……ハァ、ハァ……ッ」


「なるほど。残ったオーラを全て身に纏い、防御に回したのか。それであの攻撃に耐えられるのは、流石に七大聖人セブンスワンだと称賛したい」


「ク……ッ」


「だが、それは死を遅めただけに過ぎない。……今度こそ、楽にしよう」


 ランヴァルディアが新たに光球を作り出す姿を見て、シルエスカは再び膝を起こそうとする。

 しかし残るオーラを使い切り、重傷を負ったシルエスカは動く事すらままならない姿になっていた。


 それを見下ろすランヴァルディアは、直径一メートル前後の光球をそのままシルエスカに投げ放つ。

 それで殺せると思うランヴァルディアと、これで死ぬと思うシルエスカの思考が重なり、光球がシルエスカに直撃しようとした瞬間。


 吹き飛ばされた大地の中を一つの青馬が駆け、それに乗っていた何者かがシルエスカに迫る光球を手に持つ武器で弾き飛ばした。


「!」


「!?」


 光球はランヴァルディアに豪速で打ち返され、それを予期していなかったランヴァルディアは直撃し膨れ上がる白い光に飲まれる。

 頭上で起きた出来事を見たシルエスカは、光球を弾き返して青馬の背に降りた人物を見た。


 それは十五歳前後に見えるシルエスカより若く、幼い身体に不釣合いな大鎌を抱え持つ深い青髪を揺らした少年。

 青馬の上から振り返りシルエスカを見下ろす少年は、確認するように呼び掛けた。


「お姉さんが七大聖人セブンスワンの人?」


「……そ、其方は……?」


「僕? 僕はマギルス、お姉さんを助けに来たんだよ!」


 そう笑いながら話すマギルスに、シルエスカは驚きを深める。


 生まれた時から聖人に達し、七大聖人セブンスワンとして戦い続けて来たシルエスカは、戦いの中で誰かに助けられるという経験を今までした事が無い。

 皇国最強の聖人として一目置かれながらも、人々がシルエスカに向ける目は恐れにも似た敬いの目と言葉だけ。

 自身が纏うオーラが人々に威圧を与え、対等に接する人間は親兄弟にさえ存在しなかった。


 そんな生まれながらの聖人バケモノであるシルエスカにとって、自分より幼く見える少年に助けられるという経験は、七十年以上の歳月で初めての経験だった。


 そんなシルエスカの様子にマギルスは気付く様子も無く、空を見て結果を確認する。 

 光が収まり自身の光球に直撃したランヴァルディアの姿は、左半身が弾け飛んでいる。


 その姿になっているにも関わらず、ランヴァルディアは新たに現れたマギルスを見て訊ねた。


「――……なるほど、君が施設の上で暴れていた人物か。……この感覚、魔人か?」


「あれ、平気なの? 普通、それって死んでない?」


「この程度では死ねない身体になってしまってね。……私の邪魔をしないでほしいのだが、大人しく去る気は?」


「無いね。キメラはつまらなかったけど、おじさんと戦うのは楽しそうだもん」


「そうか。……ならば、シルエスカより先に君を排除しよう」


 そう言い放つランヴァルディアは、すぐに損傷した左半身を再生させる。

 それに驚きを見せるマギルスだったが、すぐに歓喜の笑みへと変化し、青馬の背から飛び立ち上空のランヴァルディアに向かった。

 それを跳ね除けるようにランヴァルディアはオーラの光球を両手に生み出し、マギルスを迎撃する為に撃ち放つ。


 再び迫る光球を大鎌で払い退けたマギルスは、ランヴァルディアの足を一刀両断にした。


「ッ!!」


「あれ、届かないや。――……なら!」


 落下するマギルスを狙い撃とうとランヴァルディアが光球を生み出した瞬間、マギルスが空中にいながら跳ねるように飛んで軌道が変わる。

 それを見たランヴァルディアは驚きの目を含み、その仕組みを即座に解明した。


「これは、魔力で足場を……!?」


物理障壁シールドは、自分を守る為だけのものじゃないんだよ!」


 マギルスは自身の魔力で物理障壁シールドを作り出し、それを足場にして跳躍する。

 繊細な魔力制御と自身の身体能力に絶対的な自信が無ければ出来ない芸当を、即座に思い付き実行するマギルスはランヴァルディアの首を狙った。


「首、もーらいっ!」


「よく跳ねる」


 大鎌を振り下ろすマギルスに対して、ランヴァルディアは光球を束ねて収束砲を作り出して浴びせるように放つ。

 それを見たマギルスは瞬時に物理障壁を展開させて、それを足場にして跳んで回避した。

 しかし収束砲を放ち終えたランヴァルディアの右手がズレるように落ち、あの一瞬で自身の手が切り裂かれていた事をランヴァルディアは自覚する。


 ランヴァルディアは右手を引き左手でオーラの収束砲を撃ち、着地するマギルスを狙う。

 それを読み取り障壁の壁で跳躍しながら回避したマギルスは別の場所に降り立ち、空のランヴァルディアを見上げた。

 ランヴァルディアは切断された両足と右腕を修復させながら、マギルスを見下ろす。


「ちぇっ。首、取り損ねちゃった」


「なるほど。確かに魔人ほんものと比べれば、不出来な合成魔人にせものは相手にもならないだろうな」


「うーん、切っても新しいのが生えちゃうのかぁ。首も生えるのかな? 首が生えるところは見たいけど、首取る意味は無いのかなぁ?」


「……だが魔人であろうと、今の私は殺すまで至れない」


 マギルスが攻略法を思考する最中、ランヴァルディアは新たな行動に出る。

 自身の右手の指を噛み切り、赤い血液を流し始めたのだ。


 今までシルエスカやマギルスが切断した際には出なかった血を、手を軽く振り周辺へ撒き散らす。

 落ちた血はシルエスカやマギルスを狙ったモノではなく、吹き飛ばされた大地の地面に吸収された。

 謎の行動に違和感を持ちながら見上げる二人を他所に、ランヴァルディアは自身で付けた傷を修復しながら呟く。


「『神兵』は神が造り出した兵器。兵器と呼ばれる所以は、膨大なエネルギー質量を『破壊』に使うからだ」


「……何か言ってる?」


「だが、そのエネルギーを別の方向にも働き掛けられる。――……例えば、『破壊』したモノを『再生』させるとかね」


「!!」


 ランヴァルディアが右拳を握った瞬間、マギルスとシルエスカの周囲に異変が起こる。

 剥き出しの大地に草木が生え、急速に成長して辺り一帯を埋め尽くす。

 その成長速度は尋常ではなく、十秒も経たない間に周辺は森へと変貌してしまう。

 突如として生み出された森に囲まれ、何が起こったのか理解出来ないマギルスは周囲を見渡し、シルエスカはそれを理解した。


「……まさか奴の血は、自分だけじゃなく周囲も再生させる……!?」


「神兵が生み出す血は、こうした効能もある」


「……万能の治癒薬、マナの実か……!!」


「そして神兵このの血で復活したモノは、神兵に従属する。……このようにね」


「……!?」


 ランヴァルディアが腕を扇ぐと、再生された木々が生命を宿したように動き出す。

 それ等が渦巻くように這うと、草木が束ねるように螺旋を描いて集まり始めた。


 その異変を察知したマギルスは、シルエスカが居る場所を見てそちらに駆け出す。

 満身創痍のシルエスカは満足に動けず、両手に槍を持ち蠢く草木を払いながらも、束ねられる森に巻き込まれそうになっていた。

 その周辺にある草木を大鎌で切り裂くマギルスはシルエスカを救い出すと、小さな体で背負い走り出した。


「な、何を……!?」


「動けないんでしょ? とりあえず安全な場所まで背負おぶって行くよ!」


 顔を赤らめ困惑の声を漏らすシルエスカと、暗に邪魔だから逃げておけと話して背負うマギルスは、蠢く森から抜け出す為に走り出す。

 その時、隣を並走するように消えていた青馬が姿を現した。


「!?」


「乗せて乗せて!」


 マギルスはシルエスカを背負ったまま跳躍し、その下へ青馬が潜り入る。

 その背に乗ったマギルスはシルエスカと共に疾走し、瞬く間に森を抜け出した。


 森から距離が離れた所で青馬から降りると、シルエスカを地面に置いてマギルスは森が生えた場所を見る。

 その森は、既に森と呼べる姿ではなくなっていた。


「なに、あれ?」


「……まさか、森の賢人フォレストローブ……!?」


「ふぉれすとろーぶ?」


「世界の何処かに、森が一つの根で繋がる場所があると聞いた事がある。その森は意思を持ち、一つの生命体として活動していると……」


「それって強いの?」


「大昔に現れた時、当時の人間大陸では王級魔獣キングと同等の指定にされていたはず……」


「へぇー、そっか!」


 それを聞いて笑うマギルスがシルエスカと共に見上げるのは、森の草木が束ねられた高さ三十メートルを超える巨大な樹木。

 木の幹が枝分かれして指や腕を作り出し、足も同じように模られ、頭頂部は葉の頭が作り出され、姿は人間に近しくも程遠いものだった。


 その森の賢人フォレストローブを造り出したランヴァルディアは、それより高い上空で二人を見下ろしていた。


「――……これが『神兵』が持つ本来の力。かつて神が人間と魔族を滅ぼそうとした目論見の先。ーー……神兵とは破壊者ではなく、星の再生者なのさ」


 『神兵』としての力を得たランヴァルディアは、シルエスカとマギルスを仕留める為に能力を見せる。

 マギルスを交えたこの戦いは、激化の兆候を見せ始めた。

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