贋作と本物の差
瀕死のグラドを救ったのは、奴隷を盗み行方を眩ましていたマギルス。
しかし倒れたグラドに興味を示さず、目の前の巨人に興味を持ち笑みを浮かべたマギルスは、手に持つ大鎌を縦横無尽に回しながら構えた。
「これがアリアお姉さんの言ってた
『……お前は、何者だ? どうやってここに……』
「あれ、変な声だ?」
『天井が切り破られている!? 馬鹿な、あんなガキが……!?』
「……ここに居る人は誰も喋ってないね。何処か別の場所で喋ってるのかな? ……まぁいいや!」
周囲から響くザルツヘルムの声をあっさりした様子で気に留めず、マギルスは巨人の方を見る。
そして巨人に話し掛けた。
「ねぇねぇ。でっかいおじさん、キメラなんだよね? 人間から魔人になるってどんな感じ? いっぱい強くなれて嬉しい?」
「……グォォ……」
「話せないの? つまらないなぁ。作られた魔人っていうのに興味あったのに」
「グォォオ……」
「あれ? 右腕、付けなくていいの? 傷が塞がっちゃうよ?」
「グォオオオオオオオオッ!!」
巨人が突如として叫び、斬られた右腕を放置してマギルスを踏みつけようとする。
マギルスは頬を膨らませながら大鎌の柄を右手に持ち替えると、向かって来る巨人の踏み足を左手で迎撃した。
マギルスが巨人の足に踏み潰される。
それを見た者達は突如として現れた少年の死を確信した。
しかし、少年がただの少年ではないことを誰もが知らなかった。
「――……ねぇねぇ。これがキメラの全力?」
『な……!?』
「え……!?」
平然と巨人の踏み足を受け止めるマギルスの姿に、ザルツヘルムと訓練兵達は絶句する。
他の合成魔人すら即死させた足踏みに平然と耐える子供の登場に、その場の全員が驚愕するしかない。
「うわっ! 汚いし臭い!」
巨人の足にそうした感想を漏らしたマギルスは、左手に力を込めて巨人の足を押し返す。
マギルスは鉄床を曲げるほど足に力を込めて跳躍すると、足が容易く押し返されバランスを崩した巨人が尻餅を着いて倒れた。
「ぁ……が……!?」
『な……なに……!?』
口を大きく開けて呆然としながら目を見張る訓練兵達と、驚きの声しか漏れないザルツヘルム。
そんな周囲の反応など意に介さず、マギルスは巨人に大鎌を向けた。
「キメラって、あんまり大したことないね。これじゃあ遊べないや」
『お、お前……お前は何だ!? 何者なんだ!?』
「うるさいなぁ。これ以上はつまらないし、遊ぶとまたアリアお姉さんが怒りそうだし。終わらせちゃおっと!」
『!?』
立ち上がる巨人を見ながらマギルスは大鎌の柄を両手で握り、腰を落として前傾姿勢となる。
そして次の瞬間には、凄まじい速さで駆け出し一瞬で巨人の肩に乗った。
「さよなら、大きいおじさん」
そう囁いた後、マギルスが大鎌を巨人の首に一閃させる。
そのまま飛び降りた後、僅かに動く巨人の首から血が滲み、巨人の首から上が床へと落下した。
「え、え……?」
「首が、取れた……?」
「何が起こってるんだ……!?」
訓練兵達は巨人の首が落ちる光景を目にして唖然とする。
この場の誰もがマギルスの移動と首を刈り取る瞬間を目にできず、突如として巨人の首が切り離されたようにしか見えない。
そして立っていた巨人の胴体が後ろへ倒れる。
それを気にする様子も無く、近くに倒れていたグラドにマギルスが話し掛けた。
「ねぇねぇ、おじさん。まだ生きてる?」
「……あ、ぁ……」
「あれ、死んじゃいそうだね。大丈夫?」
「……ぃ、ゃ……」
「ねぇねぇ、そっちの人達。このおじさん、助けなくていいの?」
「!?」
呆気に取られていた訓練兵達が瀕死になっているグラドを思い出し、全員がグラドの方へ駆け出す。
巨人の手に身体を握り締められたグラドは全身の骨に夥しい損傷を負い、内臓も損傷していた。
一定の間隔で吐血し、もはや意識も絶え絶えのグラドを訓練兵達は助ける為に、まだ回復魔法の使い手と治療班が出来る限りの治療を施す。
そうしてグラドを延命させようと訓練兵達が動く中で、マギルスは壊れた鉄扉の前に残っている合成魔人に話し掛けた。
「おじさん達も喋れないの?」
「……ァ……ゥ……」
「ダメかぁ。アリアお姉さんの言う通り、やっぱりここのキメラは出来損ないの失敗作なんだね?」
話し掛けても呻き声を漏らすだけの
それに反論するかのように、ザルツヘルムの声が響いた。
『……何を言っている!? 我々の
「えー。だってこの人達、喋れないし凄く弱いじゃん。こんなのが魔人と同じ強さなわけないもん。どれだけ作っても相手にならないよ」
『ガキが……!! おい、残ったキメラを動かせ!! 待機させているキメラもだ!! あのガキと訓練兵共を始末しろ!!』
ザルツヘルムの怒声が響くと同時に、マギルスの前に立つ合成魔人が動き出す。
更に他の鉄扉が開け放たれると、中から十数体の別種類の合成魔人達が姿を現した。
合成魔人達が魔獣に似通った特徴を肉体を武器にし構える。
訓練兵達は新たに現れた合成魔人達に怯みを見せたが、マギルスは欠伸を一つ漏らした。
「えー、まだいるの? 面倒臭いなぁ。僕、あの子を見つけなきゃいけないのに」
『
ザルツヘルムの怒声と同時に
全てがマギルスを襲うわけではなく、倒れるグラドの近くにいる訓練兵達にも迫る。
それに対応すべく訓練兵達も武器を構えようとした時、マギルスが訓練兵達に声を掛けた。
「しゃがんでないと、死んじゃうよ?」
「!?」
大鎌を振る構えを見せたマギルスが言うと、勘の良い者は他の者達の頭を押さえて屈ませる。
そして合成魔人達がマギルスや訓練兵達に飛び掛った瞬間、マギルスが身体を横へ回しながら大鎌を振り抜き、鎌の刃から放たれた青い魔力が合成魔人達を襲った。
青の刃が合成魔人達を通過し、周囲の鉄壁に円形状の爪痕を残す。
訓練兵達は頭を上げて見たのは、信じられない光景だった。
「……え?」
「キ、キメラが……」
「全員、死んでる……?」
訓練兵達が見ているのは、体を真っ二つにされた鉄床に身体を沈めて絶命している
何が起こったのか分からない訓練兵達を他所に、マギルスは周りを見ながら大鎌を肩に抱えた。
「エリクおじさんのを真似てみたけど、おじさんのより細いなぁ。頭まで消し飛ばしたかったのに、真っ二つにしか出来なかったや」
呑気な笑みを浮かべてマギルスは呟くと、真っ二つにも関わらず胴より上が動く合成魔人達を見て歩み寄る。
生き残りの首を大鎌で刈り取ると、その場の合成魔人達は完全に沈黙した。
その光景に驚く訓練兵達以上に取り乱すのはザルツヘルムだった。
『……馬鹿な。馬鹿な、馬鹿な……。馬鹿なッ!! ありえない、兵団の……私の最高の兵士が……!!』
「ゴズヴァールおじさんやエリクおじさんだったら、簡単に避けるだろうなぁ。やっぱりキメラは駄目だね」
『……貴様は、貴様は何だというのだ!?』
「僕? 僕はマギルス。ただの魔人だよ?」
『!?』
「変な感じがするのは……あそこかぁ。――……よっと!」
『……!?』
マギルスがやや高めに位置する鉄壁を見ると、高く跳躍して大鎌の刃を壁に突き刺すと同時に、ザルツヘルムの声が発せられる魔道具から違う音が鳴り響く。
そして鉄壁に大鎌の刃を引き楕円形の穴を空けると、その中を覗きこんだマギルスが笑いながら話し掛けた。
「みーつけた」
「ヒ、ヒィ……!?」
鉄壁の中には、複数の兵士達と白衣を着た研究者らしき者達がいる部屋が存在していた。
そして魔法師と思しき服装の人物達と、その中心に歪な表情で強く睨むザルツヘルムの姿もある。
意外な所からの侵入に怯えた者達は下がり、マギルスは壁の中に乗り込んで話し掛けた。
「ねぇねぇ、おじさん達。聞きたい事があるんだけどね?」
「……」
「僕より少し年下の黒髪の女の子を捜してるんだけどさ。ここに連れて来てない?」
「……」
「ねぇ、教えてよ。それとも知らないの? ……だったら、おじさん達に用は無いや」
「ま、待て! 待ってくれ!!」
マギルスが大鎌の刃をチラつかせた瞬間、怯える様子を見せていた研究員の一人が死を予感して喋り出した。
「知ってる! 私はその子を知っている!!」
「へぇ、何処にいるの?」
「す、数日前に連れて来られて、第五区画の一般収容所に入れているはずだ!!」
「その第五区画っていうのは?」
「こ、この区画から下へ降りて――……ゴホ……ッ」
そこまで喋った研究員の背中から胸に長剣が突き刺さる。
そして引き抜かれた長剣と同時に、研究員は夥しい出血を胸と口から吐き出して床へ倒れた。
長剣を突き刺したのは、第四兵士師団団長ザルツヘルム。
影を落とした怒りの形相をマギルスに向け、長剣を振り血を払いながら告げた。
「――……よくも我々の計画を邪魔をしてくれたな……!!」
「あ、さっきの声の人だ」
「こうなれば貴様も訓練兵達も、この私が手ずから殺してくれるわッ!!」
そう叫び襲い掛かるザルツヘルムは、右手に持つ長剣と同時に左篭手から短剣を引き出し左手で投げ放つ。
それを余裕で回避したマギルスの顔面にザルツヘルムの長剣が突き入れようと迫った。
そして次の瞬間。
剣を持つ腕と共に切り落とされたザルツヘルムの頭が床へ転がる。
しかし走ったままの体が壁の穴に突っ込み、真っ二つにされた合成魔人達の死体に加わった。
突如として落下してきた首と腕の無い死体に驚く訓練兵達や、一瞬で殺されたザルツヘルムの最後に唖然とする者達を他所に、それにマギルスは興味を示す事も無く目の前の研究員達に話し掛けた。
「ねぇねぇ、第五区画って?」
「……は、はい。第五区画は、私達が居る階層から、更に下にある区画です……」
「ここからだと、何処が近いかな?」
「し、下の……
「そっか。教えてくれてありがとう! じゃあね!」
そう無邪気に笑い礼を言うマギルスは、鉄壁の穴から出て再び階下へ戻る。
残された兵士達と魔法師達は、首が転がるザルツヘルムを見ながら心底恐怖していた。
あれが本物の魔人。
それを目の前で見せられた者達は、合成魔人の兵士化計画は完全なる失敗だと悟った。
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