迎撃準備


アリア達を送り届けたゴズヴァールは王宮に戻り、

慕い残っていた元闘士の部下から、とある情報を聞いた。



「テクラノスが逃亡だと?」


「はい。捕らえていた牢屋から、何者かが逃亡させたようで」


「奴に刻んだ奴隷紋と、それを縛る誓約書がある限り、逃げれば制約を破り死ぬ事は奴自身も承知しているはずだ」


「それが……。厳重に保管されていたテクラノス殿の誓約書を持ち出し、奴隷紋を解除した者が……」


「……その者が逃亡させた、ということか」


「それと、もう一つお知らせしたい事が」


「他にもあるのか?」


「エアハルト殿が、問題ある元闘士達を率いて、首都から出たと……」


「……そうか」


「どうなさいますか、ゴズヴァール殿?」



第二席エアハルトと第五席テクラノスが同時に居なくなり、

それがアリア達の出立と同時に判明した事が、

ゴズヴァールの脳裏に関わりを勘繰らずにはいられない。


数秒ほど思考した後、

ゴズヴァールは思い出したように呟いた。



「……そういえば、アレが居たな」


「アレとは?」


「謹慎させたままだったからな。いい加減に解かねば、愚図り暴れかねん」


「……あっ」


「俺は王宮から離れん。王と王子を守らねばならんからな。奴に処理させる」


「よ、宜しいのですか?」


「構わん。それに奴自身、あの女に興味があるらしいからな」


「で、では……」


「ああ、謹慎を解くことを伝えろ。あれにも良い経験になるだろう。それに、エアハルトとテクラノスの狙いはあの女達だろうからな。丁度良い」



そう部下に命じた後、

ゴズヴァールはマシラ王の傍に控える為に王室まで戻った。


その数十分後。


一匹の馬が王宮から飛び出し、

首都の出入り口から凄まじい速度で走り去る馬が目撃される。

首の無い馬が青髪の少年を乗せ、疾風の如く駆け抜けていく姿を。


一方その頃。


朝方にマシラの首都から出たアリア達は、

馬を駆けさせ荷馬車で街道を移動していた。


緩やかながらも歩く速度より早く走り、

整えられた道を荷馬車に走らせる。


そして荷馬車に追従しながら走るエリクを、

荷馬車に乗ったアリアが横目で見てながら、

馬を操るケイルに話し掛けた。



「……ケイル。首都を出てからずっと、エリクが荷馬車と並走してるんだけど?」


「ああ。王国の頃からあんな感じで走ってたぜ」


「……馬とか、乗らなかったの?」


「王国の貴族共が、平民上がりの傭兵団に馬なんか渡すわけないだろ」


「……えっ。傭兵団全員、徒歩で移動してたの?」


「ああ。荷車なんかは自分達で引いてな。……アタシも初めは驚いたけどな。もう慣れた」


「……」



王国でのエリク達の待遇に改めて驚き、

普段の歩き旅でエリクがどれだけ進行速度を抑えていたかを、

改めてアリアは知る。


そのエリクが走りながら首を左右に向けて見渡し、

更に後ろ気味に首を傾けて何かに気付く。

それを馬車に乗る二人に伝えた。



「アリア、ケイル。追って来る奴等がいる」


「何人だ?」


「少なくとも、十以上は」


「こんなに早く仕掛けて来るのかよ、クソッ」



エリクの注意で事態を把握したケイルが、

展開の早さに愚痴を零す中で、

アリアが荷馬車の後ろから様子を見る。


そしてエリクの警告通り、

街道の後ろから馬に乗った追っ手が迫ってきていた。



「ケイル、もっと速く走らせられないの!?」


「無茶言うなよ、こっちは荷車引かせて走ってるんだぞ!!」



アリアが急かしてケイルが愚痴を叫ぶ中で、

エリクが冷静に状況を見据えながら、

何かを考えて、荷馬車に乗る二人に伝えた。



「アリア、俺が奴等を倒す。その間に二人で進め」


「ダメ!」


「だ、ダメか?」


「この状況で別れるのは愚策よ。迎撃するなら全員で、そして容赦なく追っ手は叩きのめすわ。今はエリクとケイルは馬を死守よ。今回は私が遊撃するわ!」


「そ、そうか」


「闘士や傭兵ギルドがなんだってのよ。今までの溜まりに溜まった鬱憤、晴らさせてやるわ……!」



今までマシラの事件に巻き込まれた腹いせを、

追っ手で晴らすことを目論むアリアは、

黒い笑みを浮かべながら荷馬車の後ろに立った。


そして追っ手の馬を確認しながら、

短杖を右手に持ち、後方に杖の先端を向けた。



「『黎明なる大地の矛よ。我が応えに囁き姿を見せよ。我が憤怒と矛を交え、断罪の刃を彼の者達を引き裂きたまえ――……』」



短杖に取り付けられた魔石が黄色に輝き、

三節の詠唱を唱えたと同時に、

アリアが唱えた魔法が発動した。



「――……『大地割く衝撃刃グランドダッシャー』ッ!!」



詠唱を唱え終えた瞬間、

荷馬車が通る整えられた土の街道が砕け、

凄まじい勢いで土の刃が上空に向けて突き出される。

整えられた街道から突き出した土の刃に進路が塞がれ、

馬に乗った追っ手達は停止せざるをえなかった。


後ろを確認したケイルがそれを見て、

アリアに向けて言い放った。



「おい! 道を壊していいのかよ?」


「知らないわよ! 追って来た奴等と追わせた奴等が悪いんだから、そいつ等が勝手に直せばいいでしょ!」


「相変わらず、お前も無茶苦茶だな……」



魔法で出来た土の刃を避けるように追っ手は両脇へ移動し、

諦めずに追おうとした姿を確認した所に、

更にアリアが追撃して土の刃を発生させる。


山形やまなりになっているマシラの首都を出ると、

一気に平坦な道から下り坂へと変化する。

その下り道と両脇の岩肌が見える壁に土の刃を生み出すと、

後方からの追っ手は馬で追う事を諦めざるをえなかった。



「これでしばらくは、時間が稼げるわね。このまま一気に進みましょう!」


「ああ」



荷馬車の速度をやや緩やかにすると、

三人は下り坂を降りて追跡する闘士や傭兵達を撒く為に、

通り道に様々な妨害工作を施していく。


土の刃の他にも、分かれ道で荷馬車の痕跡を土魔法で消し、

途中で魔物や魔獣の群れが見えればエリクに誘導させ、

街道に寄せて追跡者達を妨害する為に阻ませた。


そういう妨害行動を発案し命じていくアリアに、

ケイルは引き気味に呟いた。



「……えげつねぇな、この御嬢様」


「何か言った?」


「お前に友達ダチが出来ない理由が、よく分かったって言ったんだよ」


「えー、何でよ!」


「それより馬が限界だ。どっかで休ませねぇと、今日中に馬が潰れちまうぞ」


「そうね。……あそこの森に入れない?」


「行けるぜ」


「それじゃあ、今日はあそこの森でやり過ごしましょう。ケイルは荷馬車と馬を、あの場所まで連れて行って。私とエリクは、先に進んだと思わせる偽装を施してから向かうわ」


「分かった」



ケイルは指示に従い、

道から外れた森へ進路を移す。


アリアは荷馬車から飛び降り、

エリクと共に道へ足跡や馬の後を偽装して作りながら、

しばらく先まで進んで戻り、ケイルが隠れた森へ入った。



「ありがとう。頑張ってくれたわね」



馬を荷馬車から外して休ませつつ、

荷馬車に乗せた馬用の野菜と水を与えながら、

アリアは馬に触れて感謝の言葉を述べた。


ケイルも荷馬車から降り、

昼食の保存食と水を摂りつつ、三人で話し合った。



「ケイル。この後はどうするべきか、意見を聞かせて」


「……馬を休ませるとして、移動は日は置いた方がいいだろうな。流石に働かせすぎた」


「そうね。移動は次の日にするとして、この先に検問所はある?」


「あるが、もうちょい先だ。荷馬車で上手く移動して、麓を越えてから半日ほど走らせた場所だな」



ケイルの意見を聞いた後、

アリアは少し考えながらエリクにも意見を求めた。



「エリクはどう思う?」


「どう、とは?」


「追っ手は偽装で私達が先に進んだと思い通過するとして。偽装がバレて先に進んでいないと分かったら、貴方ならどうする?」


「……戻って探すか、待ち伏せするだろうな」


「私とエリクが居れば、待ち伏せなんて倒すのは容易いけど、巧妙に隠れられてると対処し難いし、出来るだけ手早く追っ手は倒したい。そして馬を傷付けず、疲弊させずに突破したい。そういう方法、エリクは考えられる?」


「……俺達の馬と荷馬車を、囮にするべきだろう」


「馬と荷馬車を?」


「ああ。馬と荷馬車に注意を向けさせ、待ち伏せする奴等を配置に着かせて、そこを俺達で襲う。そして奴等を無力化して、追跡を断念させる」


「……なるほどね。追っ手は、私達が馬が無ければ逃げられないと思ってる。それを逆手に取るのね?」


「エリクに賛成だな。追っ手から逃げるよりも、追跡を断念させる方が遥かに楽だ」



エリクの発想にケイルも頷いて同意すると、

アリアは目を閉じて思案し、

目と口を開けて行動を決めた。



「追っ手を襲うわ。そして逃げ切りましょう」


「ああ」


「分かった」



こうして身を潜めた森の中で、

三人は追跡者達の迎撃を決意した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る