出立の時


出立するアリア達の目の前に再び姿を見せたのは、

マシラ共和国の中で最強の男、闘士長ゴズヴァール。


不自然にも中層の出入り口には人が居らず、

アリア達は改めて不信感を募らせる。


しかし警戒を見せるエリクと共に、

待ち構えていたゴズヴァールの仁王立ちの姿を見ると、

アリアとケイルが同じような言葉を呟いた。



「……私、あんな感じで待ち構えてる牛男、何度も見た気がする」


「奇遇だな。アタシもこの間、見たばっかだわ」



驚きよりも呆れの方が湧き出る女性二人に対し、

エリクとゴズヴァールが敵意剥き出しの視線を向け、

かなり距離が開いているにも関わらず、

その場に見えない威圧感が充満しつつあった。


その時、門の壁に立て掛けていた何かを、

ゴズヴァールが握り持ち、

大布に包まれたそれが姿を見せた。



「!」


「あれ、もしかしてエリクの大剣じゃない……!?」



王宮での戦い以後、

行方不明だったエリクの黒い大剣が、

鞘に収められた状態でゴズヴァールに握られていた。


それを持った瞬間に右手の筋肉を膨張させ、

脚と足に力を込めて上体を僅かに反らした瞬間に、

アリア達はゴズヴァールが何をするかを理解した。



「あいつ、まさか!?」


「ケイル、馬を移動させて!」


「……」



アリアとケイルが意図を察して荷馬車を動かそうと焦る中で、

エリクはただ静かに見据え、ゴズヴァールを見た。


大剣を背負うように右手で抱え、

上体を後ろに逸らして力を込めたゴズヴァールが、

目を力強く見開いた瞬間、エリク達が居る場所へ大剣が投げ放たれた。



「あの牛男、本当にやったわね!?」


「エリク、避けろ!!」



大剣が縦回転をしつつ豪速で接近し、

自分達を襲う光景を目にしながらも、

エリクは一歩も引こうとしない。


逆にエリクは走り出し、

大剣に向かって行った。



「エリク!?」


「何やってんだ、あの馬鹿!?」



エリクの行動に驚きを深めた女性陣を他所に、

投げ放たれた大剣と向き合ったエリクが、

走りながら力強く踏み込み、僅かに跳躍して見せた。


そしてエリクと大剣が接触した時、

エリクは大剣の柄を正確に右手で掴み取ると、

身体ごと横に回りながら足を地面に着け、

数メートルほど投げられた力で移動した後に、

大剣はエリクの巨体と共に停止した。


それを見ていたケイルは顔を引き攣らせ、

アリアも驚きを深めて同じ意見を述べた。



「……止めやがったぞ、あいつ」


「嘘、あれを止めれるの……?」



常人離れし過ぎたエリクの行動に、

今までのエリクを知る二人ですら驚愕を向ける。


エリク自体は自分の大剣を軽く振り回すが、

その重さは周囲が見る以上に重い。

ある程度鍛えた男性傭兵が、

三人掛かりでやっと持ち運べる程の重量なのだ。


その大剣が高速回転し豪速で投げ放たれたにも関わらず、

エリクは柄を素早く掴み取り、自分の手に戻した。


大剣を回収したエリクは背中に大剣を担ぎ、

鞘のベルトを胸に締めて、黒い大剣を背負う。



「……」



何事も無くエリクはやり遂げたが、

ゴズヴァールが中層の門から離れ、

エリク達に近付くように歩み始めた。


それを静かに見据えながら、アリアはケイルに言った。



「ケイル、馬をお願い」


「どうするんだ?」


「邪魔をするっていうなら、今度は本気であの牛男を排除するまでよ」



そう話して荷馬車から降りたアリアは、

大剣を担ぎ直したエリクの隣に立ち、

魔石が付いた短杖を右手に構える。


隣に立ったアリアを横目でエリクが見ると、

アリアはゴズヴァールを見据えつつ話した。



「私もやるわ」


「……いいのか?」


「言ったでしょ。本気を出せばゴズヴァールくらい、私でも倒せるわ。今はお互いに万全だし、この前みたいにはいかないわよ」


「いや、そうじゃない」


「え?」


「あいつは、戦う気は無い」


「……え?」



そう話すエリクに戸惑いを見せるアリアだったが、

歩みを進めるゴズヴァールの顔を見て、

改めてエリクに向けて話し掛けた。



「いや、だって。あれどう見ても戦う顔よね?」


「あれは、俺達に向けていない」


「……どういうこと?」


「周囲に、俺達を狙っている奴等がいる」


「!」


「そいつ等に向けて、あの男が敵意を向けている」



エリクがそう話を聞かせる中で、

アリアは初めて周囲に居る敵対者の事を知った。



「どうして言わなかったの?」


「あの男が見えた瞬間、俺も周囲の敵意に気付いた」


「……さっき馬車の前に出たのは、ゴズヴァールじゃなくて、周囲の気配に気付いたから?」


「ああ」


「手練れなの?」


「気配を隠すのは上手い。そして、数は多い」


「……傭兵ギルドか、それとも闘士かしら。どっちにしても厄介ね」



今になってエリクが察する状況を理解したアリアは、

改めて周囲に警戒を向けつつ、

歩み寄ってくるゴズヴァールに対しても注意を向けた。


そして声が届く距離に近付いた時に、

ゴズヴァールはアリア達に向けて声を発した。



「――……待っていた」


「待っていた……?」


「そうだ」


「どうしてアンタが、私達を待ってるのよ」


「一つは、その大剣を届ける為だ。撤去している瓦礫の中から先日、その剣が見つかった」


「……下手したら死んでたわよ?」


「俺と戦う前ならいざ知らず、今のこの男であれば、掴む事も容易いだろうと踏んだ」


「……」



大剣を届けに来たと話すゴズヴァールに、

アリアは訝しげな表情を浮かべながら次の話に切り替えた。



「それで、他の理由は何? そして、これはどういう状況?」


「傭兵ギルドと闘士の一部が、貴様達を狙っている」


「……傭兵ギルドは分かるけど、闘士の一部って?」


「元々、共和国設立後の闘士部隊は、元老院や政府連中が引き入れた者達が多い。奴等に命じられ、貴様達を狙う闘士が居るということだ」


「アンタの部下じゃないわけ?」


「今の奴等に命じているのは、俺ではない」


「……そう、人望ないのね。可哀相」


「当たり前だろう。奴等は既に、俺の部下ですら無い」


「……どういうことよ?」


「闘士という組織は、数日前に解散した」


「!?」


「俺自身が解散させた。大部分が傭兵に戻るか兵士に戻り、大体の連中は政府や元老院の手足に戻った。今の状況は、そういうことだ」



闘士の状況が一変した事を今になって聞き、

アリアは頭の中で回している計算を狂わせる。


闘士部隊が事実上解散し、

戦力の大部分が共和国政府に帰属したとなれば、

ローゼン公爵家の娘であり魔石の秘密を知る自分を、

高官や元老院達は必ず欲し、手元に置きたがるだろう。


面倒な事態に発展している事を今更ながら知ると、

アリアはゴズヴァールを睨みながら話した。



「面倒な事をしてくれたみたいね」


「その謝罪の意味も込めて、俺が見送りに来た」


「……アンタが牽制することで、アタシ達を襲おうとした連中を抑えてたってこと?」


「そうだ」


「……ありがた迷惑っていうのは、こういう時に使う言葉かしらね」


「貴様達が首都内で襲われれば、貴様とマシラ王との約定が違われる。それを守る為でもある」


「……なるほど、あくまで王様の為ってワケね」


「ああ。だから首都から出るまでは俺が守り、見送ってやる。だが首都から出た後の事は、俺は関与しない」


「……」


「その後は、貴様達で対処しろ」



首都から出立するまではアリア達を守る。

しかし出た後は守らないと直接的に伝えた言葉に、

アリアは訝しげな表情を嫌悪の表情に変化させた。


そしてアリアに全てを話し終えた後、

ゴズヴァールはエリクに顔を向け、話した。



「鬼神の子孫、エリク」


「……きしん?」


「もしこの国から出る事が叶うなら、フォウルという国へ行け。そして、貴様と同じ血を引く、鬼の巫女姫を訪ねるといい」


「!」


「彼の国で貴様が修練を積めば、鬼神の力を使い、更なる力を得られるだろう」


「……」


「貴様はあの国に行かなければならない。……でなければ、自分の力を扱えず、御しきれない鬼神の力で、守るべき女が死ぬ事になる」


「!?」


「自身に流れる血の力を使いこなしてみせろ。そうすれば貴様は、俺すら容易く凌駕できるだろう」



そう告げたゴズヴァールは背中を見せると、

先導するように門まで歩き始めた。


アリアは不機嫌な表情を残し、

エリクも強張らせた表情を見せながら、

ケイルを呼んで荷馬車を進ませた。


荷馬車に乗り込んだアリアに事情を聞いたケイルは、

先導して歩くゴズヴァールを見ながら、

アリアと同じように嫌悪の表情を浮かべた。



「……闘士が解散か。まぁ、あんな啖呵を切ったら、そうするしかないだろうな」


「何かあったの?」


「アタシがマシラ王と謁見した時にな。元老院や政府連中が、借り物の権力を王に振り翳すなら、お前等を殺すぞって脅したんだよ」


「……あの牛男、馬鹿じゃないの?」


「ああ。だが政府連中ではゴズヴァールに勝てる手駒を持ってないし、逆らえない。だから対抗馬に成り得るお前を駒として欲しがってるんだろ。……それに、アタシがマシラ王に謁見したのを後押ししたのが、グラシウスとリックハルトだからな。それが原因でゴズヴァールが元老院や政府と完全に対立位置に立っちまった事を影で咎めて、替わり種としてお前を首都から出さないようにって協力させられてる可能性はあるかもな」


「……なんで私が、この国のゴタゴタに何度も巻き込まれなきゃいけないのよ」


「同意見だな」


「……絶対に逃げきりましょう。ケイル、今日中に何処まで行ける?」


「しばらくは野宿だろうぜ。下手に村や町に泊まったら、そこの連中を巻き込みかねないからな」


「……そうよね。私はこの大陸に詳しくないの。いい逃げ道はある?」


「共和国の勢力圏外へ行くとして、比較的に最短で安全な道だと、この荷馬車で三週間以上は掛かると思うぜ」


「しょうがないわね。冬に備えなきゃいけないし、とにかく共和国の勢力圏内から脱出しましょう」



そうして首都の中層出入り口となる門に差し掛かり、

ゴズヴァールの先導で辿り着いたアリア達は、

身分証代わりとなる傭兵認識票を見せ、門を潜る。


それを見送るゴズヴァールは、

最後にエリクとすれ違う中で呟き聞かせた。



「俺は、あと五百年は生きるだろう」


「!」


「再戦したければいつでも来い。俺はマシラ血族を守りながら、ここで待っている」


「……ああ」



互いに闘志を向け合い、

短くそう返事をしたエリクは、

アリア達と共にマシラ共和国の首都を出た。


様々な出会いと騒動に巻き込まれた、マシラ共和国。


短くも長く感じる滞在期間を終えたアリアとエリク。

そして仲間となったケイルは、

次の国へ目指して荷馬車を走らせた。


そして逃げるアリア達に追うように、

傭兵ギルドと元闘士達も動き出した。




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