嘘と本音


リディアの名でマシラ王と謁見が果たされた数日後の朝。


今だ宿の部屋に引き篭もるアリアに、

エリクは食事を持ってきている。


数日前は食事さえ拒否していたアリアだったが、

今はエリクに差し出された食事なら拒否せず、

小食ながらも部屋の中で食べていた。


エリクも食事を持ち込み食べながら、

アリアが食べ終わったシチューが盛られた小皿を受け取り、

料理が無くなった皿を持ちながら、

いつもの様に部屋を出て行こうとした。


しかし今日は珍しく、アリアがエリクに話し掛けて来た。



「……エリク」


「!」


「私を、置いていって……」


「……」



そう一言だけ話して黙ったアリアに、

エリクは部屋の机に皿を置き、

再びアリアに向かい合いながら答えを返した。



「君を置いては行かない」


「……なんで……?」


「君と、そう約束した。覚えているか?」


「……守るって、約束?」


「そうだ。君を一生、守るという約束だ」


「……」


「君も、絶対に付いて来いと俺に言った。だから俺は、君に付いて行く」



膝を床に着けて屈みつつ、

エリクはアリアの視線に合わせ、

真っ直ぐな言葉と共に真剣な表情を向けた。


アリアはそれを生気の薄い瞳で見ながらも、

顎を引いて視線を下に向けた。



「……エリクは、真っ直ぐだよね……」


「?」


「いつも、私のこと、真っ直ぐ見てる……」


「そうだろうか」


「……私、子供の頃からずっと、エリクみたいに真っ直ぐ人を見たこと、一度も無い……」


「?」


「私、子供の頃、異常だって言われてたの」


「……異常?」


「二歳になった頃には、文字を書いて勉強もして、大人顔負けで喋れるようになって。魔法も普通に使えてたの。しかも、皆とは違う魔法の使い方で。……私、人が出来ない事を、いっぱい出来たの」


「それは、凄いんじゃないのか?」


「そう、凄かったの。……だから周りの人達は、私を異常だって言ってた」


「……」


「でも私も、なんでみんなは私が出来る事を出来ないんだろうって、そう思ってた。私みたいにすれば出来るのにって、見下してた。……その頃にはもう、周りに居る人達を、真っ直ぐ見れなくなってた」


「……」


「お父様も、お兄様も、使用人も。私は皆のこと、真っ直ぐ見れなくなったの……」


「……」


「私が異常だから、ガンダルフっていう魔法使いをお父様達は呼んで、私の先生をしてもらった。私がどうやって魔法を使ってるのか、私がどうして異常なのか。五歳になるまで先生をしてもらって、色々分かったの」


「……」


「それから先生は戻って、私は普通の子より出来が良い程度のフリをする事にしたの。魔法も、皆が使っているモノに切り替えて。……もう、異常だって、言われない為に」


「……」


「皆に自分が異常だって言われるのが怖くて。だから、私はみんなを真っ直ぐ見ないようにして、そして接してきた……」


「……」



呟くように零すアリアの話を、

エリクは黙って聞き続けた。


今までの沈黙していた分を吐き出すように、

アリアは話を続けた。

自身の過去とも言うべき話を。



「……エリクといると、凄く楽だった」


「楽?」


「だってエリクは、ほとんど何も知らないから。普通を知らないから、私のことを誰かと比べて異常だって思わないし、言わないから。だから、私を私として真っ直ぐ見るエリクの目は、凄く楽だったの……」


「そうか」


「……怒らないの?」


「怒る?」


「だって、私。エリクが何も知らないことを利用して、騙して、楽をしてたのに……」


「……?」


「本当は、私が本気を出して魔法を行使すれば、大抵の相手はどうにかなるの。でもエリクがいれば、私は異常な部分を見せずに、旅を出来ると思った。……私が楽をしたいから、貴方を雇って、守ってもらってたの」


「……」


「あのログウェルだって、ゴズヴァールだって、私が本気でやれば、多分簡単に倒せる。……でも、私が本気を出したら、きっとそれを見た皆が、私を異常だって、人間じゃないって、そう思う。……それが嫌で、私はエリクに守ってもらってたの……。本当は、エリクに守ってもらわなくても平気だったのに……」


「……」


「魔法と体術がちょっと使える程度の魔法師のフリをして、エリクや皆を騙してた。そんな私をエリクは守る為に、樹海でいっぱい怪我をして、ログウェルに殺されそうになって、王宮に乗り込んで闘士達と戦ってくれて、でも死刑にされそうになって……」


「……」


「私が騙してエリクを雇ったから、エリクに負担ばかりかけて……。私が出て行ったから、お父様が死んで……。……ごめんなさい。ごめんなさい……」



生気の無い瞳から再び涙が溢れ、

小さな声で謝罪を続けるアリアに対して、

エリクはただ黙って立ち上がり、

机の上に置いていた皿を手に取り、

部屋の扉から出て行こうとした。


しかし、そこで立ち止まったエリクは、

泣き続けるアリアに向けて話し始めた。



「俺は、君を守れていたんだな」


「……え?」


「今まで、君の心が守れていたのなら、それでいい」


「……なんで、そんなこと言うの……。私、ずっとエリクを騙して……」


「君に雇われて、良かったことがある」


「……?」


「君は俺に、誰かを倒せと命じた事はあっても、殺せとは一度も命じなかった」


「!」


「俺は生まれてからずっと、魔物を殺せと、誰かを殺せと命じられて戦い続けた。……殺せと命じなかったのは、君が初めてだった」


「エリク……」


「……もしかしたら俺は、誰も殺したくないのかもしれない。それに気付けた」


「!!」


「俺は命を奪うことより、君やあの医者のように、誰かの助けたかったのかもしれない」


「……エリク、私は……」


「俺はどれだけ傷付いてもいい。痛みを受けるのも、何かを殺すのも、もう慣れている。……だから君を、最後まで守らせてほしい」


「……私は……」


「皿を、戻してくる」



皿を手に取り、扉を開けて部屋を出たエリクは、

階段を降りて食堂まで皿を戻した。


部屋を出て行ったエリクを見送るアリアは、

エリクの話を聞いてから、

更に奥底から沸き上がる感情が揺さ振られ、

心の奥底から何かが溢れるのと連動して、

再び涙が瞳の奥から溢れ出した。


それから昼まで、アリアの部屋にエリクは訪れなかった。




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