偽りの仮面


確実にケイルの後ろ首は捉えられ、

エアハルトの牙に食い千切られたと思われた瞬間。


ケイルは首に纏う黄色の外套を素早く脱ぎ捨て、

人狼の牙は外套のみを食い千切った。

そしてケイルは腰に収めた長剣を引き抜き、

外套の布を噛み締めるエアハルトの首を狙った。


あと数ミリで長剣の刃がエアハルトの首に届く時、

その場に怒声が響き通った。



「そこまでだ!!」


「!」


「……」



首に刃を付け止めたケイルと、

止められ硬直したエアハルトは、

互いに瞳を動かし、同じ方向を見た。


怒声の正体は、闘士長ゴズヴァール。

その傍にはマギルスを連れて歩きながら、

ゴズヴァールは歩み寄りつつ告げた。



「ケイティル、剣を引け。お前達の企みは果たされた」


「……」


「エアハルト、お前の負けだ。いや、我々の負けだ」


「ゴズヴァール、何故……!?」



ゴズヴァールの言葉を聞き、

驚きと疑問を漏らすエアハルトを他所に、

ケイルは長剣を引かせて鞘に収めた。

そのケイルを睨みつつも、

エアハルトは苦悶の表情でゴズヴァールを見た。


ゴズヴァールはその返事として、状況を伝えた。



「ウルクルス王が目覚めた」


「!?」


「今から王の下へ、元老院と審問官を召集する。エアハルトは元老院の各々の下へ赴き、王室へ集まるように伝えろ。俺は王室に控え、待つ」


「どういう事なんだ、ゴズヴァール!?」


「これは王命だ。従え、エアハルト」


「……ッ」



ゴズヴァールの命令を理解しながらも、

自身が抱く感情と意思の捌け口の発散の場を失い、

エアハルトは苦々しく重い表情を浮かべた。


そしてケイルを一瞥して睨んだ後、

エアハルトは歩きつつ人狼の姿から人間に戻り、

その場から離れるように動いた。

しかしケイルの傍を通り過ぎる際、

エアハルトは小声で呟いた。



「……ケイティル、貴様は許さん。絶対に……」


「無能な貴方に憎まれたところで、負け犬の遠吠えとしか思えません」


「ッ!!」


「エアハルト!!」



ケイルの小声に思わず振り返ったエアハルトに、

容赦無くゴズヴァールの怒声が飛んだ。

エアハルトは歯を食い縛りながら、

怒りを収めずそのまま歩き出し、命じられた行動に戻る。


そうして離れて行くエアハルトを確認しながら、

ゴズヴァールはケイルに歩み寄り、

それに追従するマギルスも付いて行く。


その際にゴズヴァールは、

仮面を付けていないケイルの素顔を見て、

僅かに疑問の目を凝視させ、

近付くにつれて目の感情が驚きに変わった。



「……お前は、あの時の女……。……待て、お前は……」



暴走したエリクを静めたアリアと対立したゴズヴァール。

その間を割るように入り込んできた女の姿を、

ゴズヴァールは思い出した。


その時にケイルの顔を見ていなかったゴズヴァールだったが、

今になって確認して停止すると、ゴズヴァールから驚きの声が零れた。



「……ケイティル。まさか、お前は……」


「無事に、王は目覚めたのですか」


「……ああ」


「そうですか。では、私の役目も終わりました。……今回の件、元老院の許可無く王宮へ踏み込んだ私一人が、処罰を受けるでしょう」


「なに……?」


「どうしました。私以外に何者かが侵入したという証拠が、何処かに存在するのですか?」


「……人形で侵入したのは、それが狙いだったのか」


「何を言っているか理解できませんが、私以外を処罰するのは不可能でしょう。証拠は、何も無いのですから」



ケイルは侵入者が自身のみだと言い、

ゴズヴァールは改めてアリアが人形で侵入した意図を掴んだ。


魂と精神のみ憑依させた人形のアリアが、

肉体をそのまま拘束された状態であると確認されれば、

今回の王宮侵入に際してアリアの関与は否定できる。

仮に人形を使用した憑依の魔法を指摘されたとしても、

偽装魔法での外見的特徴や持ち物は関与した証拠としては乏しく、

憑依者がアリア本人だとは断定し難い。


アリアは自身の施した術式を徹底して隠し、

マネキン人形に憑依して今回の出来事に及んだ。

アリア以上の魔法師でなければ、

マネキン人形を調べられない限り、

魔法式の解析と術式の使用者は特定すら不可能だろう。


故に、王宮に侵入したのは闘士である第四席ケイティルのみ。


アリアの罪状を増やさない為の工作行為さえ、

徹底して行っていた事をゴズヴァールは今になって認識した。



「……なるほど。考えたものだ」


「私を連行するなり、拘束するなり御自由にどうぞ。闘士長殿」


「……」



そう唆すケイルの言葉を受け、

ゴズヴァールは数秒ほど思考したが、

目を伏せて首を横に振りつつ、マギルスにも視線を向けた。



「マギルス」


「?」


「ケイティル」


「……」


「王が控える王宮内での戦闘を行い、王宮を破壊した罰は、後ほど受けてもらう。……だが、それ以外の罪は問わない」


「!」


「マギルスは自室にて謹慎しろ。ケイティル、貴様は俺と王の審問に立会い、今回の件を元老院に説明して貰おう」


「えーっ、僕だけ謹慎!?」


「……」



そう告げ押し通したゴズヴァールは、

マギルスに文句を垂れ流されながら、

部屋まで連れて行かせて謹慎させた。


ゴズヴァールはそのままケイルを伴い、

王室へ向かおうとした。

その際、ケイルはゴズヴァールに頼んだ。



「ゴズヴァール、自室に寄らせてください」


「何故だ?」


「予備の仮面を取りに」


「……何故、今まで黙っていた?」


「何の事でしょうか」


「お前を探す為に、ウルクルス王がどれほど苦心していたか……」


「何の事か、私には解りかねます」


「……」


「仮面を取りに行っても、宜しいでしょうか?」


「……ああ」



そう聞いてくるケイルに鼻で溜息を吐き出しながら

ゴズヴァールは無言で首を横に振った。


そしてケイルは自室に辿り着き、

予備の赤い外套と赤い仮面を被り付け、

髪と顔を完全に隠した状態になると、

ゴズヴァールと共に王室へ向かい始めた。


そうして歩きつつ横並びになりながら、

ゴズヴァールはケイルに対して聞いた。



「……もう一度だけ聞く。何故、黙っていた」


「何の事を言っているか、私には解りません」


「……しらを通すつもりか。……ならば言おう。ウルクルス王がまだ王子の頃。その頃から側仕えをしていた女官がいた」


「……」


「ウルクルス王子の懇意を受けて引き取られ、奴隷の女は女官としてウルクルス王子に仕えた。実情は、愛人としてだったが」


「……」


「その女官には妹がおり、奴隷となった際に姉妹が生き別れた事を知ったウルクルス王子は、前王である父親に頼み、その女官の妹を探させた。だが、何処を探してもその名の妹は見つからず、ウルクルス王となった時世には既に捜索は諦められていた」


「……」


「女官の妹の名はリディア。その女官より七つ幼い、同じ赤毛を持つ娘だったという。……ここまで聞き、何か言う事はないのか。ケイティル」


「私には、関係の無い話です」


「……お前が王宮に勤め出したのは、十年ほど前か。元老院の一人が腕利きの剣士だと伝え、王宮で衛兵をしていたのだったな」


「……」


「闘士として序列に加わったのは、確か五年前。その後に貴様は王宮から去りながらも、席に置かれ続けた。……丁度、女官が王の子供を身篭ったと知られ始めた時期だ」


「……」


「元老院からは、他国の偵察をお前に依頼したとしか教えられなかった。……どうして黙っていた」


「……」



そう聞き続けるゴズヴァールに、

ケイルはたた無言で居続けた。

返事の無いケイルにゴズヴァールは諦め、

そのまま王室へ歩み続ける中。


庭園が見える通路を通る際に、

その方角を見たケイルが立ち止まると、

ゴズヴァールはそれに気付いて立ち止まった。



「……どうした?」


「仮に、そのリディアという娘が身分と姿を偽り、この場に居たとして。その妹はこう答えるでしょう。『誰が教えるやるものか』と……」


「!」


「一国の王子の愛人となっている姉を見て、取り残され置いて行かれた妹がどのような気持ちになるか。考えられますか?」


「……」


「それを見た妹は、愛し合う王と姉を、そして探す事に従う周囲に者達に対してこう思うでしょう。『ふざけるな』と……。今更になってそんな姉と再会し、どのような感情と顔を向けろというのでしょうか」


「……ケイティル。お前は……」


「私はその女官の妹の心情を、私なりに解釈して話しただけです。私個人とは一切関係の無い話です」



再び歩み始めたケイルを見ながら、

ゴズヴァールはただ沈黙し、再び並び歩き出した。

それ以降、王室に辿り着くまでゴズヴァールとケイルは沈黙した。


そして王室に辿り着き、元老院と審問官の到着を待った。

訪れる者達を迎えつつ共に王への審問に立ち会った。


こうしてマシラ王と王子に纏わる事件は、

王宮内にて終息を見せ始めた。


マシラ王が目覚めた数日後。


迎賓館でアリアを拘束し留まるガンダルフの元に、

元老院からアリアに対する謝罪文と共に、

拘留からの解放が約束された書状が届けられた。

その書状の中には、エリクの罪状を全て不問にし、

拘束している地下牢獄からの解放も書かれていた。


こうしてアリアとエリクは束縛から解放され、

自由を手に入れたのだった。




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