相打つ闘士


アリアとケイルがは最初に面会した時。

互いの腹の内を見せ合い話し合った二人は、

最後の打ち合わせでこんな話をしていた。



「ケイティルさん。私が使ってた杖、貴方が回収できない?」


「出来ない事はないですが、ここには持ち込めと?」


「私の杖を手に入れたら、私の等身に近い木製人形に持たせて欲しいの」


「どういう事です?」


「あの杖は私が五歳になった時に受け取った物よ。私の人生の中で、三分の二の時間をあの杖に触れて過ごしていたの」


「それが、どうしたんですか?」


「あの杖は私の分身みたいな物なのよ。そして杖に取り付けられた魔玉の中には、私の施した術式が刻まれている。生きている人間や動物は流石に無理だけど、私の杖を触媒にして、杖を持った人形を術式で遠隔操作できるわ」


「……そんな事が出来るんですか?」


「子供の頃によくやってたわ。お父様や家人の目を盗んで、家から抜け出す時に身代わりの布人形に杖を持たせて、部屋で大人しくしてるフリをしながら、街に出たりね」


「……」


「ただ、人形が杖に触れたとしても、術者である私が魔法を施さなければ、人形自体の見た目は変えられない。私が直接人形に手を加えないと、人形を介して魔法自体も使えないわ」


「……つまり。人形に貴方の杖を持たせ、その人形を持ってここまで連れて来いと?」


「被り物をさせて分厚い外套をさせて、直接触って調べない限りバレない程度の変装をさせてね」


「どうしてそうする必要があるか、聞かせてもらっても?」


「今回の作戦に、私自身はマシラ王が居る場所に向かえない。この部屋に刻まれた術式は、私という対象者が外に出た瞬間に発動するよう仕組まれてる。でも、私の精神と魂だけは出入りできるようになってる。それを利用して、私の精神と魂だけを人形に憑依されて、マシラ王の場所まで行くのよ」


「……分かりました。少し時間をください」


「人形やさっき言った物を用意するとして、何日掛かる?」


「……最低でも、三日後」


「分かった。それじゃあ三日後、朝には変装した人形に私の杖を持たせて。私は人形を遠隔操作するから、ここまで連れてきて。視覚情報と聴覚情報は、遠隔操作しながらでも得られるから、操作できれば歩いて来れるわ」


「……分かりました。それでは、三日後に」



その時の面会でそう話し合ったケイルとアリアは、

予定通りに三日後、人形を連れて再び面会を果たした。


その際、人形にあらゆる偽装と術式を盛り込み、

用意していた綿布を人形に取り付け、

人間の肉の柔らかさを服の内側から再現するアリアに、

仮面を被ったケイルは見てながら呟いた。



「……随分、手馴れてますね」


「裁縫や刺繍は得意なのよ。帝国に居た時には暇な時にしてたわ。拘束中は暇だから、裁縫と刺繍道具が欲しいって言ったら、アッサリくれたし」


「そうですか」


「実は魔法学園に通ってる時も、何度か人形と入れ替わって授業を受けたりしてたのよね」


「よく見破られませんでしたね」


「皆、私の事は遠巻きに見てるだけで、触ったり喋りかけたりする事なんてほぼ無かったからね。細工した偽装魔法で十分だったわ。仮にバレてたとしても、誰も私に文句なんて言えなかったでしょうね」


「……友達とか、いらっしゃらなかったんですか?」


「うっ……。だって、しょうがないでしょ。ローゼン公爵家の娘に話し掛けて友達になる度胸を持った同級生が、誰もいなかったのよ」


「……寂しい学園生活だったんですね。ご愁傷様です」


「うっさい、仮面女!」



わざとらしい同情の声を向けるケイルに、

アリアは怒りつつ僅かな時間で人形の偽装を終えた。


人形自体に魔法文字と魔法陣を幾つか記し、

全体を纏うように服の下に綿を纏わせ、

その上に厚めの服を再び着せていく。

最後に金髪のカツラを取り付けて偽装魔法を施すと、

アリアの身代わり人形が出来上がった。


それを確かめるようにケイティルが人形に触れると、

感慨深い声を漏らした。



「……確かに、これなら服の外から少し触れただけでは、人形とは分かり難いですね」


「でしょ。これで杖に偽装魔法の術式本体を移せば、人形本体と一時的に精神が切れても偽装魔法は解けないわ。杖さえ手放さなければね」


「随分と偽装に凝りますね。これほど過剰に必要なのですか?」


「もちろん。偽装魔法の弱点は、視覚情報でしか偽る事が出来ないことね。接触されたり匂いの違いで偽装だと判別されてしまうし、光属性の魔法の光を浴びても駄目。熟練した闇魔法の使い手だったら、魔力の微妙な揺らぎで偽装そのものを見破る場合もあるわ」


「その為に、人形の服に香水を付けて来いと?」


「少しでも偽装がバレない為にね。あとは、喋る事も魔法で出来るし、足音やマネキン人形が発する微細な音も魔法で偽装すれば、コレが人形の私だと気取られる事は無くなる筈よ。偽装魔法を何重にも施すから、人形のままだとまともな魔法は一つか二つしか出来ないけどね」


「これで準備は整った、ということですね」


「まだよ。多分、王室の前ではゴズヴァールが待ち構えてる」


「……そうですね。彼は常に、王の傍にいるはずです」


「少しでも私の存在に疑問を持たれたらアウトよ。今回の必須条件は、私が人形だと最後まで気付かれないこと。だから術者である私や、連れて行く貴方にも、多少の演技や工夫は必要だわ」


「ゴズヴァールとの交渉は、本当に必要なんですか?」


「必要よ。正直、生身の私でもゴズヴァール相手では勝敗は五分五分かも。人形で行けば勝ち目は無い。だから私の命すら交渉条件に取り入れて、ゴズヴァールを懐柔させて王室へ向かうわ。でも、人形で侵入した事が暴かれれば、命を材料にした交渉に重さが無くなる。だからゴズヴァールには、侵入した私が人間ではないと、最後までバレてはいけない」


「……分かりました。ゴズヴァールへの交渉は、貴方に任せます」


「ええ。ケイティルさんは、私がゴズヴァールと接触するまで人形の私を守り抜いて。……ところで、マギルスは?」


「謹慎は既に解いています。先ほどマギルスに出会った際には、こちらが危なくなったら参加すると言っていました」


「そう。それじゃあ私は、人形に精神と魂を入れるわ。人形が破壊されても、魂は生身の体に戻るから大丈夫。……さぁ、行きましょう」



そうして短杖を持たせた人形に、

精神と魂を移して憑依したアリアは、

肉体だけを残したまま精神だけ部屋から抜け出し、

ケイルと共に王室を目指した。


自分の血が入った小瓶を手首の布部分に仕込み、

魔法陣を血で塗らす際に手首を切り、

出血を見せて肉体があることを印象付ける。

そうして生身であるのだとゴズヴァールに認識させ続けた。


アリアは偽装を施した人形を使い、

見事にゴズヴァールを騙し退けた。

そして目覚めたマシラ王に、

エリクの解放と自分達の自由を約束させる事に成功した。


その後は人形に憑依した自身の精神と魂を肉体へ戻し、

アリアは迎賓館に置いてきた自分の肉体で目覚めた。



「……よし。こっちは成功ね」



全てが上手くいった事を拳を固めて喜ぶアリアは、

ベットから立ち上がった時に、軽い眩暈を起こした。



「……ッ、少し、長く入り過ぎたかしらね……」



眩暈を起こす身体で深呼吸を行い、

脳に意識を回しつつアリアは立ち上がると、

窓の外を眺めて零すように呟いた。



「……後は、ケイルとマギルスね……。間に合ってよ……」



王室前で別れた二人の名を呟き、

アリアは下唇を噛みつつ二人の事を思う。


一方その頃。


闘士の序列二位である人狼エアハルトと、

序列四位で赤い仮面を被ったケイルが、

凄まじい剣戟を行いながら、

王宮の中庭で激しい戦いを見せていた。



「!!」


「フッ!!」



人狼エアハルトの爪の剣戟と、

二本の大小の剣で爪を迎撃するケイルは、

互いに生傷を増やしながらも戦闘を続けている。


しかし人狼エアハルトの傷の治りは早く、

人間であるケイルは傷と絶え間ない剣戟で疲労を高めていた。


全身に切り傷が付けられる中、

ケイルは息を整えるように身体全体を揺らし、

人狼エアハルトの爪と切り結び続けた。



「人間の身体能力で、よくも凌げる」


「……ッ」



賞賛に近い言葉を呟きながらも、

エアハルトは容赦の無い殴打と爪の斬撃を浴びせ、

ケイルはそれを剣の腹で受け流し飛び退く。

互いに距離を取った状態でケイルが大きく深呼吸をし、

長剣と小剣を鞘に収めて腰を深く落とし構えた。



「……何のつもりだ、ケイティル」


「貴方と競い切り結ぶのは不利だと、そう判断しただけのこと」


「それで剣を収め、俺が引くと思ったか」


「ならば攻めて来なさい、二席エアハルト」


「……」



ケイルの挑発にエアハルトは足を僅かに動かしたが、

人狼としての獣の勘が危険を鳴らした。

足を止め、逆に一歩引いたエアハルトは、

目の前のケイルから異様な気配を感じ始めた。



「……魔力ではない。これは……」


「来ないのですか、エアハルト」


「……」



ケイルが腰に剣を戻した行為そのものが、

危険であると感覚的に察したエアハルトは、

間合いを計るように横に回りながら移動した。

ケイルはそれに応じるように軸足を回し体の向きを変え、

エアハルトと対面した状態を崩さない。


膠着状態に陥った二人を他所に、

少し離れた場所で派手な戦闘を繰り広げるのは、

第三席マギルスと第五席テクラノスであり、

激しくも猛々しい戦闘行為を繰り広げていた。



「あははっ。テクラノスお爺さん、もっと楽しませてよ!」


「餓鬼めが……」



長杖から放たれる幾重の光の輪が飛び交い、

更に地面の土が杭のように飛び出し、

マギルスの上下を襲い放たれる。


マギルスはそれを跳躍して回避し、

飛び出た土の杭に大鎌を引っ掛けて、

身体を回しながら大鎌で土の杭と光の輪を切断した。


他に襲い来る光の輪を回避しながら、

マギルスは一気にテクラノスとの間合いを詰めた。



「これでおしまいなら、終わらせちゃうね!」


「調子に乗るではないわ、小童!!」



長杖の柄を地面に叩き付けたテクラノスは、

地面に魔力を流しマギルスの周囲に土の檻を生み出した。


それに囲まれた瞬間、

檻の中にある地面が泥以上に柔らかい沼化し、

マギルスの足を飲み込むように吸い込んだ。



「うわっ、何これ?」


「『土檻イドゥン』と『泥沼ゾゥフ』。貴様が地中深くに埋まるまで、その泥は沼としてお前を飲み込む。これで貴様は、そこからは動けぬ」


「そっか。じゃあ、ちょっと本気出しちゃおうかな」


「!」



飲み込まれる脚に力を込めたマギルスが、

嬉々とした顔を浮かべて沼の足場を蹴り飛ばした。

そして次の瞬間、マギルスは沼から飛び出し、

頭上の土檻を大鎌で切り刻み抜け出した。


それを見たテクラノスは驚き、

睨むように飛び出し着地したマギルスを見た。



「……餓鬼でも魔人、ということか」


「僕、これでも本気を出して負けた事があるのは、ゴズヴァールおじさんだけだもんね。しかも三年前。今だったらエアハルトお兄さんとも良い勝負できるよ」


「……ならば、殺す気でやってやろう。魔人の小僧」


「あっ、そうだ。テクラノスお爺さん。魔法の事で聞きたい事があるんだ。本気でやる前に聞いていい?」


「……なんじゃ?」


「古代魔法って、現代魔法とどう違うの?」


「……何故、古代魔法の事を知っておる」


「アリアお姉さんが使ってたみたいなんだ。でも調べてみたけど、古代魔法がどういうモノなのか分からなかったんだよね。魔法師でそこそこ強いテクラノスお爺さんなら、知ってるでしょ?」


「……」


「テクラノスお爺さん?」


「あの小娘が、古代魔法を使った?」


「うん。使ってるって言ってたよ」


「……」



それを聞いたテクラノスは長杖を降ろし、

今までのような表面的な怒りは失せ、

静かな憤怒が表情の影として現れた。


それに気付いたマギルスは、

目の前のテクラノスに寒気を感じ、

疑問に思いつつも警戒を深めた。



「なるほど、あの小娘が……。ならば、儂が直々にあの小娘を殺さねばなるまい」


「どういうこと?」


「貴様には関係は無い事よ」



長杖を振り上げると同時に、

光の輪を一瞬で十数個以上生み出したテクラノスは、

それをマギルスに投げ付けると同時に長杖を脇に抱え、

自身の手と手を合わせ叩いた。



「『光の封魔剣セイルディライト』!!」


「!?」



光の輪が全て合わさり合体すると、

それが大きな光剣となって幾つにも降り注ぎ、

マギルスの周囲を囲みながら地面に突き刺さり、

剣と剣が合わさり、剣の檻となってマギルスを封じた。


大鎌で光の剣を破壊しようとしたマギルスだったが、

循環する魔力が高速化された光剣に大鎌が弾かれ、

自分を封じる光剣を破壊出来ずにマギルスは焦った。


それを確認したテクラノスは、

マギルスを放置して玉座の間に戻ろうとした。



「ちょっと、何処に行く気なの?」


「お前のような餓鬼を相手をしている暇は無くなった。あの小娘は、我が殺す」


「……アリアお姉さんを?」



それを聞いたマギルスは初めて訝しげな表情を浮かべ、

静かな怒りを向けるテクラノスを疑問に思った。


マギルスを無視し歩き戻るテクラノスは、

そのまま崩れた通路へ入ろうとした時、

後方で光剣で出来た檻が崩れた音を聞いた。


後ろを振り返ったテクラノスは、

光剣が崩れた中心部分に佇む何かを見て、

驚きを含んだ瞳でそれを見た。



「……!?」


「待ってよ。お姉さんの遊び相手は僕なんだから、テクラノスお爺さんにはあげないよ」


「……そうか。それが貴様の魔人化した姿か。第三席マギルス」



そこには、少年闘士マギルスの姿は無かった。


その場に姿を現していたのは、

炎の揺らめきのような魔力で編まれた甲冑で、

その身を覆われた黒い鎧の騎士風の鎧と、

頭部の無い黒い馬に跨った成人騎士の姿。


首の無い鎧騎士が首の無い馬に跨り、

魔力の揺らめきを漂わせながら、

大鎌を持ってテクラノスに対して歩み寄った。



「……首無し騎士デュラハン。それが貴様の本当の姿か」


「僕、この格好あんまり好きじゃないんだ。首が無い騎士なんて、格好悪いでしょ?」


「……どうやら、あの小娘を殺す前に、貴様を殺さねばならぬらしい」


「殺させないよ。コレが終わったら、僕がお姉さんと遊ぶんだから」



互いにアリアを目的としながら敵対し、

本気になったマギルスとテクラノスが衝突した。


王宮内部で凄まじい轟音が響き、

駐在する闘士達と兵士達が気付き駆けつけた時には、

王宮は内壁と外壁は更に崩壊していた。




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