王の帰還


アリアと王子が共に意識を失ってから、

現世では十数分の時間が経過していた。


横たわるアリアと王子を見つつ、

眠るマシラ王にも意識を向けていたのは、

王室で待つ闘士長ゴズヴァールだった。



「…………」



アリアと王子がいつ戻ってくるか分からない中で、

ゴズヴァールは徐々に危機感を強めながらも、

ただ静かに待ち続けるしかなかった。



「……!?」



すると机の上に置かれた羊皮紙に変化が訪れ、

アリアの血で塗れた魔法陣が青白い光を放ち始めた。


その異変に気付いたゴズヴァールは、

反射に近い形で咄嗟に身構えると、

その青白い発光は数秒後に収まり、

ただ魔法陣の描かれた羊皮紙に戻った。



「……なんだ。何が起こった……?」



机に歩み寄り羊皮紙を確認したゴズヴァールは、

何が起こったのかを確認する。


魔人として確かな実力を持つゴズヴァールだったが、

魔法に関連した知識に一定の疎さを持つ為に、

アリアが施した魔法も、マシラ血族の秘術にも精通していない。



「――……ぅ……」


「!?」



その無知に後悔を感じる中で、

僅かな音をゴズヴァールは察知し、振り返った。


床に寝かされたアリアが顔を僅かに動かし、

隣で寝ている王子も指と腕が微かに動く。


気付いたゴズヴァールは屈み、

意識を取り戻した二人に声を掛けた。



「おい、戻ったのか!?」


「……ぅ……」


「おい!」


「……あー、うっさいわねぇ……。耳元で怒鳴らないでよ……」



ゴズヴァールの大声にアリアが文句を呟き、

上半身を起こしつつ意識を取り戻した。

隣の王子も瞳を開け、身体を起こして立ち上がる。


二人が意識を取り戻した事で、

ゴズヴァールは安堵の溜息を吐き出しながら、

気付くように眠るマシラ王の方を見た。


しかし、マシラ王にまだ覚醒の様子が見えない事で、

再び怒鳴りながらアリアに聞いた。



「王は、王はどうした!?」


「あー、うるさい。なに、まだ戻ってないの?」


「戻ってないとは、どういうことだ!?」


「だからウルサイっての。何ヶ月も魂と肉体が乖離してたんだから、魂が肉体に戻るのに手こずってるんでしょうよ」


「な、なんだと……!?」


「私達だって、向こうの世界で何年分と彷徨って、戻ってきたらコレなのよ。王様なんか、もっとやばくなってるのなんて承知の上でしょ」


「ク……ッ」



アリアが愚痴る言葉に返す言葉が無いゴズヴァールは、

マシラ王の眠る寝床まで歩み、マシラ王の様子を見た。


アリアも立ち上がりマシラ王の顔を覗き込むと、

少し考えながら呟いた。



「……衰弱した器としての肉体と、戻ってきた魂が不一致を起こさない為に変質してる。だから私達より、起きるのに時間が掛かってるようね」


「め、目覚めるんだろうな?」


「目覚めるわよ。目覚めなきゃ困るのは私なの」



そう呆れるように告げるアリアの言葉に、

ゴズヴァールは焦りながらマシラ王を見続けた。

起き上がった王子も父親であるマシラ王の近くに訪れ、

顔を覗き込むように近寄った。



「……お父さん……」


「な……っ。王子が、喋って……!?」



呟くように喋った王子に気付き、

ゴズヴァールが更なる驚きに苛まれる。

そこにアリアは呆れつつ、補足して話した。



「言ったでしょ。向こうの世界で私達は何年分と彷徨ったって。その子の精神性も成長したのよ。元から秘術のせいで偏った教育をされてたみたいだし。喋るのなんて普通よ」


「……」


「この子が正しく教育を施されて喋れてれば、私が誘拐犯ではないって主張出来たんでしょうけどね」


「……アレクサンデル王子は、幼い時から他者と接する事を苦手としていた。給仕や教育係を付けようにも、身を隠してしまい、普通に接する事さえ難しかった」


「そりゃあ、そうでしょうね。母親から引き離されて、父親である王様が自分に関心も示してくれなければ、捻くれてグレなかっただけ感謝しなさいよ」


「……どうして、その事を貴様が……」


「向こうの世界で聞いたわ。アンタ達がこの子の母親を蔑ろにした事はね」


「王子の前で、その話はやめろ」


「アンタこそ、忠義を果たす王様が愛した女さえ守らずに、偉そうにしてんじゃないわよ」


「……」



睨み見つめるアリアの鋭い瞳と言葉に、

ゴズヴァールは苦々しく厳かな表情を浮かべて睨み返す。


そうして対立する二人を他所に、

マシラ王を見ていた王子が呟いた。



「……あ……っ」


「!」


「お目覚めね」



マシラ王が眠り閉じた瞼の裏側で、

眼球の動きが確認して見える。

それに気付いた王子とアリア、

そしてゴズヴァールは王の覚醒を待った。


数分後。


マシラ王もアリア達と同じように目を開け、

現世に戻り意識を取り戻した。



「……戻って、きたのか」


「ええ、ここは現実よ。マシラ王」


「……アレク……。ゴズヴァール……。それに、アルトリア……」


「お父さん……」


「王よ……」



瞳を開けて顔を動かし、

自分を覗き込む者達の顔をマシラ王は呟いた。

ゴズヴァールは厳つい顔を僅かに喜びに変え、

王子も父親が目覚めた事に笑みを零した。



「ゴホ、ゴホ……」


「王よ、水を……」



咳き込み声を枯らせたマシラ王に、

ゴズヴァールが水を注ぎ渡す。

しかしアリアは二人と相反した、

厳しく鋭い視線をマシラ王に向けて話し掛けた。



「戻って来て早速だけど。話をしましょうか、マシラ王ウルクルス」


「何を言っている……。まだ王は目覚めたばかりだ、身体も弱りきっている。今は休む事が――……」


「黙りなさい」


「!?」



会話を中断させようとしたゴズヴァールに怒鳴り、

アリアは鋭く怒りを秘めた表情で、再びマシラ王に問い掛けた。



「マシラ王。アンタの起こした所業のせいで多くの人々が迷惑を被った。その責任を、果たしなさい」



その言葉を聞いたマシラ王は、

衰弱した身体の上半身を起こそうとし、

ゴズヴァールはそれを助けるように背中を手で支えた。


そしてマシラ王は、覚悟に近い落ち着きある表情で聞いた。



「……話してくれ。私が起こした事で発生した、出来事の全てを」


「ええ、話してあげる。その後始末も全て、貴方がやるのよ。いいわね?」


「……ああ」



アリアは鋭く冷徹な青い瞳をマシラ王に向け、

近くにある椅子に腰掛けて話し始めた。


今回の騒動で発生した、全ての出来事を。




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