輪廻の幸福


初めて本音を交え話すマシラ親子の三人は、

その後に静かに話し合い、

互いに諭しながら選択した。


その答えを聞く為に、

アリアは縁から腰を上げて立ち上がり、

手を繋ぐマシラ親子の前に出て問うように聞いた。



「決めたの?」


「……ああ」



マシラ王は呟くように返し、

手を繋ぐアレクサンデル王子とレミディアを見ながら、

静かに頷いて見せた。


それに同意するようにレミディアは頷き、

握り合う王子の手を離して一歩だけ身を引いた。

そしてマシラ王は王子の手を引き、

一歩前に出てからアリアに対して答えを述べた。



「私とアレクは、現世に戻るよ」


「それでいいのね。ウルクルス王」


「ああ」


「貴方もそれでいいのね。アレクサンデル王子」


「……うん」



戻る事を了承するマシラ王と王子の意思を確認し、

アリアはレミディアの方を見て瞳で問い掛ける。

そのアリアの青い瞳に答えるように、

レミディアは瞳を閉じてゆっくり頷いた。



「分かったわ。なら、貴方達を連れて現世に戻ります」


「……ああ。頼む」



戻る事を受け入れたマシラ王と王子は、

アリアの方へ歩み進んだ。

それをレミディアが見送る中で、

思い出したようにアリアに声を掛けた。



「……アリア様。よろしいでしょうか?」


「なに、まだ未練があるわけ?」


「……そうですね、一つだけ私には未練があります。それをお聞き頂ければと思います」


「無理難題だったら、聞けないわよ」


「そういう類のお願いではありません。……私の、妹の事です」


「……」


「私が盗みを働き捕らえられた時。私は妹を残して他の場所に移されました」


「……それで?」


「現世ではどれほどの時間が経ったのは分かりません。しかし私と妹は七つと離れた歳でしたので、もし妹がまだ生きていれば、私が死んだ時には二十二か二十三歳頃のはず。……もし現世でリディアという名の赤毛の女性と出会ったら、伝えて頂きたいのです。……ごめんなさい、と」


「……身も蓋も無い事を言うけれど、死んでる可能性の方が高くない?」


「……そうかもしれません。けれど、この死者の世界に入った時。私は妹らしき魂を見る事がありませんでした。もしかしたら、既に魂は輪廻に導かれ、転生しているのかもしれませんが……」



そうした話をレミディアとアリアがする中で、

立ち止まったマシラ王もその話に加わった。



「私も以前、父に頼み秘術を使いレミディアの妹を探した。だが、彼女の妹は見つからなかった。まだ生きているということだ」


「……なるほど。死者の世界に魂が無いなら、生きてるかもってのが二人の考えなわけね」


「ああ。だからマシラ共和国や外国で、それらしい娘の捜索情報も出した事がある。だが、レミディアの生前も死後にも、それらしい娘の情報は得られなかった」


「……なるほどね」



アリアはその話を聞き、

静かに目を見据えながらレミディアを改めて見た。



「……そういうこと、なんでしょうね」



何かを確信するように呟いたアリアは、

レミディアに対して頷いて答えた。



「……分かったわ。リディアさんに出会ったら、伝えてあげる」


「ありがとうございます。アリア様」


「別に。ついでよ、ついで」



軽く了承するアリアの様子を見て、

レミディアは優しく微笑みながら、

何かを思い出すようにアリアに言葉を零した。



「……以前にお見かけした時とは、印象が違いますね。アリア様」


「?」


「アリア様はお忘れかもしれません。私はアリア様とは、初対面ではないのです」


「!」


「あの時のアリア様は、まだ幼かったですから」


「……まさか、あの時……」


「はい。私もあの時、ウルクルス様の傍仕えとしてガルミッシュ帝国に同行をしていました。……お久し振りです、アルトリア様」



アリアは幼い頃の記憶にある、

若いマシラ王の同行者を思い出した。

目の前のレミディアに似た若い女性を思い出し、

アリアは改めて納得したように呟いた。



「なるほど。あの時のマシラ王がやたら張り切ってた理由が分かったわ。好きな人が傍に居たら、男として格好良い姿を見せようって、張り切るでしょうね」


「アルトリア……。そうだ、思い出した。君はまさか、ガルミッシュ帝国の公爵家の御息女……?」



微笑むレミディアとアリアの会話を横目に、

呆然と聞いていたマシラ王が、

過去の出来事とアリアの名前を聞いて察し始める。


目の前の金髪碧眼のアリアが、

十年程前に来訪した同盟国の歓迎パーティで出会った、

ガルミッシュ帝国の公爵家令嬢だと思い出した。

その時は幼いながらも、

金髪碧眼の整えられた顔立ちに面影が重なると、

マシラ王は今になってアリアの正体に納得した。



「……なるほど。稀代の才女と囁かれていたアルトリア令嬢なら、私達の血系秘術を解析し、模倣し得ることも……」


「そういう話は後にしましょう。今は貴方に戻ってもらって、やってもらわなきゃならない事がある。それをしてもらわない限り、私は貴方に対して友好的には成り得ない。マシラ王」


「……そうか。君や他の者達に多大な迷惑を掛けたのだったな。事情は、現世で聞かせてくれるのか?」


「ええ。逆に貴方は、貴方自身の事情を皆に伝え話してね。でないと、頭が固い牛男が私を殺しかねないから」


「……分かった。ゴズヴァールにも、全てを伝えよう」



互いの話を切り上げ、

現世に戻ってから伝える事を納得した二人は、

そのまま互いに近付き、

王子を介して繋がるように手を握った。


そして見送るレミディアにマシラ王と王子は視線を向け、

別れの言葉を口にした。



「レミディア。愛しているよ」


「お母さん、ばいばい」


「ウルクルス様、アレクサンデル様。どうか御元気で。……アリア様。二人をどうぞ、よろしくお願いします」


「ええ。ちゃんと妹さんにも伝言は伝えるから、安心して輪廻へ旅立ってね」



そうして互いに別れの言葉を済ませ、

レミディアは笑顔で手を振り見送った。

マシラ王と王子は寂しそうな笑みを零し、

それに応じるように手を振った。


そしてアリアは瞳を閉じて詠唱を呟くと、

三人の身体が青白い光に包まれ、

発光が収まった後、追憶の世界から姿を消していた。



「……さようなら」



そう微笑みつつも、寂しそうな表情を浮かべた後に、

レミディアは追憶の世界を歩いた。


王宮を眺めるように歩き、

庭園の入り口を通ったレミディアを、

一人で佇む赤い仮面の剣士を見つけた。


レミディアより背は低めであり、

成長期の少年程度の体格である仮面の剣士に、

レミディアは微笑みながら近付き、横に並んで話し掛けた。



「ケイティル様。ご休憩ですか?」


「……そうですが、何か御用ですか?」


「いえ。何をしておられるのかと思いまして」


「……花を見ていました」


「そうですか。ケイティル様は、どのような花がお好きなのですか?」


「……この、赤い花でしょうか」


「リディアの花ですね。私もこの花が好きなのです。ウルクルス様に頼み、私の故郷から種子を取り寄せて頂き、私が育てさせて頂いています」


「……そうですか」


「私にはこの花と同じ名の、リディアという名の妹がおりました」


「……」


「歳の離れた妹でしたが、微笑むと可愛らしい子で。大きくなっていれば、この花のように可愛らしく、綺麗な娘になっていることでしょう」


「……その妹は?」


「今は、何処にいるか分かりません。私が奴隷として捕まった折、国に置いてきてしまいましたから」


「……そうですか」


「ケイティル様は、どうして奴隷である私にも、お優しいのでしょうか?」


「優しい……?」


「他の方は、私が話し掛けても無視なさるか、良い顔をしては下さらないので」


「……」


「もし良ければ、ケイティル様の御部屋に花瓶があるのなら、この花を……」


「いえ結構です。花瓶もありませんし。……それに、私と私の部屋には、合いませんので」


「私達の国では、リディアの花言葉は『愛しい子』や『幸福な子』という意味があるのです。ケイティル様に、きっとお似合いに……」


「……そろそろ休憩時間が終わるので、失礼します」


「あっ、そうですか。……また、お話する機会があれば」


「……」



追憶で成されたケイティルの姿を見送りながら、

レミディアは僅かな幸福を噛み締めるように、

庭園を眺めつつ追憶の世界を歩き続けた。

輪廻に導かれ、次の生命に転生するまで。


ここは死者の世界。


終わりを迎えた死者の魂が、

最も幸福な記憶の中で輪廻を紡ぐ場所だった。




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