腹の見せ合い


師匠ガンダルフが封じる密室の中で、

アリアの狂気にも似た言葉を語った。


それを聞き対面して立つケイルは、

僅かに怯みつつある意識を整え、

アリアに睨みを利かせながら聞いた。



「……エリクを、英雄にする?」


「ええ、エリクを英雄にする。それが私の目標よ。旅をしながら生きる上では、目標は大事だわ。そうしないと、自堕落な旅になるもの」


「貴族育ちの御嬢様が、ついに長旅と今の状況に耐え切れずに、頭がイカれたのか?」


「それは思い違いよ、ケイル。私は貴方と出会った時から。……いいえ、エリクと出会った時から、そう考えていたのよ」



微笑みながら話すアリアに、

ケイルは僅かに戦慄さえ覚えた。


アリアが今話しているのは、

まるで夢見る絵物語のような話。

『英雄』などという虚像を信じる、

子供の様な純粋な青い瞳を向けて語っていた。



「エリクは英雄としての素質を持ってる。でも知識が足りず、物事に対する対応の仕方に慣れてない。だから私は、エリクを導こうと思ったの。英雄の道へとね」


「英雄の道、だと?」


「読み書きを教えて、数字の計算を教えて。兵法論はエリクが独特な価値観を既に得ているから、それを手助けする程度まで教える予定よ。いずれは英雄となって、人々を率いて誰よりも前に立って戦う。そして人々に敬い親しまれる、そんな英雄になる予定よ」


「……ハッキリ言うぞ。頭おかしいんじゃねぇか、お前」


「あはは。酷い言い方ね、ケイル」


「エリクを英雄にするだの、共和国を滅ぼすだの。ワケが分からない事を言い出すお前は、頭がおかしいんだよ」



突きつけるように告げるケイルの言葉に、

アリアは真正面から受け止め、話を続けた。



「そう、私は頭がおかしいのよ。今頃気付くなんて、遅いんじゃない?」


「!?」


「私は生まれた時から頭がおかしいの。そんな頭のおかしい私を縛り付ける為に、お父様や身近な人々は私に常に普通である事を求めた。公爵令嬢として恥じる事の無い教育を施し、魔法の才に恥じぬ実績を見せてきた。おかげで何の自由も無い貴族生活は、私にとっては嫌悪以上に、退屈な印象しか与えなかったわ」


「……」


「そんな私は、今まさに旅する中で、エリクという英雄に出会い、彼が英雄になる為の道を示すの。素敵だと思わない?」


「……狂ってるよ、お前は」


「そうね。私自身、他人がこんな事を嬉々として話してたら、そう思うわ。……そんな私は、こうも考えてるの。ケイル、貴方はマシラ共和国側の人間だったのね」



微笑み語る少女の顔から一変し、

アリアは感情の無い瞳をケイルに向けた。

それに寒気を感じたケイルは、

アリアから一歩だけ遠ざかった。



「……何を言ってるんだ?」


「私は貴方と始めて会った時、妙な違和感を覚えた。綺麗で荒々しい言葉遣い。その立ち振る舞い。その違和感は間違いではなかった」


「……」


「初めて酒場で出会った時。貴方がマシラまでの同行者として一緒に参加すると知った時。ユグナリスから私を庇った時。貴方を治療した時。長旅の中で貴方が垣間見せる僅かな動作。……そして、今ここに貴方がいる。それで確信したわ」


「何をどう、確信したっつぅんだよ」


「一つ一つ説明しないといけないの?もう答えを出したのに、式も見せないと納得しないなんて。まるで模範解答にしか答えられない、出来の悪い教師みたいよ」



クスクスと笑うアリアはケイルから顔を逸らし、

柔らかいベットに歩み寄りながら腰を降ろした。

そしてケイルに顔を向け、笑みを鎮めて話し始めた。



「まずは言葉遣い。ワーグナーさんやマチスさん達のような傭兵達に口調を合わせて荒っぽい言葉を使っているようだけど。端々に見える綺麗な発音を聞くに、ワザとらしいのよ。貴方の俗っぽい傭兵言葉は」


「……」


「そして立ち振る舞い。これも言葉以上に謙虚だった。リックハルトとの初めての対面時、他の傭兵達が礼節を欠く座り方や行儀を見せる中、貴方は最小限の動作で丁寧に音も無く椅子に腰掛けたわね。一定の儀礼的な教育を受けた人間でなければ、あれだけ丁寧な動作は出来なかった」


「……」


「そして、私とエリクの信頼を得ようとしたかったのかしら。ユグナリスの剣を読み切り、敢えて急所から逸れるような斬られ方。見た目は酷かったけど、治癒した私だからこそ分かる。斬られる角度や深度は今後の支障無く治療できる程度の傷に収めていた。ケイル、凄いわね。僅かに私から逸れたユグナリスの剣を、庇うように受ける芸当が出来るなんて。実力を隠すのが上手いわよね」


「……」


「そしてマシラ共和国首都までの長旅。あれで完全にボロが出たわね。貴方が私達と一緒に行動する機会が多すぎて、貴方の所作が偶然のモノではなく、完全に教育を受けた優等生の動きだと理解できた。私も優等生を演じたからよく分かるもの。……同時に疑問だった。貴方はどこでその教育を受け、どういう目的で私達と同行しているのかとね」


「……」


「だから私は、貴方を仲間に引き入れた。その目的が知りたくてね」


「!?」


「貴方が優秀だと褒めたのは本当よ。でも、それほど優秀な貴方が、劣悪な雇用条件を強いるベルグリンド王国にワザワザ赴いて、傭兵をしているのが不思議でしょうがなかった。だから仲間に引き入れて、貴方の事を見極めたかったの」


「……」


「そんな貴方がここに居ることで確信した。……ケイル。貴方はマシラ共和国政府に関わる、一流の教育を受けた剣士。それもかなり優秀で上層部の信頼も厚く、元老院との繋がりがある重要なポジションのね」



微笑みを鎮めたアリアが、

一度目を伏せて鋭い視線をケイルに向けた。

その鋭い瞳は歳相応の娘のモノではなく、

帝国皇族に相応しく獅子をも恐れる視線だった。


それを受けたケイルは、呟くように聞いた。



「お前の長話のついでだ。どうしてアタシがここに現れただけで、そうだと思うかも聞いておこうか?」


「まず、グラシウスとリックハルトが今回の件に関与したと聞いたから」


「……どういうことだ?」


「傭兵ギルドマスターであるグラシウスと、大商人リックハルトが私達を庇う理由が無い。本来なら彼等は、こんな事態に巻き込まれた私やエリクを見捨て、知らぬ存ぜんを押し通すなり、売るなりすることはあっても、助けようなんてしないわ。得が無いもの」


「……お前とエリクの腕を買ってたってことじゃねぇのか?」


「私やエリクの代わりが出来る傭兵なんて、世界には何万人といるでしょ。私達を惜しいという気持ちがあっても、危うい橋を渡ってまで助けたいと思えるほど、私達に傭兵としても人間としても価値は無いし、助ける義理も無い」


「……」


「そんな二人が一同に介した上で、貴方が同行してきた。しかも賓客として招かれていた私の師匠ガンダルフと、それを招いたであろう元老院の一人を連れて。偶然にしては状況が噛み合い過ぎてる。そして貴方は状況的に危うい私やエリクと接触し、こうして面会を許されるまでに至っている」


「……」


「疑いようもなく、貴方はマシラ共和国側の人間。しかも傭兵ギルドや大商人リックハルトと繋がりがあり、マシラ共和国の上層部にそれなりの発言権を持つ地位の。……考え得る限り、そんな影響力を持つ優秀な剣士をマシラ共和国が有しているとしたら、それは一つの部隊だけ」


「……それは?」


「皆まで言わずとも、正解でしょ?」



アリアは口元を微笑ませつつも瞳は鋭いまま、

目の前に居るケイルに対して問い掛けた。

ケイルはそれに頷くこともせず、

ただ顔を伏せ黙ったまま立ち尽くすだけだった。


沈黙を貫き通すケイルに、アリアは急かすように告げた。



「話せる時間も残り少ないわ。でもお互い、改めて自己紹介をした方がいいわよね」


「……」


「私の名前はアルトリア。アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン。今は姓を家に返却し、傭兵として相棒のエリクと共に旅をする、魔法師アリアよ。……それで、貴方は誰かしら?」


「……」



改めて自身の自己紹介をしたアリアに対し、

ケイルは伏せた顔を上げ、表情を見せた。


ケイルの雰囲気は、先ほどまでと一変していた。


普段は飄々とした雰囲気を醸し出すケイルが、

まるで一本の剣のように鋭い剣気を纏い、

目を据わらせた状態で無表情に近いままアリアと向き合った。


そのケイルが、アリアに対して告げた。



「――……私の名前はケイティル。マシラ共和国、政府直轄部隊【闘士】。その第四席を座に就いている」


「そう。初めまして、闘士ケイティルさん。お会い出来て嬉しいわ」



ケイルは普段と全く異なる雰囲気を纏い、

それを受け流すようにアリアは立ち上がり挨拶を交わした。



「それじゃあ、ケイティルさん。腹を割って話しましょうか」


「……」


「貴方も貴方自身の目的の為に、危険を顧みず私と接触して来たんでしょ。不自然だと思われたとしても。仮に貴方の正体を私が察しなくても、私を利用して事を進める為にね」


「……」


「ケイティルさん、貴方の計画を話して。貴方の目的を達し、そしてエリクを救う為に必要なことを、私に必要な情報を教えて頂戴」



互いに向かい合いながら、

そう要求するアリアの言葉を聞いたケイルが、

口元を微笑ませつつも溜息を吐き出し、話し始めた。



「アリア。貴方に伝えるべき事がある」



ケイルは必要な手順と計画を話した。

この時に初めてアリアとケイルは、

互い本性を見せ合いながら、全てを話し合えたのだった。




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